続かない英語学習と「やりきろうとするから続かない」
冒頭、今井さんは青木さんに「ずっとやりたいけどできていないこと」を尋ねます。返ってきた答えは、2人とも同じ「英語」でした。
青木さんはコロナ禍に半年ほどコーチをつけて英語を勉強したことがあると振り返ります。中学英語からつまずいていたため、SVやSVOといった文法から学び直したそうです。
毎日2、3時間勉強した。俺、やるって決めたら家で結構やれる子なんで。
ところが、その学習は続きませんでした。青木さんは、自分が「決めて頑張る」タイプだからこそ、やめた後に立ち上がれなくなると分析します。
今井さんが英語を学びたい理由は、会社として外貨を稼ぐ必要を感じているからだといいます。自社やメンバーの知識を適切に外国語にできれば、需要があるのではないかと考えているそうです。
一方、青木さんの動機は少し違います。自分の強みは言葉で考えて言葉で説明することだけだと語り、日本語圏を出ると力を発揮できなくなる、と話します。
日本語圏を一歩出たら、マジの役立たなやつになっちゃう。
自動翻訳が進むほど、英会話の価値は上がる?
青木さんは、外貨を稼ぐというより、海外の人と自分が考えていることを芯から共有できたら楽しいだろう、と英語を学びたい理由を掘り下げます。
そこには、通訳や自動翻訳では届かない領域があるという実感があります。相手が本当に腑に落ちたと感じるところまではいかない、という指摘です。
自動翻訳が発達すればするほど、英会話というのはより希少価値を増すと思ってて。
今井さんは、たとえば「腑に落ちる」という言葉が、日本語では「納得する」と訳されるだけでニュアンスが変わってしまう、と例を挙げます。
青木さんは、英語を突き詰めるのが難しいと感じた理由を、いくら勉強してもそこ(芯からの共有)にはいかない感じがしたから、と語ります。言葉の背後には文化的な差があるという実感です。
話は、言語ごとに世界の捉え方が違うという話題へ広がります。英語は名詞の個数を気にし、日本語は上下関係を気にし、フランス語は男女の別を気にする、と青木さんは整理します。
シスターがお姉ちゃんか妹かわからない。
計画という機能がぶっ壊れていた学生時代
ここから本題です。テーマは「計画的にやると人生は豊かになるのか」。今井さんは、夏休みの宿題を計画的にやる人と最後にまとめてやる人の違いを例に出します。
今井さんは、自社の採用で「夏休みの宿題を7月中に終わらせていた人が向いている」と書いていると明かします。自分ができないからこそ、そういう人を求めているそうです。
一方の青木さんは、宿題を「驚くほどやってない」タイプだったと語ります。学校が始まってから友達のものを写して出すこともあったそうです。
計画って機能がぶっ壊れてた、本当に。もうある種のハンディキャップぐらいだった。
その青木さんが、大人になってから計画できるようになったと話します。きっかけは「頑張った」こと。どんなに苦しくても、自分に向いていなくても計画は立てて守ろう、と徹底したそうです。
一回計画したら絶対やるっていう、過剰なコミットをするようになりましたね。
今井さんは、英語の話とつなげて、自分との約束であっても過剰にコミットしているのですね、と確認します。青木さんは、むしろそちら(自分との約束)のほうかもしれない、と答えます。
「計画」と「豊かさ」、まず前提を解く
青木さんは、この問いに答える前に、2つの前提を解く必要があると指摘します。「計画とは何か」と「豊かとは何か」です。
青木さんが挙げる1つ目の視点は、豊かさの定義です。自分が思い描いた通りに物事がなることが豊かさなら、計画したほうがいい。しかしそれは、偶然舞い込む想像以上の何かを排除する可能性と裏表だといいます。
2つ目の視点は、計画をどう捉えるかです。一度立てたら変えないものとして捉えるのか、可変性の高いものとして捉えるのかで、答えは大きく変わってくると青木さんは話します。
今井さんは、リーダーに計画がないと周囲は不安になる、という現実にも触れます。青木さんも、たしかにそれは不安になるよな、と応じます。
夢・見通し・計画は、時間軸が違う言葉
今井さんは、青木さんが「10年後どうなっていたいか」と聞かれても特にない、と話していたことを持ち出し、それを無計画と呼ぶのか、と問います。
青木さんは、計画と同じように使われる言葉には、時間軸の違うものが混ざっていると整理します。まず「夢・ビジョン・目標」は時間軸が長く、解像度も粗いものだといいます。
次にあるのが「見通し」です。おおよそこうだろうというメインシナリオに加え、こうなったらこのパターンもある、というサブシナリオを含んだ、シミュレーションに近い考え方だと説明します。
そして「計画」は、より確実性が高いところに対して持つもの。旅行でどこに泊まり、何時に集合し、どこを見るかを決めるのが計画だ、と具体例で示します。
時間軸が長く、解像度が粗い。こっちの方角へ行きたいという方向感
メインとサブのシナリオを持つ、シミュレーションに近い考え方
確実性が高い近い将来に対して立てる、具体的な段取り
問題は、この確実性の高い「計画」の考え方を、長期に当てはめようとすることだと青木さんは言います。会社の中期経営計画も、3年後までカチカチに固めることが全てのケースでいいのか、という疑問です。
ただし、高層の商業施設を建てるような場合は、10年ほど先まで硬い計画がないと困る、とも補足します。一個ずつ固定されていくものは、硬い計画が成り立つのだといいます。
20年前の「5年後5億円」は笑われた
青木さんは、自身の起業体験を振り返ります。最初は別の事業をやろうとして事業計画書を作り、資金調達のためのピッチで売上予想を出したそうです。
当時、青木さんが「ありえないぐらい上に来る線」だと思って引いたのが、5年後に5億円という予想でした。しかし、その事業は年間1000万円を稼ぐことさえ難しいものだったと振り返ります。
見た人も鼻で笑ってた。最後の売上の計画のとこだけバカっぽいねとか言われて。
一方で、実際のクラシコムは、20年ほどで約100億円の規模にまで到達しています。青木さんは、その姿を20年前に計画できたかと問い、想像もつかない、と断言します。
理由は、偶然飛び込んできたことや、社会の側の変化です。事業を始めた頃にはスマートフォンもSNSもほぼなく、その後にAIまで登場した。カチカチの計画では、そうした変化を取り込めなかったといいます。
今回のエピソードで青木さんが挙げるもう一つの例が「北欧、暮らしの道具店」です。始めた時点では、まさか自分たちで洋服を作るようになるとは思っていなかったそうです。
だって北欧暮らしの道具店だから。
計画はなくても、価値観・倫理観・美意識はあった
では、青木さんは何を持っていたのか。それは「こうあり続けたい」「これは失いたくない」という価値観・倫理観・美意識だったといいます。
その価値観をもとに、死なないために何が起こりうるかという見通しを、青木さんはずっと更新し続けてきたと話します。メインシナリオが入れ替わるのは、毎日のように起きることだといいます。
青木さんは、計画がありますかと聞かれれば長期のものはないが、見通しがありますかと聞かれれば10個は出てきてしまう、と語ります。方向感・見通し・段取りが混同されている、という指摘です。
学校で覚えた計画を、そのまま仕事に当てはめる問題
青木さんは、多くの人が長期にわたる責任を負う経験を早い段階ではしない、と指摘します。そのため、期末テストや受験に向けて計画を立てるやり方しか知らないままになる、といいます。
その学校で覚えた計画の立て方を、広範で長期にわたる仕事にそのまま当てはめてしまう人が結構いる、と青木さんは見ています。
青木さんが勧めるのは、方向感(ベクトル)と、複数パターンの見通し(シミュレーション)を組み合わせる進め方です。これなら偶然性や社会の変化、自分自身の変化も取り込みながら、いいバランスで前に進めるといいます。
なぜ「10年後こうなりたい」と言わないのか。青木さんは、言うとそれを目指すバイアスがかかるからだと説明します。
今井さんは、これはキャリア理論の「計画的偶発性理論」に近いと共感します。計画的偶発性理論 ── 心理学者クランボルツが提唱したキャリア論。計画を固めすぎず、偶然の出来事を前向きに取り込むことで良いキャリアが築かれるという考え方。
今井さんは、30歳までに課長になって結婚すると決めて固執すると、本当はあったはずの別のチャンスを失ってしまう、とその考え方を説明します。
計画は「世界を限定する」ところから始まる
青木さんは、固定的な計画とは何かを、より根本から捉え直します。それは、複雑で変化し続ける世界を、あえて変化しにくい環境に限定することだといいます。
たとえば科学実験では、調べたいこと以外の環境をブレないようにして初めて計画的に進められる。計画も同じで、世界からすると異質な環境を限定的に作ることで初めて成り立つ、という見立てです。
今井さんは、その意味では小学校や中学校はまさに限定された環境だ、と指摘します。青木さんも同意し、だからこそ計画が成り立つのだと応じます。
しかし、限定することしかできないと、ダイナミックな世界の出来事を取り込みながら自分の営みを育てることができなくなる、と青木さんは警告します。
青木さんによれば、意外なほど「計画はあるが見通しはない」人が多いといいます。30年後に時価総額1兆円という目標があり、そのための計画はあっても、途中で何が起こりうるかを考え続けている人は少ない、という観察です。
目標はある。計画もある。だけど、見通しは持ってないって人がいるのよ。
計画のいいところは「考えるのをやめられる」こと
今井さんは、自分は3つのうち真ん中の「見通し」しかできていないかもしれない、と打ち明けます。計画もなく、大きな目標もないが、見通しだけはある、という自己分析です。
青木さんは、もし1つだけ持つならそれが一番いい、と答えます。方向感がないと、生きているだけで「本当にここに来たかったんだっけ」という場所にたどり着いてしまう可能性があるからです。
一方で、それが一番難しいとも青木さんは言います。理由は、ずっと考え続けるのは負担だからです。
そこで、計画の持つもう一つの側面が見えてきます。計画のいいところは、考えるのをやめられることだ、と青木さんは指摘します。
たとえば5カ年計画で握って投資が決まれば、その後は計画通りかどうかを見ればよく、考えることは減ります。やる側も計画通りに動けばよい。だからこそ、日々シミュレーションし続けることは、握った計画からするとむしろノイズになってしまう、と青木さんは説明します。
過去はいつも美しく、未来はいつも怖い
今井さんは、視点を時代の話へ移します。物心ついてからの25年ほど、ずっと「不確実性の高い時代」と言われ続けてきたが、確実性の高い時代を知らない、と語ります。青木さんも、そんな時代は誰も知らない、と応じます。
青木さんは、戦争の頃のほうがよほど不確実だったはずだと指摘します。それでも過去が確実に見えるのには、理由が2つあるといいます。すでに確定していることと、振り返れている以上は乗り越えられていることです。
青木さんは、幽霊は見えたらそこまで怖くない、というたとえを使います。過去はどんなに恐ろしいお化けでも、姿が見えている分だけ怖くない。むしろハードなほどコンテンツとして面白くなるといいます。
これに対して未来は、まだ全貌が見えていないから常に怖い。だから、どんなに平和で安定した時代になっても、今が一番不確実だと感じてしまう、と青木さんは語ります。
今井さんは、不確実な時代だという認識自体には異論がない、と前置きしつつ、「この不確実性の時代に」というレトリックが入っているだけで、コンテンツとして価値を感じなくなる、と本音を漏らします。
最近の若いもんと一緒ですよね。
未来に比重を置くほど、人は不安になる
青木さんは、人類が未来を見て生きるようになったのはまだ早い(人類にとって新しい)のかもしれない、と語ります。近代以前の人は、あまり未来を考えていなかった、という指摘です。
何かで読んだ話として、青木さんはプレモダンの人々を紹介します。彼らは視点を過去に置き、未来へは後ろ向きに走っていくように、運任せで生きていたといいます。
そこには信仰心とセットの信頼感があった、と青木さんは見ます。神の御知るところだ、なんとかならなくて死んでも天国だ、というロジックの中で、過去の連続性に対して生きていたのです。
ところが近代になり、計画して準備できるという考え方が一般的になった。その結果、人は過去よりも圧倒的に未来に比重を置くようになった、と青木さんは整理します。
ただし青木さんは、それによってより多くのことが成し遂げられ、進歩も早くなった、と両面を押さえます。
近代以前は過去に視点を置き、運任せ・信仰と共に生きた
近代以降は未来に比重を置き、計画と準備を良しとするようになった
今井さんは、落語や歌舞伎はあまり先の話をしていない気がする、と補足します。また、日本人が勤勉で計画的だと言われるようになったのは1964年のオリンピック以降だと聞いたことがある、と付け加えます。
青木さんは、昔の人が今の自分たちと同じ意味で老後を心配していたかは分からない、と指摘します。40代、50代であらかた亡くなる時代なら、老後は想定しようがなかったからです。
情報が増えるほど、世界の不確実性も増していく
今井さんは、確実性が高い時代とは、子孫が繁栄し暮らし向きが良くなっていく前提の時代だったのではないか、と考えます。老後も誰かが面倒を見てくれる、という感覚です。
青木さんは、そんな時代はそもそもほとんどない、と応じます。例として、約1000年続いたローマですら、あれだけ繁栄しながら、ずっと危機的状況だという認識だったと語ります。ローマ ── 紀元前から続いた古代国家。長期の繁栄で知られるが、その内実は内乱や外敵との攻防が絶えなかったとされる。ここでは長い繁栄の中でも危機意識が続いた例として挙げられている。
そこから青木さんは、核心的な仮説を示します。世界の広い情報が取れれば取れるほど、人は世界を不確実に感じる、というものです。
さまざまな生き方や、計画した人が成功している事例が大量にインプットされると、自分のゾーンを越えた情報まで処理しなければならないように感じる。だから近代以降、不確実性は連続的に高まっているのかもしれない、と青木さんは述べます。
今井さんは、高度成長からバブルまでの数十年は、たまたま繁栄が続いた例外の時期だったのではないか、と付け加えます。その真ん中を生きた人には「あの頃は良かった」になるが、不確実なほうがデフォルトだ、という見方です。
青木さんは、あの時代も世界は不確実だったが、情報が限定されていた、とまとめます。脅威に気づかずぼーっとしていただけかもしれない、という言葉で、計画をめぐる考えすぎは一区切りとなります。
まとめ
計画・見通し・目標を切り分けると、「計画的にやるほど豊かになる」という問い自体がほどけていきます。青木さんが大切にしていたのは、長期の硬い計画ではなく、価値観に根ざした方向感と、更新し続ける見通しでした。
- 青木さんは「計画」「見通し」「夢・目標」を時間軸の違う言葉として分けて考えている
- クラシコムの実績も北欧、暮らしの道具店の展開も、20年前の計画には収まらず、偶然と社会の変化を取り込んだ結果だった
- 学校で覚えた「限定された環境での計画」を、長期の仕事にそのまま当てはめる人が多い
- 計画のいいところは考えるのをやめられること。だが見通しを更新し続けるほうが、変化を取り込みやすい
- 過去は確定し乗り越えた分だけ美しく、未来は見えない分だけ怖い。情報が増えるほど世界は不確実に感じられる







