舞台はアメリカへ、まずは保呂田さんとサンキストの意外な接点
今回の回は、前回の日本編を受けた続編として始まります。前回は日本のブランディングを作ったと思われる偉人を3人紹介した回でした。
保呂田さんは、舞台をアメリカに移し、ブランディングという名前がなかった頃にどんなことがあったのかを話したいと切り出します。
今回はちょっと舞台をアメリカに移しまして、アメリカでどんなことが過去に、昔ブランディングという名前がなかった頃にあったのかっていう話をしていきたいなと思っています。
保呂田さんによれば、アメリカも日本と同じで、ブランディングという言葉がなくてもそれは行われていたといいます。
最初の話題は、保呂田さんの個人的な経験から始まります。今の仕事を始める前、父親が貨物系の検査の仕事をしており、その顧客の一つがアメリカのサンキストだったそうです。
実は今の仕事を始める前に、うちの父が貨物系の検査の仕事をやってたんです。その時にお客さんでいたのがアメリカのサンキストっていう会社だったんですよ。
サンキストはレモンやオレンジ、グレープフルーツなどの果実を扱う会社です。片山さんは倉庫に入り、カートン(箱)に入ったフルーツをチェックし、保険会社にレポートとしてまとめる仕事をしていたと振り返ります。
サンキストの箱に描かれた版画、あの絵は何のためだったのか
ここからサンキストの箱の話が本題に入ります。サンキストの箱には、実は箱ごとに絵が描かれていました。保呂田さんは、青果市場や八百屋で働く人にはおなじみでも、一般には知られていないと説明します。
サンキストはアメリカのカリフォルニアでスタートした会社で、地域の農家をまとめてパッキングハウスという大きな工場を作り、そこから出荷したものにサンキストというブランドを付けて売っていきました。
農業組合みたいな考え方。
保呂田さんは、日本でいう農協に近いイメージだと補足します。箱詰めをしてラベルを付けて出荷するという仕組みを、1890年代にはすでに株式会社化し、農家が株主となって進めていたといいます。
箱に付けられていたのが版画のアートで、地域ごとの特性を名前にして「サンキストの何々」という形で表現していました。パッキングハウスごとに、オックスナードやゴールデンステートといった別々の絵が付いていたそうです。
絵を見ればどこのものかわかるようになって。全部サンキストとは入っているけれどもという。
この産地ごとの絵には意味がありました。日本のイチゴが栃木、福岡、佐賀で味わいが違うように、オレンジも地域ごとに味が違うからです。
ただし消費者側は、それらをすべて同じ「サンキストのオレンジ」「カリフォルニアのオレンジ」として認識していたと保呂田さんは指摘します。当時の日本には、サンキストくらいしか選択肢がなかったためです。
無名の小規模農家が世界ブランドになれた理由
保呂田さんは、サンキストがなぜこうした仕組みを作ったのかを説明します。個別の小さな農家では海外に輸出できませんが、サンキストというブランドを通せば世界中に輸出できる力を持てるからです。
じゃあ小規模農家さんを守るための戦略だったと。
一人の個の力だったら弱いかもしれないけど、みんなで力を合わせて大きなパッキングハウス建てて、バッチリブランド化して、絵もつけてみんなに愛されようよっていう風にできたムーブメントが百何十年前にもうすでにやられていました。
保呂田さんは、こうした仕組みが100年以上前に実現していたことは、あまり知られていないと語ります。仕事で出会った当時は意識していなくても、今の仕事から振り返るとあれはもう完全にブランディングだったと感じるそうです。
ブランドが大きくなると内側から崩れる、という影
ここで片山さんが、センシティブな論点を投げかけます。高品質なプレーヤーが独立した方が儲かると判断し、組合を離脱するケースはないのか、という問いです。
高品質なプレーヤーが一人いたりとかするとさ、独立した方が儲かるっていう判断して組合離脱するっていうケースとか。
保呂田さんは、実際にそうした事例があると認めます。サンキストに所属するより自社だけでいけると考える有力農家が離脱し、日本の商社に直接売り込むようなことが起きたといいます。
保呂田さんは、100年以上前の文脈と現代の文脈では違いがあると整理します。ブランドが大きくなりすぎたために、うちのフルーツをなぜ売ってくれないのかという有力農家が現れ、摩擦が生じることもあると話します。
内側からね、崩れることもあるってことやね。
中島さんは、当初は良しとされた仕組みも、時代とともに崩れ始めることがあるのがサンキストの一面だとまとめます。
ライツビジネスと成分ブランディングという捉え方
保呂田さんは、サンキストが素晴らしいブランドを作ったと評価します。今ではIPビジネスのように、サンキストのラベルをグレープジュースのパッケージに載せて販売するものもあるといいます。
中島さんは、当初「農業組合みたいなもの」と理解していましたが、すでに株式会社化していた点を踏まえると、日本で考える農業組合とは異なると気づきます。片山さんは、よりビジネスに全振りした農業だと補足します。
ジュースについて、保呂田さんはこれをライツビジネスだと説明します。カリフォルニア産の果実そのものではなく、サンキストの太鼓判が押されているという価値を載せている、という考え方です。
ヒカキンが麦茶出してたじゃないですか。あれ、ヒカキン作ってないんですよ。でも、ヒカキンが出した麦茶って言ってみんな買ってるじゃないですか。それみたいな感じ。
片山さんは、サンキストがやったことは、今でいうイングリディエントブランディング(成分ブランディング)に近いと整理します。
バラバラの農家が作ったオレンジをサンキストっていう一つのブランドのお墨付きを与えることで価値を標準化する。
個性を消したのか、全体の信頼を守ったのか
中島さんは、個性を消すことがいいのか悪いのかは別の話だと投げかけます。これに対し片山さんは、見方を変えれば全体の信頼を守ったのだと応じます。
個性を消す。でも逆に言うと、全体の信頼を守ったっていうことなので。
片山さんは、この構造を前回話したブランド戦略の型と重ねて説明します。最初はイングリディエントとして小規模農家を引き立て、次に産地ごとのラベルでジャケ買いされる段階へと進んだと整理します。
その結果、複数の個別ブランドを傘下に抱えるブランデッドハウスへと発展していった、というのが片山さんの見立てです。
中島さんは、前回の日本編で紹介した蔦重(蔦屋重三郎)のエンドースドブランド戦略は2つを掛け合わせたものだったと振り返り、サンキストはまた違うやり方だと確認します。
無名の農家さんたちを守るために組合っていうブランドを作ったから、アプローチは逆やけども、信頼をどこの部分で貯めていくか。
だから設計の思想自体は全く同じかなっていう。
保呂田さんは、レモンのようなコモディティ商品では、産地ごとに細かくブランド化するのはやりすぎ感があると話します。1玉100円で売られる商品では、オレンジほど産地の差が顕著に出ないためです。
一方で保呂田さんは、検査の仕事をしていた当時、レモンに付いたコードから産地やパッキングハウスがわかり、思いを馳せることがあったと明かします。中島さんは思わず「職業病すぎません?」と返します。
コカコーラが最初に徹底したのは、広告ではなく品質の統一だった
話題はサンキストとほぼ同時期に登場したブランドへ移ります。保呂田さんが挙げたのはコカコーラです。1890年代前後から存在する古いブランドだといいます。
コカコーラには原液があり、もともとは薬局でシロップを炭酸で割って提供したのが始まりだと片山さんが説明します。当時は似たようなコーラが大量にあったのが時代背景です。
そもそもだから、薬局でシロップに炭酸で割ったっていうのが元々の生い立ちやから、その時、同じようなコーラが大量にあったっていうのが時代背景ね。
中島さんは、今の自分たちにとってコカコーラの味がほぼコーラの味そのものになっていると口にします。片山さんは、それはコカコーラがめちゃくちゃ頑張った結果だと返します。
その頑張りの中身について、中島さんは「めっちゃ広告を出した」と予想します。しかし片山さんは、一番初めにやったのは違うと否定します。
広告CMもすごい印象的なイメージありません?
一番初めにやったのは、シロップの供給を統一すること。
コカコーラは同じ原液を各店に供給することで、味を完全に揃えました。個人商店が乱立する中、大量に売っていくためにまず品質を揃えることを優先したのです。
保呂田さんは、コカコーラのレシピを複数人に分割して持たせ、一人では全部を再現できないようにしているという逸話を紹介します。その根幹にあるのが、同じ味で提供し続けるという品質の保持だと片山さんはまとめます。
独特のボトルと、赤いサンタが生まれた理由
コカコーラが揃えたものは味だけではありません。片山さんは、有名なガラス瓶のボトルも挙げます。今ではシルエットだけでコカコーラとわかる独特の形です。
さらに片山さんは、サンタクロースが赤い服を着るようになったのはコカコーラのブランディングの影響だと言われていると紹介します。それ以前は青や緑のサンタもいたとされます。
コカコーラのブランディングの中でサンタクロースは赤い服を着るようになったけど、それ前までは青のサンタクロースとかもいたって言われてるんです。
なぜクリスマスとコーラを結びつけたのか。片山さんは、うなぎの土用の丑の日と同じ発想だと説明します。夏にうなぎが売れにくいように、冬には清涼飲料水が売れにくいためです。
丑の日、うなぎの丑の日みたいに、夏にうなぎが売れないように、冬に清涼飲料水売れないんですよ。
中島さんはこれを、前回登場したカテゴリーエントリーポイントの話につなげます。冬というタイミングで、コーラを飲む理由を新たに作り出した動きだと整理されます。
品質保持の難しさと、日本のイチゴがアメリカで笑われた話
品質保持というテーマから、保呂田さんは日本のイチゴの話へ広げます。栃木のイチゴをカリフォルニアでプロモーションした際、招いたイチゴ農家から「美味しいけどアメリカで売れない」と言われたそうです。
そしたら、めちゃくちゃ美味しいけどアメリカで売れないねって言われたんですよ。
理由は品質改良の方向性の違いです。アメリカのイチゴは、広い国土に届けられるよう硬く強く改良されているのに対し、日本のイチゴは柔らかく甘く、傷みやすいためです。
なんでかっていうと、アメリカの品質は硬く、強く、広いアメリカに届けられるように品質改良されたからなんですよ。
保呂田さんは、日本は包装資材などでこの弱点を克服しており、アメリカでも日本のイチゴに火がつき始めていると話します。一方で、流通に全振りしたアメリカの品種改良の発想との違いが浮き彫りになった一件でもありました。
流通に全振りした品種改良を行ったせいで、アメリカの農家からはアメリカでは売れないなって笑われたんです。
片山さんは、包装で頑張るのは日本人らしいと受け止めます。国土の広さと輸送距離の違いが、品質保持の戦い方そのものを変えていることが見えてきます。
ペプシの逆張り、そして目隠しで挑んだペプシチャレンジ
続いて話題はペプシへ移ります。保呂田さんは、コカコーラに対する逆張りで登場したのがペプシだと位置づけます。
ペプシは最初、同じ5セントでコカコーラの2倍の量が飲めるという打ち出しで勝負しました。量で真っ向から差をつける戦い方です。
5セントで売ってたコカコーラに対して、うち倍出しますけどって言った。
片山さんは、ブランドを語るとき「ペプシ派?コーラ派?」という問いが自然に出てくることに注目します。中島さんはコカコーラ派だと答えます。
1970年代から80年代にかけて行われたのがペプシチャレンジです。目隠しをした状態でコカコーラとペプシを飲み比べてもらうテストで、多くの人がペプシの方が美味しいと答えたといいます。
1970年から80年代にペプシチャレンジっていうのがあって、目隠しした状態でコカコーラとペプシを飲み比べてもらうテストというのがあった。多くの人がペプシの方が美味しいって答えた。
さらにペプシのCMでは、子供がコカコーラを2本買って地面に置き、それを踏み台にしてペプシのボタンを押すという演出まであったと片山さんは紹介します。中島さんは、ペプシ側が一貫して攻めていると感じ、応援したくなると語ります。
1位になれないなら別の梯子をかける、という心の梯子理論
後追いのブランドがどう戦えばいいのか。片山さんは、ポジショニングの理論から「心の梯子」という考え方を持ち出します。
人間の頭の中にはカテゴリーごとにランキングの梯子があるっていう考え方なんですよ。だから、コーラで言うとコーラの梯子があって、コーラといえば一番がコカコーラで、二番がペプシですよみたいな階段が頭の中にある。
片山さんによれば、ブランドは無意識にランク付けされており、後発が同じ箱の中で1位を取りにいってもなかなか勝てません。これは理論的に言われていることだといいます。
そこでペプシは、コーラの梯子で1位を狙う戦いをやめ、別の問いを立てました。目隠しで飲み比べたらどうかという新しい梯子を作り、同じ土俵に乗らないようにしていった、という整理です。
コーラの梯子で戦うのをやめて、目隠しで飲み比べたらどうかという、また全く別の問いを立てたりとか、新しい梯子を作ったりして、同じ土俵に乗らんようにしていく。
保呂田さんは、この考え方に納得します。梯子の中で2番手になれるだけでも一定のシェアを取れる意味があり、別の梯子なら1番になる可能性もあるからです。
既存のランキングの中で上を目指す戦い方。後発は無意識のランク付けがあるため、なかなか首位に勝てないとされる。
目隠しでの飲み比べのように、新しい問いや評価軸を立てて、同じ土俵に乗らない戦い方。
日本産という梯子から、ルビーのような肉の色へ
保呂田さんは、この心の梯子の考え方を、以前話題に出た神戸ビーフのエピソードに重ねます。日本産という梯子ではなく、別の梯子で戦った例です。
片山さんは、サウジアラビアでのエピソードを補足します。神戸ビーフは他産地に比べて肉の色が濃く、それをサウジアラビアの王女が「ルビーのような」と表現したといいます。日本国内では言われない捉え方でした。
日本の中で言わないじゃん。肉色の色が神戸ビーフって濃いので、他の宮崎とかに比べたら。それをルビーのような色って言ってくれたサウジアラビアの王女さんがすごいなっていう。
保呂田さんは、これを肉の色という別の梯子を立てた例だと整理します。中島さんは、メイドインジャパンだから売れるのではなく、少しおしゃれに説明することが新しい梯子になるとまとめます。
あなたはどこに梯子をかけますか
最後は、中島さんによるまとめのコーナー「ナカジマノート」です。中島さんは、アメリカ編を通して、まず品質保持から入った点に信頼のブランディングを感じたと振り返ります。
その上で中島さんは、ペプシチャレンジに象徴されるアメリカのチャレンジ精神に触れ、規模を問わずどの企業も新しい梯子をかけることが求められると語ります。
どこに、どんな梯子をあなたはかけますか?っていうね。あなたの勝負、どこに梯子をかけますか?
片山さんは、梯子をかけずに登ろうとしている企業が多いと指摘します。上がりたいという気持ちだけが先行し、どこに梯子をかけるかが定まっていない状態です。
かけないで登ってる感じ。倒れるぞみたいな。
中島さんは、ブランディングとは新しい梯子をしっかりかけて登っていくことだと締めくくります。登り方は自由でも、そもそもどこに梯子をかけるかが問われる、という結論です。
まとめ
サンキスト、コカコーラ、ペプシという3つのブランドを通して、ブランディングという言葉がなかった時代の戦略が見えてきた回でした。信頼を貯める場所も、勝負をかける梯子も、それぞれ違うことが示されています。
- サンキストは無名の小規模農家を1つのブランドにまとめ、世界へ輸出できる力を持たせた
- ブランドが大きくなりすぎると、有力プレーヤーの離脱など内側から摩擦が生じることもある
- コカコーラが最初に徹底したのは広告ではなく、原液を統一して味を揃える品質の保持だった
- 冬に売れにくい清涼飲料水のために、クリスマスというカテゴリーエントリーポイントを作った
- 1位になれないなら別の梯子をかける。ペプシや神戸ビーフは新しい評価軸で戦った





