ルールはなぜ足し算で増えていくのか
この回のテーマは「ボードゲームのルールは多い方がいいのか」です。Manaさんはまず、作者が面白いものを目指すと、ついルールを足し算のように増やしてしまいがちだと指摘します。
その背景には、既存のルールを組み合わせるとゲームが作りやすいという事情があります。あるゲームシステムに別のルールを足すと面白くなるのではないか、という発想でどんどん形作っていく作者もいるとのことです。
ただ、これは真似ではなく、混ぜ合わせれば何かしら変革が起こるのではという狙いから始まると説明されています。しかし混ぜるだけでは、ルール同士の整合性が取れなくなってきます。
そこで整合性を高めるために、また別のルールを足していく。この繰り返しに陥るのが「あるある」だとManaさんは話します。
整合性を高めるためにどんどんどんどんルールを足していくっていうような、そういう循環に陥ってしまう。
問題は、ルールを足せば足すほど、何が面白さの根源で、そのゲームの売りは何なのかがわからなくなってくることです。これは作者自身にとっても、遊ぶ人にとっても同じだと指摘されています。
複雑なルールが遊ぶ人にかける負荷
ボードゲームに慣れたボードゲーマーは、複雑なルールでも遊びますし、ルールが多いほど燃えるという人もいます。ただ、そうなるとゲーム自体の面白さより、ルールをどれだけ理解し、その上でどう立ち回るかという、かなりストイックな遊び方になってしまいます。
そういうルールの雁字搦めの中で最適解を見つけ出すっていうような遊び方になってきます。
この遊び方は、好きな人には刺さるかもしれませんが、まずターゲットが少ないという問題があります。それ以上に、作者が足したルールを正しく把握して遊べる人がそもそもいるのか、という点が課題になります。
作者が全員にインストして丁寧に説明できればいいのですが、市販として発売すると作者が全員に説明することはできません。基本的には説明書を読んで遊んでもらうスタイルになります。
説明書ってどんなに簡単なゲームでも作るの難しいわけですよ。
簡単なゲームでも、正しく遊んでもらい、説明書を理解してもらうのは相当難しいとManaさんは言います。ルールがたくさんあるゲームは全体像も把握しにくく、絶妙なバランスで成り立っているため、どこか間違えると突然ゲームとして破綻し始めます。
結果として、こうしたゲームは遊ぶ人に大きな負荷をかけ、正しく遊んでもらえないまま、完全に作者の自己満になりがちだと指摘されています。
軽ゲーも重ゲーも「原石」のためにルールがある
Manaさんは、30分ほどで終わる軽ゲーばかり作っている立場だと前置きしつつ、それでも複雑すぎるゲームは遊びにくいと考えています。1時間以上かかりコンポーネントも多い重ゲーでも、複雑すぎるものは遊びにくいという見方です。
重ゲーも多くのルールの上に成り立っていますが、それはルールの複雑さそのものを楽しむためではありません。ベースとなる原石のような楽しさのために、ルールが組み合わさっているのだと説明されています。
一方で、複数のルールを掛け合わせると面白くなるパターンもあります。Manaさんは料理のマリアージュを例に、同時に食べると別物になるようなものがあると話します。
果たしてその足したルールがほんと楽しさのためなのかっていったところは、一回立ち戻った方がいい。
作るときは足し算、完成させるときは引き算
ボードゲーム制作の初期は、イメージが湧いて「こんなんどうだ、面白そうだ」と要素をどんどん足していく段階です。ですが、そこまで作ったら一度立ち止まり、本当にこれだけルールが必要なのかを考えてほしいとManaさんは言います。
ある程度ゲームが出来上がると、余計なものもたくさん追加されています。そのまま作るとコンポーネントの量が増え、ルールも複雑になり、製造コストもかさみ、遊びにくくなってしまいます。
そうした状態で「このゲームは何が面白いのか」を考えると、面白さ自体はシンプルだったりします。いろんなものが入ってくると、そのシンプルな面白さが他の要素に煙に巻かれて見えにくくなってしまうのです。
そこで必要になるのが磨き上げる作業、つまり引き算です。本当の面白さを見つけたら、その面白さが成り立つために本当に必要なものは何かを見ていくと、意外といらないルールが出てきます。
作者としては「このルールがあればこんな戦略も楽しみ方もできる」と考えてしまいますが、そこまで考慮して遊べる人はかなり少ない、とManaさんは指摘します。だからこそ、いっそのこと消してシンプルにする判断も必要だと言います。
シンプルにした方が遊びやすく、面白さが際立ちます。すると他のボードゲームとの差別化もしやすく、人にも説明しやすくなります。
それをほんと一言でパッと説明できるような面白さといったものがやっぱりいいのかな。
自作トリテ「嫉妬の香り」で削ったルール
Manaさんは自身の最新作、トリックテイキングのゲーム「THE SCENT OF JEALOUSY」を例に挙げます。トリックテイキングは切り札やカードごとの効果、マストフォローなど、いろいろなルールを足していきやすいジャンルだといいます。
そうした要素をあえて排除したのが、この作品の狙いの一つです。トリックテイキングに慣れた人はルールをこねくり回すのが面白さの一つかもしれませんが、今回は普段トリテを遊ばない人にもとっつきやすくすることを目指したと語られています。
そのため切り札はなく、4スートでランクが9つ、親が出した色を持っていれば必ずその色を出すマストフォローだけ。プレイする上でのベースのルールはこれだけだといいます。
その上で今回足したのが「バースト」の要素です。バーストとは、ある程度たまると溢れて暴走してしまうという意味合いだと説明されています。
このゲームは得点をどんどん稼いでいくものですが、稼ぎすぎると逆にマイナスになってしまうという要素が入っています。色は4色ですが、1色の中で偶数と奇数によって絵柄が分かれているのが特徴です。
具体的には、1つの絵柄が4枚揃ってしまうか、すべての絵柄が揃ってしまうと、それまで獲得したカードが全部マイナス点になってしまいます。これがバーストの要素です。ルールはこれだけなので、インストもすぐ終わり、説明書もA5サイズの片面で済んだとのことです。
シンプルなルールから生まれる「足の引っ張り合い」
ルールはシンプルでも、ゲーム性は複雑だとManaさんは言います。バーストの要素が入ったことで、マストフォローで負けるような人たちが、勝っている人に嫌なカードを押し付けられるようになります。
それによって他の人のバーストを誘発できる。この駆け引きから、「足の引っ張り合いトリックテイキング」という言い方で売っているそうです。
親になると最初に色を選べるので勝ちやすい一方、周りから嫌なカードを投げつけられて取らされる形にもなります。得点を取りにいくプレイヤーに、逆にマイナスへ振れるものを押し付けていく駆け引きが売りだと説明されています。
この作品も、もともとはたくさんのルールを足していたそうです。そこから「面白さは何か、どこをポイントにするのか」を考え抜いた結果、ここまでルールを削っていったといいます。
Manaさんは、面白さを際立たせるには、その面白さそのものを研磨して雑味を取り、面白さを損なうプレイ感ややらなければいけないことを徹底的に排除していくのがいいと締めくくります。
ルールの多さと面白さは比例するのか
この回のきっかけは、最近Xで「ゲームのルールの多さと面白さは比例するのか」が話題になっていたことだとManaさんは明かします。それに対して自身の考えを述べたのがこの回です。
Manaさんの答えは、シンプルな方がいい、面白さに必要なものだけに特化させた方がいい、というものです。生み出すときは足し算でも、完成させるときは徹底的な引き算で研磨した方がいい。これが今のところの答えだとまとめています。
まとめ
ルールを足すほど面白くなるとは限らず、むしろ何が面白さの根源かが見えにくくなる、というのがこの回の主張です。作るときの足し算と、完成させるときの引き算を分けて考えることが、遊びやすく差別化されたゲームにつながると語られました。
- 既存ルールの組み合わせは作りやすい反面、整合性のためにルールを足し続ける循環に陥りやすい
- 複雑なルールはターゲットを狭め、市販では説明書だけで正しく遊んでもらうのが難しくなる
- 重ゲーも軽ゲーも、ルールの複雑さ自体ではなく「原石となる面白さ」のためにルールがある
- 制作は足し算で始まり、完成に向けては本当に必要なルールだけを残す引き算で磨き上げる
- 自作トリテ「THE SCENT OF JEALOUSY」は切り札を排し、バースト要素だけを足して足の引っ張り合いを生んだ





