陰謀を疑う心は、祖先の生存戦略だった?
フランス革命と陰謀論シリーズの第2回で、楊さんは、フランス革命の時期に陰謀という説明の仕方がなぜあふれ出たのかを、いくつかの説や視点から紹介すると切り出します。
楊さんが最初に挙げるのは、誰かが陰謀を企んでいると思うメンタリティーは、人類の祖先から持っていたものだろうという説です。祖先の時代には集団同士の衝突が日常的に起きていて、過酷な世界を生き抜くうえで陰謀論的な見方は実際に役立っていたと考えられるといいます。
樋口さんは、番組で扱った戦国時代を思い出し、裏切ったり裏切られたりの陰謀ばかりだったと応じます。楊さんは、ある集団が何か企んでいると疑いやすい人のほうが危険を早く察知し、生き延びることもあっただろうと続けます。
僕みたいにね、人の言うことすぐ信じちゃう人は、多分、すぐ死ぬと思う。
家が壺だらけになって。
楊さんによれば、陰謀論の根っこにあるのは、究極的には他の集団を疑う感覚です。この感覚が初期の人類に生存上の優位をもたらし、その心理傾向が子孫に受け継がれて現代人にも残っている可能性があるため、陰謀論的な発想は誰にでも発動しうるという見方になります。
疑わないってセキュリティゼロってことやから、危ないですよね。
ただし楊さんは、祖先の時代に合理的だった見方が現代でも必ず有用とは限らず、ケースバイケースだろうと留保を付けています。
理性の光が強いほど、陰謀の影も濃くなる
楊さんがもう一つの重要な観点として挙げるのは、フランス革命の時期、西洋では世界の認識の仕方がパラダイムシフトの途中だったという点です。
近代までの人間は、不幸のような飲み込みにくい出来事の原因や意味を、神の罰や呪い、悪魔、水害を起こす龍のような超自然的な存在に求める傾向が強かったといいます。なじみやすい概念で納得感を作りやすかったからです。
近代になると、人間の認識のエンジンに別のアルゴリズムとして合理主義、つまり理性が入ってきます。出来事には明確な因果関係があり、人間の理性はそれを理解し、コントロールできるはずだという感覚が強まっていきました。
その延長で、合理的な思考を社会に用いれば、神話や迷信、宗教といった古い権威に頼らずに良い社会を作れるはずだという啓蒙思想 ── 17〜18世紀のヨーロッパで広まった、人間の理性によって偏見や迷信を退け、社会を改善できるとする思想潮流。ロックやヴォルテール、ルソーらが代表的な論者ですも出てきます。楊さんは、教会や宮廷から独立した議会で市民が議論して政治を決めようとする動きも、この文脈に置けると話します。
楊さんは、理性に完全に切り替わったわけではないと強調します。人間の精神の古いソースコードは残ったまま、合理主義という新しいソースコードが入り、OS全体がバージョンアップしつつある状態だったといいます。
この状況で強まったのが、出来事を人間の意志で説明する傾向です。人間が全てを理解しコントロールできるなら、逆に出来事には必ず人間の意志が介在しているはずだ、という発想になります。
悪い出来事が起きる
簡単には飲み込めない不幸や被害に遭う
超自然を退ける
神の罰でも悪霊の仕業でも天罰でもないと考える
人間の意志を探す
理性で全て説明できるはずなので、誰が望んだのかを問う
陰謀と結論づける
誰かの意図、つまり陰謀に違いないと考える
楊さんは、誰がそれを望んだのかと問い、陰謀に違いないと結論づける思考ルートが、近代になって太くなっていったと説明します。
当時は人間すげえから、全部理性で完璧に理解できてるし、操作できるから、全部人間(のせい)だってなるんや。
飢饉は誰が起こした? フランスの「飢饉の陰謀論」
楊さんは、飢饉を例に中世と近代の違いを示します。中世ヨーロッパでは、飢饉は神の罰や悪魔の仕業として理解されることがありました。
現代の人は、天候、土壌、収穫量、戦争、物流、マーケット、集団心理など、飢饉を捉えるスコープをたくさん持っています。そのため飢饉は1つの理由では捉えきれない複雑な現象だと考えられます。
ところが近代になると、飢饉は誰かが意図的に起こしたという説明が説得力を持つようになります。18世紀後半、まさにフランス革命の時期のフランスでは、飢饉の陰謀論が流行しました。
中世ヨーロッパでは、神の罰や悪魔の仕業として理解されることがあった
近代フランスでは、王や政府、商人、大臣、外国勢力などの邪悪な意志が原因だと疑われた
民衆の間では、王様や政府の偉い人たちが民を飢えさせようとしている、商人や大臣が食料を隠している、外国人勢力が混乱を作っている、といった疑いが広がりました。楊さんは、流行というより認識構造の一部になっていたと話します。
さらに当時は経済学や社会科学が未成熟で、穀物価格の上昇や飢饉を科学的に十分説明できず、そうした説明が民衆に浸透してもいなかったといいます。
本当は誰のせいでもないけど、そう思えないんですね。なんかのせいにしないといけないという。
楊さんは、説明を求めることは心の安定や癒やしにつながると応じます。樋口さんは、わからない状態を保つことにストレスを感じるのだろうと続けます。
本質的に偶然というものに対する耐性が少ないんじゃないですかね。
ご飯をおごったのに腹を下したら、それは陰謀なのか?
楊さんは、因果関係と人間の意図が必ずあるというロジックが強まると、良いことの裏には良い原因、悪いことの裏には悪い原因があり、偶然は想定されなくなると説明します。
楊さんが出したたとえは、樋口さんにご飯をおごってもらった楊さんが、たまたま腹を下したという場面です。おごるという良い行為から悪い結果が出たので、このロジックでは悪い原因と、それを企てた誰かの意図を想定しないと説明がつきません。
ヤンヤンを腹下させようとして、邪悪な陰謀で何か悪いものを入れた。
楊さんは、良い先輩という外面は仮面であり、その仮面を剥いで陰謀を暴かねばならない、と考えるのがロベスピエール ── フランス革命期のジャコバン派の指導者。公安委員会を主導し、反革命の疑いのある人々を次々に処刑した恐怖政治の中心人物として知られますたちの発想だったと話します。
楊さんが面白いと感じているのは、近代の合理主義が世界の複雑さを解明するために理性をブーストし自然科学を生んだ一方で、世界の複雑さや偶然性を切り捨て、全てを人間の意志で説明できるという認識もブーストした点です。
楊さんによれば、何も偶然ではない、何も見かけ通りではない、全ては繋がっていて邪悪な組織の極秘計画が動いている、という陰謀論の典型的な言説も、この土壌から生まれていきます。
楊さんは深入りを避けつつ、ワクチンをめぐる医学側と陰謀論側の対立にも触れ、元をたどれば両者は合理主義から生まれた一卵性双生児とも言え、その兄弟が競合している構図が面白いと話します。
激動の革命で、陰謀論はなぜ噴き出した?
楊さんは話をフランス革命に戻し、フランス革命が超激動の時代だったことを強調します。目の前で次々に新しい出来事が起き、当時の人々の説明の限界を超えていたうえに、政治家、王族、貴族、民衆の誰もが命をかけていました。
今日楽しくワインを飲んでいたら、明日自分ギロチンにかけられてるっていうことだってあり得るわけですよね。
この激動を説明したり、敵を攻撃する大義名分にしたりするために持ち出されやすかったのが、反革命の陰謀という言説です。ロベスピエールをはじめ革命家たちは陰謀への強迫観念に取りつかれ、あいつは仮面の下に邪悪な意志を隠している、という言い方が政治文化のデフォルトになっていたといいます。
楊さんがここで言いたいのは、出来事の裏に人の意図があると思う挙動はおそらく誰もが持っていて、それがフランス革命という極限状態の中で一気に噴出した、ということです。樋口さんは、そこに合理主義が融合したからこそだと受け止めます。
楊さんは、平和な時代なら陰謀論は個人の心の中や趣味のサークルの雑談程度にとどまったかもしれないと話します。樋口さんも、本当に陰謀なら自分が死ぬというリアリティーがあったから、真剣に考えざるをえなかったのだろうと加えます。
フランス革命の核心「透明性」とは何か
楊さんは、フランス革命期に大事だったもう一つの観点として、透明性への信仰を挙げます。前提として、1789年に憲法制定国民議会が出した人権宣言によって、国民主権、権利の平等、自由といったビジョンが革命の公式な価値として確定しました。
みんなで野球やろうぜって決めたのに、お前サッカーのつもりで来んなよって話ですよね。
楊さんによれば、人権宣言というゲームルールの中で重視された規範の1つが透明性です。革命は人民の意思に基づく政治を目指し、人民の代表者を議会に送り込む仕組みを作ろうとしていたため、人民の意思が本当に議員に代表されているかが問われました。
楊さんは、この問いは現代の政治にも通じる普遍的なものだと話します。理想は、一般意思 ── ルソーが『社会契約論』で示した概念で、個々人の私的な利益の総和ではなく、共同体全体の共通の利益をめざす人民の意思を指しますと代表者の発言や行動が一致している状態です。逆に代表者は、私利私欲を一般意思の代弁だと偽って一般意思をハイジャックするリスクも抱えています。
樋口さんが、透明性とは今でいう情報が隠されていないという意味かと尋ねると、楊さんはそれだけではないと答えます。人民と議員の間に陰謀、秘密会議、派閥、私利私欲、腐敗した関係などが挟まらず、人民の意思が曇りなく代表されている状態を指すといいます。
抵抗が低いみたいなイメージですね。しっかり電気が通っているみたいな。
完全に代表されているからこそ、議員の意思は人民の意思とイコールとみなされ、正当性の重みを持ちます。そのため政治は常に公開され、世論やメディアに監視される必要があり、政治家は自分を人民の前にさらけ出すことが誠実さだという規範が重視されました。
楊さんは、代表民主制で国民主権を実現するには透明性が不可欠であり、ここがぶれると革命は潰されるという危機感があったと説明します。
心の中は見えない。透明性はなぜ人狼ゲームになったのか
楊さんは、理念と実際のずれを指摘します。代表者の表の言動ではなく、その内面が本当に人民の意思と一致しているのかを、どうやって確認するのかという問題です。
心の中までは誰もわからないわけです。
透明性を体現したと言える明確な基準はなく、世論に支持されているからといって内面が人民の意思と一致しているとも言えません。楊さんは、このすぐには解決できないバグによって透明性の競争が起きたと話します。
理念
人民と代表者の間に遮るものがない透明な状態が理想とされる
バグ
内面が人民の意思と一致しているかを確かめる基準がない
競争
失脚や死を避けるため、誰もが自分こそ透明だと証明しようとする
攻撃
透明でない政敵を、仮面をかぶった陰謀家だと断じる
なるほど。透明アピール競争になるわけや。
透明性は、政敵を攻撃する手段にもなりました。議員なのに透明性を体現していない、だからお前は仮面をかぶった陰謀家だ、というロジックです。
自分こそが正しい人間だっていうことを主張するために、相手のおかしいところを見つけて、本当かどうかわからないけど攻撃をするっていう。
樋口さんは、人狼ゲームなら必ず誰か1人を釣らなければならないように、フランス革命でも誰か敵を見つけなければならなかったと重ねます。二人は、ロベスピエール役のいるフランス革命版人狼ゲームを作ったら面白いと盛り上がります。
楊さんは当時の言説として、公開の場で共和国をたたえる者でも裏では陰謀を企てているかもしれない、偽の愛国者の仮面を剥いで正体を暴け、陰謀を疑われたら内心を全部さらけ出して証明してみせろ、といったものを紹介します。
人民は善良なはず。だから敵探しが始まる
楊さんはここで、人民は理論上、陰謀の主体として断罪できなかったという観点を加えます。啓蒙思想では主権は人民の意思に由来し、人民の意思は政治の正当性の源泉なので、人民は本来善良だという前提が必要だったからです。
関数でいうとなんか定数みたいなやつ。
楊さんは、現代の民主主義国の政治家も、内心は別として、少なくとも言葉の上では国民はバカだと批判できないと説明します。権力基盤を担保しているのが国民の投票意思だからです。
そのためフランス革命で混乱、暴力、戦争、経済危機が起きても、責任を人民に負わせることはできませんでした。責任は人民以外に求められ、王族、貴族、他の議員や政治家、外国人の中で陰謀家探しが行われたといいます。
SNSやん。嫌なインターネット。
ただし楊さんは、実際には人民の中でも陰謀家探しが行われ、多くの人民がギロチンにかけられたと補足します。そのロジックは、人民は基本的に善良だが無知であり、その無知をたぶらかす陰謀家が人民の中に紛れ込んでいるので、善良な人民を汚染される前に排除しなければならない、というものでした。
フリーメイソン陰謀論はどこから生まれた?
楊さんは最後の豆知識として、第1回の冒頭でも触れたフリーメイソンを取り上げます。フランス革命そのものがフリーメイソンの陰謀だという陰謀論も同じ時期に生まれ、それは最初、聖職者の側から提示された世界観でした。
楊さんが紹介するのは2人のカトリック聖職者です。アベ・ルフランアベ・ルフランは『好奇心旺盛な者たちのために持ち上げられたベール』を書いて大反響を呼び、イエズス会士のオーギュスタン・バリュエルは『ジャコバン主義の歴史のための覚書』を出して、こちらも広く読まれたといいます。
聖職者たちは、人間の理性や民主主義、自然科学といった啓蒙思想の広がりが、長くキリスト教が担ってきた社会秩序や倫理の基盤を掘り崩すのではないかと危機感を抱いていました。さらに革命は、第一身分である聖職者の特権を剥がし、憲法への忠誠を誓わせ、一公務員のように扱おうとしたといいます。
楊さんによれば、フリーメイソン ── 18世紀初めにイギリスで組織化された友愛団体。各地のロッジを拠点に会員が集い、独自の儀礼を持つことで知られていますは資本主義の勃興で力をつけた市民階級の、いわば知識人の社交サークルでした。自然科学など最先端の知識を学び合う場でしたが、秘密めいた儀式があったことも、何か企んでいるという疑いをブーストしたといいます。
聖職者からすると、自分たちの文脈に全くない謎の儀式をやっているわけやから。言うたら新しい宗教家ですよね。
ローマ教皇庁でも、歴代の教皇がフリーメイソン批判を行うようになりました。自由・平等・博愛は民衆に吹き込んで秩序を破壊するための陰謀だ、人権や民主主義は国家を衆愚政治にするためのものだ、ヨーロッパの宗教的権威を破壊して取って代わろうとしている、といった言説が陰謀論のプロトタイプになったといいます。
自由・平等・博愛や人権、民主主義を広めて秩序と宗教的権威を破壊しようとしている
知識人の社交サークルで、慈善や親睦が中心。団体としての政治目的はなく、会員の意見もばらばらだった
楊さんは、歴史学ではこの陰謀論は支持されていないと明言します。革命に反対するフリーメイソンの拠点もあり、メンバーとして最も有名なのはルイ16世ですが、ルイ16世は革命を推し進めるどころか、むしろ革命で一番割を食った人物でした。
大事なものを奪われる不安が、物語と陰謀を生む
楊さんは、聖職者たちの感覚の根底には、自分たちの大事なものを奪われる危機感や焦燥感があったのではないかと解像度を上げます。
お金の貸し借り、ビジネス、家事・育児など、交渉や妥協で決着しやすいもの
宗教、人種、階級、イデオロギー、生存に関わる食べ物や水など、尊厳やアイデンティティに深く関わるもの
楊さんによれば、宗教や階級のような争いは妥協のコストが非常に高く、血を見る対立に発展するリスクも高いといいます。もともと高い地位にいた人ほど、特権を奪われ、信じる宗教の意義を否定される体験は、強い奪われる感覚を伴います。
その喪失が構造的に仕方のない現象だとしても、当事者にとって構造的な理解はどうでもよく、現象を物語化してしまう。楊さんは、その先に陰謀論も生まれていくのではないかと考えています。
樋口さんが、危機感から敵を作り仲間と分けてストーリーで理解するのは、過去のシリーズでも人間がずっとやってきたことだと言うと、楊さんは、物語化のリスクを踏まえて相対的な理解をしようとするアプローチがCOTENのデータベースなのだと応じます。
楊さんは、物語化のリスクの1つが陰謀論のブーストであり、それが行きすぎると虐殺、戦争、迫害が起きた事例が歴史上にあり、今も陰謀論に動かされた人によるヘイトクライムが起きていると指摘します。
樋口さんは音楽のコードにたとえ、不安定な響きの後には安定した和音へ行きたくなり、不安定な響きで曲が終わると嫌な感じがすると話します。不安であるほど理解して安定したくなる、という人間の欲求と似ているという見立てです。
(陰謀論は)もっとメタ的に見たら状況を不安定にさせてるだけですけど。
次回は再びフランス革命の流れに戻り、全国三部会以降のいくつかの出来事の裏で陰謀論がどう機能したのかを紹介すると予告されています。
まとめ
この回では、陰謀を疑う心が祖先の生存戦略に根ざし、近代の合理主義が「出来事の裏には必ず人間の意志がある」という発想を強め、フランス革命の透明性という理念と極限状態がそれを政治の武器に変えていった流れが語られました。
- 陰謀を疑う心は、過酷な世界で生き延びるために祖先から受け継いだ可能性がある
- 理性で全て説明できるという合理主義は、偶然を許さず誰かの意図を探す陰謀論の土壌にもなった
- 内面を確かめられない「透明性」の理念は、透明アピール競争と政敵攻撃の論理を生んだ
- 人民は善良という前提のもと、責任は人民以外の「仮面をかぶった陰謀家」に求められた
- フリーメイソン陰謀論は、特権や信仰を奪われる聖職者の危機感から生まれ、歴史学では支持されていない




