リスナーの質問:低アルブミンの除水で高張アルブミンを使うか
今回はGoogleフォームに寄せられた質問が出発点です。ICUの見学で2人と話せて興奮したという感想とともに、高張アルブミンの使い方について取り上げてほしいというお便りが届きました。
質問の中身は具体的です。フロセミドの持続投与で水引きをする際、血清アルブミンが低いと25%アルブミンの持続投与をすることがあるが、エビデンスの面でも細菌汚染の観点でも懐疑的に見ている、という相談でした。
小谷さんは質問を、除水、つまり利尿やCRRTを行うときにアルブミンが低い場合に濃いアルブミンを入れるか、という普遍的な問いとして受け止めます。
ルーチンではやらない、でも施設によって差があった
小林さんは自身の研修経験を振り返り、少なくともルーチンで高張アルブミンを使っていた記憶はないと話します。水が引きにくいが引きたいという場面で使うことはあっても、定型的にはやっていなかったといいます。
一方で小谷さんは、以前いた施設ではよく使っていたと振り返ります。水引きの有無とは別に、血清アルブミンが2前半、2を切っていたら25%アルブミンを入れる運用になっていたそうです。
血清アルブミン2前半、2を切ってたらほぼ、利尿するしないは別にして、25%アルブミン2本かな、いわゆる保険適用の範囲のものを入れていた記憶があります。
その施設ではそう決まっていて、小谷さん自身もローカルプラクティスに合わせて使っていたといいます。ただ施設が変わると使っていなかったりと、扱いは一定ではありませんでした。
世の中の潮流としては、以前より控える方向にあると2人は見ています。強いエビデンスがあるわけではないものの、否定的で控えめなデータが多く、ガイドラインでも非常に限定的な範囲で「使用を考慮」する程度の推奨にとどまっているといいます。
生理学的に正しそう、から臨床アウトカムで判断へ
小林さんは、この10年ほどでエビデンスの捉え方が変わってきたと指摘します。以前はアルブミンが低ければ入れてみましょう、通常の輸液よりアルブミンの方がいいのではないか、と使われる機会が多かったといいます。
その背景には生理学的な理屈がありました。アルブミンが低いと膠質浸透圧も低くて水が引きにくい、だから補えばよい、という作用機序として正しそうという考え方です。
ところが研究が積み上がる中で、生理学的に正しくてもトライアルをするとそれほど影響がなかった、というケースが多くなってきたと小林さんは言います。
小谷さんはこれを、より患者が実感できるアウトカムを重視する流れとして整理します。血清アルブミン値が上がる、尿量が少し増えるといった間接的なデータだけでは診療を動かさない、という感覚です。
たとえば抜管が早まる、透析を回避できるといった、患者にとって意味のある結果が改善して初めて臨床のアクションを変える。そういうスタンスに移ってきていると小谷さんは述べます。
ガイドラインがない時代なら「俺が考えた最強理論」で動く?
話はアルブミンからガイドラインそのものへと広がります。小谷さんは、敗血症のSurviving Sepsis Campaign ── 敗血症の国際的な診療ガイドライン。初版は2000年代に登場した。も2008年ごろからで、10年前には今のようなガイドラインがなかったと指摘します。
ガイドラインがない中で診療するとしたら、もっと自由にいろいろやってしまいそうだと2人は話します。
こういうことを言っていいのかどうかわかんないですけど、俺が考えた最強理論。
いや、マジマジマジ。それそれ。やるかもしれない。
小谷さんは、選択肢があるのにやらないのはしんどい、という医療従事者側の心理にも触れます。効くかどうかわからなくても、目の前に生理学的な効果が示された治療があると、やらない判断を自分で納得し、家族や患者に説明するのは簡単ではないといいます。
だからこそガイドラインが役に立つ、と小谷さんは続けます。「やらないことを勧める」「不確実なので推奨できない」と示してくれると、よって立つ何かになってくれるというわけです。
目の前の患者では、臨床家の判断の余地が残る
小林さんは、ガイドラインの性質にも注意を促します。ガイドラインは平均的、一般的な患者に対してどうするかを提案するものなので、よくわかっていないことをルーチンでやるのは控えめにしましょう、という書き方になりがちだと説明します。
ただし、そこには「一般的な患者さんに対して」という枕詞が付きます。目の前の患者について、臨床経験をもとにこの人には25%アルブミンが効くのではないかと考える余地は残されている、と小林さんは言います。
これまでも25%アルブミンが使われる場面はあったし、これからも少なからずあるだろう。だからこそ、この患者には、と見極めるところが大切で、同時に難しいと小林さんは話します。
「エビデンス厨」だった自分と、モヤモヤを抱える力
小谷さんはここで自身の変化を率直に語ります。5年ほど前まではエビデンスのあるなしに強くこだわる人間だったと振り返ります。
エビデンス厨みたいな。
ないんで、ないって言ったらないんですよみたいな、なんかそこにしがみついてるみたいな。
今の小谷さんは、エビデンスは理想的な集団や特定の使い方を前提にしていて、その枠から漏れる患者はたくさんいると考えています。漏れているには理由があるので「漏れているから効く」とは言えないものの、あるかないかで語るのも雑だと感じるようになったといいます。
以前なら「そんなもの使うわけがない」と即答していたのが、今は奥歯にものが挟まったような言い方になる。ただ、では使いたくなる患者は誰かと問われると答えに詰まる、とも打ち明けます。
「エビデンスがない」を4つに分けて考える
小林さんは、エビデンスにはグラデーションがあると整理します。強く推奨できるほどデータが豊富な領域から、エビデンスがない領域まで幅があるという見方です。
さらに「エビデンスがない」も一様ではありません。強く否定されていて確実にやらない方がよい場合と、よくわかっていないから何も推奨できない場合とを、小林さんは区別します。
勉強し始めた後期研修医のころは、エビデンスがないならやらない方がいい、と白黒はっきり捉えてしまいがちだと小林さんは言います。あることの質と、ないことの質を同じように扱ってしまうのです。
エビデンスについて理解が深まると、よくわかっていないだけで効く患者がいるかもしれない領域をどう判断するか、という新たな悩みが出てくる。その結果、実臨床ではむしろモヤモヤすると小林さんは述べます。
このモヤモヤを抱えとくのが抱えられるんか、「お前はこのモヤモヤに耐えられるんか」みたいなのを試される気がする。
小谷さんは、言葉づかいそのものを見直すべきだと提案します。研究が0で何もわからない状態と、やっても害になるという強固なエビデンスがある状態とを、同じ「エビデンスがない」で片付けないほうがいいという主張です。
質の高いRCTなどで、やらない方がよいと示されている状態。ガイドラインでは推奨しない方向になる。
研究がほとんど存在せず、良し悪しを判断する材料自体がない状態。
一定のデータはあるが質や規模が限られ、決定打にならない状態。
質の高いエビデンスが豊富で、積極的に勧められる状態。
高張アルブミンを除水時に使うかは、0でも100点でもなく、たとえば30点くらいのエビデンスがある状態だ、と小谷さんはたとえます。そのぶんだけのことは言えるが、その先は言えない、というわけです。
使うならどのアウトカムが改善したら?CRRTでも引けない場面
続いて2人は、どのアウトカムが改善すると言われたら使いたくなるかを掘り下げます。死亡率が下がるなら誰でもやりたくなるが、尿量より少し手前のどこかにカットオフがあるはず、という問いです。
小林さんは、自分がフロセミドで水引きをしているタイミングでアルブミンを使うことは少ないと明かします。尿を出すために投与する場面は減り、むしろCRRTでも引きにくいフェーズで使うことが多いといいます。
そうした患者はうっ血で人工呼吸器がついていることが多く、水を引いて呼吸が良くなり抜管まで見込めそうなら試してみる。抜管が早まる、透析を回避できるといったアウトカムが判断の基準になると小林さんは語ります。
一方の小谷さんは、フロセミドとCRRTを区別している点自体を面白いと反応します。自分にとってはあまり関係ない気がするといい、透析が短くなる、透析がいらなくなると言われたら嬉しい、という感覚を示します。
小林さんは、もっと早く使えばそもそも透析がいらなくなると言われれば早めに使うだろうが、そこにエビデンスがないから今のタイミングでしか使っていないのだと自身の診療を振り返ります。
なぜ尿が出ないのか、を先に潰す
小谷さんは、診療上の落とし穴として、尿が出ないことだけをトリガーにアルブミンを足す危険性を挙げます。フロセミドを大量に使っても出ないときは、そもそも別の理由があることが多いという指摘です。
コントロールできていない感染や出血など、水が漏れ続ける理由があるのに、利尿薬で出ないからと次の一手にアルブミンを足すのは順序が違う、と小谷さんは言います。まず「なぜ出ないのか」を排除すべきだという考え方です。
だからこそ、低アルブミン血症に起因しているかもしれない、という点を判断のトリガーにしないと余計なことをしてしまう、と小谷さんは整理します。
決定的なRCTが永遠に出ないかもしれない理由
ここで議論は臨床試験の難しさに至ります。他の要素がなくても引けるはずなのに引けない、という「本当にアルブミンが効きそうな患者」を選ぶこと自体が極めて難しい、と小谷さんは指摘します。
知りたい患者だけをエンロールして効果を判定するのは不可能に近く、決定打となるエビデンスが一生出ないのではないか、という見立てです。
じゃあいいRCTというか、僕らがまさに知りたい患者だけをenrollして、そういう患者さんにだけアルブミンを足す足さないの効果を判定するなんて、不可能じゃない?
小林さんも、ルーチンで使うほどには対象患者が膨らまず、エンロールも難しいと同意します。そもそもエビデンスを作ること自体が難しい領域だ、というわけです。
本当に効く患者を定義できない
他の要因がなくても引けるはずなのに引けない、という患者像を明確にできない。
背景因子が多すぎる
感染や出血など、尿が出ない理由が患者ごとに異なる。
エンロールがほぼ不可能
知りたい患者だけを集めて試験を組むことが現実的に難しい。
決定打が出ない
結果として、白黒つける質の高いRCTが永遠に出ない可能性がある。
観察研究とコスト、これからどう向き合うか
明確に否定する強い根拠も出てこないため、使う人は使い続け、使わない人は使わず、よくわからないと思う人はそれなりの使い方をする。そんな状態が続きそうだと小谷さんはまとめます。
一方で小林さんは、リアルワールドデータが積み上がれば、後ろ向きの観察研究でこういう患者には効くのではないか、という示唆は出てくるかもしれないと述べます。ただし質の限界はあるとも付け加えます。
もし複数の大規模な観察研究で同じ方向性が出れば、より積極的に使うかもしれないと小林さんは言います。その場合、推奨も否定もしないガイドラインが、少し推す方向に変わる可能性もあると見ています。
同時に忘れてはいけないのがコストだと小林さんは強調します。アルブミンは人由来の製剤で、質問にあった細菌汚染や感染の観点もある。エビデンスが空虚な段階で積極的にやるかというと、個人的には控える立場だと述べます。
この回はアルブミンの是非を入り口に、「エビデンスがない」をゼロイチで語らないという、より大きなテーマへと広がりました。結局モヤモヤは増えたが、そんなものではないか、と2人は締めくくります。
まとめ
除水時の高張アルブミンは、強い肯定も強い否定もされていない領域です。この回は、その是非を通じて「エビデンスがない」の中身を分けて考え、臨床判断の余地とモヤモヤをどう抱えるかを語り合いました。
- 高張アルブミンはルーチンではなく、CRRTでも引けないなど限られた場面で検討される
- 近年は生理学的に正しそうという理屈より、抜管や透析回避など患者に意味あるアウトカムで判断する流れにある
- 「エビデンスがない」は、強く否定・空虚・観察研究のみ・強く推奨、などのグラデーションで捉える必要がある
- 尿が出ない理由を先に潰さず、尿量だけをトリガーにアルブミンを足すと判断を誤りやすい
- 対象患者を定義しづらくエンロールも難しいため、決定的なRCTが出にくく、観察研究の蓄積が判断材料になりうる




