そもそもデュエマの何が面白かったのか
発端は、しもちゃんがデュエル・マスターズのカードを見返しながら「かっこよかったな」と語り出したことでした。デュエル・マスターズ ── タカラトミーの子ども向けトレーディングカードゲーム。遊戯王などと並ぶ人気タイトルで、「文明」ごとに色分けされたカードを使って対戦する。
デュエマの話も別にそんな長いこと、その構成もクソもないですから。ただ、「デュエマのカードってかっこよかったな」っていう話してるだけですよ。
しもちゃんは、カード自体のかっこよさよりも、機能やゲーム性の面白さを推していました。
カード自体かっこいいってのはあったんですけど、やっぱ機能、カードの機能、ゲーム性が面白かったなと思って。
2人とも子ども時代にデュエマと遊戯王の両方を通っていました。いなけんは、所属するコミュニティごとに主流のカードゲームが違ったと振り返ります。
コミュニティによって、あの主流のカードゲームが違うから、俺両方マスターしないといけなかったんだけど。
けどまあデュエマ派だった。
コロコロコミックのデュエマ漫画やアニメの話にもなり、アニメの内容を実際のカードゲームで再現できることにロマンを感じていたと語られました。
クロスギアに呪文、ゴッドリンク:カードの多彩さを振り返る
ここからは、実際のカードを画面に映しながら、デュエマの多彩なカードタイプをおさらいする流れになります。まずレア度の話で少し混乱しつつ、コモンから始まる段階を確認していきます。
とりあえずデュエマはコモン、アンコモン、レア、ベリーレア、スーパーレア。
続いてしもちゃんは、通常のモンスターカード以外のさまざまなカードタイプを紹介します。まずはクリーチャーに重ねて使うクロスギア ── デュエル・マスターズのカードタイプの1つ。クリーチャーに装備させて能力を付与する装備カード。火の文明では剣などの武器として描かれることが多い。です。
これがクロスギアなんですよ、これがね。
さらに、シールドに置く白いカード、呪文カード、4枚で連結するゴッドリンク ── 複数の「ゴッド」クリーチャーを横に連結させて1体のように扱う能力。連結することで大型のクリーチャーとして機能する。など、次々とカードが登場します。
いなけんは「ローズ・キャッスル持ってたわ」「デーモン・ハンド」などと反応し、当時の記憶を次々に思い出していきます。
そして進化のしくみにも話が及びます。進化前のクリーチャーに重ねて出すもので、1体から進化するものもあれば、3体から進化するものもあると説明されました。
しもちゃんは、こうしたパターンの多さこそがカードゲームの面白さだったと締めくくります。
カードゲームって、こういうパターンがやっぱいっぱいあったからめっちゃ面白かったなと思って。
人生をカードゲームに置き換えるとどう見えるか
話はここで大きく方向を変えます。しもちゃんが「これを人間界に落としたらどうなるか」と切り出したのです。
急になんかドリフトしてきたけど。
しもちゃんは、大体のゲームはカードゲームを基盤に抽象化できると考えており、その発想を人生にも当てはめられると話します。しかしいなけんの最初の反応は懐疑的でした。
今のはこれあんまひたっと来てないわ。なんかこじつけじゃね?って思う。
そこでしもちゃんは、まずデュエマの基本ルールを説明します。手札5枚、シールド5枚から始まり、シールドを割られて直接攻撃を受けると負けになる、という流れです。
続けて、コスト(マナ)の概念が説明されます。強いカードほど多くのマナが必要で、6マナは大きめ、10を超えると勝負を決めるような大型カードが出てくると整理されました。マナ ── デュエル・マスターズでカードを召喚するために必要なエネルギー。カードをマナゾーンに置くことで蓄積し、コストの分だけ支払って召喚する。数字が大きいほど強力だが出しにくい。
数字がちっちゃければちっちゃいほど気軽に出せるやつってことやな。
ここでしもちゃんは「これがまさしく人生」だと切り出します。いなけんはまだ「飛躍してる」と警戒しますが、話はつながっていきます。
しもちゃんのたとえはこうです。会社に入る、バイトをする、誰かと付き合うといった行動は、まず自分の手札の中から選ぶものだ、というものです。
いきなり飛躍した何かじゃなくて、まず足元、自分の範囲、テリトリーの中から選べる何かを選択していくっていう。
さらに、限られたマナの総量を仕事・家庭・趣味にどう配分するか、という発想にも広がります。仕事に4、家庭に2、というように振り分けを考えられる、というたとえです。
コッコ・ルピアのように召喚コストを下げるカードがあれば配分が変わるように、手札や選択肢を増やす能力も人生には必要だ、としもちゃんは語ります。
マナゾーンがあって、手札選択肢があって、でバトルゾーンがあって、あとライフが5枚あるから、正直攻撃受けても耐えれるから今攻めようとか、そこの感覚、結構カードゲームで養われる部分もあるんちゃうかな。
ここでいなけんの反応が変わります。懐疑的だった態度から、比喩に納得する方向へと転じました。
でも今のは確かにリンクしてきたわ。
いなけんは、ライブ前に話題にしたエフェクチュエーション ── 手元にある手段(自分は何者か・何を知っているか・誰を知っているか)から出発して、できることを積み上げていく起業家的な意思決定の考え方。目的から逆算するのではなく、今ある手札で何ができるかを起点にする。と同じ話だと指摘します。
これなんかどっかで知ってる感覚やなって僕ずっと思ってて。いや、カードゲームやと思って。
手札・マナ・シールド・カードの効果
選べる選択肢・時間や資源の配分・耐えられる余力・自分の強み
以下と未満:デュエマで学んだ理不尽の話
いなけんは、山札をシャッフルするため同じデッキでも引く順番でパターンが変わり、状況ごとに最適解を瞬時に判断する点にも触れます。さらに、デュエルは相手ありきの勝負であり、相手のバランスやターンのスピードによって最適解が変わる、と補足しました。
この流れでしもちゃんが、人生の勉強になったという小学生時代のエピソードを思い出します。カードの効果をめぐる、ある「理不尽」な出来事です。
そのカードには「パワー8000より小さいクリーチャーを破壊する」という効果がありました。8000より小さい、つまり8000ちょうどは対象外のはずです。
以下ではなくて未満なのに。
ところが対戦相手の友達は、パワー8000のクリーチャーをその効果で破壊してきたといいます。しもちゃんがいくら説明しても聞き入れてもらえませんでした。
めっちゃ説明したけど、「いや、何言ってるのお前」みたいな感じで来られて。
しもちゃんは、この出来事から「理不尽も受け入れないといけない時がある」と子どもながらに感じたと振り返ります。
日本語でも、この、やっぱ祖語が通じることってあるんやって。
いなけんは当初、単に以下と未満の解釈が弱い人の話ではないかと問い返します。しかししもちゃんは、一定のルールという正しさがあるはずのゲームで、それが通らなかったことに意味があると説明します。
日本語に未だかって、カードゲームが強いだけじゃ勝たれへんねんなって。
興味深いのは、いなけんが「自分はむしろ相手側だったかもしれない」と告白する点です。解釈が割れそうな場面で、自分に有利になるよう押し通していた気がする、というのです。
これシールドブレイク2枚いけるからみたいなの、こっちに有利にちょっと解釈するのは多分俺やってた気する。
結局、しもちゃんも負けたくない一心で似たことをしていたと認め、勝敗をめぐる子ども同士の駆け引きの生々しさが浮かび上がります。
お小遣いが少ないから生まれた戦略
ここから話は、当時のプレイスタイルや工夫へと移ります。2人とも、大量のカードをシャッフルして即席デッキを作る「ランダムデッキ対戦」をやっていたと判明します。
ランダムに引いたやつだけで対戦する、やってたわ。やっぱみんな考えること一緒なんだな。
さらにいなけんは、友達同士で欲しいカードを賭け合い、勝った方が相手のキラカードを奪えるゲームを自分で流行らせていたと明かします。
勝負に勝った方がその相手からそのキラカードぶん取れるみたいなさ。
しもちゃんは「クソみたいなやり方や」とツッコミますが、いなけんにはこれが明確な戦略でした。周りより小遣いが少なく、カードを買える数が限られていたことが出発点だったといいます。
多分周りの子よりお小遣いもらえてないから、必然的にカードを買える割合、数が限られるわけよ。
そこでいなけんは、パックの手触りでレアを見分けるサーチを勉強したり、勝負に勝てば相手からカードを奪えるゲームを設計したりして、勝てる確率を高めていきました。
ここに俺はギャンブル性を、その友達連中に、ゲームとして設けたわけよ。
しかも、相手が欲しがると分かっているカードや、あげてもいいカードを混ぜて交換の価値を調整していたといいます。しもちゃんも、相手のデッキに合いそうだと提案してカードの価値を上げていたと明かします。
自分から提案して、ちゃんとロジック組んで、僕、価値を上げてました、そのカードの。
この流れでしもちゃんは、当時を面白くしていたのは「不自由だったこと」だと気づきます。強いカードを中古でいくらでも買える今なら、勝負はただの確率ゲームや作業になってしまう、という見立てです。
いかにして今の自分のお金なくて必死にお小遣いで買ったカードたちで相手に勝つかっていう。だから愛着が生まれると思うんすよね。
一人二役の自主練とゲームバランスの発見
話は少しさかのぼり、友達と対戦できない時間の過ごし方にも及びます。門限で解散した後、自分1人でデッキを2つ用意し、両方を自分で動かして戦わせていたというのです。
どっちも自分だからさ、手札はもう分かりきってるわけだけどさ、でもわかってんのにこっちでどう勝つかみたいな。
いなけんは、どちらも勝とうとすると理論上矛盾が生じるのに、それを1人でシミュレーションするのが面白かったと語ります。この「自主練」の積み重ねが、デッキ相性の理解につながったといいます。
このデッキはこのデッキに強い、弱いみたいな相性が見えてくるから、じゃあ最強デッキこれだみたいなのにアウフヘーベンしてたよ。
いなけんは、相性が悪い相手と当たっても勝つにはどうするかを負けず嫌いから考え続けたことが、仕事にも転用できている気がすると振り返りました。
自分自身も「効果を持つカード」になる
話は冒頭のテーマへ戻ります。しもちゃんは「自分自身もカードにならないといけない」と切り出します。何かをしたい、もっと楽しく生きたいと思うなら、という前提での話です。
自分自身もカードにならないといけないなとは思うんですよ。ゲームに参加する上でって話ですよ。
ここでいうカードとは、特定の条件下で発揮される効果を持った存在です。外界に対して何らかの効果を出せなければ、手札にあっても場に出す価値がない、という考え方です。
外界に対して何かの効果を発揮できるようなものがないと場に出せないじゃないですか。
いなけんは、資本主義というゲームでは自分も誰かのカードや付属品である、という現実に触れつつ、だからこそカードの効果をどう尖らせるかが処世術のヒントになりそうだと応じます。
自分も誰かのカードであるという悲しき現実もあるしさ。カードの効果をどう尖らせるかは処世術としていいヒントありそう。
では今どんな効果を尖らせているのかと問われると、しもちゃんは明確な答えを持っていませんでした。ただ、自分がやりたい場所で、関わる人にもっと喜んでもらえるかを考えている、という方向性を示します。
いなけんは、それを自分起点ではなく相手のどこかにフィットする効果を発露させに行く姿勢だと整理し直します。
自分というカードの効果がいかに役に立つかっていうのを今考えてますっていう話が。
同じ効果でも、あるフィールドでは絶大に働き、別の場面では全く使えないこともある。だからこそ、貢献したい場所で自分の効果がどう役立つかを考えることが大事だ、と2人の理解が重なりました。
制約が創造性を生む:定数を変数にする感覚
終盤は、子ども時代の制約が発想力を育てたのではないか、という話に深まります。いなけんは、親から「うちは貧乏です」と刷り込まれて育ったと明かします。
親から「うちは貧乏です」ってめちゃめちゃ刷り込まれてたの。で、蓋開けてみたら中流階級だった。
実際には食うに困るほどではなかったものの、「自分で考えろ」という教育方針の中で、プランB・プランCを思いつく力が育ったといいます。一方で、大人になって実態を知ったときの複雑な思いも語られました。
その制約の中でプランB、プランCをひらめくみたいな思考力が生まれたから、親には感謝してるけど。
しもちゃんは、子ども時代の「お金ないからどうしよう」という発想を健全だと評価します。お金を外から増やす方向ではなく、今ある中で工夫する考え方です。
お金ないから、あ、お金もっと増やそうじゃなくて、お金ないからどうしようで、じゃあ確率を上げに行こうってアプローチ。
ここで2人は、大人になると忘れがちなこの姿勢を、現実を受け入れて前提に組み込む態度として言い直します。いなけんはそれを「フレーミングを変える」ことだと表現します。
景色は変わってないけど、見る角度を変えることによって受け取り方を変えるというか。
そしていなけんは、この回で最も印象的な言葉を口にします。制約の中で遊びを自作してきた経験が、当たり前を疑う力につながっている、という気づきです。
最後は、勝ちすぎて面白くなくなったデュエマから遊戯王へ移り、やがてモンハンへと関心が移っていった子ども時代の思い出で話が締めくくられます。制約と熱中が、工夫する力を育てていたという余韻を残しました。
制約
お小遣いが少なく、買えるカードが限られる
問い
今ある手札でどう勝つかを考える
工夫
サーチやゲーム設計で勝つ確率を上げる
転用
現実を前提に組み込み、定数を変数にする発想へ
まとめ
デュエマの思い出話は、いつのまにか「今ある手札でどう戦うか」「自分もどんな効果を持つカードになるか」「制約こそが工夫を生む」という人生の話へと転がっていきました。懐かしさとともに、現実を前提に組み込んで発想を変える大切さがにじむ雑談回でした。
- 会社選びも家庭も趣味も、まず自分の手札とマナ配分の中から選んでいると捉え直せる
- 自分自身も、特定の場面で効果を発揮する「カード」になれるかが問われる
- 同じ効果でも、フィットするフィールドかどうかで価値が大きく変わる
- お金を外から増やすより「今ある中でどうするか」と考える姿勢が健全に働く
- 制約は工夫を生み、定数だと思っていたものを変数として捉える力につながる





