今回はネタバレ全開でマリエを語る
冒頭でスラさんは、この一ヶ月でポケモンをクリアしたことや、『ファイアーエムブレム』のオリジナル作品を触っていること、『スト6』を経て格闘ゲームを楽しめるようになったことなど、最近遊んでいる複数のゲームに触れます。
そのうえで今回話したいのは、前回も取り上げた『カリギュラ2』、とりわけ「マリエ」というキャラだと切り出します。
話したい、今何話そうかなって思ったらやっぱりこれかなっていう感じなので。
今回は前回と違い、ネタバレを前提に語ると宣言しています。これからプレイする予定の人には、聞かないほうがいいかもしれないという注意付きです。
スラさんが言う「マリエ」とは、『カリギュラ』に出てくる水口まりえ、『2』に出てくる雨吹まりえ、そしてウィキッドという名前を、すべて合わせた呼び方です。ここでは「知ってる前提」として、一人の存在としてまとめて扱われます。
水口まりえは、現実に希望が一つもないキャラ
スラさんはこのシリーズを、初代、『Overdose』、小説版、そして『2』とたどってきました。そのうえで、マリエというキャラはシリーズの中でも特異点だと語ります。
初代のゲーム本編では、水口まりえの過去はそれほど詳細には語られません。友情や信頼といったものを呪うほど嫌い、それを破壊することだけを楽しみにしているキャラとして描かれます。
現実世界の彼女は、全身不随で脊椎を損傷し、指一本動かせない状態にあります。回復を望む者はおらず、親族の祖父ですら早く死ぬことを望んでいる、という状況だけが示されます。
小説版では、そこに至る経緯がより深く描かれます。親からの激しい虐待という背景がありつつも、周囲の人たちを次々と破滅に追い込み、その手法を洗練させ、信頼させるための擬態を上達させていったのは、彼女自身の行いでした。
最終的には誰かを殺そうとして返り討ちにあい、怪我をしてしまう。スラさんはそこに、環境のせいだけでは片付かない部分を見ます。
環境のせいももちろんあると思うんですけど、でもやったのは自分本人なんですよね。
救いのない現実から逃れてメビウスに来た——だからこそ、現実に戻りたいと願う主人公たちや帰宅部の面々とは、そもそも相容れるはずがない存在なのだとスラさんは整理します。
『Overdose』では改心せずに終わる
『Overdose』では、プレイヤーはウィキッド側に立ち、コンビとして物語を進められるルートもあります。しかしそこでやることは、ウィキッドの悪行を手伝い、共犯者になることだけだとスラさんは言います。
重要なのは、そのルートを通ってもウィキッドは改心も反省もしないという点です。
ただ、話わかるじゃんこいつってなって、ちょっと信頼関係が芽生えるくらいの話なんで、本人は全く改心しないまま終わるんですよね。
理解しにくく、救えないキャラクター。スラさんは、こうした存在はエンタメ作品では「理解できない存在」「救えない存在」として打ち倒され、そこで終わることが多いと指摘します。
実際『Overdose』でも、隠しルートでも帰宅部エンドでも、マリエはどうすることもできずに倒されて終わります。
小説版がわざわざ「どうしようもなさ」を描いた
スラさんが驚いたのは、その一番どうしようもない人物を、小説版がわざわざ深掘りして、どうしようもなさをしっかり描いたことでした。
わざわざ小説版でそんな一番もうどうしようもない人を深掘りして、どうしようもなさをしっかり描くみたいなところやって、なんだこりゃって思ったんですよね。
水口まりえも、ウィキッドも、現実ではどうしたって幸福になれない。現実を逃避した先でだけ生きられる状態だとスラさんは見ます。
それでも執拗にこのキャラクターを描くところに、作り手の執念のようなものを感じたと語ります。
小説版まで読み、『1』も『2』も買っていたスラさんは、前情報をまったく入れないまま『2』を始めました。どんなキャラが出るかも知らない状態でのプレイでした。
序盤で現れた「優等生」雨吹まりえ
そんな状態でプレイを始めると、割と序盤で「雨吹まりえ」というキャラが、優等生然としてすっと登場します。スラさんはこれに本当にびっくりしたと言います。
本当にびっくりして、えっ?って思ったんですね。
しかも雨吹まりえは、言うことがいちいち裏返しのようだとスラさんは感じます。「現実で立ち向かうべきだと思います」といった、かつてのマリエとは逆の言葉を口にするのです。
ウィキッドらしさもなく、小説版で見たように擬態が上手いことも知っているため、どこまでが本心なのかがつかめない。スラさんは、救うために作った世界にいたマリエなのかもしれない、と考えながら遊んでいたと振り返ります。
中盤の「殺すかどうか」で突きつけられるもの
そんな中で、中盤に大きな仕掛けが待っています。それは、雨吹まりえを殺すかどうかという選択でした。
スラさんはここで、どちらの選択も苦しいと語ります。まず、雨吹まりえを生かすということは、現実で苦しめということと表裏一体だからです。
雨吹真理を生かすってことは、つまりあの苦しめってことじゃないですか。
体は指一本動かせず、死を望む親族がいて、治療の見込みもほとんどない。まだリュートが「俺が治す」と言い出す前のその時点では、ほぼ絶望的な状況で「生きろ」と迫ることになります。
ゲーム的には、生かす選択が正解で、殺せばバッドエンドだろうと予想はつく。それでも、もう片方の選択も厳しいとスラさんは言います。本人も未来がないことをわかっていて、殺せばそこから脱出できることも、それを望んでいることもわかっている。ゲーム側が言い訳をいくつも用意してくるからです。
だからもうそんな辛い現実だったら、逆に終わらせるのが優しさなんじゃないかみたいなことまで頭をもたげてくるわけじゃないですか。
「解なし」の問いを突きつける、ひどさと優しさ
スラさんは、雨吹まりえ・水口まりえ・ウィキッドがどうしたら幸福に至れるかを真剣に考えたうえで、解決不可能だという結論を出したと語ります。何を選択してもこの先まりえが幸福になることはない、と。
そんな「解なし」の問いを突きつけてくることを、スラさんは本当にひどいと感じると同時に、すごく優しいとも感じたと言います。
優しいと感じた理由は、作り手がそこまで真剣に考え、プレイヤーにも考えさせようとして問いを突きつけている、そのことを覚悟を持って描いているからです。
そこまで真剣に作った人が考えているし、プレイヤーに考えさせようとして突きつけてきているってことじゃないですか。
現実には、解決不可能な問いや、すでに手遅れになった状況がいくらでもある。それでも、一般的な大衆エンタメではそうした「解なし」はあまり描かれない、とスラさんは指摘します。
それを物語の中盤にゴンと突きつけてきたことに、スラさんは「なんじゃこりゃ」と圧倒されたと語ります。
現実で苦しめということと表裏一体。治療の見込みもほぼなく、死を望む親族もいる状況で「生きろ」と迫る
バッドエンドだと予想はつくが、本人も未来がないと理解し脱出を望んでいる。終わらせるのが優しさかとも思わせる
「終わっていない」から克服できないマリエ
スラさんは、最近遊んだ『P4U』からペルソナ作品を見返して感じたこととの対比を語ります。
ペルソナ作品では、多くのキャラが弱さやトラウマを克服したり受け入れたりする姿が描かれます。友達を利用してきたずるい自分を受け入れ、それも自分だとして生きていくことで、より良い人生に進んでいける、というように。
しかし、ああした克服が成り立つのは、辛い出来事が「終わったこと」だからだとスラさんは整理します。終わってしまえば、そこから先は別の未来になれる。
ところが、マリエの現実は現在進行形で、しかも終わりがない。そこが決定的に違うのだと語ります。
それかもう辛い出来事終わったことなんですよね。終わってもそっからは関係ない未来になれるんですけど、このまり江の現実は現在進行形なんですよね。
近い境遇として、スラさんは『ペルソナ3』の主人公に触れます。ただしそちらは、人の世の平和のために自分が生贄になり続けるという、現実離れしたファンタジー寄りの構図だと補足します。
そのうえで、マリエの話で本当に大きいのは、どちらを選んでも幸福にはならないという状況を、プレイヤー自身に選ばせることだとスラさんは言います。
駒村ニコが最後まで蒸し返す「生っぽさ」
この選択の場面では、各キャラクターが自分の考えを一人ずつ語り、全員と話さないとイベントが進まない作りになっているとスラさんは説明します。殺すべきだという者、あなたが決めなさいという者、殺さないほうがいいという者と、意見は分かれます。
中でも、二面性を持つ駒村ニコは、その時「殺さないとどうしようもないでしょ」と言います。スラさんが感心したのは、そのニコがこの言葉を最後のダンジョンまで引きずることでした。
マリエの話はそこで区切り、ラストダンジョンへ、という流れにしたほうが話はスムーズに進む。それでもラストダンジョン突入前に、ニコは自分の発言を蒸し返します。
私はあの時殺すべきだって思ったんだよねっていうのを蒸し返すっていうのが本当になんか生っぽいなと思って。
スラさんは、これを「なかったことにしないぞ」という姿勢だと受け取り、ぶっ刺さったと語ります。
この物語の姿勢を、スラさんは「難しい問題ですね、で終わり」ではないと表現します。「答えが出ない問題ですよね」と言った後に、「で、あなたの答えは何ですか?」と聞いてくる感じだ、と。
真剣な眼差しを、しかもプレイヤーを巻き込む形で投げてくるゲームであり、お話だ——スラさんはそうまとめます。
『1』から通してこそ効いてくる体験
スラさんは、『カリギュラ2』は素晴らしいものの、『1』はかなり辛いと率直に語ります。
それでも『2』からいきなり始めた場合には、マリエへの思い入れも薄く、過去に何があったかも軽くしか触れられないため、自分が感じたような体験にはならないだろうと考えています。
ツーからポンとやったらそこまで思い入れもないし、何があったかもあの軽くしか触れられないので、こういう体験には多分ならないと思うんですよね。
雨吹まりえの内面を考えるとき、その中には間違いなくウィキッドもいる。その状態で「じゃあ現実に戻るんですか、どうなんですか」を考える——スラさんは、雨吹まりえの内面のことを考えるだけでずっと考えられる、と語ります。
なんかずっとその天吹マリエの内面のこと考えるだけで、ずっと食えるなみたいな。
「皆で悩んで選んだ答え」というセリフ
スラさんが特にいいと感じたのは、ラストダンジョン突入前のセリフです。改めて現実に帰ることを確認する場面で、雨吹まりえがこう言います。
だってそれが皆さんと私で悩んで考えて選んだ答えじゃないですか。
自分で出しただけでも、相手に決めさせただけでもなく、皆で悩んで考えて選んだ答え——スラさんは、このセリフしかない、と語ります。
解のない問題に対する解の出し方は結局これしかなく、それこそが人の生きるということだというセリフを、複雑な内面を持つ雨吹まりえ自身が言うことに、スラさんは強く反応します。
改心させないラストと、用意された決着
スラさんは、この回を自分でも「めっちゃ変な回」と言いつつ、いくつか嬉しかった点を挙げます。
一つは、ウィキッドを安易に改心させなかったことです。ここまで真剣に描いてきた物語で、ウィキッドが簡単に改心する話だったら台無しだった、と語ります。
雨吹まりえの最後のコメントも、本当に最後に「ありがとな」と言うだけ。少しこちら側に歩み寄った者としての、その一言だけで胸を打たれたと言います。
もう一つは、雨吹まりえを殺す選択を先に選んだときの体験です。バッドエンドだろうから先にやろうと選んだところ、ウィキッドと戦えることが嬉しかったと振り返ります。
ただ死ぬだけじゃなくて、最後に戦って死ぬんだと思って。すごくウィキッドらしいなと思って。
前の曲が流れ、しかも結構強い。スラさんは、そこの決着もちゃんと用意してくれたことをファンサービスだと感じ、本当に優しいお話だと締めくくります。
まとめ
この回でスラさんは、『カリギュラ』シリーズのマリエ——水口まりえ、雨吹まりえ、ウィキッド——を通して、何を選んでも幸福にならない「解なしの問い」をプレイヤーに選ばせる物語の重さと優しさを語りました。克服できる過去ではなく、終わりのない現在進行形の苦しみを描いた点に、作り手の覚悟を見ています。
- マリエは救えないキャラだが、小説版はその「どうしようもなさ」をあえて深掘りしている
- 『2』中盤の「殺すかどうか」は、どちらを選んでも幸福にならない解のない選択として突きつけられる
- ペルソナ作品の克服劇と違い、マリエの苦しみは終わっていない現在進行形である点が決定的に異なる
- 「答えが出ない問題ですよね」で終わらず「あなたの答えは?」と問い返す構造に、スラさんは強く反応した
- 『1』から通してこそ効く体験であり、改心させないラストや用意された決着も含めて優しい物語だと結論づけている





