賭け事は禁止、それでも「賭けたら面白い?」を考える理由
この回のテーマは「ボードゲームは賭けても面白いのか」です。ここでの「賭ける」は、勝ったら1万円といった金銭を賭ける、いわゆるギャンブルを指しています。
Manaさんはまず、大前提として日本では賭け事が禁止されていることを強調します。ボードゲームで金銭を賭ける行為自体が、そもそも認められていないという事実の確認です。
日本国内ですと賭け事は禁止ですので、やらないようにお願いいたします。普通に捕まると思いますのでお気をつけください。
そのうえで、面白さや楽しさを深く考えるために、あえて「もしお金を賭けたら面白さは高まるのか、それとも面白くなくなるのか」を検討していきます。
きっかけはX(旧Twitter)での問いかけでした。ボドゲに金銭を賭けたら面白さは上がるのか下がるのかを聞いたところ、多くの反響と意見が集まったといいます。
報酬が変わっても「作品の面白さ」は変わらない
Manaさんの出発点は、お金を賭ける賭けないに関わらず、作品そのものの面白さは変わらないという考えです。
お金を賭ける賭けないに限らず、ボードゲーム単体として、その作品そのものの面白さといったものは、お金がかかろうがかからなかろうが変わらない。
理由はシンプルで、報酬が違うだけでゲームのプレイ内容そのものは変わらないからです。作品の面白さは、ゲームシステムや一緒に遊ぶ人、その時の雰囲気によって決まると話されています。
金銭を賭けて儲かる、大会で優勝して賞金を得るなど、報酬にはいろいろな形があります。ただ、そうした報酬がなくても、友達と楽しく遊んで面白かったと思えるものこそがいいボードゲームだとManaさんは考えています。
リターンが大きいほど「過程」が消えていく
作品の面白さが変わらないなら、賭けると何が変わるのか。Manaさんは、勝った時の報酬・リターンが変わる点に注目します。
リターンがものすごく高ければ、それは「面白い」というより「そのリターンを得たい」に変わっていきます。ギャンブル的なものは結果が全て、というところが大きいと指摘します。
このゲームで勝ったら1000万もらえるよ、それはもう熱中しますよね。
ただし、それは報酬が欲しいから努力するという形であって、ゲームそのものを遊んで面白いかどうかとは全く別だとManaさんは切り分けます。
過去の配信では「負けても面白いゲームがいいゲーム」という話をしていました。しかし賭け事では、負けたらリターンが得られないため、面白いかどうかの次元ではなくなってしまうといいます。
ボードゲームの目的が「みんなで遊んで楽しい」ことなら、面白さの秘訣は一緒に遊ぶ過程を楽しむことにあります。ところが目的が金銭になると、勝ったか負けたか、リターンを得られたかという結果ばかりを目指しがちになると話されています。
賞金が魅力なら「そのゲームである必要」がなくなる
目的が金銭になると起きるもう一つの問題として、Manaさんは「そのゲームである意味が薄れる」点を挙げます。
リターンが魅力的なら、別にそのボードゲームでなくてもよくなります。優勝したら1000万円という状況なら、オセロでも将棋でもウノでも、極端に言えばコイントスでも構わなくなってしまうという指摘です。
優勝したら1000万円だよだと、ほんとオセロだろうが将棋だろうがウノだろうが何でもいいわけなんですよ。それこそコイントスでもいいかもしれません。
こうなると、そのゲームで遊ぶこと自体がどうでもよくなってしまいます。作品自体の面白さは変わらなくても、面白く楽しく遊ぶかどうかが微妙になっていくというのがManaさんの見立てです。
ガチ勢は歓迎、でも金銭が絡むとギスギスする
金銭が絡むと、みんなが真剣、いわゆる「ガチ」になっていきます。Manaさんは、これ自体は決して悪いことばかりではないと言います。
真剣に取り組めば、必勝法の研究や定石の探究が進み、ゲーム自体の深みがどんどん掘られていきます。さらに進むと競技性も高まっていくと話されています。
競技性が高まると、金銭だけでなく名誉も欲しくなります。トロフィーや地区大会・日本大会・世界大会の優勝といった「箔」を求めるようになり、自分のレベルを確かめたくてより強い相手を探す旅に出るような状態にもなるといいます。
ガチ勢が増えて真剣になっていくっていったものは、もう悪いことばかりではない。むしろ結構賛成だったりとかもします。
一方で、金銭が絡むと事情は変わります。手っ取り早く儲けたいという動機や、負けた時のリスクが加わることで、ガチ勢というよりギスギスしやすくなる懸念があると指摘します。
治安とマナーの悪化が「面白さ」を奪う
金銭が絡むことのマイナス面として、Manaさんは治安やマナーの悪化を挙げます。
単純に治安が悪くなっていきそうですね。
真剣になりすぎて盲目的になると、言葉が悪くなったり、人を妨害したり、普段のボードゲームでは起きにくいイカサマまで出てきてしまうかもしれない、と懸念しています。
ボードゲームの醍醐味は、人と人とが仲良く楽しむところにあります。そこがギスギスすれば、逆にボードゲームとしての面白さは失われてしまうというのがManaさんの結論です。
必勝法や定石の研究が進み、ゲームの深みと競技性が高まる。Manaさんはこの方向にはむしろ賛成する。
手っ取り早く儲けたい動機や負けた時のリスクが加わり、ギスギスや治安・マナーの悪化につながりやすい。
金銭でなくてもいい、面白さを支える「リスクとリターン」
結論として、金銭を賭けると「面白さ」という部分では、実際に遊ぶと面白くなくなってしまうのではないか、というのがManaさんの意見です。
ただし、リターンそのものは金銭でなくてもよいと考えています。名誉や、勝ったら気持ちいい・連鎖が決まったら気持ちいいといったゲーム内の報酬でも構わないという立場です。
競技性に持っていくのも一つの方法です。ミニ大会やランク付け、戦績を記録できる仕組みなど、ボドゲで遊ぶモチベーションを上げる仕掛けがあれば、熱狂的なファンがつき全体的に盛り上がるのではないかと話されています。
Manaさんは、じゃんけんそのものは過程として楽しんでいるわけでもなく、ジュースが欲しいわけとも少し違う、と例を挙げます。何かしらリスクとリターンを掲げることで真剣さが増すエッセンスになっている、というわけです。
つまり、リスクとリターンは面白さのスパイスになり得るものの、行き過ぎれば目的が結果にすり替わり、面白さを損なう。要はバランスの問題だと締めくくられています。
まとめ
Manaさんは、金銭を賭けても作品自体の面白さは変わらないとしつつ、目的が結果・リターンにすり替わることで「面白く楽しく遊ぶ」という体験が損なわれると考えています。報酬は金銭でなくても、名誉や競技性、ゲーム内の気持ちよさで代替でき、要はリスクとリターンのバランスだと結論づけています。
- 日本では賭け事は禁止されており、ボードゲームに金銭を賭けて遊ぶことはできない
- 作品そのものの面白さは、報酬の有無では変わらない
- リターンが大きすぎると目的が結果に移り、遊ぶ過程の楽しさが失われる
- 金銭が絡むとガチを通り越して治安やマナーの悪化を招きやすい
- 名誉や競技性、ゲーム内の報酬など、金銭以外のリスクとリターンで面白さは高められる


