転職して丸5年、山根さんとは何者か
今回のエピソードは、ゲストの山根さんを深掘りする回です。まず樋上さんが「山根とはなんぞや」という切り口で経歴を掘り下げていきます。
山根さんは転職して神輝興産に入り、10月でちょうど丸5年になると話します。5年間ずっと同じ会社で勤め続けていることになります。
(神輝興産で)ちょうど5年。10月で丸5年です。
そこで中さんが、5年前まで何をしていたのかと問いかけます。話は山根さんの生まれた場所からたどることになりました。
全校生徒100人未満、クラス替えを知らずに育った少年時代
山根さんは兵庫県の西、赤穂郡上郡町の出身です。かなりの田舎で、小学校の全校生徒は100人に届かないほどでした。
(地元は)めちゃくちゃ田舎で、小学校の全校生徒が100人いかないぐらいで。
中学は45人ほどで、9年間ずっと同じメンバーで過ごしたと言います。同じ顔ぶれが続くことに「おもんなさすぎて」と当時の気持ちを振り返りました。
その後、工学に興味があったことから神戸高専へ進みます。高専も5年間クラス替えがなく、山根さんは進学後も同じメンバーで過ごし続けました。
俺、一生クラス替えを経験せずに死ぬんですよ。
山根さんは、みんなが話すクラス替えや学区の話が「何の話?」というほど実感がなかったと語ります。同じ環境で育った独特の感覚が伝わるエピソードです。
高専卒業後、九州と沖縄で続けた舗装工事の現場監督
山根さんは高専を赤点を取りつつもストレートで5年で卒業し、その後、舗装会社に約10年勤めました。
最初は東京で2〜3ヶ月の研修を受けた後、すぐに九州へ配属されます。高速道路や滑走路の工事の現場監督のような仕事を担当していました。
(研修の後)じゃあ山根くん九州行ってきてって言われて。すぐ九州の方に行って、高速道路とか滑走路の工事の現場監督というか、そんなことをしてました。
九州でずっと勤め、そのうち沖縄にもトータルで2年ほど住んでいたと言います。舗装工事の施工管理を長く経験してきた人物です。
ただし、現場代理人はやったことがなく、管理技術者を務めていました。代理人を経ずに管理技術者になったため「何をしたらいいのか」という戸惑いが大きかったと明かします。
岩に登りたくて。ロープへの興味が点検業界への入り口に
山根さんは業界経験はあったものの、点検の仕事はよくわからない状態で神輝興産に入りました。では、なぜ点検業界に足を踏み入れたのか。きっかけはロープへの強い興味でした。
(点検業界に入ったのは)その時はロープにめちゃくちゃ興味があって。
熊本の阿蘇山に「小岳天狗岩」という面白そうな岩があり、そこに登るにはロープが必要でした。28歳ごろにその存在に興味を持ちます。
道具を調べたものの、独学でやったら死ぬと思い、手を出せずにいました。そのまま30歳を迎え、区切りの年として今の会社にいていいのかを考え始めます。
月曜出社、土曜帰宅。沖縄でのハードすぎる日々
転職を考えた当時、山根さんは沖縄で働いていましたが、その働き方は非常にハードでした。月曜の朝に出社して土曜の朝に帰ってくるような生活だったと言います。
(沖縄では)月曜の朝出社して土曜の朝帰ってくるみたいな。たまにシャワー浴びに帰るぐらいで、また出てきて。
初めての管理技術者で何もわからず手につかないうえ、夜間工事のため昼間に機械の手配をする必要がありました。夜に現場、昼に事務仕事という睡眠を削るような日々です。
夜現場出て昼事務仕事して現場出て昼仕事して。
そうした状況で「このままでいいのか」と30歳になって考えた山根さんは、たまたま神輝興産の求人を見つけます。ロープをやっているからと、勉強してみたい気持ちで入社しました。
関西に帰ってきたい気持ちも、なくはなかったと山根さんは話します。地元が神戸に近いこともあり、転職の後押しになった面もあったようです。
結局、天狗岩には行っていない。それでも満足という理由
きっかけとなった阿蘇山の天狗岩ですが、山根さんは結局まだ登っていません。点検で使うロープと、登山で使うロープは機械も装備も違うためです。
あの高所作業のロープちゃうんですよ。登山のやつとかのロープは違う違う。機械が全然違う。
技術的には天狗岩へたどり着けそうで、上から懸垂下降でアプローチできるだろうという話になります。ただ、装備を担いで阿蘇山を登る必要があり「もうええかな」と山根さんは言います。
注目したいのは、山根さんにとって岩に登ることは入り口にすぎなかった点です。結果よりも、ロープを扱うという手段そのものへの興味が強かったと語ります。
だからこそ、天狗岩に登るという当初の目的を果たさなくても満足だと話します。考えながら体を動かすことが好きで、ロープの仕事自体を面白いと感じているようです。
(ロープは)やっぱ考えながら体を動かすのが自分は好きで。
ロープ研修は単管でギブアップ。それぞれのロープとの距離感
話題は社内でのロープ研修に移ります。中さんは1日だけ研修に行ったものの、序盤の単管で組まれたところでギブアップしたと明かします。
(研修は)あの単管で組まれたところでギブアップです。これはきつい。
一方の吉田さんは、フル講習を受けてロープの技術を身につけていました。プライベートでも滝の上から下るなど、エイト環などの道具を扱っているそうです。
吉田さんは、外注で来てくれるロープの担当者を紹介した経緯も語ります。アクティビティのガイドをしている人物で、冬の閑散期に神輝興産で働いてもらえないかと声をかけたという流れでした。
ロープの次は農業。転職を重ねる山根さんのネクスト
樋上さんは、ロープで満足したら次はまた別の興味が出て転職してしまうのではないかと投げかけます。同じ環境に留まらない山根さんらしい問いです。
(また興味が出て転職する可能性は)否定できない。
山根さんは、今それに近いのが農業だと明かします。ロープに続く新たな関心として、農業が「ネクスト」の話題になりそうだと出演者たちは盛り上がりました。
最後に、山根さんはこれまでのハードな経歴を「やらんでいいことをやってたかな」と振り返ります。現場監督時代とはまた違う、自分の手を動かすしんどさが今の仕事にはあると話しました。
(現場監督とは)また違うしんどさ。
まとめ
今回は、ゲストの山根さんの経歴をたどる回でした。田舎育ちの高専生から舗装工事の現場監督を経て、岩に登りたいという興味から点検業界へ転職した道のりが語られました。結果より手段が好きという山根さんらしさがにじむ内容です。
- 山根さんは兵庫県赤穂郡上郡町の出身で、高専まで9年以上クラス替えを経験せずに育った
- 高専卒業後は舗装会社に約10年勤め、九州や沖縄で高速道路や滑走路の現場監督を務めた
- 阿蘇山の天狗岩に登りたいという興味からロープに惹かれ、30歳の区切りで神輝興産に転職した
- 当初の目的だった天狗岩には登っていないが、手段としてのロープに満足していると語る
- 次なる関心は農業で、農業の話は今後の回で改めて語られる予定




