ファックスも稟議も紙だった会社に戻って感じたこと
番組の冒頭では、雑談として後継ぎ甲子園の話題が出ました。小平さんは九州予選をオンラインで視聴し、知り合いも出ているため「おせっかいで毎回勝手にフィードバックしている」と話します。
後継ぎ甲子園は、まだ家業を継ぐ前の後継者が家業のリソースを使った新規事業をプレゼンする大会です。後継ぎ甲子園 ── 家業を継ぐ予定の後継者が、家業の資源を活用した新規事業のアイデアを競うピッチイベント。地区予選を勝ち抜くと決勝大会に進める。予選は13〜15名ほどが登壇し、うち3名が決勝に進むといいます。
1人あたりの持ち時間は4分。小平さんは、短時間だからこそ何を売りたいのかが伝わりにくくなりがちだと指摘します。
そこをないがしろにすると、結局あなた何売りたいんだっけ、みたいなことが多くて。どこを取捨選択して、初見の人にもわかりやすく伝えるかっていうのは、結構ハードル高いんじゃないかなと思いながら毎回見てますね。
話題は本題のDXへ。2人はともにDXへの思い入れが強く、「話そうと思えば何時間でも話せる」と口をそろえます。
そこでまず語られたのが、会社に戻った当時の状況です。小平さんの会社は、そもそもデジタル化されている部分がほぼなかったといいます。
帰ったら社員はメールアドレスも持ってないし、カレンダーもないし、稟議も全部紙だし、議事録もないし、どうやってこの人たちは仕事やってるんだみたいな感じでした。
桺本さんの会社も同様でした。2019年に戻った時点で、ノートパソコンを持っているのは社長ともう1人ほど。社内のWi-Fiは個人用ルーターを使った不安定な環境で、出退勤の打刻も紙で行っていたといいます。
前職がIT企業のエンジニアだった桺本さんは、その落差にびっくりしたと振り返ります。ファックスがあたり前に使われている点も、2人に共通した驚きでした。
チャットツールを毎年入れ替えて、社員に何が起きたか
現在では、両社ともかなりの業務がデジタル化されています。小平さんは、法的に紙が必要なもの以外は7〜8割をデジタル化し、多くの業務フローをDXできたと話します。
桺本さんの会社はLarkを導入し、社内の運用の多くをそこで回しています。Lark ── チャット、ビデオ会議、カレンダー、メール、ドキュメント管理などをまとめて使えるコラボレーションツール。バイトダンスが提供している。桺本さん自身が副業でLarkのアンバサダーを務めていた経緯もあり、現在は関連する3社に導入しているといいます。
一方の小平さんは、最初にMicrosoft365を入れてTeamsで運用していましたが、半年ほどで嫌になり、GoogleとSlackに入れ直したと明かします。ツールを全面的に2回入れ替えたことになります。
桺本さんも負けていません。Slack、Teams、Larkと、チャットツールをほぼ毎年切り替えてきたといいます。
もう社員はたまったもんじゃないと思います。
本当にたまったもんじゃない。
抵抗勢力の説得より「もう決まりました」が効く理由
話は、DXの抵抗勢力をどう説得したかに移ります。桺本さんは、かなりトップダウンで進めたため、激しく抵抗された記憶はあまりないと言います。ただ、業務フローが変わることへの戸惑いや、社長が理解しきれていない部分で前に進めにくいことはあったそうです。
小平さんの会社もトップダウンでした。父の代がカリスマ経営者で、トップの言うことは通るという土壌があったため、一気に進められたといいます。ついてこられない人には、人事部の若手が説明会を開くなどのケアを繰り返しているそうです。
桺本さんは、あえて丁寧に導入説明をしないという方針を徹底していると話します。事前に告知すると、細かい不安の声が次々と出てきて前に進まなくなるからです。
来週から切り替わりますみたいなことをよくやってて。まずは導入してから、その不満を解消していくみたいなことをやってましたね。
この進め方に、小平さんも強く同意します。導入の可否を社員に聞かないことが重要で、決まったと伝えた後に一つずつ潰していくほうがよいという考えです。
桺本さんも、全社員に事前に伝える必要はなく、コアなメンバーにだけ知らせて承認を取っておけばよいと補足します。
「なぜDXが必要か」を、あえて社員に説明しない
続いて、そもそもなぜDXが必要なのかを社員にどう説明しているか、という問いが出ます。桺本さんの答えは意外なもので、「説明していない」というものでした。
その理由は、DXが組織のOSのように業務フロー全体が絡み合った部分を整理する作業であり、複雑な概念を説明しても理解してもらいにくいからだといいます。クラウドの概念がわからない人にクラウドを説明しても伝わらないのと同じ構図です。
小平さんも、言われてみればしていないと気づきます。ただ、来年合併する関連会社への説明では、労働人口の減少に触れ、同じサービスを続けるために必要だと伝えているそうです。
現場からは「自分の仕事がなくなるのでは」という不安も出ます。小平さんはそこに対して、本質的な仕事は顧客対応だと切り分けて説明すると話します。
エクセルにちまちま打ち込むようなところは全部自動化して、その分お客さんと触れ合うことでより会社の価値が上がりますよ、みたいな説明はします。
一方で、役員の中には反対の声もあります。それでも小平さんは、一度コミットしたら徹底して進めてもらうというルールを重視しています。
一旦不服があったとしても、議論を尽くしてこの方向に行こうって言ったら、後から文句言うのは絶対なしみたいなルールは社内で作ろうとしている。
これは「disagree but commit」と呼ばれる考え方です。disagree but commit ── 反対意見があっても、いったん組織として決まった方針には全員が従い実行にコミットする、という意思決定の原則。役員間ではこれを徹底し、決めた後はノーを言わない形で進めているといいます。
成功体験の共有と、情報流通が組織を変える
桺本さんが特に大切だと感じているのは、社員一人ひとりにDXの成功体験を持ってもらうことです。具体例として、経理や総務の打刻業務を挙げます。
以前は紙の打刻をエクセルに転記して集計するのに1〜2日かかっていた作業が、カードでピッとするだけで自動集計されるようになりました。「DXいいな」と体感してもらうことを、最初の1年半から2年ほどはこまめに行ったといいます。
小平さんも、作業時間の短縮や残業削減といった成功エピソードの集積と共有は重要だと同意します。そのうえで、DXで最も良かった効果として情報流通のスピードを挙げました。
噂やあることないことが社内を回ると、人が不安になって辞めてしまう。議事録やチャットツールが入ることで、経営者の正確な情報が確定事項として伝わり、組織の状態が良くなるといいます。
桺本さんも、DXは組織を変革するうえでの土台だと表現します。情報の非対称性を解消しておかないと、あちこちで憶測が飛び交い、組織の環境が悪化するからです。
小平さんは、組織改善やミッション・ビジョン・バリューの策定より前にDXをやっておいたことが、その後の成功理由だったと振り返ります。以前は回覧板や、会議後のタバコ・飲み会の席でしか情報が得られなかったといいます。
桺本さんは、DXは今ある会社組織の中身を、今の時代に合わせる作業だと整理します。アナログで時代に合わない業務フローをデジタルの力で変えていくことで、人事制度など他の施策もうまく回るようになるという実感です。
中小企業のDXがトップダウンでないと失敗する理由
ここで桺本さんが、進め方の違いについて問いを投げます。トップダウンで進めるか、ボトムアップで社員やチームが進めるか、という論点です。
中小企業のDX、僕は絶対トップダウンじゃないとうまくいかないと思ってるんですけど、どう思います?
桺本頌大 さんからの質問
小平さんも完全に同意します。DXは予算を使う話であり、導入後にどう良くなるかは入ってみないとわからないため、トップがやると決めて予算をつけない限り進まないというのが理由です。
稟議もこの形じゃないと受け取らないし、議事録書かなかったら査定に響かせるぐらいの感じでやらないと絶対進まないですよね。
桺本さんも、DXは単にアプリを入れる話ではなく環境を作る話なので、トップダウンでないとうまくいかないと重ねます。
その裏返しとして、小平さんは経営者の年齢と情報感度の問題にも触れます。情報感度が下がった経営者がトップにいると、手をつける判断が遅れてしまうという指摘です。
まず勤怠から。バックオフィスが最初の一歩になる理由
後半は、具体的に何から始めるべきかという実践的な話になります。桺本さんは「何から始めればいいか」とよく相談されるといい、その答えとして勤怠・打刻を最初に挙げます。
理由は明快です。勤怠はコア業務ではないためやり方が変わっても支障が出にくく、影響範囲が小さい。一方で人が増えるほど負荷が上がり、システムの料金も比較的安いものが多いからです。
小平さんの会社も、最初に勤怠を導入したと記憶しています。あわせて労務のSmartHRを入れ、給与明細や年末調整を自動化しました。SmartHR ── 給与明細の発行や年末調整、労務手続きなどをオンラインで行える人事労務クラウドサービス。それまで労務をエクセルで手集計していたため、導入はスムーズだったといいます。
桺本さんは、バックオフィス系は勤怠も労務も年末調整も必ずルールがあるため、最初に手をつけやすいと補足します。
労務の人とか年末年始帰れなくてかわいそうだったりするんで、そこを軽くしてあげるっていうのは、すごく社内の理解度も取りやすいなと思いますね。
効果は人員面に明確に表れました。小平さんの会社では、以前7人ほどで回していた経理が3人ほどになり、社内SEや広報に人を回せるようになったといいます。
営業支援は挫折続き。日報とAIで見えてきた突破口
難しかった領域として、小平さんはSFAやCRMといった営業支援の仕組みを挙げます。SFA・CRM ── SFAは営業活動を管理する仕組み、CRMは顧客情報を管理する仕組み。いずれも入力項目が多く、現場に定着させるのが難しいとされる。営業マンが個人商店のように動いていたため、入力に時間がかかり、商談を理由に入力されず形骸化していったといいます。
以前はHubSpotを使っていましたが、今はむしろ簡素化し、Slackのリスト機能やGoogle Keep、Notionなどで管理しているそうです。名刺情報の共有から始める方法もある一方、営業支援サービスは重いものが多いという実感を共有します。
桺本さんの結論もほぼ同じでした。SalesforceやHubSpotのような本格的なCRM・SFAは項目が多く難しすぎて、運用に乗らなかったといいます。
結局落ち着いたのは、Excel以上、Salesforce未満というか、それぐらいのシステム。
桺本さんは、LarkのノーコードのデータベースでCRMを自作して運用しています。小平さんも、営業の日報入力をポイント換算してボーナスに反映する社内システムをノーコードで作り、その裏側でSFAに連結できないか検討中だと話します。
この展開を後押ししているのがAIです。桺本さんは、以前は決まった項目に入力しないと集計できなかったものが、今は日報に書いておけばAIが分析してくれるようになったと指摘します。
小平さんは、次の段階として予測解析やレコメンドを挙げます。「そろそろコンロが壊れる頃では」と自動でDMが流れるような、AIエージェントによる自動化を見据えています。
声だけ入れて入力できるような形にしよう、みたいな話もしてる。高齢の人でも老眼で文字が見えないとかあるので、音声入力で自動で日報や顧客情報を入れられるっていうのは次やっていきたい。
AIについては次のエピソードで詳しく扱うとして、この回では入り口までにとどめられました。
まとめ
この回は、アナログな老舗企業を継いだ2人が、実体験からDXの王道パターンを構造化して語り合う内容でした。トップダウンで一気に進め、後からケアすること。まずバックオフィスから手をつけること。そして組織改革の前に情報流通を整えること。この順序が、中小企業DXの現実的な進め方として示されました。
- 中小企業のDXはトップのコミットが不可欠で、社員に可否を聞かず決めてから一気に進め、後からケアするのが必勝パターン
- 最初に手をつけるのは勤怠や労務などのバックオフィス。影響範囲が小さく、負荷軽減の効果が見えやすいため社内の理解を得やすい
- 組織や戦略を変える前に、議事録やチャットツールで情報流通を整えることが、その後の改革の土台になる
- CRM・SFAのような重い営業支援は形骸化しやすく、Excel以上Salesforce未満の軽い仕組みやノーコード、AIの活用が現実解になりつつある





