このポッドキャストが目指すもの、初回で扱うテーマ
この配信は、サエキタカフミさんがnoteに投稿した記事を元に、その内容をラジオ的になぞっていく番組として始まりました。
動画の形式ではあるものの、基本的には耳だけで聞いて成立するものとして考えてほしいと説明されています。
今回のテーマは、ビジネスパーソンをしながらミュージシャンをやることが、令和における表現者の最適解なのではないか、という点です。
ビジネスパーソンしながらミュージシャンやることが、令和における、まあ表現者の最適解なんじゃないかという点に関してですね、ちょっとお話していければなと思います。
なお、前回に引き続き花粉の影響を受けているため、要所で音をミュートにして鼻をすする、という前置きも添えられています。
プロのミュージシャンとは何か、経済性で線を引くことへの疑問
サエキタカフミさんはまず、プロのミュージシャンとは何かという問いを立てます。一番わかりやすい物差しとして、音楽だけで生活できているかどうか、という考え方があると挙げます。
その裏返しとして、音楽だけで食べられていない人はプロではなく趣味なのではないか、という見方をする人もいると紹介します。こうした線引きを、サエキタカフミさんはある種の二元論、ゼロ百の考え方だと表現します。
その上で、平成3年生まれのサエキタカフミさんは、平成が終わり令和になって時代を経るごとに、この境界線がどんどんぼやけてきているのではないか、と自身の実感を語ります。
プロフェッショナルの定義、細部に根拠を込めて説明できること
本筋からはやや逸れるとしつつ、サエキタカフミさんはプロフェッショナルとは何かという問いに、自分なりのアンサーを示します。
その答えは、細部にまで自分の思いや根拠を込めていて、それを説明できることだ、というものです。
具体例として、歌詞の語尾を「なんなんだよね」ではなく「なんなんだと思う」で終わらせたとします。
その一つの選択について、なぜそうしたのかという理由を前提としてこだわり、なおかつ脊髄反射で説明できる。曲全体に目を配り、自分なりの意図をそこに込めている状態を、サエキタカフミさんはプロフェッショナルだと考えています。
この定義に立つと、音楽で食べられているかという経済性の有無は、プロかどうかの本筋ではないことになります。
ただし、細部までこだわる人は往々にしてそれだけ時間を割いており、時間を割ける状況があるということは、結果として経済性が成り立っている場合が多いのではないか、とも付け加えます。あくまで結果論としての話だと補足されています。
音楽一本を諦めたのではなく、戦略的に選んだ兼業
サエキタカフミさん自身も、ビジネスパーソンをしながらミュージシャンを続けてきました。
これはミュージシャンとしての自立や、名を上げることを諦めた選択ではなく、戦略的に自分なりの最適解がこれだと考えた結果だと強調します。
もっとも、本音ベースでは、最初は音楽一本でやっていきたいという気持ちが正直あったと打ち明けます。
やっぱ音楽一本でやっていきたいなって気持ちも正直最初はありましたね。で、それができないから(会社員を)やっていた。
それができないからビジネスパーソンをやりながらミュージシャンを続けていた、という側面も正直あったと振り返ります。しかし今となっては、心から二つをやることが最適解だと思えているといいます。
アコースティックデュオというルーツと、時代のトレンドとのズレ
兼業を最適解だと考える根拠として、サエキタカフミさんはまず自身の音楽的ルーツから話し始めます。中学生の頃に19というアコースティックデュオにハマったのが原点です。
同時期に、ゆずや、羽根と歌によるデュオ、その後はコブクロなどのアコースティックデュオもしっかり通ってきたといいます。
平成の一桁年代あたりに全盛だったアコースティックデュオが今でも好きで、自分の奥底から生まれてくるメロディーや歌詞も、アコースティックで再現されることを前提にしたものが多いと語ります。
一方で、これが今の時代のニーズに合っているかというと、そうではないと認めます。令和のトレンドはMrs.GREENAPPLEのようなバンドや、K-POP的な音楽がど真ん中にあると見ています。
相対的に見れば、アコースティックデュオは古臭い音楽になる。時代に寄せれば大衆的に受け入れられることは理屈では理解している、と述べます。
時代に寄せることの心理的コストと、経済的基盤という前提
それでも、自分が本当にやりたいものを時代に合わせて寄せていくことには、心理的なコストがかかるとサエキタカフミさんは言います。
自分が本当にやりたいものがあるんだけど、時代に合わせてそれをちょっとだけこう寄せていくっていうのって、そもそもそれがやりたかったことなんだっけ?みたいなところにも行き着いてしまいます。
そして、こうした思考に陥るのは、音楽だけで経済性を成り立たせようとするからだ、と分析します。
逆に、ビジネスパーソンとしてある程度安定した経済的基盤があれば、時代の波を意識する必要は薄れます。音楽で経済を成り立たせる必要性が下がるからです。
だからこそ、サエキタカフミさんは自分のやりたいアコースティックデュオの音楽を重視して、ずっと活動を続けてこられた。これが兼業の何よりの意義だと語ります。
この文脈だけで言えば必ずしもビジネスパーソンである必要はなく、働きながら音楽をやることが今の世界観を成り立たせる選択肢だと補足します。
大衆性は経済のためだけではない、多くの人に届けたいという本音
ここでサエキタカフミさんは、忘れてはならない点として、大衆性を付与するのは経済的な目的のためだけではない、と釘を刺します。
仮にサラリーマンとして経済的基盤があり、音楽を好きなようにやってよいとしても、好きなことをやっていればファンがつくわけではないからです。
音楽をやりたいという気持ちの奥底には、多くの人にその音楽を聴いてもらいたいという思いが必ずあるはずだと、サエキタカフミさんは言い切ります。
多くの方にその音楽を聴いてもらいたいという思いは間違いなくあるはずなんですよ。もうないっていう人はもう嘘だと思います。
それを実現させたいなら大衆性の付与は必要になる。自分のやりたいことという目的に対して手段を考えていくことが大事だ、とまとめます。
みんなに受け入れられようとすると尖りは削れる
大衆性を持たせるという話は音楽に限らない、とサエキタカフミさんは視野を広げます。みんなに受け入れられようとすると、みんなが受け入れられるものにしなければならず、尖りや角はどんどんすり減っていくと指摘します。
これはどんな表現物でも同じで、さらに言えば世の中のルールも同じだといいます。
みんなが受け入れられるものにしようとすると、抽象的で汎用的、一般的なものになっていく。そういうものだと整理します。
東京ドームは目指さない、狭く深く刺すという戦略
では自分はどうしたいのか。サエキタカフミさんは、東京ドームでライブをするミュージシャンになりたいかと問われれば、そこまでではないと答えます。
自分の表現する音楽で、ある程度のちょっとしたホールぐらいを埋められるミュージシャンになりたいなと思うんですよね。
数字で言えば5万人でなくてよいが、千人ぐらいは集めたい。そんな目標設定なら、浅く広く刺す必要はなく、狭く深く刺す必要があると考えます。
大衆性を付与して多くの人に届く。ただし刺さり方は浅い。東京ドーム級を目指す戦略
大衆性を捨てて自分の好きな音楽をやる。届く範囲は狭いが深く刺さる。ホール級を目指す戦略
逆に考えれば、大衆性はいらないという前提で好きな音楽をやっているので、そもそも大衆性がない。大衆性のないものは自動的に深く刺さり、ただし届く範囲は本当に狭くなる、と説明します。
その狭さが、目指す規模感を担保できる程度の狭さであれば十分だ、というのがサエキタカフミさんの考えです。
SNS時代なら、尖った音楽でも百人には深く刺さる
自分の音楽が尖りすぎて、めちゃめちゃ狭くなってしまったらどうしよう、という心配も当然訪れます。しかしサエキタカフミさんは、SNS時代にその心配は一ミリもいらないと言います。
SNSには一人で複数アカウントを持つ人もいるため、世界の人口以上の人がいる。ざっくり百億人いるとして、そのうち0.001パーセントでも自分のこだわりに共感してくれれば、百人ほどは来てくれそうだ、と試算します。
深く、SNSをちゃんと使えば、もう深く百人にグサッと刺さるものなんですよね、どんなものであっても。
どんなものであっても、SNSをちゃんと使えば深く刺さる相手は見つかる。だからそれでいいのだ、というのがこの戦略の裏付けです。
そして、こうした考えを成り立たせるためには、最初の話に戻り、ある程度安定性のある経済基盤が必要になる、と締めくくります。
だからこそサラリーマン、ビジネスパーソンをしておくことが必要になる。逆にそれをやっていれば、今語ったような世界観を成立させる準備が整う、という考え方です。
ビジネススキルは音楽に転用できる、何をやめるかを決める思考
兼業のもう一つの理由として、サエキタカフミさんは一般的なビジネススキルが音楽活動にも適用できる点を挙げます。今回は抽象的な話に留めるとしています。
兼業のわかりやすい弱みは、時間がないことだと率直に認めます。音楽を質より量で高めていく戦略は取れないため、一定の質を担保する必要があります。
ただ、ビジネススキルがあれば、その質の担保が比較的簡単になるといいます。ビジネスパーソンとしての生活で培われるマーケティングや経営管理の知識が、皮肉にも音楽に活きるという立て付けです。
会社勤めをする人は、無計画に過ごすことを許容されず、何らかの計画のもとで動いているはずだと述べます。その思考がミュージシャンにも適用できると考えます。
言い方を変えると、「何をやろう」ではなく、「何はやめとこう」というのを徹底的に決めていくことで、限られたリソースを集中させられるといいます。具体例は別の配信で話す予定だと補足されています。
ビジネス面で磨かれる、理屈での論理的な思考。マーケティングや経営管理の知識、計画性
ミュージシャンとして磨かれる、直感的で情緒的な思想
この左脳的な思考と右脳的な思想は、一見相反するようでいて、お互いを補完し合っている。これがサエキタカフミさんがずっと思っていることだと語られます。
初回配信のまとめと、ワンコーラスの弾き語り
今回はnoteの一つ目の記事にあたるため、導入的で具体例にはまだ踏み込んでいない話になった、とサエキタカフミさんは振り返ります。
これからのnoteでは、こうした思考をどんどん深掘りして届けていきたいと展望を語ります。
最後には、今回から始める試みとして、最近ハマっているバンドpenthouseの『花束のような人生を君に』という曲をワンコーラス弾き語りで披露しています。
まとめ
サエキタカフミさんは、音楽一本を諦めたのではなく、ビジネスパーソンとの兼業こそが令和の表現者にとっての戦略的な最適解だと考えています。経済的基盤を持つことで時代に迎合せず好きな音楽を貫き、SNS時代には尖った表現でも深く刺さる相手が見つかる、という一貫した論理が語られました。
- プロフェッショナルとは、細部にまで自分の思いや根拠を込め、それを説明できることだと定義している
- 安定した経済的基盤があれば、時代のトレンドに迎合せず自分のやりたい音楽を貫ける
- 大衆性を捨てて狭く深く刺す戦略でも、SNS時代なら共感してくれる相手は見つかる
- ビジネスで培う「何をやめるか」を決める思考が、時間の限られた音楽活動の質を支える
- 左脳的な論理と右脳的な直感は相反するようでいて、兼業のなかで互いを補完し合う





