20世紀最大の発明品はカーラジオ?
速水さんは、テレビや飛行機、電子レンジ、コンピューターなど20世紀に生まれた重要なものを挙げたうえで、自分が思う最強のテクノロジー製品は「カーラジオ」だと切り出します。
速水さんによれば、19世紀末に自動車が発明され、同じ頃に無線技術も実用化されました。この2つがおよそ30年かけて結びつき、カーラジオが生まれたといいます。
俺が思っている最強のテクノロジーは、まあテクノロジー製品か、カーラジオです。
この話のきっかけは、速水さんがPodcastで聴いている「てけしゅん音楽情報」です。ロックとロックンロールの違いを1時間ほどかけて話していた回が面白く、速水さんはそれへのアンサーとして今回の話をすると述べています。
ロックとロックンロールは何が違う?てけしゅんの議論
速水さんは、てけしゅんの2人の議論をコンパクトにまとめます。ロックとロックンロールの違いはそれほど明白ではなく、初期のビートルズはロックンロールのカバーも多く、実はロックンロール・リバイバルの始まりだったという話です。
ロックもロックンロールも何度も「死んだ」と言われ、その数だけリバイバルがあったといいます。ビートルズの楽曲も、1960年代後半にかけて、ロックンロールというよりロックと呼べる曲が少しずつ出てきたとされます。
てけしゅんの2人は、両者を分ける手がかりとして、ドラムのリズムの刻み方の軽さや、ギターにエフェクトをかけるかどうかを挙げています。演奏の場がクラブやライブハウスから、ホールやフェスへ広がったことで、ロックに進化せざるを得なかったという解釈も紹介されています。
クラブやライブハウスで演奏される音楽。ビートルズ初期はカバーも多かった
1960年代後半からホールやフェスの規模で演奏され、ギターのエフェクトなども使われる
カーラジオがロックンロールを生んだという仮説
速水さんが加えるロックンロール仮説は、音楽の分野ではなくメディアと聴き手の側から考えるものです。カーラジオが普及したことで、カーラジオで聴くことを前提に、ティーンエイジャー向けの音楽としてロックンロールが生まれた可能性があるといいます。
このカーラジオの登場によってね、社会そのものとか文化とかに変化を与えたっていうことはあまり語られてない気がするんだよね。
速水さんは、当時の若者がみなレコードを買って聴いていたわけではないと指摘します。大多数は、ラジオという無料のメディアで若者向けの音楽を聴いていたはずだという考えです。
速水さんは、この見方から、ロックンロールとカーラジオは絶対に切り離せないものだと位置づけています。
真空管からダッシュボードへ。カーラジオとモトローラ
速水さんによると、20世紀初頭の自動車はとてもうるさい乗り物でした。舗装道路が少なく振動も大きかったうえ、当時のラジオは真空管 ── 電流を増幅・制御するガラス管の電子部品。トランジスタ以前のラジオやテレビに使われ、大きく壊れやすいのが難点でしたが主流で、振動に弱く、車に積めるサイズでもありませんでした。
ラジオが小型化し、ダッシュボードに収まるサイズになって「いけるじゃん」となったのが1930年だと速水さんは話します。市販のカーラジオを最初に出したメーカーの1つがモトローラ ── アメリカの通信機器メーカー。携帯電話や半導体でも知られ、社名は「モーター」と「ビクトローラ」を組み合わせたものとされていますだったという点に、速水さんは注目しています。
モトローラは無線機器メーカーとして携帯電話を作っていた時期もあり、マッキントッシュのCPUを担っていた時代も長くありました。集積回路や無線通信装置を作り続けてきた会社の原点がカーラジオだったことは重要だ、と速水さんは見ています。
カーラジオの普及と同時に生まれた「ロケット88」
速水さんによれば、1930年に登場したカーラジオが普及するのは1950年代です。第二次大戦が終わって2年後の1947年の時点で、自動車の約29パーセントにカーラジオが搭載されていたという資料があるそうです。
カーラジオの普及とほぼ同時にロックンロールが誕生した例として、速水さんは1951年のレコード、ジャッキー・ブレンストン&ヒズ・デルタ・キャッツ名義の「ロケット88」を挙げます。ロックンロールをさかのぼったとき、かなり初期の1枚と言われる曲です。
「ロケット88」はラグタイム ── 19世紀末にアメリカで生まれたピアノ音楽。シンコペーションの効いた跳ねるリズムが特徴で、のちのジャズなどにつながりましたピアノやブギのリズムを持ち、耳で聴いてすぐロックンロールだとわかる音楽です。演奏者にはアイク・ターナーも参加しており、R&Bの中でロックンロールの原型の1つと言えると速水さんは話します。
「ロケット88」の歌詞にはオールズモービルという車の名前が出てきます。速水さんは、私立探偵フィリップ・マーロウが乗る大衆ブランドの車だと補足し、ロックンロールは最初期から歌詞で自動車やカーライフに触れていたことが大事だと強調します。
チャック・ベリーのデビュー曲「メイベリーン」は車の歌
ロックンロールの王様と呼ばれるチャック・ベリーは、速水さんによると1956年に「メイベリーン」でデビューしました。メイベリーンは女性の名前です。
「メイベリーン」では、メイベリーンがキャデラックに乗る男とドライブしており、主人公はフォードの8気筒で追いかけます。自分のガールフレンドが自分よりいい車の男と遊びに行ってしまい、浮気されたと追いかける男の歌だといいます。
やっぱりデビュー曲がいきなりさ、車の歌だっていうところが大事で、ロックンロールと自動車の関係っていうのは、まあ切っても切れないところにあるっていうことですよね。
速水さんは、1950年代のアメリカでは自動車が安くなり経済も急成長したことで、ティーンエイジャーが車でハイスクールに通うようになったと話します。そうした10代のライフスタイルを歌うのがロックンロールでした。
車の普及
1950年代のアメリカで自動車が安くなり、10代も車で通学する
カーラジオ
車内でラジオを聴くことが当たり前になる
音楽の形
騒音の中でも映えるメリハリのビート、疾走感、反復
歌詞
車や10代のライフスタイルが歌われる
速水さんは、メリハリのついたビートは騒音のある車内で聴くのにふさわしく、疾走感もロックンロールの特徴だとします。単純なエイトビートを反復し、歌詞もサビで何度も同じところへ戻ってくる構造があると話します。
「ロックンロール・ミュージック」の韻と自己言及
速水さんは、チャック・ベリーの代表曲の1つで1957年の作詞作曲作品「ロックンロール・ミュージック」の歌詞を引用します。ビートルズが『フォー・セール』でカバーし、ビーチ・ボーイズもカバーした曲です。
速水さんの訳では、「ロックンロールを聴かせてくれ」「どんなやり方だっていい」「バックビートがあれば問題ないんだ」「いつだって行けるぞ」という内容です。music、choose it、lose it、use itと、一音一音で韻を踏んでいると速水さんは指摘します。
だからロックンロールってこういう風に反復しながら、ちょっとずつずらしながら同じところに帰ってくる音楽。
速水さんは、「ロックンロール・ミュージック」という歌自体がロックンロールの自己言及だと述べます。カーラジオから生まれた音楽という意味では、チャック・ベリーに車の歌が多いこともある種の自己言及だと見ています。ただ、ラジオが流れる曲がチャック・ベリーにあるかは確認できていないと話しています。
10歳で受けた衝撃、吉川晃司「モニカ」
ここから話は速水さん自身の原体験へ移ります。体に雷が走るような経験として、速水さんは吉川晃司のデビュー曲「モニカ」を挙げます。1984年、速水さんが10歳の頃でした。
「モニカ」の驚きの1つは構成の速さです。速水さんが測ると、イントロは6秒で7秒目からAメロが始まり、サビは22秒から始まります。イントロ・Aメロ・サビという形式の中では、おそらく歌謡曲史上最速ではないかと話しています。
ただ、10歳の速水さんが一番驚いたのは構成ではなく、吉川晃司の速いパッセージ、つまり歌詞の乗せ方でした。「バックミラーふいに覗けば」を音節に乗せず省略しながら、少し巻き舌で歌う独特の歌い方が衝撃だったといいます。
当時の大人たちがよくさ、吉川晃司の歌を聴いて、まあ「日本語ちゃんと歌え」とかさ、「英語もちゃんと歌え」っていう風に怒られてたと思うんだけど、
それがやっぱりさ、子供にとってみると、「うわ何これかっこいい」っていう風に映っていたっていうね。
「さよならは八月のララバイ」とラヴソング
速水さんは、吉川晃司のセカンドシングル「さよならは八月のララバイ」もよく覚えていると話します。この曲には「カーラジオから懐かしいラブソング」という歌詞が出てきます。
「モニカ」の作詞は三浦徳子、「さよならは八月のララバイ」の作詞は売野雅勇で、作曲はどちらもNOBODYです。速水さんは、NOBODYを日本の1980年代のロックンロール・リバイバルにおけるプレイヤーであり作曲チームでもある重要パーソンだと紹介しています。
「さよならは八月のララバイ」で吉川晃司は「ラブソング」ではなく「ラヴソング」と歌います。同じ時代に尾崎豊は「OH MY LITTLE GIRL」で「街角のラブソング」と歌っており、速水さんにとっては、このラヴソングとラブソングの違いが音楽ジャンルを分けるキーポイントだったといいます。
当時はアイドル歌手。「さよならは八月のララバイ」で「ラヴソング」と歌う
当時はロック歌手。「OH MY LITTLE GIRL」で「ラブソング」と歌う
「Next裕次郎」と車のある設定
速水さんによると、吉川晃司の1曲目と2曲目はほぼ同時に作られ、どちらをデビュー曲にするかでプロデューサーが「モニカ」を選んだといいます。映画と音楽で同時にデビューする大型新人として「Next裕次郎」というコンセプトがあったそうです。
そのため2曲とも、海岸線の道路を走る自動車という設定が重なっています。「モニカ」ではカセットで音楽を聴き、「さよならは八月のララバイ」ではそれがカーラジオになります。青春や湘南のイメージが裕次郎と重ねられ、自動車もマストのコンセプトだったと速水さんは見ています。
佐野元春「アンジェリーナ」で走った2度目の雷
中学生になって音楽の幅を広げた速水さんですが、好きな音楽の原点が「モニカ」であることは変わらなかったといいます。当時もある種のロックンロール・リバイバルの時代で、その中で速水さんは佐野元春に出会います。
速水さんが最初に聴いた佐野元春のアルバムは『ナポレオンフィッシュと泳ぐ日』で、最初に好きになった曲は「約束の橋」でした。1989年、16歳の頃です。その後、佐野元春の初期をさかのぼるうちに「アンジェリーナ」に出会います。
まずね、「あれ、これモニカじゃん、どっちが先なの?」っていうのが先に思ったことで。
速水さんは、パクリだとかダメだとか、ネガティブなことを言いたいわけではないと断っています。メロディーの類似ではなく、「モニカ」に感じた衝撃と同じ雷が「アンジェリーナ」でもう一度走ったということです。
「アンジェリーナ」では、イントロのフランジャー ── 音を少し遅らせて重ね、うねるような響きを生むエフェクト。ジェット機が通り過ぎるような音色になることで知られますがかかったギターや、「シャンデリアの街で眠れずに」を音節を無視して字余りのまま乗せる歌い方に、速水さんは「これか」と気づいたといいます。
「アンジェリーナ」は1980年の佐野元春のデビュー曲で、「モニカ」の4年前です。速水さんは影響の元をあとから知るこの順番を、鳥が恐竜の生き残りから進化したと知ったときの驚きに近い、幸せな出会い方だと表現しています。
メイベリーン、アンジェリーナ、モニカ。循環するロックンロール
速水さんは、吉川晃司が女の子の名前でデビューしたことは意図的だと見ています。吉川晃司本人もロックがやりたいとアピールし、佐野元春が好きだとインタビューで公言していたので、隠していない、全然オープンな話だといいます。
「アンジェリーナ」の「シャンデリアの街で眠れずに トランジスタのラジオでブガルー」という歌詞は韻を踏んでおり、今回の文脈で言えば佐野元春のデビュー曲もまたカーラジオソングだと速水さんは指摘します。
| 曲 | 歌手 | 共通点 |
|---|---|---|
| メイベリーン | チャック・ベリー | 女の子の名前のデビュー曲、自動車が登場 |
| アンジェリーナ | 佐野元春 | 女の子の名前のデビュー曲、自動車やラジオが登場 |
| モニカ | 吉川晃司 | 女の子の名前のデビュー曲、自動車が登場 |
速水さんは、チャック・ベリー、佐野元春、吉川晃司のあいだには間違いなく連続性があり、循環していて反復していくと話します。しかも速水さん自身は、モニカからアンジェリーナ、そしてメイベリーンへと、歴史を逆向きにたどりました。
この循環にはさらにブルース・スプリングスティーンも入ってくるものの、長くなるため今回は省き、その話はタナソーさんとしたいと速水さんは締めくくっています。
まとめ
速水さんは、カーラジオの普及を背景にロックンロールが生まれたという仮説から、自動車と女の子の名前を歌うデビュー曲がチャック・ベリー、佐野元春、吉川晃司へと反復し循環していく姿を描きました。
- 自動車と無線技術は約30年かけてカーラジオとして結びつき、1950年代に普及した
- ロックンロールはカーラジオで聴く10代向けの音楽として生まれた可能性があると速水さんは考える
- チャック・ベリーのデビュー曲「メイベリーン」は車の歌で、反復と韻もロックンロールの特徴とされる
- 吉川晃司「モニカ」と佐野元春「アンジェリーナ」は、速水さんにとって同じ雷が走った2つの原体験だった
- ロックンロールは反復して循環し、その歴史もどちらの向きからたどれると速水さんは話す




