四季報を読みまくって、写経することにしました
私は中小企業診断士で、普段はインターネット系の会社の経営企画的な部門にいます。コーポレートの何でも屋さんのような立場です。
財務・会計・法務をひと通り勉強していて、予算の策定や管理、新規事業の立案のときに「こういうリスクがあるんじゃないか」「こっちのやり方のほうが伸びしろがあるんじゃないか」と、事業部の方と話しながら助言をしています。
そんな私が始めたのが、『四季報』を読みまくって、その内容をスプレッドシートにわざわざタイピングで写す、いわゆる四季報写経です。
そこで得た気づきや仮説を恥ずかしげもなく出して、合っていたらその会社のどこが良いのか、間違っていたらなぜ自分は間違えたのかまで、共有していきたいと思っています。
ちなみに、四季報写経は私が始めたものではありません。やっている方は数百人単位でいると聞いていますし、一番有名なのは「四季報写経ウーマン」と呼ばれている方らしいんです。
聞いた話では、ビジネスのことを何も知らない状態から2000社以上を写経して、どんどん仮説が湧いてくるようになったそうです。メディアに取り上げられたり、いまは起業もされているのかな、という方です。
正直、私も最初は「このAI最盛期の時代に、時間ばっかり使ってどうするのよ」と思っていました。でも改めて考えてみると、けっこうやる価値がありそうだと思えたんです。
フレームワークはエンジン、足りないのはガソリン
あまり好きな言葉ではないんですが、四季報写経は「タイパが悪い」と思われるんじゃないかと思います。
それでもやろうと思ったのは、仕事の中でフレームワーク偏重への違和感がけっこうあったからです。
診断士の勉強をしていると、5フォース、SWOT、3Cなど、経営戦略のフレームワークをたくさん学びます。でも実際に現場に出てみると、まだまだ使いこなせないし、分析ができないんですよね。
もちろん、私自身がフレームワークを使い慣れていないのもあると思います。ただ、分析の本質は分けて比べることだと思うんです。
分け方のパターンはフレームワークが決めてくれます。でもそれ以上に、ローデータが頭の中に入っていないと、分けたあとに比べるものを出してこられないんじゃないかと思っています。
たとえるなら、フレームワークはピカピカのエンジンです。いろいろ勉強して、こういうときにはこれを使う、ということは知っている。でも、ガソリンがまったく入っていない状態なんです。
ガソリンを自分の中に入れる時間を取らないと、咀嚼がぜんぜんできません。何かを提案しに行くときも、「こういう事例のときはこういう経験則があって、その後こう転ぶから」というストーリーを語るのがすごく難しいんです。
じゃあAIでいいじゃん、という話になりますが、本当にそうなのかなと思っていて。
手元のAIで事例を検索することはもちろんできます。でも結局、調べたあとに自分の中に入れる作業がありますし、AIはもっともらしいことを言うので、検証にもすごく時間がかかるんです。
だったら最初から雑多なデータを頭の中にガンガン入れておいて、好きなときに引き出すとっかかりにしたほうがいいんじゃないか。私はそう考えています。
SECIモデルで見ると、個人のほうが危ない
フレームワーク偏重と言っておきながら恐縮なんですが、ここで『SECIモデル』というものを持ち出させてください。野中先生という方が作られた、組織の中で知識がどう回って、深く入り込んでいくかを表した概念図です。
調べてみると、4つの象限に分かれた図がたくさん出てくると思います。
ざっくり言うと、言葉になっていない、人だけが持っている「暗黙知」と、それを表に出してドキュメントにまとめた「形式知」が、組織の中でぐるぐる回る。それによって新しく深い知識が生まれ、組織そのものが強くなる、というモデルです。
4つのフェーズは、暗黙知を形式知に変える「表出化」、形式知同士をつなげる「連結化」、形式知を自分の中に込める「内面化」、そして他の人と共有してさらに深める「共同化」です。
いまの組織を見てみると、AIによって連結化が異常な速度で進んでいます。一方で、それを自分の中に落とし込んで暗黙知にし、共有していくフェーズは、まだアナログな人がいることでギリギリ担保されているのかなと思っています。
そこもいずれAIに代替されていくシナリオは一定あると思いますが、組織の変化なので、多少時間はかかるはずです。
ただ、これを個人に落とし込んで考えると、けっこう危ないんじゃないかと思うんです。
形式知を自分の中に落とし込む作業は、読んですぐできるものではありません。たくさんインプットしたあと、シャワーを浴びているときにふといろいろ思いつく、みたいなことってありますよね。
本当はそういう経験を重ねていかなければいけないはずなのに、その時間が取れないくらい形式知の中で遊んじゃっている感覚が、私の中にけっこうあるんです。
これが続くと、外付けの脳みそをいじくり回して、必要そうなものを即物的にパッパッと出すような働き方しかできなくなるんじゃないか。そういう恐怖がわりとあります。
なぜ題材が四季報なのか
だから私は、いますぐ使わないけれど、先々役に立つインプットを探したいと思いました。そこで、私にとってちょうどいい題材が四季報だったんです。
SECIモデルを個人単位に落とし込むために、ひたすらガソリンを入れる作業をしたい、ということですね。
実はもう、1日4社以上の銘柄を見つけて、ポチポチとスプレッドシートに写経しています。雑多な内容をガンガン入れて、考える力を養っていきたいんです。
四季報を選んだのは、仕事の内容に深く関わってくるからです。新規事業の立ち上げのサポートをすることが多く、財務会計のモデルやユニットエコノミクス ── 1単位売ったときに、その先いくら儲かるかを見る考え方の話をする機会もよくあります。
そういうときに、市場全体の利益率の相場観や、儲けの仕組みをパッと出せるようにしておく。それが中長期的に効いてくるインプットになる、というイメージを持っています。
わざわざ公開するのは、AIに認知されたいから
写経なら一人で見ていればいいんじゃないの、わざわざひけらかして何がしたいの、と思われるかもしれません。
これも結局、AIの時代だからです。私自身、『Google』や『Yahoo』で調べることは本当に減っていて、検索エンジン連動型のAIにひたすら聞き、わからないところだけ検索する、というやり方になっています。
インターネットが生まれたとき、インターネットにない情報は、この世界にない情報と同じような感覚になったと思うんです。
たとえば街のパン屋さんの営業時間を知りたいとき、真っ先にインスタやX、TikTokで調べますよね。そこに情報が載っていないと、ないものとして見られて、機会が失われてしまいます。
これと同じことが、AI時代にもやってくるんじゃないかと思っています。つまり、AIに認知されていない人は、この世にいないのと同じになる可能性が一定あるということです。
これまでは、自分でアカウントを作って発信していたり、友達とLINEでつながっていたりすれば、検索して来てくれる人がいました。でも検索の優位性が下がっていくと、まずAIに認知してもらうことがファーストステップになるわけです。
デジタルマーケティングの業界には、検索エンジンにいいサイトだと思ってもらうSEOという施策がありますが、同じようにAIに認知してもらう施策を売り出している会社もあるくらいなんです。
これを個人レベルでやっておかないと、AIがさらに進化したときに、個人としての能力値を低く見積もられすぎる可能性があると思っていて。
いまは『YouTube』などのコンテンツもAIが学習する時代なので、自分がやってきたことを声にしてインターネット上に公開していきたいんです。AIに私のことを知ってほしい、そういうことなんです。
いまは1日4社以上をポチポチと写経しているので、できれば週に1回ぐらいは、そこで気づいたことや、いいなと思った会社を取り上げていきたいと思います。
またお会いしましょう。
まとめ
フレームワークというエンジンだけあっても、ローデータというガソリンがなければ分析はできないと私は考えています。AIで形式知ばかりいじる働き方に危機感があるからこそ、四季報写経で雑多なデータを頭に入れ、その過程を公開してAIにも認知されたいと思っています。
- 分析の本質は「分けて比べること」で、比べる材料となるローデータが頭にないと使いこなせない
- SECIモデルで見ると、AIで連結化ばかり進み、内面化の時間が取れない個人のほうが危うい
- 四季報は、新規事業支援で必要な利益率の相場観や儲けの仕組みを養う題材として選んだ
- AIに認知されない人はいないのと同じになりうるので、取り組みを声にして公開していく





