なぜ「Apple」ではなく「りんご」なのか
番組冒頭、藤原さんがMrs.GREEN APPLEの名前を挙げたことから、話は自然と「りんご音楽祭」というネーミングの話へと移ります。ゲストの古川陽介さん(dj sleeper)が、アップルとリンゴは同じものか、という問いを投げかけます。
アップルとリンゴって同じものだと思いますか?
同じじゃないですか。
古川さんは、頭の中で「アップル」を思い浮かべた時と「りんご」を思い浮かべた時では、奥に感じるストーリーが違うのではないかと続けます。藤原さんは、アップルはジュースやiPhoneを連想し、りんごは果物を連想すると答えます。
リンゴって聞くと、例えばアダムとイブのことだったり、毒リンゴの話だったりみたいなのって思い浮かぶんですけど、アップルって言われてもなんか思い浮かばない感じしませんか?
古川さんは、これは英語と日本語の違いだと言います。日本人は日本語以外は深く読解できないというのが持論で、アップルとリンゴは英訳としては同じでも、奥にあるストーリーまで含めて理解できるのは日本語だと話します。
アップルとリンゴは英訳としては一緒だけど、やっぱりその奥まで分かって、やっと言語を深く理解するってことじゃないですか。
だからこそタイトルは日本語でつけた、と古川さんは言います。当時、日本語で音楽イベントのタイトルをつけるのはまだ珍しく、SUMMER SONICやフジロックなど横文字が主流だった中での選択でした。
オシャレを排除する。あえて“ダサく”作る美学
藤原さんは、字面だけならアップルの方がかっこよく、りんごはダサいと指摘します。それでも古川さんが「りんご」を選んだのは、字面の格好良さより深いところを読み取ってほしいからでした。
さらに古川さんは、りんご音楽祭ではオシャレになるもの、かっこよくなるものを意図的に排除していると明かします。理由は、オシャレな場所には本質を理解していない人が集まりやすいという実感です。
おしゃれなものとかかっこいいものを作ろうってマインドがもうダサいじゃないですか。おしゃれだったり、かっこいいものっていうのはあるものであって、作るものじゃないというか。
古川さんは、オシャレな店ほどその店が本当にやりたいことを理解している人が少なく、逆に何十年もやっている古い店の方が愛している人が多いと感じてきたと言います。オシャレにすること自体が、本質を理解しない客を呼ぶリスクだという考えです。
この理念はデザインにも及びます。りんご音楽祭では、デザインがオシャレだったりかっこよくなりすぎるとボツになるそうです。古川さんは自らを「デザイナー泣かせ」と表現し、わざとシュッとさせないと話します。
シュッとさせないんですよ、わざと。おしゃれだからかっこいいからっていう理由じゃない理由で来てほしいなっていうのはあるんですよね。
晴れの日に起きる「センスのインフレ」への対抗
藤原さんは、この「あえてダサく作る」姿勢を構造的に読み解きます。晴れの日のイベントでは、人は身なりを整えて臨むため、放っておくとセンスのインフレが起きていくと指摘します。
藤原さんは、センスのいい人が集まると集団心理でみんなが引っ張られ、おしゃれ化が進むと分析します。運営側があえてシュッとさせず、人気者ばかりをブッキングしないことで、そのバランスを取っているのではないかと問いかけます。
古川さんは、狙いは別のところにあると答えます。おしゃれな人だけが行っていい空気を出すと逆効果で、むしろ普段は野暮ったい人が気合を入れてきた時の方が上がる、というのが本音でした。
普段なんか野暮ったい奴がすげえ、おお今日決めてきたじゃんの方が超上がるっていうか。とにかく気合入った人たちが集まってくれるのが最高なんで。
古川さんは、この姿勢を「ギャルマインド」と表現します。最高に自分がおしゃれだと思う格好で、どの遊び場にも気合を入れて来てほしい。ただし、その空気を運営側から押し付けはしない、という考え方です。
赤くて丸くて危うい。「りんご」というモチーフの力
話はネーミングの核心に戻ります。古川さんは、りんごという果物が持つ「危うさ」に注目していました。
りんごって赤くて丸くて危ういんですよ。めっちゃパーティーっぽくないですか?
古川さんは、イチゴは赤いけれど色気がなく、りんごは果物には珍しく色気と危なさがあると言います。アダムとイブや毒りんごといった昔からのストーリーを持つモチーフである点も、フェスの名前にふさわしいと考えました。
さらに決め手になったのが立地です。会場となるアルプス公園の周りはりんご畑で、モチーフと土地が一致していました。生産量が全国一位ではなく青森に次ぐ点も、古川さんにとっては「やりがい」だと言います。なお、りんご音楽祭は古川さんが商標登録を持っています。
ステージ名も、そばステージ、わさびステージ、スイカステージなど、松本の名産が使われています。古川さんは松本の食、とりわけ水の良さを高く評価しており、来場者に松本を楽しみ、名産を食べて帰ってほしいという思いを込めていると話します。
松本って言ったらもう上高地と松本城で終わっちゃうじゃないですか。だからやっぱそこをもうちょっともう一歩深掘りしてほしいし。
一番新しいステージ名では名産に困ったものの、調べると長野はブドウも有名だったことから「ブドウステージ」が生まれたそうです。古川さんは山梨出身で、当初は長野のブドウ推しに違和感があったものの、実際に調べて納得したと明かします。
椎名林檎への直談判と、リンゴステージの“お笑い層”枠
北爪さんが、りんご繋がりで椎名林檎を呼ぶ筋はないのかと尋ねると、古川さんは本当に呼びたいけれど叶わないアーティストが椎名林檎だと答えます。実際に本人に会って伝えたこともあるそうです。
加山雄三さんの楽屋近くで、友人の紹介で椎名林檎さんと会った時、古川さんはフェスへの出演を打診しました。しかし手応えは薄く、会話は3往復ほど続いたものの、古川さんは「魂が入っていない」と感じたと振り返ります。
一応会話してるけど、これはダメだわ、魂入ってないわと思って。林檎さん、基本的に初めての人と会話しないから。
古川さんは、椎名林檎を迎えるのは会場のスペック的に非常に大変だと説明します。アルプス公園は演者専用の入り口や裏動線がなく、そもそもイベント用に作られていない公園だからです。
一番分かりやすいところは平らな部分がほぼないっていうことですよ。平らな部分はわさびステージしかないです。それを強引に作ってるんですよ。
一方で、りんご音楽祭のオーディション枠からは多くの才能が巣立っています。もののあわれ、水曜日のカンパネラ、ファーストサマーウイカさん(アイドル時代のビリー・アイドル名義)などが、いずれもオーディション出身だと古川さんは明かします。
藤原さんは、この枠を「テレビのお笑い層的な立ち位置」に例えます。機材やステージは整っていないものの、リンゴステージの演者に挟まれ、そのお客さんに見つかるチャンスがある「美味しい枠」だという認識です。
ワンチャン見つかったらボンっていくぞみたいな人とか、そういう演者の人にあそこやってもらってて。
「スーパーカーの曲やってくれませんか」言うだけタダの精神
話はブッキングの具体例に移ります。北爪さんが、昨年スーパーカーの曲が演奏されたことを話題にすると、古川さんが経緯を語り始めます。
古川さんは、スーパーカーのボーカルだった中村さんとフルカワミキさん、そしてタブラ奏者のユザーンさんの3人によるライブを実現させました。本人2人が揃ってスーパーカーの曲を演奏するのは、ここ数年ほぼなかったことだそうです。
きっかけは、ダメもとでのオファーでした。仲の良いユザーンさんに「スーパーカーの曲をやってくれたら嬉しい」と頼んだところ、無理だろうという予想を覆して通ってしまったと言います。
俺結構言うのはタダみたいなマインドあるんで。言ってみたら通っちゃった。
古川さんは、主催者でありながら「一リスナー」の気持ちが強いと話します。あの3人がやってくれるならスーパーカーの曲を聴きたい、というリスナーとしての欲求が、オファーの原動力でした。
古川さんは、この「言うだけタダ」の姿勢が地雷を踏むこともあると認めつつ、それでもリスナーとして言わざるを得ないと語ります。今年は岸田教団のボーカルの出演や、脱退したメンバーが会場に出店するといった仕掛けも用意しているそうです。
無知だから始められた。りんご音楽祭を始めた本当の理由
ここでようやく、古川さんが「なぜりんご音楽祭を始めたのか」という核心を語り始めます。フェスが好きで通ううちに、大きなフェスへの違和感が積み重なっていったことが原点でした。
18年前は大規模なフェスしかなく、規模ゆえにビジネスライクになりすぎていたと古川さんは言います。フェスに興味がなさそうに働くバイトの警備員なども、古川さんには物足りませんでした。古川さんにとってフェスとは「夏祭り」だからです。
俺フェスティバルって聞くとわかんないですけど、夏祭りなんですよ。夏祭りってなんかイヤイヤ参加してる人ってそんなにいないじゃないですか。
もう一つの違和感が、ブッキングでした。当時は大手事務所のヘッドライナーと同じ事務所の若手が「今年一押し」として出るのが定番で、本当に今イケてるバンドやラッパーが出てこなかったと言います。ライブハウスに通う人からは「フェスは偽物」とすら言われていました。
古川さんは、自分がすごいのではなく、フェスがその時代の現状をブッキングできていなかっただけだと繰り返します。毎週遊んでいる自分にとっては「今ブッキングすべきはこいつらだよな」というのが普通だった、という感覚です。
今超イケてるラッパーとかバンドをただブッキングしてただけ。遊んでる人からするとだよなってブッキングなんですよ。
もっとも、実際にやってみると大人の事情を駆使しなければヘッドライナーはブッキングできないと痛感したそうです。有名アーティストを呼ぶには、同じ事務所の若手も一緒に出す「バーター」を飲まざるを得ませんでした。
古川さんが目指したもう一つの形は、来場者の負担を減らすことでした。フジロックのような過酷なアウトドア環境では、ライブを見る体力が残らないという不満があったからです。
俺ライブ見たくて行ってるのにライブ見る体力残ってないんですから。なのにチケット代高いし。
さらに大きかったのがファッションの問題です。当時アウトドアファッションは「ダサい」とされ、普段クラブで薄着やヒールで遊ぶ子たちはフェスに行きたがりませんでした。今一番遊んでいる子たちが来ない企画になっている、という問題意識です。
古川さんは、ある大きなフェスのインタビューで、ヒールで最前列に来たギャルを否定的に語る発言に反発を覚えたと明かします。周知ができなかった運営側の問題であり、普段その格好でアーティストを見ている女の子が来られるフェスがあってもいい、という思いでした。
そしてもう一つの軸が「ローカル」です。大手フェスは東京のイベント運営者が各地方の場所を借りて開催しているだけで、その土地に住む人がやる本当の夏祭りにはならない、と古川さんは考えました。
夏祭りってそこに住んでる人がやるからいいんであって、まあそれを現代っぽく言うとローカリズムですよね。
古川さんが松本の街を好きで、松本で商売しているからこそ、りんご音楽祭は街のナンバーワンの売り上げになった、と自負します。東京の人が松本好きと言ってやっても、同じ結果にはならないという確信です。
1億円の借金。無知が生んだ生き残りと、若者への忠告
理想を掲げて始めたものの、やってみると成り立たないことが多く苦しい、と古川さんは打ち明けます。フェスにはビジネスライクにやらなければ成り立たないほどの予算がかかるからです。
俺1億かかってるんですよ、一回。100万のパーティーもやらないじゃないですか。予算かけて。
1年目、古川さんはライムスターのDJ JINさんと知らずにクラブで出会い、「フェスをなめるな」と説教されたそうです。音楽業界で一度も働かずに立ち上げたことへの厳しい言葉でした。1年目は大赤字で悪口も言われ、周囲は全員2年目はないと思っていたと言います。
それでも2年目を開催して周囲を驚かせたのは、悔しさが原動力でした。ここで古川さんは、この無謀な挑戦を可能にしたものについて語ります。
無知って危ないけど強くもあるなとは思ってるし、俺が無知じゃなかったらリンゴ音楽祭生まれなかったんで。
古川さんは、100個フェスがあれば98個は潰れているだろうと言い、自分は無知だから生き残ったに過ぎないと語ります。今なら絶対に始めない、とまで言い切ります。
だからこそ、フェスをやりたいとキラキラした目で来る若者には、徹底的に「やめた方がいい」と伝えているそうです。本当にやる人間は誰が止めてもやると知っているからこその忠告です。
古川さんは、実際に生命保険の証書を銀行に置いて融資を頼もうとしたエピソードも明かします。1億円を命がけできないほどの覚悟がなければできない、というのが実感でした。時代は30年以上下がり続けており、今から立ち上げるのはさらに無理ゲーだと言います。
古川さんは、りんご音楽祭が18年続いているために「成功している」と思われがちだが、実態は自分が借金を背負って続けているだけだと明かします。特にコロナ以降は一度も黒字になっていないそうです。
フェスって余裕がある資本家が金出してやってるようなのがほとんどで、うちらは資本ないけど、必死で俺が借金背負ってやってるだけで、俺借金一億超えてて。
情報社会では検索やAIですぐ答えが出るため、大変さがわかると誰もやらなくなる、と古川さんは言います。想定外のことが起きづらい安全な時代である一方、新しいものが生まれにくい時代だという見立てです。
クラファンは“ダサい”のか。可視化された松本の応援
来年の開催も微妙だと語る古川さんに、藤原さんがクラウドファンディングを毎年やらないのかと尋ねます。古川さんの反応は「毎年やったらダサくないですか」というものでした。
クラファンって毎年やんないんですか?
藤原 隆充 さんからの質問
古川さんは、クラファンは物乞いのようで正当な勝負ではない感じがすると打ち明けます。しかし藤原さんや北爪さんは、りんご音楽祭は特殊なイベントであり、行けなくても応援したい人がいるのだから、特殊な支え方があっていいと後押しします。
古川さんが前回クラファンを行ったのは、まさに追い詰められた末でした。個人の借金が膨れて銀行の借り入れも厳しく、年度末の支払い600万円強がどうしても足りず、倒産の危機が12月末に判明したためです。
マジでダサいけどクラファンやるかみたいな。
古川さんが特に印象に残っているのは、クラファンで初めて可視化された松本の応援でした。普段は来場者の松本市民は1割ほどでしたが、クラファンでは3割ほどが松本の人だったと言います。
俺そうだもん。だって別にそのイベントに行こうってあんまり思わないけど、りんご音楽祭は応援したいもん。
最も心に残った出来事として、古川さんは行きつけのスーパー「デリシア」でのエピソードを挙げます。週に2、3回通っていたのに声をかけてこなかった偉い肩書きの店員が、クラファン後に「支援していました、応援しています」と声をかけてくれたのです。
何年も前から俺がここのデリシアに来てるの知ってんのに声かけなかったんかいと思って。でもクラファンやったから声かけやすくなったみたいだし。
古川さんは、困っているという声を届けたからこそ、遊びに来るだけでなくサポートしたいと思ってくれる人が現れたと振り返ります。可視化されることの意味を、身をもって知った出来事でした。
プレイヤーでいたい経営者。誰でもできるという確信
北爪さんは、クラファンやふるさと納税を含め、収益のポートフォリオを組み立てて定常化すべきだと提案します。ふるさと納税なら松本市に明確な税収が生まれ、行政が支援する一歩目になる可能性があるという視点です。
古川さんは、街全体に利益が出ているのだから行政にサポートしてもらうのが一番フェアだと考えつつ、ハードルの高さを感じていると話します。一連のやり取りに、古川さん自身が「これラジオで喋る話ですか」とツッコミを入れる場面もありました。
ここで古川さんは、自身の本音を打ち明けます。去年カーリーレコードの前身の店を引き継いで店が複数になったことで、自分がいない場所を回す「経営者」の仕事が急に増えたのです。
俺はもうパーティーとDJだけやってたい人生なのに、なんでこんなことになってるの?俺プレイヤーがいいんですよ。
古川さんは、自分は社長に向いておらず、10億円あれば社長を雇って自分はプレイヤーでいたいと語ります。プレイヤーであり続けたいという願いが、経営の重さの裏返しとして繰り返されます。
藤原さんや百瀬さんは、なくなったら影響が大きいのだからやめてはいけないと励まし、協賛やスポンサーの仕組みづくり、苦手分野を担う仲間探しといった具体的な提案を重ねます。古川さんも、少額から1000万円までの協賛メニューをまとめたチラシを持参していたと明かします。
番組の締めくくりで、古川さんは「誰でもできる」という自身の哲学を語ります。すべての人をマジョリティだと捉える考え方の根っこにあるものです。
椎名林檎さんとサボテンより俺の方が絶対近いって考えたらワンチャンある。ほぼ一緒なんで。特に同じ日本人だし。
バンド経験のある百瀬さんが、松本にこのフェスを作った古川さんに嫉妬していたと打ち明けると、古川さんは「無知って怖いですよ」と返します。誰でも何でもできると本気で思っているからこそ、無謀な挑戦を始められた、というのが最終話の結論でした。
まとめ
「アップル」ではなく「りんご」という名前に込めた言葉の哲学から、あえてオシャレを排除する美学、そして1億円超の借金を抱えながら18年続ける運営の実態まで、りんご音楽祭のすべてが語られた最終話でした。理想と現実のあいだで、古川さんは今も「プレイヤーでいたい経営者」として祭りを続けています。
- 名前は「アップル」ではなく「りんご」。言葉の奥にあるストーリーを深く読解してほしいという哲学が原点にある
- オシャレやかっこよさは意図的に排除。本質を理解しない客を呼ばないための「あえてダサく作る」美学がある
- 大規模フェスの過酷さ・ファッションの画一化への違和感から、「ヒールでも来れる楽なフェス」を目指した
- 無知だったからこそ始められたフェスは、1億円超の借金を抱えコロナ以降は一度も黒字化していない
- クラファンで可視化された松本の応援が、続ける背中を押した。古川さんの根底には「誰でもできる」という確信がある






