虫も土も嫌いなのに農業学校へ通い始めた理由
この回のテーマは、現場班の山根さんの「これから」です。前回が過去から現在までの振り返りだったのに対し、今回は農業をめぐる未来の話が中心になります。
山根さんが農業に関わり始めたきっかけは、中さんが将来的に農業へ戻りたいという思いを持っていたことでした。誰か勉強に行ってくれないかという声があり、山根さんが手を挙げた形です。
もともと山根さんには家庭菜園に興味を持っていた時期もありました。ただ、農業に向いていなさそうな2つの苦手があったといいます。
その前ぐらいにちょっと家庭菜園に興味を持ってた時期はあったんですよ。ただ、虫が嫌いで。
すいません、土木出てるんですけど、土が嫌いで。汚いじゃないですか。
虫嫌い・土嫌いという、農業とは相性の悪い条件がそろっています。それでも「農業はおもしろそう」という興味と、ノウハウが自分のものになるという実利から、一度勉強に行くのもいいと考えたそうです。
虫嫌い、土嫌い。まあでもなんか農業おもろそうってちょっと興味があって。
費用は会社のオーナーが負担しており、山根さんは1年間の研修を受けてきました。卒業は今年の8月で、その後どうするかを今まさに悩んでいる段階だといいます。
月2回の座学と実地、それでも「虫とは分かり合えない」
山根さんが通っているのは、かなり本格的な農業学校です。中さんも以前に農業を学んでいたことがありますが、そちらは趣味程度の内容で、今回のものとは別物だと話されています。
通う頻度は月2回、2週に1度の日曜日に丸1日という形です。内容は座学が半分、実地が半分で、そこで農業を教えてもらえるといいます。
気になるのは、土嫌い・虫嫌いを乗り越えられたのかどうかです。土については、普段の仕事でも触っているため「テリトリーの中の嫌い」として折り合いをつけていると話します。
土嫌いはね、嫌いは嫌いなんですけど、しゃーない。テリトリーの中の嫌い、自分の。
一方で、虫とは今も分かり合えないといいます。ただ、以前より少しだけ距離が縮まった場面もあったようです。
虫はもう永遠に分かり合えないというか。
以前は手袋越しでも触れなかった山根さんですが、みんなでトウモロコシを取りに行ったとき、実についていた小さなカメムシを手でつまんで払えるようになっていました。
(トウモロコシに)ちっちゃいカメムシついてたんですよ。それをこう手でつまんで払えるようになって。
嫌いは嫌いなんすけど、ちょっとなんか可愛いとこあるやんみたいな。
ちなみにカタツムリは、山根さんの中では虫のカテゴリーに入っておらず、健気に進む姿を見て「頑張ってんな」と感じるそうです。苦手なものへの距離感が、少しずつ変わってきている様子がうかがえます。
1週間で激変する野菜、市販サイズが「食べ頃」の理由
屋上での野菜づくりは、山根さんいわく手が回っておらず、ほぼ放置に近い状態だといいます。鳥澤さんや長瀬さんの水やりの協力に助けられている状況です。
それでも野菜はどんどん育ちます。キュウリはサツマイモのような太さになることもあり、その理由は成長スピードの速さにありました。
一週間前はこんぐらいなんですよ。(それが)一週間後こんなになってるんですよ。
山根さんは畑には毎週通っていますが、本来は3日に1回ほど収穫が必要だといいます。間隔が空くと、キュウリが巨大化してしまうわけです。
オクラはさらにシビアで、ほぼ毎日取らないと硬くなってしまいます。取り遅れたオクラは、キュウリほどの大きさになって捨てざるを得なくなるそうです。
市販されている野菜のサイズが一番おいしい食べ頃なのか、という中さんの問いに対して、オクラの場合は大きくなるほど硬くなると説明されました。硬くなる理由について、吉田さんが補足します。
周りに入ってるちょっとしたチクチクした毛みたいな(のが)剛毛になって。だから口触りが(悪くなる)。
吉田さんは1階入り口の土のスペースでも、去年オクラやゴーヤを育てていました。夏の野菜は成長が早く、取り時の見極めが難しかったといいます。
朝見てまだいけるかと思って(放置して)、その日帰って次の日だもう(色が)黄色くなってもう腐りかけっていうか早い。
米で給料の一部を配りたい、社長の農業構想
話は8月の卒業後に移ります。山根さんは今、会社の予算を使う前提で5年分の計画を、複数のパターンに分けて作っている途中だといいます。
計画が一通りでない理由は、中さんの「米作りをしたい」という思いにあります。どこで米作りに参入するか、その時に農地が空いているかどうかが読めないため、空いている場合と空いていない場合とでパターンを用意しているそうです。
中さんには、作った米を給料の一部として配りたいという構想があります。手取りから米代を払っている今の状況を踏まえた、いわば福利厚生のアイデアです。
米を作って給料の一部を米で配ってやろうかということに(したい)。石高でちょっと決めようかなと。
その一部を米で支給したったらみんな喜ぶんちゃう?みたいな。
これに対して山根さんは、給与代わりの現物支給よりも、農業できちんと売り上げを立てて、その余剰分を分配するほうがよいのではないかと応じます。維持するにはお金が必要だからです。
(現物)支給という給与代わりの支給っていうよりは、農業でちゃんと売り上げを立てて、余剰分を分配とかの方がいいんかなと。
AIで仕事がなくなる時代に「自分たちで作る力」を
中さんが農業に取り組む理由は、福利厚生だけではありません。将来を見据えたリスクへの備えという側面があります。
中さんは、今の仕事がなくなる可能性を念頭に置いています。AIの進化を見ていると、自分たちで物を作って食べる力を、今のうちから身につけておくことが大事だと考えているそうです。
作るものは食べ物に限らず、それ以外の何かでもよいといいます。ただ、その入口として農業を選ぶには、参入障壁の高さという壁がありました。
中さんによると、元々は1年間研修し、2年間維持して初めて農業に参入できるという仕組みだったといいます。合計3年という長さゆえに、事前に取り組んでおく必要があると考えたわけです。
元々は3年間、1年間研修して、2年間維持して初めて農業に参入していいっていう感じやったんですよ。
そのため、その時代がいつ来るか分からなくても早めにトライしておこうと、社内で希望者を募りました。岡さんら何人かが手を挙げたといいます。
サラリーもらいながら農業やれるなんて最高みたいなこと言ってたけど、今やちょっとわからないですけどね。
中さんは、土に触れること自体の効用にも触れます。精神衛生上よいとされ、微生物や土中の細菌が影響しているという噂も聞くそうです。子どもが土に触れる機会も含めて、こうした場が会社にあればいいと語ります。
作って売るか、体験で稼ぐか、農業の出口設計
農業のあり方について、吉田さんは「作って売る」方向に必ず行きたいのか、それとも子どもの体験に向く観光農園のような形もあるのではないかと尋ねます。セラピー的な体験で収益化できるのか、という問いです。
中さんは、詳しくは言えないと前置きしつつ、民泊のような宿泊施設をやりたい別の人とコラボする構想を挙げます。農業と宿泊を組み合わせた「農泊」にすれば、宿泊費をもらいながら体験もしてもらえるという展望です。
ただし、あまりに異業種のため難しさもあると中さんは見ています。そのうえで、やはり作った野菜を売る出口も必要だと話が戻ります。
山根さんは、農業ではどうしても大量に収穫できてしまうため、出口設計が重要だと学校でも言われたと明かします。
吉田さんも、1階で育てたパクチーが、個人では消費しきれないほど同じ時期にできてしまった経験を語ります。売る先を見つけておかないと、収穫が無駄になってしまうわけです。
その出口づくりには、社内の協力も動いています。前川さんから飲食店に強い企業を3社ほど紹介してもらったといいます。
前川さんから三社ぐらいちょっと紹介いただいて。
山根さんは、飲食店からの引き合いを起点に、あまり市場に出回らない野菜の委託製造といった方向もあり得るのではないかと考えています。
作った米を給料の一部として配る福利厚生のアイデア。維持にはお金がかかる点が課題として指摘された
農業でちゃんと売り上げを立て、その余剰分を分配する。飲食店への販売や委託製造が出口候補
点検からのフェードアウト、二足のわらじの設計
樋上さんは、山根さんが後々は農業一本でやりたいのかを尋ねます。現在は橋梁点検と農業を並行している状態です。
山根さんは、農業に本腰を入れ始めれば、点検から離れざるを得なくなるだろうと見ています。5年計画の中で、どこで点検の存在感を薄くしていくかを設計しているところだといいます。
ある意味そのフェードアウトの設計というか、(橋梁点検から)どこでこう徐々に存在感を薄くしていくかを今設計してるんですけど。
とはいえ、農業一本では生きていけない可能性が大いにあると山根さんは冷静です。出資してもらう分、どれだけリターンを返せるかが問われるからこそ、バランスが難しいと話します。
農業にどんだけ自分を投資して、どんだけリターンを返せるか(が問われる)。
一方で、副業・兼業のように両方をやると、どちらも中途半端になりかねないという懸念も語られました。二足のわらじの塩梅こそが、最大の悩みどころです。
中さんは、やりたいことをやる人が増えるのが望みだとして、いい塩梅でうまく回れたらと応じます。点検が忙しいときに助けに来てもらうことはあっても、二度と来るなという意味ではないと補足しました。
いい感じでマッチしてくれたら、もう二度と点検来てもらえってわけではないです。
中さんが理想として掲げるのは「一人一事業」というイメージです。それぞれが自分の事業を持ち、必要なときに助け合う。山根さんの農業計画は、その最初の一歩として位置づけられています。
まとめ
虫も土も苦手だった山根さんが、会社の後押しで農業学校に通い、8月の卒業後に向けて5年計画を練っています。米での給料支給から売り上げ分配、農泊、委託製造まで、出口の選択肢を探りながら、点検との二足のわらじをどう設計するかが目下の課題です。
- 山根さんは虫嫌い・土嫌いながら、会社の費用負担で1年間の農業学校に通い、8月に卒業予定
- 野菜は成長が速く、キュウリやオクラは取り遅れると巨大化・硬化するため、出口設計が重要になる
- 中さんはAI時代の備えとして「自分たちで作る力」を重視し、農業の事業化を構想している
- 現物支給案と売り上げ分配案があり、飲食店への販売や委託製造が出口候補として挙がった
- 農業一本では生活が難しいため、橋梁点検からのフェードアウトを含む二足のわらじの塩梅が最大の悩みどころ




