中国アニメ映画への楽曲提供と、音楽を続ける理由
冒頭でRyoma Maedaさんが紹介したのは、自身の楽曲が中国のアニメーション映画で使われたという近況です。この映画は8月2日に公開されました。
Ryoma Maedaさんは、こうした国際的なプロジェクトに関われたことに深く感謝していると話します。インディーのミュージシャンにとって、自分の音楽がどこにたどり着くかは予測できないといいます。
小さなスタジオで作った曲が、想像よりずっと遠くまで旅することもあるんです。
この予測できなさこそが、今も音楽を作り続ける理由の一つだとRyoma Maedaさんは語ります。
声高に語らなかった「いつか叶ったらいいな」という願い
最近になってキャリアを振り返ったRyoma Maedaさんは、かつて望んでいたいくつかのことが、すでに実現していたと気づいたそうです。
興味深いのは、それらを「これが自分の夢だ」と強く言葉にしてきたわけではない点です。むしろ、静かな思いつきのようなものだったといいます。
これはただ静かな思いでした。「いつか実現したら素敵だな」という程度のものです。
そして何年も経ってから、その願いが現実になっていたことに気づいたと振り返ります。
CDショップに並ぶこと、憧れの雑誌に載ること
若かった頃、Ryoma Maedaさんが望んでいたのは、実際の音楽ショップで人が買えるCDを出すことでした。やがて、その願いは日本のタワーレコードなどで自分のCDが扱われるという形で叶いました。
もう一つの例として挙げたのが、キーボードマガジン誌の存在です。独学で音楽を学んでいた頃、Ryoma Maedaさんはその雑誌をほぼ毎月読んでいたといいます。
何年も後、自分の音楽を売り出したあとに、Ryoma Maedaさんはまさにその同じ雑誌でインタビューを受け、掲載されました。
キーボードのデモ曲を書いた人が、いつしか自分になっていた
中学生の頃、Ryoma MaedaさんはCASIO電子キーボードが大好きだったそうです。中でも好きだったのが、本体に内蔵されたデモ曲を聴くことでした。
(内蔵デモ曲を聴いて)「こういう曲を書いているのは誰なんだろう」と思っていたのを覚えています。
それから何年も経って、Ryoma MaedaさんはCasio ── カシオ計算機。電卓や時計のほか、電子キーボードなどの電子楽器も手がける日本のメーカーですのDJ楽器向けにデモ音楽を作る機会を得ました。
気づかないうちに、Ryoma Maedaさんは子どもの頃に憧れていた作曲家の一人になっていたのです。
坂本龍一への憧れと、「世界の作り手と組む」という夢
Ryoma Maedaさんが最も大きな影響を受けてきた存在の一つが、Ryuichi Sakamoto ── 坂本龍一。YMOのメンバーとして知られ、映画音楽など国内外で幅広く活動した日本の作曲家・音楽家ですだといいます。当時そのキャリアを見て、いつか自分も世界中の作り手と一緒に仕事をしたいと思うようになりました。
当時のRyoma Maedaさんにとって、それは不可能な夢のように感じられたそうです。
しかし、今回の大きな中国のアニメーション作品を通じて、その願いが自分なりの形でついに叶っていたと気づいたと語ります。
夢は追いかけるからではなく、好きなことを静かに続けるから叶う
Ryoma Maedaさんは、すべてを完璧に計画したから夢が叶ったのではないと振り返ります。ただ音楽を作り続けたからだといいます。
夢は、毎日追いかけるから叶うとは限りません。
好きなことを静かに続けているうちに、叶うこともあるんです。
さらにRyoma Maedaさんは、進歩というものは進行中には見えにくいものだと述べます。立ち止まって振り返ったときに、初めてそれに気づくのだといいます。
まとめ
この回でRyoma Maedaさんが語ったのは、強く掲げた目標ではなく、静かに心に残していた願いが、音楽を続けるうちにいつの間にか現実になっていたという振り返りでした。
- Ryoma Maedaさんの楽曲が、8月2日公開の中国アニメーション映画で使われた
- タワーレコードでのCD販売、憧れの雑誌での特集など、かつての願いがすでに叶っていた
- 子どもの頃に憧れたキーボードのデモ曲を、自身がCasio向けに作る立場になっていた
- 坂本龍一に憧れて抱いた「世界の作り手と組む」夢が、国際プロジェクトを通じて実現した
- 夢は追いかけるからではなく、好きなことを静かに続けるうちに叶うこともある






