冷蔵庫のない時代、牛乳はどう流通していた?
この回のテーマは、YouTubeに届いた1つの質問から始まります。冷蔵庫が当たり前の世界しか知らない今、それ以前の牛乳はどうやって届けられていたのか、というものです。
牛乳の流通について、冷蔵庫が普及する以前、牛乳はどうやって流通させていましたか?電気冷蔵庫登場前と、ごく限られた層だけ電気冷蔵庫が普及していた時代に分けて、酪農家目線で解説してほしいです。
川上さんが酪農を始めたのは18歳のときで、今から20年ほど前。すでにバルククーラーがあって、タンクローリーが牛乳を乳業会社へ運ぶ、今とほぼ同じスタイルだったといいます。
その一昔前、つまり親父さん世代やおじいさん世代の流通については、ベテランの酪農家さんから聞いた話が記憶にあるそうです。今回はその話をベースに、AIでも調べながら時代ごとにたどっていきます。
明治・大正期は「牛を引き連れて売り歩く」時代
まずいちばん古い明治・大正期。ここでの流通方法は、牛を引き連れて牛乳を搾りながら売る行商という、とても原始的なものでした。
氷を使って冷やしながら運ぶこともありましたが、氷は高価だったため、ごく一部の人しか飲めない状況だったといいます。
一方で、東京・横浜・神戸などの大都市には「牛乳屋」という職業があり、牛乳を加熱して売っていたそうです。
冷蔵庫がないなら「超高速で届ける」しかない
続いて昭和初期、戦前の話です。この時代は冷蔵庫が一般家庭はもちろん、酪農家でも使われていませんでした。
では、どうしていたか。答えはシンプルで、搾ったらすぐ届けるということでした。
酪農家が自転車で、脱脂綿を口に詰めたガラス瓶の牛乳を配って回る。あるいは牛乳販売業者が毎朝搾りたてを引き取りに来て、そのまま瓶詰めして消費者に届ける、という形です。
つまり、低温流通ではなく「超高速流通」。鮮度が持つうちに、まだ飲める間に配ってしまうという考え方ですね。自転車や荷車にガチャンガチャンと瓶を乗せて運んでいた時代です。
冷やして鮮度を保ちながら流通させる(低温流通)
冷やせないぶん、搾ってすぐ配り切る(超高速流通)
では殺菌はどうしていたのか。これは各家庭に任されていたそうです。殺菌処理されていない生乳が普通に流通していて、家で必ず沸かして飲むのが常識でした。
こうした「行商で売る」「その場で搾って飲ませる」スタイルは、今も設備が発達していない国では見られると川上さんは話します。バックパッカーや海外グルメを紹介するYouTuberの動画でも登場することがあるそうです。
昭和30年代後半、今に近いスタイルへ
時代が進んで昭和30年代後半になると、都市部では冷蔵庫が普及し始め、集乳車も冷却装置を備えた冷却タンクローリーが主流になっていきました。
酪農家は搾った牛乳をバルククーラーで保冷し、そこから毎日、あるいは隔日で集乳車が取りに来る。これが今に近いスタイルだといいます。
昭和30年代というと、ちょうど学校給食で脱脂粉乳が飲まれ始め、牛乳の消費がどんどん伸びてきたタイミング。そのあたりで近代的な酪農スタイルになってきた、という流れです。
牛舎の入り口や川で冷やしていた時代の話
ここからは川上さんの個人的な体験談です。酪農ヘルパーとしていろんな牛舎に行かせてもらった中で、昔ながらの古い牛舎も見てきたそうです。
牛舎の入り口に、牛乳を冷やすためのお風呂みたいな、水を張るためのやつがあったりするんですよ。ここで水で冷やして、牛乳の缶を冷やしておいて、取りに来てもらうのを待ってたんだよ、と。
さらにさかのぼって、川上牧場のおじいさんの世代になると、家の前の池や川に牛乳を置いておいて冷やしていたといいます。
(牛乳を川に)置いておくと、その牛乳の中にちょっと池の水とか川の水が入っちゃって、量が増えるんだよ、と笑って話してたりしましたね。
そんなおおらかな時代から、少しずつ今の形へと変わってきました。
戦後の食糧難と、海を渡ってきた酪農技術
戦後は食糧難になり、栄養豊富な牛乳からタンパク質を摂りたいと考える人が増えていきました。それにともなって酪農もどんどん発達していきます。
たとえば北海道の大学で学んだ学生さんがアメリカなど海外に行き、そこで学んだことを持ち帰って日本に導入・普及させていった、という話もあります。北海道の歴史を調べると、こうした流れが出てくるそうです。
昆虫食と低温殺菌牛乳、リスナーからのお便り
ここからはstand.fmに届いたお便りコーナーです。まずは昆虫食の回に寄せられた、せいさんからのコメント。ミドリムシがユーグレナと呼ばれたように、コオロギも別の呼び方にすればよかったのかな、という内容でした。
川上さんは、多くの人が「虫は食べたくない」と感じるのは自然なことだとしたうえで、パウダー状にしてカレーやハンバーグに混ぜたり、カプセルにして摂る形なら有効ではないかと話します。
一方で、素揚げで食べることには注意を促しています。食品残渣を食べさせる過程で、鉛などの有害物質が体内にたまる生物濃縮 ── 食物連鎖の中で、生き物の体内に特定の物質がだんだん濃く蓄積していくこと。有害物質だと健康リスクにつながることがありますが問題になったニュースもあるためです。
続いて、低温殺菌牛乳を加熱すれば超高温殺菌牛乳になって賞味期限が伸びる、という話に関するお便りも紹介されました。せいさんいわく、その情報のソースは牛乳配達店のチラシだったそうです。
牛乳配達店がそれ言うてて大丈夫?って思ってますけど、心配ですね。
川上さんは、封を開けていない低温殺菌牛乳を飲み忘れたときに、加熱しておいしく飲むという話ならよいかもしれない、と補足します。
ただし、封を開けてしまえば、その牛乳の管理は消費者自身の責任になります。賞味期限が切れたものを加熱すれば飲める、という誤解はしないでほしい、というのが川上さんの立場です。
まとめ
冷蔵庫のない時代の牛乳は、冷やせないぶん「搾ってすぐ配る」ことで鮮度を守っていました。行商から超高速流通、そして冷却タンクとバルククーラーへ。時代ごとの工夫をたどると、今の当たり前の裏側が見えてきます。
- 明治・大正期は牛を引き連れた行商が中心で、氷での冷却はごく一部だった
- 戦前は冷蔵庫がなく、搾りたてを自転車などで即配る「超高速流通」で、殺菌は各家庭に任されていた
- 昭和30年代後半に冷却タンクローリーとバルククーラーが広まり、今に近い流通スタイルになった
- 牛舎の入り口や川で牛乳を冷やしていた体験談からも、時代の変化が伝わる
- 封を開けた牛乳の管理は消費者の責任。加熱すれば期限切れでも飲める、という誤解には注意




