「やらない」は判断というより「やっちゃいけない」の自覚だった
私、ずっとディレクターと名乗ってますけど、長い間ちゃんと制作の現場にいたんですよ。
2021年ぐらいまでは、修正やランディングページを作ったりデザインしたりはやってましたね。
でも2018年ぐらいから、そろそろ作るのをやめなきゃという気持ちにはなっていて、今はお客様に納品するものを作ることはほぼなくなりました。
じゃあ、その「やらない判断」をどうやってつけたのか。これ、正直に言うと判断というより自覚に近いんです。
やらないと決めたというより、やっちゃいけないと自覚できるようになったというのが実感に近いんじゃないかと思います。
代表の給料に見合うことって何だろう
きっかけになったのは、自分が会社の代表だという事実です。
ありがたいことに、代表の私はうちのメンバーよりは多少たくさん給料をいただいてるわけですよ。
じゃあ、その給料をもらう以上、私は何をしなきゃいけないのか。それをとつとつと考えるようになったんですよね。
一人で立ち上げた会社なので、最初は私しか作る人がいませんでした。作るのがそのまま私の仕事だった訳です。
でもメンバーが増えてくれた。その彼ら彼女らにやってもらわずに、自分がやりたいからと作っちゃうのは、一周回ってメンバーに失礼なんじゃないかと思うようになったんです。
作ることが悪いとか、単価が低い人がやるべきだ、という話じゃないんですよ。そこは誤解しないでほしくて。
そうではなくて、代表取締役という肩書きがあってこそできることをやらないと、みんなの仕事を自分の小さな満足で取り上げることになる。
助けてる、ヘルプしてるという体裁で、自分の自己満足をみんなに押し付けてしまう。それはやっちゃダメだろうと思うようになったんですよね。
年と経験を積んだなら、判断する側に回ったほうがいい
もう一つ、年を取っておっさんになったなら、という前提での話があります。
これまでの経験やいろんな情報を詰め込んでアイデアを出すとか、みんなが迷うところを「これ、こっちだよ」と判断するとか。
そういうのは、ありがたいことに年と経験を積んだ上のほうの部類だからできることですよね。
だったら私はそっちをやって、次の世代の子たちが悩むところは悩んで答えを出してもらう。
そして、どうしようもなくなったところから私が判断する。そのほうが組織としては絶対にいいなと思うようになってきたんです。
自分がやりたいことと、自分が勝手に「私がやったほうがパフォーマンスがいい」と思い込んでることを全部詰め込んでいたら、これはやっぱり破綻しますよ。
だから、人が揃ってきてくれたことが、自分が作る仕事を手放すきっかけになったんじゃないかなという気がしますね。
作る欲は、いまは生成AIで満たしている
最近は、いろんな意味で生成AIのおかげで助かっているところが多分にあります。
正直に言うと、もし10年ぐらい前に今の生成AIがあったら、私まだ現場にしがみついてたんじゃないかな。この年でもね。
今は、自分が現場で何かを作ることにぶん回すのは避けるようにしています。
その代わり、作る欲は生成AIで別のことをやって満たしてるんですよ。自分用のアプリを作ったり、便利ツールを作ったりとかね。
だから結局のところ、やらない判断をしたというよりは、自分がもらう給料に見合う分をやらなきゃいけないと、年を取ってわかってきた。それに尽きるんじゃないかと思います。
同じ悩みを抱えている方には、自分がやるべきことって何だろう、もっと言えば収益貢献ができることって何だろう、というのをもっと突き詰めてみてもいいんじゃないかなと思いますよ。
まとめ
「やらない判断」って、格好よく線を引く話に見えるかもしれませんが、私の場合は「自分がやっちゃいけないことに気づけた」というだけなんですよね。今その途中にいる方も、あんまり気負わずに、自分の役割を突き詰めてみてもらえたらと思います。
- 制作を手放したのは、代表の給料に見合うことを考えるようになったから
- 自分がやると、メンバーの仕事を小さな自己満足で取り上げることになりかねない
- 経験を積んだなら、悩むところは次の世代に任せ、詰まったところで判断する側に回る
- 作りたい欲は生成AIで別の形に満たし、現場に戻らないようにしている





