フィードバックが怖い気持ち、私にもあります
いただいたお便りは、ディレクターとして6年目の方からでした。
フィードバックを受けるのが苦手で、提出物を誰かに見られるのが怖い。だからこそちゃんとしたものを出さなきゃと思って時間をかけすぎて、スピード感が落ちてしまう、と。
この気持ち、私はすごくよくわかる方だと思います。だって、提出したものは評価されてしまう訳ですよね。その怖さは、正直に言うと今の私にもあります。
たとえばコンペや当選発表のメールが来た時。開ける瞬間までは、そこに当選と落選が両方あるみたいなものじゃないですか。蓋を開けてないので。
これ、シュレーディンガーの猫みたいな話ですよね。出さなければプラスもマイナスも評価されないけど、出したらどっちかが出る。
だから私、その手のメールを開けるのにすっごい時間がかかるんですよ。「うわぁ来てる」と思って、開ける前にお手洗いに行こうとか、コーヒー買っておこうとか、よくわからない理由で逃げたりする。度胸ないんです、そういうとこ。
怖さの正体は「失敗したくない」なんじゃないか
じゃあ、この怖さって結局なんなんだろうと考えてみたんです。
たぶん、自分が失敗したくないとか、責められたくないとか、失敗することへのすごい恐れなんじゃないかなと思うんですよ。
コンペで負ければ失注になって売上が立たない。そこに繋がるから怖い、というのはよくわかります。
でも、お客さんじゃない場面でフィードバックを受け入れられるかどうかって、6年目ならすごく大事だと思うんです。
だってタダじゃないですか。企画でフィードバックをもらったからって給料が下がることは、日本ではあんまりないですよ、よっぽどじゃないと。
相手が自分の時間を使って、自分のダメなところを言ってくれてるわけですよね。こんなにラッキーなことはないと思うんです。
努力は前提。だから報われなくても次に行く
フィードバックが怖いのって、努力してきた結果が報われないのがつらい、という部分もあると思うんです。
でも、努力って別に報われるものではないんですよね。私も努力したからって報われなかったことはいっぱいありますから。
努力は結果を取るためのものじゃなくて、やっておいて当たり前の前提だと思っています。大事なのは「努力したかどうか」より「何の努力をしたか」の方じゃないかなと。
だからフィードバックをもらった時は、頑張ったけど努力の方向が間違ってたのかな、と反省するきっかけにもなる。それで、また次、と向かっていけばいいんじゃないかと思うんです。
それに、フィードバックする側だって人格否定をしたいわけじゃないんですよ。少なくとも私は、誰が作ったからという色眼鏡で評価したいなんて全く思わない。
そもそも私自身、自分の作ったものがすごいものだなんて一度も思ったことがないので。苦労して出さなきゃいけない役だから出してるだけで、ダメだった時は自分の力が足りなかったな、と思うだけです。
だから、そんなところで止まっている時間はないと思って、もらえるフィードバックはもらった上で、次にもっといいものを返せばいいんじゃないですかね。
このお便りをくれた方は、ラジオネームこそ「フィードバック絶賛回避中」でしたが、こうして送ってくれたということは、ちゃんと受け取る気があるんだと思います。だから大丈夫だと思うんですよ。
まとめ
フィードバックが怖い気持ちは、この年になっても私の中から消えません。でも、怖いからこそ「タダで自分のダメなところを教えてもらえるラッキー」だと捉え直して、次に進むようにしています。今の私が言えるのは、そのくらいのことかもしれません。
- 提出物を見られる怖さは、失敗への恐れから来ていることが多い
- フィードバックは相手が時間を使ってくれた、ありがたい機会だと捉える
- 努力は前提で、報われなくても「何の努力をしたか」を振り返って次に行く
- 止まっている時間はもったいない。もらったフィードバックで次を良くすればいい






