久しぶりの収録と、このポッドキャストの立ち位置
サエキタカフミさんのポッドキャストは、前回の収録から1か月ほど空いての再開となりました。その間はnoteを書くほうを優先していたと話されています。
当初は「noteの記事を解説するポッドキャスト」と説明していましたが、考えが少し変わったといいます。個人の好みや感情、意思が入りすぎる主張はnoteにせず、このポッドキャストで話す形に棲み分けていく方針です。
それお前だけじゃない?みたいな話、主張だったら、noteにはせずに、このポッドキャストでなんか話していく。
BGMなしで主張を話していく番組なので、寝るときや家事、通勤のお供にしてほしいと語られています。目的は、自分の思考を言語化して記録に残し、ストックしておくことです。
ビジネスパーソンこそ音楽活動をやろう、という一貫した主張
サエキタカフミさんがnoteでも一貫して主張しているのは、音楽活動をやるならビジネスパーソンも一緒にやったほうがいい、という考えです。
ビジネスパーソンこそ音楽活動をぜひやろうよ。そういう仲間を増やしていけたらなと思ってる。
ビジネスと表現活動の両立は大変だとしつつ、そこにはたくさんのメリットがあると考えています。今回は、そのメリットとして新たに見出したことを話す回です。
話す前にAIと壁打ちをして、人に伝わりやすい構成を考えてもらったといいます。その構成に沿って話が進んでいきます。
選択肢を前に「思いから入る人」と、そうでない自分
仕事では、1・2・3といった選択肢が与えられ、どれを取るべきか考える場面があります。サエキタカフミさんが約10年のサラリーマン経験で多く見てきたのが、まず思いから入る人だといいます。
いや、僕は絶対1だと思うんですみたいに、まず結論を自分の中で決めちゃって、後付けで理論武装していく人がいる。
一方でサエキタカフミさん自身は、選択肢のなかで最適解を選ぶ努力はするものの、そういう「思い先行」の面があまりないと自己分析します。
仕事における結果ってどうでもいいっていうか、うまくいっても別にいいし、悪くなっても別にいい。
ただしこれは、仕事はお金稼ぎの手段で給料さえもらえればいい、という意味ではないと補足します。自分なりの個性ややり方は出したいと考えています。
音楽では譲れないのに、仕事では感動も落胆もしない
仕事とは対照的に、音楽をやるうえでは「ここはこうしたい」という譲れなさがあるとサエキタカフミさんは話します。理屈や根拠はなくても、こうしたいからこうしたいという感覚です。
最近さらに解像度が上がったといいます。メロディーにはあまりこだわりがない一方で、歌詞は「ここはこっちの言葉を使いたい」というこだわりが強く、作詞にはいつまでも悩んでしまうそうです。
ところがビジネスの場面では、そうしたこだわりがありません。うまくいってもそれほど感動せず、失敗してもそれほど落ち込まないといいます。
仕事に対してエゴだとか熱量だとかがないことが、僕の特性としてあって、それ故に仕事をフラットに、クイックに進められてる。
「無責任」に見えて、実はフラットに仕事をやりきる
仕事にエゴや熱量がないというと、一見「無責任」「やる気がない」と思われそうだと、サエキタカフミさん自身も認めます。ですが、投げやりになっているつもりはないといいます。
選択肢が3つあるとき、明らかに間違っているものには反対するものの、どれも妥当な場合は「僕はこっちだと思う」とはならず、誰かに決めてほしいと考えるそうです。
どっちもあるよね、誰か決めてってなるんですよね。
そのうえで、決まった方向を実現できるように論理を組み立て、必要な材料を集め、納得しなさそうな人を納得させることは得意だと話しています。
一番しょうもないと感じるのは、自分の思っていた選択肢にならなかったときにへそを曲げる人だといいます。自分の良さは、どの選択肢になっても同じくらいの熱量でやりきれる点だと考えています。
なぜフラットでいられるのか。自己表現の場をもう一つ持つということ
ここまでは自己分析だとしたうえで、サエキタカフミさんは「なぜそうなのか」を深掘りしていきます。長らく深掘れていなかったものの、あるときひとつの結論にたどり着いたといいます。
その結論の出発点は、人はまず自己表現をしたい、という考えです。「私はここにいますよ」と自分の存在を認められたい、いわゆる承認欲求です。
自分の存在は基本的に認められたいわけです。それは否定されたい人なんていない。
そして普通の人が自己表現をするコミュニティは、基本的に仕事と家庭の2つだと整理します。家庭では表現の形が違うため、いったん置いておくと、多くの人にとっては仕事しか自分らしさを出す場がないのではないか、という見立てです。
ここでサエキタカフミさんは、自分は「プラスワン」を持っていると話します。音楽という、自分を表現できる場所をオフィスの外にもう一つ持っている点が、人と違うところだと気づいたのです。
他の人は注ぎ込む場所がビジネスしかない一方、自分はそれ以外にもあるからこそ注ぎ込まない。自分なりのポジションの気づき方ができているのかもしれない、と語ります。
自己表現の場が仕事しかないため、仕事に思いや熱量を注ぎ込みやすい
音楽など別の場に気持ちを向けられるため、仕事ではフラットに進めやすい
感情は後回し。仕事はエゴを持ち込まないほうがうまくいく
もちろん仕事を進めるうえで、思いや勢いも重要だとサエキタカフミさんは補足します。決裁者を納得させる場面や、眠いけれどもうひと踏ん張りする場面では、思いが必要だといいます。
そのうえで基本的には、仕事において感情は劣後させられるべき、後回しにされるべきものだと考えています。判断は妥当性や合理性でなされるべきだという立場です。
一番うざいパターンとして挙げるのは、上司の機嫌次第で決裁が通ったり通らなかったりする状況です。感情ではなく合理性で判断されるべきだと話します。
上司が機嫌が悪いから今日はこれが決裁されないけど、機嫌がいい日は決裁されるみたいなシーンが、それが一番嫌ですよね。
この前提に立つと、自己表現欲や自己主張欲をビジネス以外の場に転化できることで、いらぬ感情を持たずにフラットに仕事ができるというメリットがあると、サエキタカフミさんは新たな視点を得たと語ります。
AI時代に価値が残る「右脳的なトレーニング」
締めとして、サエキタカフミさんはビジネスと表現の両方を持つことの価値を改めて語ります。ビジネスの場面は基本的に左脳的な思考が多いと整理します。
今後のAI時代では、左脳的な思考はAIに取って代わられてしまうと考えています。そうなると会社がその人に人件費をかける意味がなくなり、リストラ対象になりかねないという見方です。
左脳的な思考というのはAIにも全て取って代わられてしまう。楽勝でリストラ対象だと思うんですよね。
そんな中で、音楽のような右脳的なトレーニングを別途やっていることには、将来的にも今の時点でも価値があると話します。今の価値とは、エゴや熱、いらぬ感情をビジネスに持ち込まずに済むという点です。
最後に、YouTubeのいいねやXのリポスト、noteのハート、コメントがあると機嫌がよくなり、モチベーションになると呼びかけて回を締めています。
まとめ
この回は、仕事でパフォーマンスがブレない理由を、サエキタカフミさんが自己分析から掘り下げた回です。たどり着いたのは、音楽という表現の場をオフィスの外に持っているからこそ、仕事にエゴや感情を持ち込まずに済むという気づきでした。
- 選択肢を前に思いから入るのではなく、決まった方向を実現する動き方を得意とする
- 仕事のパフォーマンスがブレづらいのは、仕事にエゴや熱量を注ぎ込んでいないから
- 人は自己表現をしたい生き物で、多くの人は仕事と家庭しか表現の場を持たない
- 音楽という表現の場をもう一つ持つことで、気持ちを仕事の外に向けられ、仕事ではフラットでいられる
- 仕事は感情ではなく合理性で判断されるべきで、右脳的なトレーニングはAI時代にも価値が残る





