展示会のヒューマノイドは本当に自律で動いているのか?
日本、中国、アメリカでは最近、ヒューマノイドの展示ブースが増え、各社が「ここまでできた」とパフォーマンスを見せ合っています。佐野さんは、その裏側には言いづらいことがたくさんあると話を切り出しました。
簡単言うとカッコつけてるとか、ちょっと未来を見据えた発表になってんじゃない、現実違くない?みたいなのが結構あって。
最初の例として佐野さんが挙げたのは、ノルウェーの1Xテクノロジーズです。同社は家庭用ヒューマノイド「NEO」を手がけ、以前の回で月額7.5万円ほどで使えるロボットとして紹介されていました。
佐野さんによると、1XのCEOのベルントさんは、ロボットがまだやったことのない「未知の家事」は人間が遠隔操作で行っていると話しているそうです。ロボットだけで自律的に動くことは、まだ全然できないということです。
よくなんか展示会とか行くと、もう自律的に動いてます、(ほぼ)100パー自分でやってますみたいに言うじゃないですか。でも裏では実は普通にコントローラーで動かしてたりとか。
佐野さん自身も展示会によく足を運ぶそうです。社名は出せないとしつつ、多くの企業が自動で動いているようなデモをしながら、後ろにいるエンジニアの手元を見るとラジコンを持っている、というのが現状だと語っています。
自律的に動いている、ほとんど自分でやっていると説明される
未知の作業や複雑な業務では、コントローラーや人の手による遠隔操作が使われているケースが多い
遠隔操作が使われる背景には安全への配慮もあると考えられます。フィジカルAI ── AIが現実世界の物理的な身体(ロボットなど)を通じて認識・判断・行動する技術の総称です。画面の中だけで完結するAIと区別して使われますでLLM ── 大規模言語モデル。大量の文章データで学習したAIで、ChatGPTなどの基盤になっている技術ですに判断させると、不確実な結果で動いて人に危害を与えるおそれがあるため、複雑な業務では遠隔操作が主流になっていくだろう、という見立てです。
家庭用ロボットで遠隔操作が前提だった場合、樋口さんは「ちょっと嫌ですね」と反応しています。佐野さんも、買ったあとに自分で学習させながら覚えさせるしかない、という面倒な流れが発生しうる点を懸念していました。
佐野さんがこの話をした理由は、Play Roboticsが安全評価とリスクアセスメント ── 作業や設備に潜む危険を洗い出し、起こりやすさや被害の大きさを評価して対策を決める手法です。工場などの安全管理で広く使われていますを軸に事業を進めようとしているからです。遠隔操作なしで自律的なロボットを育てようとすると、動かして失敗させて覚えさせるしかなく、故障や怪我、暴走が起こりうるといいます。
「もう自律的に動けるようになったんです、社長、絶対導入しましょう」とかって言って稟議通しちゃう人がいないように、ちょっとちゃんと事実を伝えたいなと思った。
佐野さんは遠隔操作そのものを否定しているわけではありません。遠隔操作は必要で素晴らしい技術だとしたうえで、それを隠して派手にデモするのは違うという立場を示しています。
VRゴーグルがバレたオプティマス、誠実だった川崎重工
佐野さんが「面白かった」と紹介したのが、テスラのヒューマノイド「オプティマス」の一件です。2025年12月のイベントで、オプティマスはバーテンダーとして飲み物を配るデモをしていました。
自律的に動いていると見せていたこのデモ中、オプティマスが転倒しました。そのとき、オプティマスが顔に手をやってゴーグルを外すような動作をしたことで、裏でVRゴーグルを着けたオペレーターが操作していたことがわかってしまったそうです。
いや、それは恥ずかしいですね。バレ方恥ずいですね。
最初から「テレオペですよ」って言ってくれたら全然大丈夫、良かったと思うんですけど、騙してるっていうのが良くないかなってところですよね。
対照的に佐野さんが誠実だと感じたのが、川崎重工の事例です。テレビ番組で、カズレーザーさんがロボットを遠隔操作して黒ひげ危機一髪に剣を刺すシーンがあり、「まだまだそこからだ」という現状を正直に伝えていると受け止めたといいます。
自律的に動いていると見せたデモで転倒し、ゴーグルを外すような動作から遠隔操作がわかってしまった
カズレーザーさんがロボットを遠隔操作する様子を、そのまま番組で見せた
遠隔操作ができるだけでも、すでにすごいのでは?
一連の話を聞いた樋口さんは、遠隔操作でそこまでできること自体がすでにすごい、と視点を変えます。AIの進化が速いために、人間の頭脳を介さない完全自律に話が飛んでしまっている、という指摘です。
まずプロフェッショナルが遠隔操作で全部できるようになったら、まず一個すごいっすよね、社会としては。
この流れで横山さんは、遠隔操作の利点を2つ挙げています。1つは、熟練したプロが1人で10か所ほどの現場を見られるようになり、トラブル時にヒューマノイドをテレオペレーション ── 離れた場所から人がロボットを操作すること。略してテレオペとも呼ばれますで動かして解決できること。もう1つは、引きこもりの人がロボットの体を使って社会参画し、働けるようになることです。
樋口さんは、顔も居場所も明かさない凄腕の医師がブラックジャックのように遠隔で手術する姿を想像します。佐野さんは、医療現場では遠隔操作ロボットが昔から使われていると補足しました。
まずそこですごいっていうところで良かったりするのに、これをね、なんか全部AIでとか言うからおかしなことになってる。
歩くより「つかむ」ほうが桁違いに難しい理由
では、なぜ完全な自律は難しいのか。佐野さんによれば、ヒューマノイドにとっては二足歩行よりも、手で物をつかむほうが圧倒的に難しいそうです。
人間は手先の触覚を使い、無自覚のうちに瞬時に握り直しができます。一方のロボットハンドは、関節のわずかなズレで失敗したり、触覚センサーを手のひら全体に貼れていなかったりします。失敗すれば物を落として壊してしまうこともあります。
指の数も難しさに直結します。指を5本にして、それぞれに3つの関節を持たせると、単純に15か所、機械的に壊れるリスクが増えるといいます。
そのため、ユニツリー ── 中国のロボットメーカー。四足歩行ロボットやヒューマノイドを比較的低価格で販売していることで知られています社などは3本指のハンドを販売しています。佐野さんは、導入の現場ではまだ5本指より、2本指でピッキングできるもののほうが楽だと話しています。
人間の手って40億年かけて進化したって言われてるんで。(ロボットは)10年じゃ追いつけないよねみたいな。
樋口さんはこれを、手は入力に対して出力を微調整し続けている、と言い換えて受け止めています。
強化学習の「数十センチのズレ」が現場で効いてくる
精度の話は手だけではありません。横山さんは歩行についても、日本でロボット開発をしているエンジニアから聞いた話を紹介しています。
以前の回で触れたとおり、強化学習 ── 試行錯誤を繰り返し、うまくいった行動に報酬を与えることで、AIに最適な動き方を学ばせる手法ですによってヒューマノイドは滑らかに歩けるようになりました。しかし横山さんが聞いた話では、目標地点との最終的なズレが数十センチ出てしまうことがあるそうです。
デモや簡単なタスクなら問題になりにくいズレでも、工場での作業では事情が変わります。最初の数十センチの差が、その後の作業全体の品質を下げる要因になるという経験則が語られていました。
歩行のズレ
強化学習で歩かせると、目標地点から数十センチずれることがある
誤った到着認識
ずれた場所を「たどり着いた」と認識したまま対象物を見る
作業の失敗
見る位置がずれているため、対象物をうまくつかめない
品質低下
最初のズレが作業全体の品質を下げる
樋口さんは、人間なら目で見ながら距離を調整するのに、その機能がないとずれたまま作業を始めてしまう、と理解を確かめています。「いつも触ってるレバーがない」と探す状態のようなものだと表現しました。
横山さんによると、そのエンジニアたちは今も古典的な制御手法でロボットを歩かせているそうです。数ミリ単位まで詰められるため、精密さが求められる業界では、強化学習と古典的な手法のどちらを使うかを、作業内容を理解したうえで設計する必要がある、というのが横山さんのまとめです。
立っているだけで電力を食う二足歩行の弱点
佐野さんが次に挙げたのは電力の問題です。二足歩行のヒューマノイドは、安定を保つためにずっと計算しながら立っているので、立たせているだけでもモーターがエネルギーを消費し続けます。
そう、なので、電源切ったらパタンって倒れちゃうんですよ。
重い物を持つと電力消費がさらに早くなるとも言われ、佐野さんは昔のスマホやパソコンのようなものかもしれないと例えています。モーターやバッテリーを大きくすれば重量が増え、それはそれで使いづらくなります。
そのため佐野さんは、現状ではヒューマノイド1体で1人分の働きができるというのは嘘だと考えています。2〜3台をシフトのように回して、ようやく1人分が動けるという場面もあるそうです。
転倒1回で数十万〜数百万円、ロボット保険は追いつくか
故障リスクも見過ごせません。佐野さんによると、ヒューマノイドが転倒して大きく壊れると、1回で数十万から数百万円の修理費がかかります。200万円で導入したはずが、転倒のたびに修理が重なり、結局1000万円ほどかかることも起こりうるといいます。
佐野さんはさらに、UnitreeのG1が1回転倒すると、およそ30パーセントの修理コストがかかるとする論文があると紹介しました。昔のG1を対象にした論文なので、今はもう少し品質が上がっているかもしれない、という留保付きです。
えー、30パー?じゃあもう4回壊れたら赤字やん。
樋口さんは、こうなるとロボット用の保険がかなり発達しそうだと予想します。家電の延長保証というより、ロボットが人や物を傷つけた場合を補償する、自動車保険をロボット向けにカスタマイズしたようなものが出てきそうだという見立てです。
佐野さんも、会社で使うロボットは資産の一部になるため、ロボット本体やロボットが扱う資材をどう守るかの設計が必要になり、専用の保険が発達するだろうと応じました。
横山さんは、安全の仕組みがまだ整っていない現状を説明しています。電源が切れると転倒するヒューマノイドで、60キロのロボットが急に倒れれば周りの人も危険です。ヒューマノイド周りの安全規格はまだ策定中で、それに伴い保険商品の開発も進んでいないそうです。
人間のバッテリーはすごい?ハーフマラソンで完走6台の現実
ロボットの弱点の話から、樋口さんは人間の体のすごさに思い至ります。人間も意識を失えば倒れる不安定な形で、かかととつま先だけでバランスを保ちながら、高度な計算を無意識に続けているからです。
だから人間って絶対に意識失わない前提で動いてますね、普段。と思った。
確かに。バッテリーがある前提で生きてますよね。
佐野さんは、24時間テレビの24時間マラソンも、ロボットに置き換えればとてつもないことだと話します。樋口さんは「コスパいいな、人間」と笑いました。
佐野さんは、北京のハーフマラソンにヒューマノイドが出場し、40分台で走ったというニュースにも触れています。ただし出場した21台のうち完走できたのは6台だけで、残りは壊れたり途中で断念したりしたそうです。長時間動き続けることは、まだ研究開発の途中だといいます。
樋口さんは、エネルギー効率やバッテリーは、テスラが電気自動車の開発で研究しているはずで、時間の問題だろうと見ています。佐野さんも、昔のWindows XPのパソコンが今の薄いMacBookになったように、進化は必ず進むと応じました。
導入前に業者へ投げるべき問いとは?
最後に佐野さんは、今回伝えたかったことをまとめています。展示会のデモは、かなり制御され、パフォーマンスに振り切っているケースがほとんどです。実用面では課題が多いため、導入するならリスクを理解したベンダーやSIer ── システムインテグレーター。顧客の業務に合わせて機器やシステムを選び、組み合わせて導入する事業者ですに任せたほうがよい、という考えです。
佐野さんの目安は、半分はさすがに遠隔操作だろう、ロボット2〜3台でやっと1人分ぐらいだろう、というものです。「どのぐらい自律的に動くのか」「何時間稼働できるのか」と尋ねて、その答えが現実的かを確かめるのがよいとしています。
樋口さんは、その質問をするだけで相手も「この人はわかっている」と感じ、きちんと対応してくれそうだと付け加えました。ヒューマノイドを見るときの軸が増えた、と締めくくっています。
まとめ
今回のエピソードでは、展示会の華やかなデモの裏にある、ヒューマノイドの現実的な限界が語られました。遠隔操作そのものは価値ある技術で、問題はそれを隠して完全自律のように見せることだ、という姿勢が一貫しています。
- 展示会のデモでは遠隔操作が使われるケースが多く、テスラのオプティマスは転倒時の動作でそれがわかってしまった
- ヒューマノイドは歩くよりつかむほうが難しく、強化学習の歩行でも数十センチのズレが作業品質に響くことがある
- 立っているだけで電力を消費するため、現状は2〜3台で1人分という見方が示された
- 転倒1回で数十万〜数百万円の修理費がかかりうる一方、安全規格やロボット保険はまだ整備途中
- 導入時は「どのぐらい自律的に動くのか」を業者に尋ね、答えの現実性を確かめることが勧められた





