気候変動で、夏の酪農はどうなる?
研修2日目、島根県の職員である研修生が用意してきた質問は3つ。まず1つ目は、猛暑や異常気象が乳牛に与える影響についてでした。
最近、世の中的に気候変動というか猛暑、異常気象が結構あると思うんですけど、乳牛への影響みたいなところって感じる部分はありますか。
川上さんの答えははっきりしていて、夏はもう赤字だと思ってやっているとのこと。夏場は牛を無理に絞らず、殺さない方法でやっていけたらと考えているそうです。
そこで実践しているのが、季節に合わせた繁殖管理です。生産性が落ちる8月には、あえて分娩を多くしないようにしているといいます。
理由は遺伝学の考え方にあります。夏の暑さでストレスを受けた母牛から生まれた子牛には、遺伝子レベルの変化が起きると言われているためです。
そのため8月は、乳を出すホルスタインを付けず、肉用の牛を生ませることを考えているそうです。お肉になる牛なら寿命は2年ほどで、繁殖性や耐寒性は要らないからです。
気温が40度を超えると、水をかけたり換気扇を回したりして対応しますが、45度、50度になれば牛は飼えなくなる。だからこそ、その現実にどう対応するかを今から考えていると話します。
40度、45度…働き方改革は農業も変える?
話は牛だけでなく、そこで働く人へと広がります。もし今後さらに気温が1度、2度と上がったら、そもそも人が牛舎で作業すること自体が危険になるのではないか、と川上さんは問いかけます。
その参考になるのが、すでに始まっている建設現場の働き方改革です。
土建会社とか、そうなってきて働き方改革で工事現場とかあるでしょ。もう気温何度になったら外で働いちゃ駄目っていうのが今できてるんですよ。
この流れは農業にも来る、と川上さんは見ています。炎天下で作業させる露地野菜などには、労働基準監督署の指導が入る世の中になるかもしれない、というわけです。
夏に水やりや収穫をしたくても、できないという状況が起きたらどうなるのか。そこに危機感を持っています。
一方で、酪農側の対策も進んでいます。毛が短く、発汗の代謝がよい「スリック遺伝子」を持つ牛を生ませようという試みをしている農家もいるそうです。
ただ川上さんは、長い歴史のスパンで見れば気候変動は繰り返し起きてきた、とも語ります。ミサイルが飛ぶ中や地雷を撤去しながら酪農を続ける海外の人たちのニュースを引き合いに、なんとかなるのではという見方も示しました。
半農半Xという、新しい牛の飼い方
酪農一本にこだわりすぎず、柔軟に働くという発想も出てきます。研修生の担当地域でも、畜産だけでなく水稲などと組み合わせている人が増えているそうです。
川上さんは、いろいろな牛の飼い方をしている人の例を挙げます。ジャージー牛を3頭買って乳を搾り加工する20代の女性の新規就農や、廃用になった牛を放牧する「老牛ホーム」をクラウドファンディングで支えながら運営する働き方などです。
老牛ホームといって、廃用になった牛たちを放牧場に放して、出資者を集めてクラウドファンディングで支援されながら牛を飼ってるみたいな働き方とか。
牛を飼っていれば、それはもう酪農。日本の中でも世界でも、いろいろな飼い方をしている人がいるといいます。
若者の牛乳離れ、その本当の理由は?
2つ目の質問は、若い世代の牛乳・乳製品離れについてでした。消費拡大に向けて、酪農家として何が必要と考えているのか、というものです。
川上さんが強く意識するようになったきっかけは、コロナ禍でした。牛乳の消費が一気に落ち、一部の北海道では廃棄も起きた出来事です。
飲んでもらわないと絞れないなっていうのを、もうあそこで痛感したんですよ。
それまでは、人口が80億人になり動物性たんぱく質が足りなくなるからと、ガンガン絞れると思っていたそうです。しかしそうではなかった、と実感したといいます。
そこで、消費してもらってから生産する形にしないと続かないと考え、配信やYouTubeでの発信を始めました。
子どもが牛乳を飲まない理由についても、川上さんの見立ては具体的です。子ども自身は飲むけれど、家にないから飲まない。つまり親が買わないからだ、というのです。
では、なぜ親は買わないのか。ここに川上さんの核心的な指摘があります。
牛乳をジュース売り場で売ってはいけない、というのが川上さんの持論です。栄養ドリンクの棚に置いてあれば、もう少し手が伸びるのではないか、と話します。
コーラなどの嗜好品と並ぶと、値段が高く求められにくい
リポビタンDなどと並べば、健康目的で選ばれやすい
コスパの良さも根拠のひとつ。栄養ドリンクが1本300円ほどなのに対し、牛乳は1リットルで200円ほど。子どもの健康を考えて買ったらどうか、という売り方がいいのでは、と提案します。
牛乳を「飲む人」以外に、どう届ける?
これまでの酪農業界の宣伝についても、川上さんは冷静に見ています。県のCMや牛乳の配布など、その多くが「もともと牛乳が好きな人」へのアプローチになっている、というのです。
応援してくれる人はすでに飲み続けてくれていて、もう限界。1日1リットル以上飲んでもらうのは難しいからです。
習慣的に牛乳を飲む人は国民の40%ほど。だからこそ、残りの60%に飲む習慣をどう作るかを考えていると話します。
そのために、川上さんは配信でさまざまな入り口を用意しています。牛乳が苦手な人にはヨーグルトやチーズ、アイスクリームがあることを伝えたり、意外なテクノロジーを紹介したり。
たとえば、脱脂粉乳から繊維を作りTシャツにできるという商品を、クラウドファンディングで手に入れたそうです。牛乳好きでも知らないような情報だといいます。
さらに、興味のない人にどう引っかかるかを考え、アーティストとの楽曲づくり、ライブ配信者との企画、ゲーム「ROBLOX」での農業体験コミュニティ、グッズサイト「suzuri」でのグッズ販売など、幅広く展開しています。
牛乳を飲むだけじゃない応援の仕方がたくさんある、というのが川上さんの狙いです。グッズを買うだけでも、酪農家のメリットになるからです。
すごくなくて、自分が生き残るためにやってるだけなんです。
その危機感の背景にあるのが、消費構造の変化です。牛乳を飲む習慣のある団塊の世代が、これから年間100万人ずつ亡くなっていく。コップ1杯分の消費が積み重なって失われていくと考えると、これ以上は絞れないのでは、と見ています。
人口減少の島根で、5年後・10年後に何が起きる?
話は酪農を超えて、地域そのものの未来に及びます。川上さんは研修生に、一緒に働く年配の人たちの5年後、10年後を予測したことがあるか、と問いかけます。
いまインフラや行政を支えているのは団塊の世代。その人たちが一気にいなくなったら、職場は3分の1で回さなければならなくなる、という指摘です。
道路、水道、ガス、電気、消防、救急、郵便。これらが何もしなければ立ち行かなくなる、と川上さんは語ります。
あと5年、10年すると、道路が陥没しても修理が来ない、救急車を呼んでも来ない、病院に行っても診てもらえない、そういうのがちらほら出てくるはずです。
ただしこれは「何もしなければ」の話。AIや自動運転、自動配送といったテクノロジーをちゃんと活用してシフトできるかが分かれ道だといいます。
財政破綻した夕張市を実際に車で走った経験にも触れ、ああいう街が各地域で出てくるはずだ、と川上さんは危機感を口にします。
農業も同じで、耕作放棄地はさらに増えていく見込みです。ただ川上さんは、それを自分にとっては「パラダイス」で「やりたい放題できる」とも表現し、視点次第で捉え方が変わることを示しました。
一方で、そんな地域に若者は住もうと思わない。だから若者がいなくなる、というジレンマも残ります。研修生も、県は若者を入れて定着させようとしているが、実際は人口が減り続けていると認めます。
いまの平和は、誰かが頑張ってくれた結果
研修生は「今の年上の方に感謝しないといけない」と口にしますが、川上さんの受け止めは少し違います。
感謝っていうか、そういうところを作った要因でもあると思ってるんで。給料が上がらなかった30年、責任はそこにもあると思う。
何もしなかったことは自分も同じ、と川上さんは言います。それでも、次の子どもの世代にこの状況をそのまま渡すのは嫌だから動く、という姿勢です。
島根県の研修生に「5年後、10年後にそういう状況になったとき、君はここにいますか」と聞くと、みんな渋い顔をするそうです。
いま不便を感じないのは、前の世代が苦労させないよう頑張ってくれたから。戦争に負けたあと、次の世代に戦争をさせたくないと踏ん張った人たちがいるから、日本は平和になった、と川上さんは語ります。
だからこそ危機感を持ちにくいのも自然なこと。食糧が大変だと言われても、明日コンビニに行けばご飯が食べられる今の状況では、なかなか実感できないよね、と2人はうなずき合います。
食の安全は「もう十分」?次に必要なのは何か
最後の質問は、食の安全やトレーサビリティで気をつけていることについてでした。
川上さんはまず、牛乳が他の農産物と比べて検査の回数が圧倒的に多いことを説明します。
そのうえで、HACCPやしまね認証といった認証制度について、そこまでする必要がありますかという率直な疑問を投げかけます。
認証を取ること自体が農家の手間を増やし、本来できたはずの他の仕事を奪っている面がある、というのが川上さんの見方です。
検査の多くは人手でやっているため、自動化やテクノロジーで解決できる部分も多いはず。それを進めず認証制度を増やす方向には疑問がある、と語ります。
理想として挙げたのが、高級ワインなどで使われるブロックチェーン技術です。牛乳の安全性を証明し、付加価値をつけて投資してもらえるような仕組みにできないか、というアイデアです。
安全性はもうすでに安全だと思ってます。これ以上求めるなら、ちゃんとお金をもらわないと無理ですよっていう話。
海外の衛生状況と比べれば、日本はすでに十分に安全。少し問題が起きるとすぐ過度な対応を求め、その分値段が上がると「高い」と言って買わない、という消費者の矛盾も指摘します。
うるさい消費者より、ファンに売りたい
話は「安全性」から「健康と美味しさ」の綱引きへと移ります。研修生は、安全性というより健康面を認証で求めた方がいいのでは、と問いかけます。
川上さんは、トクホをはじめ健康を謳う牛乳製品はすでに多いと応じます。ところが、海外のヨーグルト好きからは意外な指摘を受けたそうです。
健康性ばっかり謳ってて、美味しさを前面に出していない商品が多すぎるって言われて、うわぁ振り子なんだなと思って。
普通の食品として売れなかったから健康性に振ったのに、今度は美味しさを求められる。消費者ってすげぇ勝手だなと、自分自身も一消費者だと認めつつ川上さんは笑います。
そこから導き出したのが、小さな農家の生き残り方です。うるさい消費者に売るのではなく、川上牧場を応援したい人に売り、その人たちが欲しいものに商品を変えていく「ファンビジネス」です。
大きな農家は食料自給率や安定供給を企業努力として担う。一方で小さな農家がそこで戦っても勝てないから、小さなシェアの中で戦い方を変えるべきだ、という整理です。
その考えは、商品の売り方そのものにも表れています。すごい安全性の商品をドーンと市場に出しても売れない。それより、紆余曲折や応援があってやっとできた、というストーリーごと売りたいと語ります。
川上牧場の川上が作りました、こういう過程があって、皆さんの応援がありながらやっとできましたよ、の方を売りたいです。
県やJA、乳業メーカーの職員もどんどんいなくなる中で、生き残るには、応援してくれる人や残ってほしいと思ってくれる人の協力を得ながら、その人たちが求めるものを作るしかない、というのが川上さんの結論です。
まとめ
気候変動、牛乳離れ、人口減少、食の安全。研修生の3つの質問から始まった対話は、どれも「今のままではもたない」という現実に行き着きました。それでも川上さんは、変化に合わせて飼い方も売り方も変えていくことに、生き残りの道を見出しています。
- 夏はもう赤字前提。繁殖管理や暑さに強い遺伝子で、無理に絞らない酪農へ舵を切っている
- 牛乳は嗜好品ではなく健康食品として、戦う売り場を変える発想が必要だと語る
- 飲むだけでない応援のかたちを、配信やグッズ、テクノロジーで広げている
- 団塊世代の減少と人口減少で、インフラも消費も縮む前提で今から動く
- 食の安全はすでに十分と考え、認証を増やすより、ファンに支えられるファンビジネスを目指す




