避妊技術とジェンダー論は、性の常識をどう揺さぶったのか
性の歴史編の最終回は、出演者たちが生まれた20世紀の性がテーマです。深井さんはまず、19世紀の流れを振り返ります。ヴィクトリア朝期には性への強い禁欲的な規制があり、それがキリスト教的な土壌とともに世界中へ広まっていました。
深井さんによれば、20世紀はこの性規制が少しずつ緩和されていった時代です。歴史的に男性の所有物とされてきた女性に人権が認められ、女性の性的自己決定がだんだん可能になりつつありました。
その大きな要因の一つとして深井さんが挙げるのが、避妊技術の発達と生殖のメカニズムの解明です。これによって女性はバースコントロール ── 避妊などによって妊娠や出産の時期・回数を自分で調整すること。20世紀前半の産児制限運動を通じて広まった考え方ですができるようになりました。
(避妊できるようになって)妊娠しない選択ができるようになるってことですね。だから楽しみのためにセックスできるようになる。
樋口さんは、それまでは楽しみのためにセックスをすれば常に子どもが生まれる可能性があった、と受け止めています。
深井さんは、性の考え方に影響を与えた人物として2人を挙げます。1人目は、1949年に『第二の性』を発表したフランスの哲学者ボーヴォワール ── シモーヌ・ド・ボーヴォワール。20世紀フランスの哲学者・作家で、サルトルのパートナーとしても知られます。『第二の性』は現代フェミニズムの古典とされていますです。
ボーヴォワールは、文化的に作られた女性像は「男性ではないもの」として規定され、従属的なものとして生まれたと論じました。深井さんの説明では、オスとメスのような生物学的な性(セックス)とは別に、ジェンダーという性があるという議論がここから始まります。
2人目は、1960年代ごろから登場したミシェル・フーコー ── 20世紀フランスの哲学者。権力や知のあり方を歴史的に分析し、晩年の著作『性の歴史』では、性が社会の言説を通じて形づくられることを論じましたです。フーコーは、性の概念そのものが歴史的に登場したものであり、普遍的に変わらない性の概念はないと考えました。
喋ることによって、性とはどういうものかっていう文化が我々の中でも創出されて、その創出された性にまた我々自身がまた絡め取られていく。
深井さんはこうした議論を踏まえ、20世紀を通じて性という概念がかなり相対化されたとまとめます。樋口さんも「相対化か。大きいですね」と応じています。
子どもを守る制度が、なぜ結婚への不安を生んだのか
深井さんが20世紀のもう一つの特徴として挙げるのは、子どもの扱いの変化です。19世紀には子どもが労働力として使われていましたが、それが問題視され、工場労働の代わりに教育を受けさせるようになりました。
深井さんによると、教育を受けるようになった子どもは経済的な自由を失い、親の保護下に入ります。親の保護下に入ることは、子どもから性的自己決定がなくなることも意味していました。
さらに学校教育では男女が分けて育てられることも多く、子どもの社会は同性しかいないホモソーシャル ── 同性同士の結びつきを中心にした社会関係のこと。異性を排除したり、性別による役割を強めたりする側面が論じられることがありますな社会になっていきました。
児童労働の禁止
工場労働の代わりに教育を受けさせるようになる
親の保護下へ
子どもが経済的自由を失い、性的自己決定もなくなる
男女別の社会
同性だけのホモソーシャルな環境で育つ
結婚で初めて異性を知る
17、18歳になると突然結婚を求められ、不安が生まれる
深井さんは、この構造が今の日本にも残っているかもしれないと話します。17、18歳まで性を厳しく規制され、異性と会う機会もなかった若者が、ある時点で急に結婚を求められるのは不安なことだ、という見方です。
占い師とか、媚薬とかね、(異性と)どういうふうにコミュニケーション取っていけばいいかみたいな言説がすごい流行しちゃう。
深井さんは、現代でもTikTokで根拠のない恋愛占いのような情報が流行っていることを例に挙げます。そのうえで、ガイドラインのようなものに人は飛びついてしまうのだろうと話しています。
男女が分けて育てられる社会では、男らしさや女らしさが非常に重視されます。深井さんによれば、子どもが異性と仲良くするとその境界を越えたことになり、「女々しい」などと言われていじめの対象になることもありました。樋口さんも「あったな」と思い当たる様子です。
番組では続けて、男女がバラバラに育てられるからこそ、お互いに理想化した幻想を抱き、素敵な結婚式が求められるようになった、という流れが語られます。何百万円もかけるホワイトウェディングは今では一般的ですが、非常に新しい現象であり、コロナ禍もあって終わりつつあるとも話されています。
キンゼイ・レポートの数字は、何を覆したのか
20世紀の性の歴史で、ボーヴォワールやフーコーと同じ時代に衝撃を与えたのがキンゼイ・レポートです。アメリカの動物学者アルフレッド・キンゼイ ── アメリカの動物学者。もとはタマバチの研究者でしたが、のちに人間の性行動の大規模な聞き取り調査を行い、キンゼイ研究所の創設者となりましたが、人間の性行動を調べたレポートを発表しました。
ヴィクトリア朝期には、女性には性欲が存在しないと考えられていました。ところがキンゼイ・レポートでは、女性の62%がマスターベーションをしていることが分かり、多くの人を驚かせたと語られます。
キンゼイ・レポートではさらに、男性の3分の1が何らかの同性愛行為を経験していたという結果も出ました。同性愛は当時禁止され、病気とされていたため、「3分の1の人がやる行為が果たして病気なのか」という問題が生まれたと番組では説明されています。
キンゼイ・レポートが出た1948年は、出演者たちの祖父母世代が若かったころにあたります。番組では、人間の性行動を科学的に分析しようとしたのはこの時が初めてで、社会の認識と現実の間に大きなずれがあったことが分かった、と語られています。
人権の概念に、私たちの感覚はいつ追いつくのか
番組では、19世紀ごろからフェミニストが声を上げ始め、20世紀にボーヴォワールのような人が本格的に言語化したことで、女性の権利が変わりつつあるのが今だと語られます。女性蔑視が社会問題として扱われるのも、今が過渡期だからだという見方です。
人権の概念は18世紀に打ち出されましたが、実際に社会に実装されたのは世界大戦の後だと番組では話されています。その人権を土台にした性の概念が、今ようやく広がりつつあるという感覚です。
樋口さんにあたる聞き手からは、先に概念があって、感覚が今やっと追いついている状態なのかという問いが出ます。これに対し、感覚は世代交代しないと変わらないようだ、と答えています。
番組では、妾制度がなくなるのにも2世代ほどかかったことが例に挙げられます。そのうえで、変化が激しいこれからの時代には、自分の感覚をアップデートする能力が大切になる、と話されています。
性自認や性の自己決定が当たり前になるまでには、まだ時間がかかるだろうという見方も示されます。その例として、アイドルに処女性を求めることは前時代的であり、本人の性的自己決定という人権の観点から変わっていくだろう、と語られています。
天井と床の恋愛とドラゴンカーセックス、性の自由度の話
本編を終えたエンディングで、出演者たちはまず、デリケートなテーマで表現に気を使ったことを振り返ります。男性だけで性を語るこの状況自体に不快感を抱く人もいるかもしれない、という配慮も口にされています。
深井さんが改めて面白いと感じたのは、性が生物としての変えられない部分に根ざしているようでいて、実は相当自由度が高いという点です。その例として、深井さんは腐女子 ── 男性同士の恋愛を描いた作品などを好む女性を指す言葉。もとは自虐的な呼び方として広まり、今では広く使われるようになっていますの人と話して驚いた「天井と床の恋愛」を紹介します。
天井と床って見つめ合ってるけど触れ合えないじゃないですか。それが恋愛なんですよね。
深井さんによると、天井と床は擬人化されることもあれば、そのまま描かれることもあるそうです。こうした例から、人が何に欲情し、何を性の対象にするかは実はとても柔軟だと深井さんは話します。
さらに、性欲の多様性を示す例としてよく挙げられる「ドラゴンカーセックス」の話も出ます。番組の説明では、アメリカで表現規制が厳しいなか、オスのドラゴンと車の組み合わせならどの規制にもかからないとして、それに興奮する人が出てきたといいます。
深井さんはこうした性癖を「かっこいい」と感じる自分に戸惑い、自分には分からない感覚への憧れかもしれないと話します。それに対して、アーティスティックに感じたという声も上がっています。
「許されたい」という気持ちと、性の自己肯定
シリーズを振り返る中で語られたのは、みんな「許されたい」という気持ちを持っているのではないか、という想像です。発言者は、自分自身も性について苦悩した経験があると明かしています。
シリーズの冒頭では、今の時代には今の時代の正しさがあり、法を逸脱することを勧めているわけではないと伝えていました。一方で、自分の性は間違っているのではないかと自己嫌悪や罪悪感を抱いている人も多いのではないか、と話されます。
自分こんな性でいいんだよという。自己肯定ですよね、性の。
ここでの「性」は性癖に限らず、性的な好み、自分の性別をどう認識しているか、着る服なども含めた全体を指す、と補足されています。
ゲストの室越さんは、これに少し違う角度の視点を加えます。見えないから興奮する、禁止されるからタブーを破る興奮があるといったように、抑圧によって生まれる性もあり、すべてが自由になると面白くないと感じる人も出てくるかもしれない、という指摘です。
室越さんは、性は法律で完全に規制することもできず、文化や雰囲気もすぐには変わらない、非常に複雑な分野だと感じたと話します。そのうえで、今の時代も未来から見れば「嘘やろ」と思われるはずで、そう考えると少し楽になる人もいるのではないか、と語っています。
深井さんは、自由になれと勧めているわけではないとしつつ、今の性規制が絶対に正しいわけでもないと応じます。セクシュアルマイノリティの人や、職場で体を触られることを「コミュニケーション」として我慢している人には、人権をベースに自分の感覚を大切にしてほしいというのが深井さんの考えです。
宗教から科学へ、その次に来るものは?
室越さんがもう一つ印象に残ったと話すのは、昔のヨーロッパで宗教が性を否定し女性を縛る根拠に使われ、それがのちに科学に置き換わったという流れです。科学も1つの考え方にすぎないなら、科学の次に来るものがあってもおかしくない、と室越さんは考えました。
宗教
宗教を盾に、女性はこれをしてはいけないと決められていた
科学
性を規制する根拠が科学に置き換わった
その次
科学も1つの考え方なら、次の何かが来てもおかしくない
なんか性の領域にもリベラルアーツがあったらいいかもしれないですね。
科学について番組では、素晴らしいものだとしたうえで、常に誤りうる暫定的な結論だと認識すべきだと語られます。科学は「これが確からしい」とは言えても「これが完全に正しい」とは証明できない、という説明です。
深井さんは、科学は本来「ここからここまでは成り立つ」という範囲つきの話なのに、その範囲を無視して何にでも当てはめる人がいる、と指摘します。それは科学の乱用であり、科学のセンスを持っていないということだと話しています。
室越さんは、時間の流れは常に一定だという前提が、光の速さだけが一定で時間は一定ではないと分かって覆された例を挙げます。土台からひっくり返る可能性を想像しておけば、すべてを信じ込まなくてもよいと思える、というのが室越さんの考えです。
男性が書いてきた歴史を、どう読めばいいのか
番組では、性の歴史は研究自体がまだ発展途上だと語られます。今回の内容も、参考文献のうち信憑性が高そうなものを恣意的に選んで紹介したもので、1つの意見として受け止めてほしいと出演者たちは話しています。
ファクトは本当はなくて、意見と解釈があるだけ。
深井さんはさらに、今回読んだ文献も、その文献が参照した昔の文献も、ほとんどすべて男性によって書かれていると指摘します。性の歴史に限らず、歴史の多くは男性が書いてきたもので、女性が書いたものは文学作品くらいではないか、という話になります。
室越さんは、性の歴史は書き手の立場で見え方が大きく変わるので、本当の性の歴史を見ることはできないのではないかと受け止めます。それに対して「想像はできる」「その想像を諦めないことはとても大切」という言葉が返されます。
深井さんは、学問の世界でも女性史を研究し、女性から見た歴史を復元していこうという流れがあると紹介します。今回性を扱ったことで、政治的決定権を持つ少数の大人の男性が多くを決め、歴史も書いてきたことがくっきり見えたと深井さんは話します。そして、冷静に考えれば信長編もガンディー編も同じだと確認し合います。
この人が言っていることは真実だと思って聞く
バイアスがかかった、その人の意見だと思って聞く
締めくくりに語られたのは、喧嘩した2人の言い分が食い違う例です。どちらの話にも聞く価値はあり、大事なのはバイアスがかかった意見として聞くことを当たり前にすることだと話されます。本も、コテンラジオ自身も同じで、著者や話し手のバイアスは必ずかかっている、という言葉でシリーズは締めくくられています。
まとめ
性の歴史編の最終回では、20世紀に性の規制がゆるみ、ボーヴォワールやフーコー、キンゼイ・レポートによって性の常識が相対化されていく流れが語られました。人権の概念に感覚が追いつきつつある過渡期の今、性の自己肯定や、男性の視点で書かれてきた歴史をバイアスを意識して読む姿勢の大切さが示されています。
- 避妊技術とジェンダー論の登場によって、20世紀に性の概念は大きく相対化された
- 子どもを保護する教育制度が男女を分け、結婚への不安や理想化を生んだという見方が示された
- 1948年のキンゼイ・レポートは、女性の性欲や同性愛をめぐる当時の常識と現実のずれを数字で示した
- 性の規制を支える根拠が宗教から科学へ移った流れから、科学も暫定的な結論として扱う姿勢が語られた
- 歴史は主に男性が書いてきたものであり、バイアスを前提に読み、女性の視点を想像し続けることが大切だとされた






