『ユニクロ』という本が投げかける「服とは何か」
この日のテーマは「服」です。きっかけは、夫のゆうちゃんが最近読んで面白かったという本でした。
本のタイトルはそのまま『ユニクロ』。ユニクロを取材し続けた杉本さんという著者が、創業者・柳井さんの若い時代を中心に、会社がどう成長してきたかを描いたドキュメンタリーに近い1冊だそうです。
自伝ではないんだよね。結構ドキュメンタリーに近いような。でもその立志伝というかね、そういう柳井さんのこれまでの本当に比較的若い時代の話を中心に、どうやって成長してきたかという。
500ページほどある分厚い本ですが、ゆうちゃんが面白いと感じたのは、繰り返し出てくる一つの問いでした。
繰り返しこの本でも語り続けるのは、ユニクロとは何か、ユニクロの服とは何かということの、その問いの繰り返し。
山口・宇部の寂れた商店街の紳士服店を出発点に、ファーストリテイリング ── ユニクロを展開する会社。柳井正氏が父から継いだ小郡商事を母体に成長させ、国内外にユニクロを展開しているとして世界一を目指す過程で、イギリス・中国・アメリカと失敗を重ねながら、そのたびに「ユニクロとは何なのか」を問い続けてきたといいます。
本の中では、ユニクロのカタカナロゴなどを手がけたデザイナー・佐藤可士和さんの章で、服のとらえ方がいろいろな言葉で語られていたそうです。
たとえば「服装とは部品である」「ライフスタイルを作るための道具」「価値観から作られる」といったキーワード。ゆうちゃんは、これはユニクロに限らず、服そのものへの向き合い方を考えるうえで面白いと感じたと話します。
自分にとって服を着るという行為がどういう意味をもたらすのかということを考える上では結構面白いなと。
一時期は服の6〜7割がユニクロだったというゆうちゃん。この本を前提に、まずは妻のなぎちゃんに「服とはどういう位置づけか」を尋ねるところから話が広がっていきます。
田舎の制服生活から、京都で始まった「自分で服を選ぶ」体験
なぎちゃんも、もともと服にこだわりがあるタイプではなかったと振り返ります。田舎に住んでいて、親も服にそこまでこだわる感じではなかったそうです。
もともと服全然だったのよ。正直。それこそ大学生の時とかマジ適当だったし。
高校時代は、ほぼ365日を制服で過ごしていたといいます。制服さえ着ていれば格好が決まる、という高校生ならではの安心感です。
高校生無敵だよね、制服。制服着とけばなんか決まるじゃん。
個性の出しどころは、制服に合わせるユニクロのカーディガンをいろんな色で選ぶくらい。その分、卒業して制服がなくなると一気に迷子になったと話します。
転機は、浪人時代に京都で始めた一人暮らしでした。四条という中心部の近くに住んでいたため、自転車でパッと服を買いに行けたそうです。
たまに服を買ってきてっていうところから、私のなんかこう、自分の服を選ぶっていう作業が始まったわけよ。
この「自分で服を選ぶ」という感覚は、ゆうちゃんにとっても大学生になってからのことでした。ふたりとも、それ以前は服を主体的に選ぶ機会が少なかったようです。
「ダサダサだった」大学時代と、SNSがくれた転機
浪人時代は限られたお金でどう着回すかを考えるのが楽しかったなぎちゃんですが、大学生になると状況が変わります。いろんなことに興味が向いて、服が二の次、三の次になってしまったといいます。
かなり適当だったね、服装が。今思えば超ダサダサだったと思う。本当に見返したくもない、大学生時代。
働き出して1年目の研修医時代も忙殺され、服はますます後回しに。変わり始めたのは、忙しい日々から解放されて時間と心に余裕ができてからだと振り返ります。
なぎちゃんが「一番大きい」と挙げたのが、SNSの存在でした。ただし、旧TwitterのXは文字が中心で、服のインスピレーションにはつながらなかったといいます。
変化のきっかけは、研修医を終えて静岡にいた頃から本格的に使い始めたInstagramでした。写真がどんどん流れてくるうえに、好みに合わせたおすすめが表示されるのがポイントだったそうです。
この人私とちょっと似てるかも系統。だったらこの人がやってるのが多分自分にも似合うんだろうなみたいな。
ゆうちゃんは、これをアルゴリズムによる好みの絞り込みと言い換えます。
SNSのアルゴリズムによるリコメンデーションによって自分の好みがなんとなく選抜されていった。
昔は雑誌も買わず、情報源は周りの友達くらいで視野が狭かったというなぎちゃん。SNSが、そのせまい世界を広げてくれたわけです。
ネックレスにピアス、迷走の末にたどり着いたユニクロ
一方のゆうちゃんは、高校生くらいまで服の8〜9割が親の選んだものやお下がりだったといいます。中学は制服、サッカーをしていたので運動関連の服も多かったそうです。
大学生になり、仕送りで自分で選ぶようになってからは、まさに迷走の日々。何がかっこいいのか分からず、雑誌を買っても難しさを感じたと話します。
雑誌ってさ、むずくない?なんか似合うかどうかもわからんし、それがどこに売ってるのかよくわからんし。
古着屋で安く買っても着こなし方が分からず、6年間で迷走に迷走を重ねたといいます。ネックレスやブレスレット、隠れた場所への軟骨ピアス、髪染めまで試したそうです。
いろんな迷走に迷走を重ね、髪を染めたりとかさ。結局行き着いた先が俺はUNIQLOだったっていう。
コテコテのロゴものも試したものの、自分に合うものが分からず、最終的にはシンプルで奇をてらわない既製品に着地。マネキンが着ている服を買えば無難に似合う、という選び方になったと語ります。
現在は産業医の仕事柄、9割9分がジャケットスタイル。ジーパンなどカジュアルな服がほとんどなくなり、普段着も仕事着に近くなったといいます。
ズボン一つ変えるだけでね。だいぶおしゃれになったね。
合理性と個性のあいだ──ゆうちゃんにとっての服
ゆうちゃんは、いまだに「自分にとって服とは何か」がよく分からないと正直に話します。自己表現というより、かなり合理的な方向に寄っているそうです。
それなりにこう涼しくて暖かくて、そんなに清潔感さえ保ててればまあいいかな。
ただ、完全な没個性も嫌だという気持ちもあります。こだわりが出るのはアウターくらいで、「みんなとちょっと違うことをしたい」という感覚だそうです。
ゴルフウェアにもこだわりはあるものの、こちらはまだ大学生時代のように迷走中だと打ち明けます。
ゴルフ中のファッションも迷走してるな、俺。まだなんかウルフウェアのファッションはなんか大学生時代ぐらいのまま迷走中。
なぎちゃんに勧められて新しいファッションに挑戦している今の気分を問われると、心地よさがあると答えます。
なんていうか、ほどほどになんかこう、心地よい感じはある。
結局は「似合っているかどうか」だと、なぎちゃんは指摘します。
どんだけいい服とかブランド品とかを見つけたとしても、合ってなかったり着こなせてなかったらかっこいいなんてなんないもん。
褒められると単純に嬉しいというゆうちゃん。その一方で、ブランドものについては相反する気持ちも抱えていると話します。
背筋が伸びる服と、「着せられている」感覚
ゆうちゃんは、ブランドものを持つときの気持ちよさと、逆にそれに踊らされているような感覚の両方があると語ります。
あの高級品を持たされてる感覚みたいな。なんかそれに踊らされてるというか。
これに対してなぎちゃんは、あくまで「似合うと思っているか」が基準だと言います。似合うものを身につけると、振る舞いまで変わってくるそうです。
私なんか背筋が伸びるし。むしろそれに合うように振る舞おうと思うし。
なぎちゃんにとっては、デザインの好みだけでなく、その質や作り手、ものそのものを「まとっている」感覚が大事なのだといいます。
ゆうちゃんも、かつて15万円ほどするビジネスウォッチをつけていた頃を思い出します。コロナ以降つけなくなり、今は電池切れのままだそうです。
なんかこれに見合う人間にならなきゃみたいな。あれはAppleWatchにはないね。
服は「価値観を見せる指標」──なぎちゃんの服観
改めて「服とはどういう位置づけか」と問われたなぎちゃんは、服に限らず、身につけているものは外からわかりやすく見えるものだと答えます。
それを、いいと思ってるからつけてるわけでしょ。っていうなんか自分の価値観とかを見せるものになるよね。
一方で、昔は高いものに手を出せなかったといいます。好みがコロコロ変わって迷走していたため、長く着られる確信が持てなかったからです。
どうせ変わるから、好きなものが。高いものに手を出せなかったのよ。
それが今では、好みや「似合う」の感覚が自分の中で洗練され、ずっと大切にしたいと思えるものや、質の良し悪しがなんとなく分かるようになってきたそうです。
ゆうちゃんは、それでも服の買い物では失敗すると言います。厳選して買ったのに着ない服が、いまだにあるそうです。
三十年間もこの服を買うという、このね、営みをし続けているにも関わらず、それでもなお、なんか着なくなったなとか、買ったのに着ないなっていうのがあるのも不思議だよな。
一方でなぎちゃんは、「これはもう着ない」という判断がバサッとできるようになったと話します。断捨離の力も、服との付き合いのなかで育っていったようです。
黒染めウェディングドレスとの出会いが変えたもの
なぎちゃんがテンションの上がるものとして挙げたのが、この間の結婚式で着たドレスです。もともとはウェディングドレスを黒染めしたものでした。
ふたりは結婚式でドレスをレンタルする人が多いなか、別の道を選びました。背景には、なぎちゃんの強い価値観があったといいます。
一般的なフリフリのウェディングドレスっていうのが私は絶対自分に似合わないっていう確信があって。それを着るんだったらむしろやりたくないぐらいの価値観で生きてきた。
他人が着ているのは素敵だと思う一方、自分には似合わないという思いが、結婚式そのものを遠ざける要因にもなっていたそうです。
そんななかで出会ったのが、東京を拠点とするドレスブランド「サボラミ(SABORAMI)」でした。ここ数年でローンチしたばかりの新しいブランドで、レンタルではなく購入がメインだといいます。
惹かれたのは、まず可愛いというより「かっこいい」洗練されたデザイン。そしてもう一つが、式の後に黒染めができる点でした。
終わった後に長い引きずるくらい長いドレスをカットして、京都で黒染めしてくれるっていう。
黒染めを前提に、タグや糸まで支障のない素材で構成されているため、とても綺麗に染まるそうです。シルクの素材感も相まって、式の後も日常で楽しめる一着になったといいます。
ゆうちゃんは、このドレスとの出会いがその後の行動を変えたのではないかと振り返ります。
それに出会ってなかったら結婚式してなかったかもしれないとかね、いろんな思い出がなかったかもしれないと思うと、服装、服ってすごいね。
黒染めしたドレスは、身内の結婚式や自分たちのパーティーで着用。もとはウェディングドレスだったものをまとうことに、特別な意味を感じているといいます。
ちょっとこう、思い出ごと纏ってるみたいな感じ。
夫婦にとっての服──おそろいのモスバーガースウェット
話題は、夫婦で服の話をすることそのものへと移ります。ゆうちゃんは、夫婦によってスタンスの幅が大きいと感じているようです。
完全に口を出さない家もあれば、五十嵐家のようにゆうちゃんが「何がいいと思う?」と許可を取りに行くくらいのケースもある、というわけです。
一つの夫婦像、服に関する夫婦像。あんまりね、服に関してどうしてますか?って聞かんしね。
結婚してからは、おそろいではないものの、同じ柄のものを買うようにもなったといいます。例に挙がったのは、ラジオ番組のモスバーガーグッズのスウェットです。
さすがに日本で堂々とそれを着て歩くのはちょっと恥ずかしいなっていう感覚はあるんですけど、旅行中とか、もしくは家で家飲みのパーティーの時とかに色違いで着てたら、ちょっとね、なんか楽しいよね。
主張の強いデザインなので、周りから「これって同じやつ?」と気づかれることも多く、それがまた盛り上がるポイントになっているようです。
最後にふたりは、服は夫婦にとって他人事ではないと語り合います。
一個人としての価値観とか、何をいいと思ってるとかっていうのも表すものにもなるし、夫婦としてもそれが見られたりもするよね。
二人のバランスが良いと相乗効果が生まれると話し、聞いている人にも問いを投げかけて、この回は締めくくられます。
どうですかね。皆さんはどんな風に自分の服選び、夫婦の服選びしてますか?
まとめ
『ユニクロ』という本の「服とは何か」という問いから始まった今回は、田舎の制服生活や迷走の日々を経て、いまの服との付き合い方にたどり着くまでを、夫婦それぞれの視点で振り返る回でした。合理性と個性のあいだで揺れる夫と、似合うかどうかを軸に価値観をまとう妻。ふたりのちがいがそのまま面白さになっています。
- ゆうちゃんもなぎちゃんも、自分で服を選び始めたのは学生時代以降で、それまでは制服や親の選んだ服が中心だった
- なぎちゃんの服選びが変わった大きなきっかけはInstagram。写真とおすすめ表示で、自分の好みや似合う系統が絞り込まれていった
- ゆうちゃんは迷走の末にシンプルな既製品に着地。今は合理性を重視しつつ、アウターなどで少しだけ個性を出している
- 似合う服は「背筋が伸び、それに合う振る舞いをしようと思える」もの。ブランド品にも、気分が上がる面と踊らされる面の両方がある
- 黒染めできるドレスブランド「サボラミ」との出会いが結婚式そのものを後押しし、服が思い出ごとまとう一着になった


