夜中の爆音に悩む我が家、赤ちゃんが寝ているのに
今回の晩酌は、うきはの新堂酒造で買ったジン「FREE」を開けるところから始まります。Eが4つにびっくりマークが3つで、「自由かける自然かけるワクワク」という意味だそう。癖がなくて飲みやすいと五十嵐さん。
そんな穏やかな入りから一転、今回のテーマは「夜中の暴走族の音がうるさい」という切実な悩みです。特に凪さんは、この騒音に本気でまいっている様子。
もうね、夜中っていうか、普通にこの9時とか10時とか。やっとこう、赤ちゃんが寝静まって、いい感じにこちら休憩している時に、もうすごい音でブワーって。
バイクの音が何台も連続でやってくると、寝かしつけたばかりの赤ちゃんが起きてしまう。凪さんは「警察が取り締まってくれ」と思うほどで、育児中の家庭みんなが迷惑していることをシェアしたいと訴えます。
マジで近所迷惑だし、全育児中の家庭が迷惑がってるぞっていうのをマジでシェア占めたい。
五十嵐さんは自分自身はそこまで気にならないと言いつつ、家族が悩まされていることが気になる、と話します。凪さんも、一人なら「うるさいな」くらいで済むけれど、赤ちゃんが寝ている時の爆音はいただけない、という立場です。
五十嵐さんの「音が苦手」問題、7階まで届いた信号の音
どんな街に住みたいかを考えるにあたって、五十嵐さんはまず「ダメなところ」から切り出します。とにかく音が苦手なのだと。
これダメなところから先に言うと、やっぱりね、俺うるさいのやっぱダメで。
五十嵐さんが例に挙げたのは、以前住んでいた家の目の前にあった、視覚障害者用の音の出る信号です。「青になりました」と定期的に鳴り続けるのが気になって仕方なかったそう。
初めてなんか地方議員とかに訴えたら改善してくれるのかなみたいな、思ったことがあるかな。
凪さんは「そんなに近くに聞こえる部屋があるの?」と半信半疑。ところが五十嵐さんの当時の部屋は7階で、それでもはっきり聞こえたと言います。
信号自体が2、3階の高さにあるじゃん、そもそも。だから全然聞こえるよ。
電車の音やホテルでの物音も気になるタイプで、五十嵐さんは自分を「音系はやっぱり苦手側の人間」と表現します。都会の喧騒から離れたいとまでは言わないものの、まあまあ静かなところに住みたいというのが本音のようです。
凪さんが「全てがちょうどいい」と語る、静岡暮らしの心地よさ
一方の凪さんは、アクセスは良い方がいいけれど、ゴミゴミしていない街がいいと話します。そこで名前が挙がったのが、以前住んでいた静岡でした。
なんか全てがちょうどいいのよ、正直。
凪さんが「ちょうどいい」と言うのは、人の多さのことです。少なすぎると刺激が足りないと感じてしまうので、ほどよく人が集まる場所があるのが心地いいのだと。
さらに凪さんが気に入っているのは、エリアごとの雰囲気の違いです。静岡市の中でも、人宿町のように少し場所がずれるだけで、集まる人や店の系統がガラッと変わる。それが東京の表参道・渋谷・六本木のような違いに近いと例えます。
最初のエリアで飲んでガヤガヤして喋って、だけど2軒目は飲み直しをちょっと静かなエリアでみたいなのがスッてできるのね。
自転車をちょっと漕いだだけで全然違うエリアに移れる、そのコンパクトさが凪さんにはちょうど良かったようです。福岡市も似た魅力があるものの、エリアの種類が多くて選択肢が広い分、静岡市の方が「悩まない」コンパクトさがあると言います。
静岡市は数える程度しかエリアないのよ、正直。だからもう全てがコンパクト、悩まない。
朝7時のマフィンと公園、静岡の「点を組み合わせる暮らし」
山や海の自然よりも、街そのものを重視するという凪さん。とはいえ、散歩コースや近くのコーヒー屋、公園といった要素は大事にしています。静岡の暮らしで印象的だったのが、朝のあるルーティンでした。
仕事に行く前、朝7時から店頭でマフィンだけを並べるお菓子屋さんがあったそう。あまり大々的に宣伝せず、インスタにしれっと英語で告知するようなお店だったと凪さんは振り返ります。
朝のそういう散歩がちょっと気持ちいい季節、気温になってきたから、ちょっと朝7時頃からマフィンだけ店頭でお店開ける前に並べますねみたいな。
そのマフィンを現金で買い、近くのコーヒー屋でコーヒーを買って、目の前の舞台と客席のある公園のベンチに座る。空気の澄んだ静岡で、コーヒーとマフィンを楽しむ。その流れがとてもコンパクトに徒歩圏内で完結していたと言います。
凪さんが好きなのは、一つの店や場所というより、点で散りばめられたものを自分で組み合わせて楽しめる街です。点で散りばめられてるものを自分の中で組み合わせて楽しむことができる街が好きだと語ります。
映画館が徒歩圏にほしい、子育てで消えた「選択肢」
五十嵐さんも、散歩が楽しい街や、コーヒーが飲める場所、作業ができるスペースがあると嬉しいと話します。そして最近行けていないのが映画館。歩けるところにあったらいいなと漏らします。
歩けるところに映画館とかあったら嬉しいな。最近映画館行けてないから本当に。
凪さんもこれには強く同意。引っ越しのたびに、電車や車でちょっと行ったところにミニシアターがあるかを調べるほど、その要素を重視しているそうです。
ただ、子どもが生まれてからは映画館に行くこと自体が難しくなりました。二人で行くには預けるか片方が家で見るしかなく、選択肢から映画が消えてしまったことを二人とも残念がります。
結果的に行く行かないというよりも、なんか選択肢にそれが上がってこない辛さはちょっとある。
五十嵐さんはスマホやパソコンから離れられないタイプだからこそ、映画館で2時間完全に没入できる時間が好きだと言います。凪さんも「ずっと言ってる、没入感」と応じ、あの空間そのものへの愛着を共有します。
チェーン店は揃うのに個性がない、今の街への物足りなさ
話は今住んでいる街への感覚に移ります。大きな不満はないけれど、物足りなさや刺激のなさを感じている、と五十嵐さん。ユニクロ、無印、マクドナルド、西松屋、ニトリなど、生活に必要なチェーン店は10〜15分ほどで揃うそうです。
そういう意味で便利なんだけど、なんかこの生活に溺れちゃいけないなって気もしてるっていうか。
凪さんは、その物足りなさの正体を「街の個性がない」ことだと指摘します。物は揃っていても、同じものを別の場所に揃えても成立してしまう。ここである必要が全くないという感覚です。
五十嵐さんも、住人からすればもっとディープな世界や地域コミュニティのイベントがあるはずで、それを知らずに表面的に毛嫌いしているだけかもしれない、と自省します。街をどこまで好きになれるかは難しい問題だと。
さらに、街に根を張っていくプロセスの途中で暴走族の音が全部かき消していく、という感覚も語られます。積み重ねたものが一瞬で流されるようだと二人は言い合います。
根が張ろうとしてる中を暴走族のとかが、そんな感覚があるというか、目を覚まさせされてしまうという感じがあって。
商店街の高揚感と、通りにポツポツ並ぶ「味のある店」
凪さんは、小説家の吉田篤弘さんが描くような街の世界観が好きで、味のある店や味のある人がいる場所に進みたいと話します。
五十嵐さんが過去に好きだった街として挙げたのは、大阪の千林商店街の近くに住んでいた頃です。商店街を歩くこと自体に高揚感があったと振り返ります。
商店街を歩くことのなんか高揚感っていうか、街が元気なみたいなのは肌で感じられるようなのは好きだったね。
たこ焼きを買って帰るのも楽しかったという五十嵐さん。寂れた雰囲気より、地域が元気で活性度が高い街がいい、という点で二人の意見は一致します。
凪さんは、商店街のようにきっちり並んでいなくても、一つの好きな通りに味のある店がポツポツと散らばっている感じが好きだと言います。金沢のせせらぎ通りや新竪町のエリアを例に挙げます。
ちょっと歩いた先にまたいい店があって、ちょっと歩いた先にまたポッといい店があってみたいな、ああいう感じも私は好きだね。
結局は「人」、金沢で感じたエネルギッシュな店主たち
五十嵐さんは、凪さんと一緒に金沢を歩くとエネルギーを感じると話します。店の人たちがエネルギッシュで、その街を好きな人が店をやっているからこそ、話すと元気がもらえるのだと。
金沢好きな人が店やってるじゃん、当たり前だけど。そういう人たちと喋ると、なんかすごい元気がもらえるっていうか。
そこから五十嵐さんは、街選びも結局は人次第だという結論にたどり着きます。街とは言っても最後は人という感覚です。
凪さんも「このお店のこのおっちゃんがいい」という感覚に大きくうなずきます。その人のネットワークに入れるかどうかで、街との関わり方が変わっていくという話です。
凪さんの憧れ、花を手で持って帰れる街
話の締めくくりに近づき、凪さんが挙げたのは花屋さんです。徒歩圏内に花屋があってほしいという憧れがあると言います。
私、花屋さんが近くにある方が本当はいい。徒歩圏内にあってほしい、なんかその憧れがある。
今は好きな花屋が車で行く距離にあるため、生花や枝物を買っても後部座席に寝かせて持ち帰るしかない。そこにちょっとした悲しさがあるのだそう。
手で持って帰りたい、本当は。
徒歩圏内のスーパーにも花はあるけれど、菊などお墓用・仏壇用のような種類が多く、凪さんの好きな花はなかなか置いていない。だから「手で持って帰る」という憧れが満たされないのだと語ります。
五十嵐さんは「全くわからなかった」と正直な反応。あれもこれもと欲張った妄想だったと笑いつつ、住環境について相手が何を考えているのかを聞けて良かった、と締めくくります。
まとめ
夜中の暴走族の騒音から始まった今回の晩酌は、住みたい街の要素をめぐる妄想トークになりました。静けさ、コンパクトさ、点在する味のある店、そして最後は「人」。二人の価値観がゆるやかに重なっていきます。
- 五十嵐さんは音が苦手で、暴走族も過去の信号の音も含め「静かな街」を重視している
- 凪さんは静岡暮らしを例に、コンパクトで個性のあるエリアが徒歩圏に組み合わさる街を好む
- 今住む街はチェーン店が揃って便利な反面、「個性がなく、ここである必要がない」物足りなさがある
- 商店街や通りの活性度、味のある店を二人とも好み、街選びは結局「人」次第という結論に至った
- 映画館やミニシアター、徒歩圏の花屋など、暮らしを彩る要素への憧れも語られた




