大森元貴は本当に来るのか?会議室のラウンドテーブル
2026年10月9日の金曜日、ユニバーサルミュージックの会議室で、Mrs. GREEN APPLEのマネジメント&プロジェクトチームPMGAによるラウンドテーブルが開かれました。集められたのは20人弱のメディア関係者で、音楽専門メディアもいたものの、それ以外のメディアが多かったと速水さんは振り返ります。
趣旨は「今、大森元貴が何を考えているのか」をざっくばらんに共有することでした。速水さんが呼ばれたのは、雑誌『BRUTUS』の大森元貴特集に原稿を書いた縁で、編集者から案内を受けたためです。
会場は、一人掛けと二人掛けのソファが半円に並び、その中心にテーブルと椅子が1つだけ置かれた形式でした。時間通りにユニバーサルのCEOが登場し、スライドでミセスの現状を説明します。
スライドの内容は、ミセスが売れていることを具体的な数字で示したり、ポケモンやスマホゲームと比べて社会現象・経済現象として位置づけたりするものでした。ミセスがいまどんな場所に置かれているかを確認する内容だったといいます。
説明は30分ほど続き、速水さんは少し心配になったそうです。大森元貴さんが来るとは事前にはっきり告知されておらず、椅子もCEOが座る1脚しかなかったからです。
「え、これこのまま続くっていうこと?」っていう。そういえばはっきりと「ここに大森元貴が来ます」とはさ、事前にアナウンスされてないんだよね。
一人でやるのかと心配しかけたところで、「今日は大森元貴来ています」と本人が後ろから登場し、会場は拍手喝采に包まれました。椅子を用意していなかったのは、直前まで来られるかわからなかったからなのか、演出なのか。速水さんはそれを推理するだけでも面白い趣向だったと話します。
質疑応答では、新譜が出て1週間ほどのタイミングにもかかわらず、新譜についての質問は1つも出なかったそうです。この日の模様はローリングストーン ── アメリカ発祥の音楽・カルチャー誌。日本版はRolling Stone Japanとしてウェブを中心に記事を配信していますがいち早く記事にしており、速水さんはその記事とは違うポイントに絞って語っていきます。
グラミー賞で大森元貴が見ていたのはステージではなく足場
速水さんが面白いと感じたのは、ユニバーサルのCEOが大森元貴さんをロサンゼルスのグラミー賞授賞式に連れて行ったという話です。この話を、ユニバーサル側と大森さん側の両方から聞けたことがポイントでした。
ユニバーサル側の狙いは、世界のトップアーティストの受賞や派手なステージを見せ、肩を並べる存在になってほしいとやる気を喚起することだったと速水さんは見ています。世界戦略のイメージが湧いてくるのではないか、という期待です。
ところが大森さんが目を奪われていたのは、レッドカーペットのライティングや、客席に組まれたカメラマン用の巨大な足場でした。「日本ではこの色の電球を使わない」「日本ではこれはやれない」と、裏方の目線でつぶさにチェックしていたそうです。
世界のトップのステージを見せ、肩を並べる存在を目指す意欲を喚起する
照明の色や巨大な撮影用足場など、演出の裏方を観察する
ステージを披露したミュージシャンたちについては、肩を並べるのは難しいと思ったという感想を大森さん自身が述べていました。一方で、実際にミセスのイベントでグラミーのショーを演出するチームと仕事をしたという話もしていたそうです。
サブリナと友達になろうとか、そういうことじゃないんだよねっていう、その観察眼の面白さっていうのもあるし、向こうの音楽に感化されたりするっていうね、感じはないんだよね。
速水さんは、大森さんが「自分は音楽にそんなに詳しくない」と話していたことにも触れます。どこまで信じていいかはともかく、そうした言い方自体が面白いと受け止めています。
世界ランキング13位前後、それでも北米を狙わない理由とは
速水さんは、メディアを集めたこの場の主眼の1つは世界戦略だったのではないかと見ています。J-POPが世界に打って出る流れがある中で、グローバル企業のユニバーサルには当然世界戦略があり、その一部をスライドで見せたのだろうという見立てです。
現在のミセスは国内で圧倒的な人気を持ち、アジアからも求められる存在ですが、北米マーケットへのプロモーションは現状行っていないとのことでした。スパイダーマンやディズニーとのコラボはあるものの、北米をあまり意識していないといいます。
それでも、日本国内だけで市場規模はそこそこになり、テイラー・スウィフトを筆頭に、バッド・バニー、ビリー・アイリッシュ、ザ・ウィークエンドらが並ぶ世界のトップに続く、セカンドグループに位置しているそうです。速水さんの記憶では、ランキングで13位あたりだったといいます。
それって逆に伸びしろすごいじゃんっていうこと。そこちょっとでも海外のマーケットっていうのが上乗せされると、あれ、世界の番付10位に入っちゃうじゃんみたいな。
ただ、話は普通に考える世界戦略とはまったく違う方向に進み、速水さんはそこがめちゃめちゃ面白かったと話します。ミセスのフェーズ1・2・3という区切りは明らかにマーベルのフェーズを意識しており、ディズニーとのタイアップもグローバルな規模で行われています。
それでも、ミセスが北米マーケットに比重を移すわけではありません。海外との繋がりはあるけれど、そこに向けて音楽を作り市場を開拓するわけではない。速水さんは、1つの発言ではなく、さまざまな話からニュアンスとしてそれが伝わってきたと説明しています。
ミセス供給多すぎ問題と「ミセスの一番長い日」
速水さん自身のミセスへの関心は、「ミセス供給多すぎ問題」にあります。ベスト盤があり、毎月のようにリリースがあり、CMやドラマのタイアップ、ファンクラブ向けの大量の情報、多数のコンサート、歌番組などのメディア露出もある。とにかく物量が多いのです。
興味深いのは、ラウンドテーブルの場でミセス側が自ら「供給」という言葉を使っていたことだと速水さんは指摘します。
速水さんが『BRUTUS』に書いた原稿も、まさにこの「大森元貴働き者問題」がテーマでした。今になって、タイトルを「ミセスの一番長い日」にすればよかったと思っているそうです。これは映画『日本のいちばん長い日 ── 終戦前日から玉音放送までの24時間を描いた作品。半藤一利のノンフィクションをもとに、1967年と2015年に映画化されています』にかけた言葉です。
速水さんが描いた昨年末のミセスの動きは、次のような流れでした。
紅白の『あんぱん』のコーナーでは、ドラマの主役たちが中心にいて、大森さんは歌いながらも一番横にいたそうです。その人物が紅白の大トリでもあるところが面白いと速水さんは話します。大トリを務める人が応援に参加するのも、よほどのことでなければありません。
速水さんは原稿で、この働き者ぶりを「あえてのテレビジャック」として書きました。そして疑問として残ったのが、なぜ露出を絞らず全部に出るのか、という点です。
露出を絞るのはかっこ悪い?ミセスが戦っているもの
音楽業界では、いかにメディア露出を絞って飽きさせないかを考えるのが普通です。ミセスは歌番組で歌う以外に、自分たちのバラエティ番組まで全力でやっていますが、こうした活動は「消費されてしまう」とレコード会社が心配し始めるものだと速水さんは説明します。
高級ブランドのマーケティングでいうブランディング ── 商品や人物の持つイメージや価値を意図的に形づくり、維持・向上させる取り組み。希少性を演出して価値を保つ手法がよく知られていますの考え方では、「露出を増やさないことが価値を維持すること」が基本の教科書です。しかし速水さんは、この考え方には少しかっこ悪さもあると言います。
なんかめちゃめちゃいいかっこしいなわけ。すごい自分の供給を絞って、その希少価値を上げて、で、まあ自分の価値がすり減らないようにするみたいなこと。
露出を絞って希少価値を上げ、消費されないように価値を守る
出し惜しみせず全部に出て、絞る考え方自体をかっこ悪いと問い直す
速水さんは、ミセスが希少価値で自分を守るやり方へのアンチテーゼを提案していると受け止めています。
そう感じた背景には、速水さんの体験もあります。2か月ほど前、代打で出演したTBSラジオの番組で、人は17〜18歳で出会った音楽を聴き続けるという研究データを紹介し、今の音楽も聴いたほうがいいと、その代表にミセスの名前を挙げました。
すると、X上で「こいつわかってねえな」といったエアリプが3〜5人ほどから飛んできたそうです。サブカルや少数派を好む人たちはミセスがあまり好きではない、ということをわざわざ伝えてきたといいます。
まあなるほどね、ミセスが戦ってるものっていうのは何かっていうのがさ、伝わってくる話だなっていう。
速水さんは、メジャーな音楽ゆえに無視されたり毛嫌いされたりする風潮は昔からあると話し、90年代のDREAMS COME TRUEを例に挙げます。同時期の渋谷系 ── 1990年代前半に東京・渋谷を中心に流行したポップスの潮流。過去の音楽を引用する、マニアックな音楽性が特徴とされますが音楽的に読み込まれた一方で、ドリカムの音楽性は音楽専門誌からほとんど注目されませんでした。
ドリカムの中村正人さんは自分が音楽をマニアックに分析するミュージシャンだと明示していたのに無視された、と後のインタビューでよく語っているそうです。90年代前半にドリカムが好きだった速水さんも、音楽好きの友達と話が合わなかったと振り返ります。ただ、大森さんは自分を音楽に詳しくないと言っている点で、そこはミセスとは違うところだと付け加えています。
私小説を大衆紙に載せる、という比喩
大森さんが「音楽に詳しくない」と言うのは、音楽に自信がないという意味ではもちろんありません。作曲し、言葉を乗せていくことは自分の中で普遍的に起きていることで、流行に左右されず、「北米を狙って音楽性も変えます」といったことは絶対にないと速水さんは見ています。
一方で大森さんは、グラミー賞の授賞式、テーマパークとしてのディズニー、マーベルといった、多くの人に届ける手法は目ざとく分析し、人をワクワクさせる手法として取り入れています。アレンジを派手にしたり、K-POPの影響を無視せずダンスを取り入れたりするのもその表れです。
大森さんはラウンドテーブルで、これを比喩で語っていました。作品はあくまで私小説、あるいは純文学のような個人的なもので、それを発表する場は大衆紙のように、なるべく人の目に留まるメディアにする、という姿勢です。
速水さんはこの比喩をわかりやすいと評価し、新アルバム『POPS』というタイトルに込められた思いも、この話に置き換えて語ってくれたのではないかと受け止めています。
ミセスが流行を掴んだのか、世間が追いついたのか?
ラウンドテーブルの最後に、朝日新聞の記者とみられる人が、ミセスのヒットは流行をキャッチアップした結果なのか、それとも世間がミセスに追いついてきたのか、と質問しました。速水さんは、これが一番いい質問だったと話します。
大森さんは考える間もなく、2つの立場に分けて答えたそうです。チームとしては大衆の求めているものをようやく探り当てた感触がある。ただ、音楽の作り手としては、ようやく自分の音楽を世間に見つけてもらえたと思っている、という答えでした。
大衆の求めているものを、ようやく探り当てた感触がある
自分の音楽を、ようやく世間に見つけてもらえた
ここでいう「チーム」は、バンドメンバーではなく、レコード会社やプロモーション、セールスを含めたプロジェクトとしてのMrs. GREEN APPLEです。速水さんは、プロデューサーとしての大森元貴と、音楽を作る大森元貴を別人格として切り離していることが伝わってきたと話します。
この切り分けは、グラミー賞で「肩を並べるのは無理」とジョークめかして語った話とも共通していると速水さんは見ています。内側から出てくる音楽は変えず、その外側にあるプロモーションや世界への売り方はチームで考える、という構図です。
だからこそ、音楽のスタイルを変えてまで世界に挑むことには興味がないのだろう、というのが速水さんの読みです。音楽については自分が納得するかどうかを基準にしていて、伝わらないなら伝わらないでいい、というくらいの覚悟があるのかもしれないと話しています。
結論として、ミセスがグローバル市場に打って出るわけではなく、日本でのライブやファンへの発信、お茶の間への露出が中心であることは変わらないと速水さんは受け止めました。そのうえで北米などとの接点が広がっていくなら、それが戦略なのだろうという見方です。
朝9時半開始にも表れた働き者ぶり
最後に速水さんが明かしたのは、ラウンドテーブルの開始時刻の話です。『BRUTUS』の編集者からLINEで連絡が来たのは開催の2日前ほどで、「9時半です」と書かれていました。
速水さんは夜のことではないかと思ったものの、案内をよく見ると、やはり午前9時半でした。もちろん喜んで参加したものの、手の込んだ仕込みのある会をこの時間帯に開くのは、やる側も大変だろうと話します。
行く側もちょっと早起きしなきゃいけないし、まあ俺は、だったら普段寝てる時間なので。
まとめ
Mrs. GREEN APPLEのラウンドテーブルで速水健朗さんが見たのは、音楽は変えず、届け方はとことん工夫するという大森元貴さんの切り分けでした。供給を絞らず全部に出る働き者ぶりも、その姿勢の延長にあると受け止められています。
- グラミー賞で大森元貴さんが注目したのは、ステージよりも照明や撮影用足場といった裏方の演出だった
- ミセスは北米への足がかりを持ちつつも、音楽性を変えて北米市場を狙うわけではないと速水さんは受け止めた
- 露出を絞って希少価値を守る業界の常識に対し、ミセスは出し惜しみしない姿勢で問いを投げかけている
- ヒットの理由を、大森さんはチームとしての手応えと作り手としての実感に分けて語った
- 「私小説を大衆紙に載せる」という比喩が、ミセスのものづくりの姿勢を表している

