深センに9割いる吉川さんには、中国がどう見えている?
吉川真人さんが代表を務めるロボットワークスは京都で立ち上げた会社ですが、吉川さん自身は時間の9割ほどを中国・深センで過ごしています。
吉川さんは深センで、日本企業向けに中国のフィジカルAIを調査し、ロボティクス視察の企画から実行までを請け負っています。中国のロボット企業が日本で売り先を探す進出支援も手がけています。
私、あんまり日本の情報取ってなくてですね、基本もう中国の情報だけでいっぱいいっぱいというか、もう追いつけないぐらい、もういろんな情報が出てるんですけども。
吉川さんによると、中国を訪れた日本の人からは「中国がだいぶ先に進んでしまった」「追いつくのに時間がかかる」という声が出ているそうです。
日本ではUnitreeやAGIbotの名前がよく挙がりますが、中国では日本ではマイナーでも注目を浴びている会社が、雨後の筍のように次々と生まれているといいます。
さらに、日本でフィジカルAIの波に乗った起業の動きが出始めている一方で、中国ではこの動きが2023年から2024年には始まっていました。吉川さんは、今の中国は「とりあえずやってます」という会社が潰れていく淘汰のタイミングでもあると話します。
あ、そうですね、最前線ですね。血肉の争いですね。
佐野さんと吉川さんは、共通の友人の経営者を通じて知り合いました。佐野さんがヒューマノイド事業を始めると決め、会社を作った数日後に紹介を受け、そこから深センツアーを一緒に企画するようになったといいます。
佐野さんが今回吉川さんに聞きたいこととして挙げたのは、中国のフィジカルAIで今何がトレンドなのか、ネットで見る中国の技術は現場でどうなのか、話題の人間そっくりなコンパニオンロボットの実力はどうか、という点です。
「完成機を作っても意味がない」と中国政府が言った理由
吉川さんによると、中国ではヒューマノイドの完成機を作ること自体に、もうあまり価値が見出されていません。
2023年から2024年の後半ごろまでは、完成機を作れば大きな投資を受けられるという話ばかりでした。ただし完成機といっても、ダンスをする、少し物を運ぶ程度で、将来の進化に期待するフェーズだったといいます。
去年の十二月ぐらいに中国政府が正直半年ぐらい経てばお金持ってる会社どこでも組み合わせれば作れますと。こういうのはもう正直差別化もできないものを作っても意味がありませんと。
吉川さんは、中国政府が「役に立つものを作りましょう」と若干ストレートに言い始めたことで、業界には「完成機はあかん」という空気が生まれたと話します。
もう一つの変化が規格の統一です。各社がバラバラの規格で作る問題を受けて、中国政府は安全性に関わる部分について政府の規格に従うよう求め始めました。完璧な法案はまだありませんが、標準化委員会のような組織ができ、議論が進んでいるそうです。
2023〜2024年後半ごろ。完成機を作ればすごいと言われ、投資を受けられた
2024年12月ごろ以降。政府が差別化できない完成機に意味はないと表明し、規格の標準化も議論が始まる
こうした流れの中で、とりあえず完成機を作っていた会社には潰れたケースもあり、これからも淘汰が進むと吉川さんは見ています。
今のトレンドは「データ」。巨大なデータファクトリーとUMI
完成機に代わって注目されているのが、ロボットを動かすためのデータです。中国では、家庭や製造現場を模した「データファクトリー」を作り、人間がひたすらデータを取る取り組みが広がっています。
最も大きな例として吉川さんが挙げたのが、日本でも注目を浴びているPaXiniです。巨大なスペースに150か所ほどのレイアウトを作り、人間がグローブを着けてデータを取りまくっているといいます。
データ収集に使うツールも注目されています。吉川さんが紹介したUMI ── ロボットの手先にあたるグリッパー型の道具を人が持って操作し、動きや力のデータを集めるための収集ツールは、グリッパーで物を掴むときのデータを記録する道具です。
UMIで集めるデータは、掴むまでから離すまでの軌道、つまりXYZ座標での位置の動き、どれくらいの力で掴んだか、そして触覚センサー次第で温度や湿度、材質などです。
こうした物理空間のデータは、ロボットの考える部分にあたるVLA ── Vision Language Actionの略。カメラ映像と言葉の指示を理解し、ロボットの動作まで出力するAIモデルの考え方を強化するために使われます。中国では、この考える部分を「ロボットの脳」と呼ぶそうです。
これないとロボットただの高いラジコンじゃんみたいな感じになってしまうんですね。
データを売る「データのスーパーマーケット」とは?
データ収集の担い方は会社によって分かれます。自社で取る会社、他社に外注する会社、そしてデータ採取そのものをメインのビジネスにする会社があります。
データ採取を本業にする例として吉川さんが挙げたのが、三菱電機が出資する深センのLumos Roboticsです。Lumos Roboticsは「データのスーパーマーケット」をビジネスのコンセプトに掲げています。
Lumos Roboticsは自分たちでデータを取り、オンライン上で販売します。買った会社は、そのデータを自社のロボットや購入したロボットに活用する仕組みです。日本企業も視察に訪れているといいます。
吉川さんによると、深センにはこうした会社が3〜4社ほどあり、吉川さんはそのうち2社ほどを訪問しています。
一方、AGIbotのような資本力のある大企業は、自社でデータファクトリーを作り、テレオペレーション ── 人がVRコントローラーなどで離れた場所からロボットを遠隔操作すること。その操作の記録が学習データになるでロボットを操作して学習させています。
AGIbotのように自社でデータファクトリーを作り、テレオペレーションで学習させる
Lumos Roboticsのようにデータ採取に特化し、取ったデータを販売する
樋口さんは、完成機で期待値を見せる段階から、標準化による実装への準備と、動かすためのデータに価値が移ってきていると整理し、吉川さんもそのとおりだと応じました。
サプライチェーン国産化で、日本の部品は置き換えられるのか
3つ目のトレンドはサプライチェーンです。中国政府は、ヒューマノイドの部品の国産化比率を高めたいと考えています。
現状の中国製ロボットには、ベアリングなどで日本メーカーの部品がよく使われています。吉川さんが見た分解済みの機体には「ムラタ」と英語で書かれた部品があり、村田製作所だろうと思ったそうです。
完成機への注目が終わったことで、関節部分のパーツを作るサプライヤーに視線が移っています。ロボットの量産が進めばサプライヤーの売上も上がるため、そこに賭けておこうという考え方です。
注目点は、UnitreeやテスラのOptimusといった量産フェーズに入った会社に、どこが食い込み、どこが既存部品を置き換えていくかです。
吉川さんの例では、日本のハーモニック・ドライブ・システムズ ── ロボットの関節などに使われる精密減速機「ハーモニックドライブ」で知られる日本のメーカーを置き換えようとしている中国の上場企業、Leaderdriveが注目を浴びています。
ほかにも、EV向けのサプライヤーがロボット向けに転換する動きや、清華大学でロボティクスを研究していた人たちがいきなりサプライヤーとして部品作りを始める例もあるといいます。
日本の勝ち筋は「耐久性」にある?
樋口さんは、日本は精密な小さいパーツの技術がすごいと信じられてきたが、中国はもう追いついているのかと尋ねました。
日本が先に進んでるってのは多分産業ロボットの話であって、ヒューマノイドロボット、多分アシモ、ペッパーで止まってしまってますね。
そのうえで吉川さんは、部品の品質が今後の注目点だと話します。現時点で本当の意味での量産に入っている会社は多くなく、昨年まとまった台数を売ったのはUnitreeとAGIbotぐらいで、ほかの会社はEVやスマホと比べれば小ロット生産にすぎないといいます。
吉川さんの見立てでは、本格的な量産に入り、工場などで何百万回も動作するようになると、デモでは使えた中国製部品が壊れるという話がこれから出てくる可能性があります。
金額少々高くても壊れないんやったらそっち使おうかみたいな感じになってくるのかなと。
吉川さんは、日本は完成機ではなくサプライヤーとして中国に乗っかる戦略のほうがよいと考えています。スピードや量産後の価格では中国に勝てないからです。
ただし吉川さんは、パクりパクられの世界なので、この勝ち筋の賞味期限はあまり長くないとも付け加えています。
サプライチェーン以外の勝ち筋を聞かれると、吉川さんは「それがですね、知りたいですね」と答えました。極論として、日本国内で使うロボットを日本製に限る政策を出せば国内では食べていけると話しましたが、佐野さんはそれではテクノロジーとして退化しそうだと返し、樋口さんもガラパゴス化だと応じています。
世界初上場のUBTechが出した、人間そっくりのU1
話題は、佐野さんが気にしていたコンパニオンロボットへ移ります。中国のUBTech Roboticsは、ヒューマノイドロボット企業としてグローバルで最初に上場した会社で、2番目がUnitreeだと吉川さんは紹介します。
UBTechは2012年に深センで創業し、50cmほどの小型ロボットから始まりました。関節部分のアクチュエーターを自社で作れるため、コストをコントロールしやすい点を強みにしています。
UBTechはこれまでWalkerシリーズで、EVの生産ラインでのネジ回し、外観検査、物の運搬などを手がけてきました。そこへ新たに、人間に近い外見のU1シリーズを出しました。
新商品発表会が六月末にあって、こう招待して、していただいて行ったんですけど、めっちゃべっぴんさんでしたね。
U1シリーズには男性型も女性型もあり、モデル体型のような美男美女がコンセプトです。吉川さんによると、男性型は全員同じ顔で、女性型はそれぞれ特徴のある顔をしていたそうです。
樋口さんが検索して「ファイナルファンタジーのCGみたい」と言うと、吉川さんはファイナルファンタジーとマトリックスをモチーフにしているはずだと応じました。
中国のテックニュースでは「不気味の谷を超えた」とも言われていますが、吉川さんは「よく見ると不気味ですよ」と率直です。
U1が狙う「孤独」と服薬確認のユースケース
U1シリーズは、動くのがほぼ顔の部分だけです。歩くタイプは2400万円ほどで、中国では実質買われないだろうと吉川さんは見ています。安いタイプは400万円ほどで、歩かない代わりに目のまばたき、笑顔、口元の動き、会話ができます。
約2400万円。中国では実質買われないだろうと吉川さんは見ている
約400万円。顔の表情が動き、会話ができる。ソファや椅子に座らせる、受付に使う
UBTechは家庭への導入を狙っていて、掲げるテーマは「孤独と倫理の戦い」です。
吉川さんの説明では、中国には一人っ子政策 ── 中国で1979年ごろから2015年まで続いた、夫婦の子どもを原則1人に制限する人口抑制策の影響で女性100人に対して男性が120人いた世代があり、生涯独身のまま孤独死する男性が非常に多くなります。そうした人の見守りを、ヒューマノイドが担うという発想です。
独居高齢者向けには服薬確認のデモもありました。ロボットが「おじいちゃん、今日ちゃんと薬飲んだ?」と尋ね、飲んでいないと言われると目の前で飲むよう促し、瞳に仕込んだカメラで確認するという内容です。
吉川さんは、服薬の時間や薬の種類をデータベースに記録する仕組みだろうと推測しています。UBTechは最初から薬局と提携しているといい、吉川さんは、息子や娘が親のために買う理由になるのではないかと見ています。
今の技術力ではここまでやるのはもう十分だろうっていう評価と、あとこれほんまにいりますか?と。
人型ゆえのセクシュアル用途と、政府規制の可能性
人間の形をしたU1シリーズについて、吉川さんは別の目的で使う人がいるのではないかという見方も出ていると話します。
セクシュアルな使い方っていうのはやっぱり想像してしまうじゃないですか、人間の形してるんで。
発表後に吉川さんが再びUBTechを訪れると、UBTechの担当者は政府が規制をかけるかもしれないと話していたそうです。理由は人に似ていることではなく、セクシュアルな用途を想像させることが良くないという点だといいます。
樋口さんは、いくら規制しても人間の性だから止められないのではと応じ、吉川さんも止められないと思うと答えました。吉川さんは最近、セクシュアル用途専門のロボット会社も訪れています。まだデモ機の段階で、コーティングも完全ではないそうです。
その会社のロボットは、股関節が異様に柔らかく、バレリーナのように足が上に伸びるなど、人間にはできない姿勢がとれるといいます。重さは20キロと軽く、全身をロボティクスで固めるのではなく素材を変えて「抜くところは抜く」作りにしています。
横山さんが硬さや重さを気にすると、吉川さんは、硬くはなく、ゴム製の高反発な枕のような感触だったと説明しました。
中国はなぜ技術者を大量に生み出せるのか
横山さんは、技術も進歩も速く、コストも安く、精密部品まで国内で代替しつつある中国で、それを支える技術者をどう輩出・育成しているのかを尋ねました。
吉川さんが挙げた1つ目の理由は理系の多さです。中国の大学では半分以上が理系に進み、文系は就職しにくいといいます。政府のトップにも、清華大学で土木工学を学んだような理系出身者が多いそうです。
2つ目は人口の絶対数です。中国の人口は日本の10倍以上あります。
3つ目は、深センにはハードウェアエンジニアがどこにでもいることです。優秀な人材はヘッドハンティングで取り合いになっていますが、現場を担う人材を探すのはとても簡単だと吉川さんは話します。
ソフトウェアでは、清華大学、北京大学、上海交通大学、航空系大学などのトップエリートの数が日本と大きく違います。VLAやワールドモデルを開発する会社は北京に多く、深センはハードウェア寄りだといいます。
モデル開発
北京に集まるトップエリートがVLAやワールドモデルを作る
データ不足
モデルはできても学習データが足りない
人海戦術
就職難で人が多いため、データ収集に人手を投入できる
吉川さんは、このバランスが「いい感じに取れてしまっている」ことが、中国のスピードの速さにつながっていると見ています。
起業を後押しする中国の政策
大学で学んだ人が起業しやすい仕組みはあるのかと横山さんが尋ねると、吉川さんは、国が起業を促していると答えました。
第一陣のブームでは、プロダクトがないのにパワポを作って出資を受ける「パワポ起業」も多かったそうです。当時も失業問題があり、起業すれば雇用の受け皿になるという発想があったといいます。
最近の政策では、学生のうちでも、社会人になってからでも、失業してからでも起業してよいとされています。深センでは、AIエージェントのOpenClawを使えば最高1億円の補助金を出すという支援もあったそうです。
吉川さんの説明では、深センはバックオフィスをAIに任せて一人で起業してもらい、儲かったら深センのサプライチェーンを使ってもらうという、創業支援からお金が落ちる仕組みまで作っています。ただしこれはロボティクスに限った話ではないとも補足しています。
現場を見て、現物を買う。深センロボティクス視察ツアー
最後に吉川さんは、Play Roboticsと共同で開催している中国のロボティクス視察企画を紹介しました。番組で話しきれなかった内容を現地で伝えながら、面白い企業を回り、接点を作り、実際にロボットを購入することもできるといいます。
現場を見て、現場を知り、現物を買うと。こういった企画をやってますので、ぜひ皆さん問い合わせから気軽にお願いします。
樋口さんは、話を聞くほど現地でロボットを触らないとわからないと感じたと話し、リスナーと一緒に行き、現地で収録もしたいと盛り上がりました。
佐野さんは、深センを知り尽くした吉川さん、技術面を解説できる横山さん、ビジネスモデルの観点で日本企業と議論する佐野さんという役割分担を語り、日本の可能性を探るためにも日本企業にぜひ見に来てほしいと呼びかけました。
まとめ
深センから見た中国ヒューマノイド業界は、完成機を作れば評価された時期を終え、データ収集、部品の国産化、実用的な用途へと関心を移しています。吉川さんは、日本の勝ち筋を部品の耐久性に見つつも、その期間は長くないと話しています。
- 中国政府は2024年12月ごろ、差別化できない完成機に意味はないと表明し、規格の標準化も議論が始まった
- 今のトレンドはデータで、PaXiniの巨大データファクトリーやLumos Roboticsの「データのスーパーマーケット」が注目されている
- 部品の国産化が進む一方、本格量産では耐久性の問題が出る可能性があり、そこが日本の勝ち筋になりうる
- UBTechの人間そっくりなU1は孤独対策や服薬確認を狙うが、セクシュアル用途を巡る規制の可能性もある
- 理系人材の多さ、人口、深センのハードウェア人材、起業支援策が中国の開発スピードを支えている





