20歳の義理の妹が今聴いているのはZARD
話のきっかけは、片山光祐さんの義理の妹(20歳)の音楽の聴き方でした。SpotifyなどでZ世代向けの今の曲ではなく、90年代の音楽ばかり聴いているといいます。
一番よく聴いているのがZARDだと聞いて、片山さんは驚いたそうです。本人だけの好みかと思って尋ねると、周りにも同じような人が多いという答えが返ってきました。
多い多い。多い。俺の周りでも多い。
片山さんは、自分たちが20歳ごろだった頃との感覚の違いを指摘します。当時は昔の曲を「古い」「時代遅れ」と感じていたけれど、今の20代にとっては20年前の曲がむしろ心に響くようだ、という見立てです。
(20年前の曲が)新しく多分聞こえるんでしょうね、感覚的に。
保呂田直行さんは、その感覚を自分の体験と重ねます。音楽をやっていた保呂田さんは、90年代に60〜70年代の曲をカバーしていて、大人たちから「なんでそんな曲やってるの」と言われた経験があるといいます。
(60〜70年代の曲を)大人たちからお前らなんでそんな曲やってんの?って言われてました。
保呂田さんは、これは邦楽に限らず洋楽でも同じだと話します。昔からのソウルやファンクの要素を取り入れたブルーノ・マーズのような存在を例に挙げ、世代をまたいで似た現象が起きているのではないかと語りました。
古い曲の再生は本当に伸びているのか
片山さんは、この話題について実際にデータも調べたと明かします。ただし世代別の細かいデータは見つからなかったといいます。
わかったのは、配信が全盛期になってから、古い曲の再生回数もぐっと増えているという傾向でした。誰がどの世代で聴いているかまでは分からないものの、古い曲全体が伸びている点は確認できたと話します。
保呂田さんは、その背景に音楽配信サービスの普及があるのではと補足します。昔の曲にアクセスしやすくなったのは、プラットフォームの変化が大きいという見方です。
確かにアクセスしやすくなったのはプラットフォームとして、あの音楽配信系のサービスが出てきたからかもしれないけど。
一方で保呂田さんは、リバイバル自体は昔からある現象だとも指摘します。ファッションを含めどの業界でも、過去のものに今風のアレンジが加わって世に出てくる流れは共通しているという整理です。
「そのままでいいんだよ」がしんどい理由
片山さんは、義理の妹が昔の曲を選ぶ理由として挙げていた歌詞の話を紹介します。今の若い人向けの楽曲には「そのままでいいんだよ」というメッセージが多く、それを聴いているとしんどいというのです。
(今の曲は)そのままでいいんだよっていうメッセージが多い。それが(義理の妹には)しんどいって言ってて。
なぜしんどいのか。義理の妹の言い分は「それって何の問題解決にもなってないやん」というものでした。肯定してくれるだけでは、抱えている悩みは変わらないという受け止め方です。
だって今のままでいいんだもんね。もちろんそれも必要なことだけどね。
保呂田さんは、この感覚を「ないものねだり」という言葉で捉え直します。甘やかさない昭和的なスタイルの会社に応募が殺到する例を挙げ、ハラスメントが問題視される時代でも、あえて厳しさを求める動きがあると指摘しました。
メロディアスと破壊、揺り戻しの反復運動
保呂田さんは、音楽の歴史そのものが「ないものねだり」の反復だと語ります。メロディアスな80年代的な商業ポップが流行った後には、ニルヴァーナのようなグランジの破壊的な音楽が来た、という流れです。
メロディアスなものから不協和音へ、不協和音からまたメロディアスへ。保呂田さんは、この行き来こそが「ないものねだり」だと表現します。
メロディアスなところから不協和音、不協和音からのメロディアスみたいな、そういうのって絶対にないものねだりだと思いません?
片山さんもこの感覚に同意し、野球にたとえて言い換えます。ストレートがもてはやされる時期の後には必ず変化球が来て、変化球に飽きればまたストレートに戻る、という捉え方です。
(変化球に)みんな飽きてくると、また多分ストレートに戻っていく。で、その前のストレートを知ってる人は、あ、また懐かしいのが戻ってきたなみたいな感覚に陥る。
つまり時代は巡り、揺り戻しが常に起こっているというのが2人の共通した見方でした。前のストレートを知っている世代には懐かしく、知らない世代には新しく聞こえる。同じ現象が、立場によって違って見えるわけです。
イントロ消滅とTikTok時代の「ド頭サビ」
話題は、平野聡さんのラジオDJとしての実感に移ります。平野さんがラジオDJに憧れた大きな要素は、イントロにかっこよく乗れるかどうかだったといいます。
昔そのラジオDJに憧れた大きな要素は、イントロにかっこよく乗れるかどうかだったんです。
平野さんは、自分が気持ちよく話に乗れるのは16秒くらいのイントロだという体感を語ります。番組スタッフが事前にイントロの秒数を測ってくれることもあり、それを目安に言葉を当て込んでいくそうです。
ところが今の流行りの曲にはイントロがない、と平野さんは指摘します。いきなり歌から始まる曲が多く、その理由をこう見ています。
今の流行りの曲ってイントロがないんです。もういきなり歌から始まるんですよ。
平野さんは、若いミュージシャンからTikTok時代の話を聞いた経験を挙げます。すぐにキャッチしに行かないと、イントロを待ってもらえないというのです。
みんなイントロ待ってくれないから。
これに対し、作り手側にいた保呂田さんは、レーベルから同じことを求められた経験を明かします。「ド頭サビスタート」にしなさいという指示です。
(レーベルから)あのど頭サビスタートみたいな(ことを言われた)。
保呂田さんは、その背景にかつての試聴機の存在があったと説明します。タワーレコードなどの試聴機で聴く人は、イントロが続くと次の曲へ飛ばしてしまう。だからこそ最初の数秒で曲の良さを伝える必要があったといいます。
平野さんも、店頭でスタッフのポップに「まずはこの曲から」と書かれていれば、その曲から聴いた記憶があると応じます。試聴機の時代の商業戦略が、TikTok時代の「イントロなし」に地続きでつながっている構図が見えてきます。
タワーレコードなどの試聴機で、イントロが続くと次の曲へ飛ばされてしまうため、ド頭サビで良さを伝える戦略がとられた
イントロを待ってもらえず、すぐにキャッチしに行かないといけないため、いきなり歌から始まる曲が増えている
売れてからやりたいことをやる、という順番
保呂田さんは、若手アーティストに伝えたいこととして「売れてから本当にやりたいことをやる」という順番を挙げます。例として、ハードロックやメタリックな重い音楽をやりたかったアーティストが、まずは売れ線のポップでオリコンに食い込み、その後にやりたいことをやったケースを語りました。
一方で平野さんは、今はCDを出さなくても、ネットに上げるだけで自分たちのやりたい音楽が聴き手に届く時代だと指摘します。そこから新しい人がどんどん生まれてくる状況もあるといいます。
ただし平野さんは、その状況がそろそろ分岐点を迎えるのではないかとも感じています。みんなが好きなように音を出すフェーズが続くと、かえって「あんまり面白くないかも」と感じる人が増えてくるのではないか、という見立てです。
あれ、あんま面白くないかもなって感じる人がなんか増えてくるかもしらんなと思って。
これも結局、保呂田さんが言う「ないものねだり」の感覚が、また別の形で戻ってくるという話につながっていきます。
「ないものねだり」のスパンが早くなっている
保呂田さんは、この「ないものねだり」のスパンが昔より早くなっていると分析します。かつてはプロがレーベルの認証を受けてリリースするまでに1年ほどのリードタイムがかかり、すぐにカウンターを打てなかったといいます。
今は録音環境が整い、プリプロ状態でリリースしてしまうインディーズやハイアマチュアも多い。その結果、昔の曲を含めてリスナーが飛びつける選択肢が一気に増えたと保呂田さんは語ります。
(昔は)カウンターパンチが打てなかったんですよ。リリースするまでに多分リードタイムが一年ぐらいかかっていた。
選択肢が増えたぶん、リスナーはさらに古い時代の曲にもアクセスできるようになりました。保呂田さんは、リスナー側のリテラシーも上がっていると付け加えます。ないものねだりの反復が、より短いサイクルで回るようになっているという整理です。
AIで3分で曲ができる時代の音楽の受け止め方
話はAI作曲へと移ります。保呂田さんは、最近AIで作曲できることを知って感動したと語ります。昔の曲っぽいものも、今っぽいものも作れるといいます。
(AIで)昔の曲っぽいやつもできるし、なんだろう、今っぽいやつもできる。
平野さんも同じ体験をしていて、聴いても本物かどうか判断がつかなかったと話します。しかも打ち込めば3分や5分でできてしまう手軽さに驚いたそうです。
そのうえで保呂田さんは、自分が気になるのは作り手側だけではないと語ります。どういう音楽を市場が求めていくか、受け止め側のほうが逆に気になるといいます。
保呂田さんは、希望として「もっと自由で開かれた市場」になってほしいと述べます。ポッドキャストがかつてのキー局の電波を介さずに自由に配信できるようになったように、音楽も誰かがコントロールするのではなく、リスナー自身が取りに行ける世界がいい、という願いです。
そのうえで保呂田さんは、DJのような人たちが自由に音楽を紹介し、情報や音楽が人々に行き渡る「交通整理」がされていけば、素晴らしい世界になるのではないかと想像を語りました。
アルゴリズムより、あの人がすすめる一曲
保呂田さんの話を受け、片山さんが強く同意します。音楽の数が膨大になった今だからこそ、アルゴリズムやマスのパワーではなく、あるラジオDJがおすすめする曲を純粋に聴きたい、という感覚です。
保呂田さんは、昔あった「ミックステープ」を例に出します。高校時代に先輩から渡されたテープから受けた影響は、今も自分の音楽性として残っているといいます。
どんな先輩と出会い、どんな親がいて、その文脈の中でどんな衝撃を受けるのか。保呂田さんは、これは「ないものねだり」以上の何かインフルエンスだと語ります。
平野さんも、当時は情報が少なく、人伝いの出会いが大きかったからこそ強烈だったと振り返ります。今はいろんな情報に出会えるのが当たり前になった、という対比です。
片山さんは、そういうキュレーションをカリスマだけでなく、いろんな人ができたらいいと話します。ここで保呂田さんが出したのが「高校の先輩レベルがちょうどいい」という距離感でした。
あの高校の先輩レベルがマジちょうどいい。
肩パンしてくる先輩が「お前のためにおすすめのCD作っといたから聞いとけよ」と渡してくれたら、ちょっとキュンとしてしまう。片山さんはさらに「好きな子が聴いてるやつ」も影響が大きいと付け加え、雑談らしい盛り上がりを見せました。
音楽・DIY・料理、作り手と一緒に語る次の企画
トークの終盤は、今後やってみたい企画の話になります。保呂田さんは、音楽の話を続けるなら音楽業界のプロを呼びたいと提案します。
平野さんは、音楽は誰もが触れていて思うところもあるぶん、視聴者目線だけだと全体がふわっとしてしまうと懸念を示します。だからこそ、仕事として携わっているプロという「軸」が必要だという整理です。
音楽業界のプロデューサーでもいいし、何かしらもう仕事としてそこに携わってる人がいてくれないと、全体的にふわっとしたままで。
保呂田さんは、DIY業界にも興味があると語ります。かつて開いたグラフィティのイベントで、来場者が自分で絵を描いてみたことで、プロの絵のすごさに気づけたという体験がもとになっています。
自分で作っている人ほど、プロのすごさが分かる。保呂田さんは、ポッドキャストをやっている人がプロのラジオDJの上手さを実感するのと同じだと説明します。作り手と本物のプロを一緒に見せる企画にできないか、というアイデアです。
さらに料理や法律といったジャンルも候補に挙がります。知財の話は片山さんが別のポッドキャストで扱っているため、そうした他番組の担当者を呼ぶ案も出ました。
保呂田さんは、番組同士を行き来する連携も面白いと提案します。この番組で知財系の人を深掘りしたあとに、その人の番組を聴いてもらう、という流れです。
最後に平野さんは、企画の核として人の背景に注目したいと語ります。その人がなぜそれを選んだのか、学生時代に何があったのか。そうしたパーソナルな部分を紐解きながら、ブランディングの考えを引っ掛けていく方向性で、雑談は締めくくられました。
まとめ
Z世代の90年代回帰という話題から始まったアフタートークは、音楽トレンドが常に揺り戻しを繰り返すという見方に行き着きました。イントロ消滅やAI作曲を経て、最後は「誰がすすめるか」という人のキュレーションの価値へと話がつながっていきます。
- Z世代が90年代の曲を聴くのは、上の世代も経験してきた「ないものねだり」の反復だと語られた
- メロディアスと破壊、ストレートと変化球のように、音楽トレンドは揺り戻しを繰り返し、そのスパンは今、早まっている
- 試聴機の「ド頭サビ」とTikTokの「イントロなし」は、最初の数秒で聴かせるという点で地続きになっている
- AI作曲で誰でも曲が作れる時代だからこそ、市場がどんな音楽を求めるか、受け止め側が重要になると保呂田さんは語った
- アルゴリズムやマスではなく、高校の先輩がすすめる一曲のような人のキュレーションに価値があるという結論に至った







