なぜ「言ったじゃん」は通じないのか
番組冒頭、あらたまさんが「イクオさんが話したいことがあると」と振ると、いくおさんは「そんなこと言ってない」と返し、いきなり話がかみ合わない場面から始まります。いくおさんはこのやり取りを「今のは失敗例」として、今回のテーマであるコミュニケーションの話に入りました。
という感じでコミュニケーションは受け手が決める。
そう、もう今の時点でコミュニケーション成立してないんだけど。
いくおさんによると、マネージャーはコミュニケーションの量がとても多い仕事です。そのぶん「伝えたじゃん」「言ったじゃん」と言う側と、「聞いていませんでした」と言う側に分かれる、いわゆる言った言わない論争にも出くわしやすいといいます。
そこでいくおさんが持ち出したのが「コミュニケーションはなぜ伝わらないのか」という問いでした。あらたまさんはこれを「あなたはなぜわかってくれないのか」とも言い換え、2人とも身に覚えのある悩みとして話が広がっていきます。
ドラッカーの「受け手が決める」は何を言っているのか
いくおさんが紹介したのは、ピーター・ドラッカーの『マネジメント ── 経営学者P.F.ドラッカーの代表作の1つ。組織の使命や成果、人の管理などを体系的に論じた本で、日本では抜粋したエッセンシャル版も広く読まれています』です。労働集約的な時代の本なので今にはフィットしない部分もあるものの、本質的なところは重要だといいます。
中でもいくおさんが重く見ているのが、コミュニケーションは受け手が決めるという一節です。発信する側は伝えたつもりでいると、伝わらなかったときに「なんでわからないの?」と言いがちになります。
マネージャーが伝える側だとすると、伝えられる側はだいたい被評価者になるので、悪いって言われたらしょぼんってなるわけで。
いくおさんは、伝える側が「伝わらないお前らが悪い」と言っても前に進まないと続けます。伝わっていなければ、発信する側が伝わるように工夫したほうがいいというのが、マネージャーとしてずっと気をつけてきた姿勢だそうです。
AIの出力を横流しすると何が起きるのか
いくおさんは、AIの時代になって「受け手が決める」を気にしないケースが増えたと感じています。AIで生成したドキュメントを確認しないまま人に見せると、解釈する労力を受け手に押し付けることになる、という問題意識です。
AIで生成したドキュメントを確認しないで人に見せることで、自分で確認して質を高めて伝えなきゃいけないのに、そこを解釈する労力、負荷を人に押し付けてないか。
あらたまさんはこれを「コストの横流し」と表現しました。いくおさんは、長らくビジネスの現場で守るべきとされてきた「受け手が決める」という原則が、AIの介入で崩れてしまっていると見ています。
ただし、いくおさんが一番の問題としているのは負担の大きさそのものではありません。受け手に認知負荷がかかったうえで、結局伝わらないことこそが問題だといいます。
あらたまさんは、自身がnoteに書いた「AIにアウトプットを任せること」についての考察を紹介しました。AIの出力は本人との会話の中で生まれるため、出力した人は文脈を知っていて、多少変な言い回しでも読めてしまうという指摘です。
読めちゃうから、それ(AIの出力)をそのままピョンって出しちゃうんだけど、受け手としてはその文脈ないじゃないですか。
いくおさんはAIの口調をまねて「それ、実はとても的を射た指摘です」と返しつつ、本気で同意します。コンテキストを片方だけが持ったまま、それを前提にしたものを発信してしまうのは、AIを使ったコミュニケーションにまだみんなが慣れていないからだろうと話しました。
対策としていくおさんが挙げたのは、コンテキストをきちんと載せることと、自分でレビューするときにコンテキストを抜いて読んでも意味がわかるかを点検することです。
AIとの会話で生成
出力した本人は、やり取りの文脈を持っている
本人には読めてしまう
多少の違和感があっても、文脈があるので気にならない
そのまま共有
確認や補足をせずに、受け手へ渡してしまう
受け手が困る
文脈がない状態で難しい文書を受け取り、解釈の負荷を背負う
マネージャーの心得が全員に必要になった理由
あらたまさんは、もともとマネージャーこそコンテキストの差に気をつけるよう言われてきたと話します。アクセスできる情報が多いぶん、マネージャーのほうがメンバーよりコンテキストを持っているケースが多いからです。
情報がオープンになっていれば「このくらいキャッチアップしてくれ」と思うかもしれません。それでもあらたまさんは、情報がただ置いてあるだけでアクセスできるとは限らず、アクセシビリティにも段階があると指摘しました。
あらたまさんの見立てでは、コンテキストの差に気をつけるというマネジメントの基本スキルが、AIが挟まることでマネージャー以外の人にも求められるようになりました。いくおさんも、以前からなかったわけではないが、顕著になってきたと応じます。
AIの「クソデカ構造」に人はなぜ戸惑うのか
いくおさんは、他人の文章だけでなく、自分でもAIが関わったものを読んで「ようわからん」となることがあると話します。あらたまさんも「それって何?」とよく聞き返すそうです。
いくおさんが支援しているスクラムマスターの方は、Claudeを使ったレポーティングを始めた当初は「こんなこともレポートできるんですね」と喜んでいました。ところが後日、顔面蒼白で「情報量が多すぎてどこから見たらいいかわかりません」と困っていたといいます。
いくおさんによると、これまでは小さなゴールを設定し、情報を集め、それを反復しながら大きなゴールにつながる構成の仕方を学んでいきました。今はいきなり大きなものを出力できるため、そのステップなしに巨大な構造を目の当たりにする人が増えているといいます。
小さくゴールを設定し、情報を集め、反復しながら大きなゴールにつながる構成を学んでいった
いきなり大きな出力ができるようになり、段階を踏まずに巨大な構造と向き合うことになった
そのステップなしにクソデカ構造を目の当たりにするっていうのが増えてきて。だから結構そう困っちゃう人ってまあまあいるんだろうな。
あらたまさんは、自分自身ですらコンテキストを制御できない状況があるという話だとまとめました。いくおさんが尾崎豊『15の夜』の歌詞で返したものの、あらたまさんは曲名をすぐに当てられず、2人は「今のもコミュニケーションの失敗」と笑い合います。
「わからない」と言えない空気をどう変えるか
いくおさんがこの話をしたかった理由は、受け手の側にあります。伝わらなかったとき、受け手は申し訳なく感じたり、自分を評価する側から「なんでわからないの?」と言われて評価が下がるのを恐れたりします。
あらたまさんの言う権力勾配、いくおさんの言う権威勾配 ── 上司と部下など立場の差が大きいとき、下の立場の人が意見や疑問を言いにくくなる状態を指す言葉。航空や医療の安全管理の分野でよく使われますがあると、知らないときに「わからない」と言えなくなります。いくおさんはそれを課題と捉え、わからないときは丁寧な言葉で伝えることが大事だと話しました。
あらたまさんのこの言葉は、マネージャーとしてメンバーに伝えたいこととして語られました。いくおさんも「まさにそうなんですよね」と強く同意しています。
いくおさんは同じ日、あるチャットに突然呼ばれて「これについてサポートしてください」と頼まれたそうです。ハイコンテキストに仕事をしている人は、外側にいる人にとって何がわからないのかがわからないことがあるといいます。
これってこれこれこういうことですか?確認させてください。これってこの件について依頼されてますか?って言ったら全然違ったので、危な、最初に聞いてよかった。
いくおさんによると、組織のカルチャーによっては「わからない」という言葉が、わかろうとする仕事を放棄しているように見えてしまうことがあります。一方で「確認させてください」は、どう考えても仕事を前に進めようとしている言葉です。
いくおさんは、自分の仮説を添えて「こう思っていますが合っていますか?」と確認する言い方が使い勝手がいいと勧めます。あらたまさんはこれを、ちいかわ風に「それって何々ってこと?」と言い換えて笑いを誘いました。
カルチャーによっては、わかろうとする仕事を放棄しているように見えてしまう
自分の仮説を添えて確認することで、仕事を前に進めようとしている姿勢が伝わる
ハイコンテキストな会議はなぜロスを生むのか
いくおさんは、前提の確認を都度やるのは大事だとしながらも、ハイコンテキストなやり取りに慣れた人たちにはまどろっこしく感じられることがあると話します。
あらたまさんは、ここでいうハイコンテキスト ── 言葉にしなくても共有された前提や文脈で意思疎通が成り立つ状態。反対に、前提を言葉で明示しないと通じない状態をローコンテキストと呼びますを、長く続くプロジェクトで当たり前とされていることが身に染みついた人たちの集団だと確認しました。いくおさんは「100点をあげるよ」と答えています。
いくおさんが例に挙げたのは「あれについてさ」「先週の件どうなってましたか」という言い方です。先週いろいろな仕事をしていた人は「どれだろう?」となり、あらたまさんも、聞き返す往復が必要な時点でロスだと感じるといいます。
いくおさんは、チームとして前提を揃えたり、会議で話すトピックと話さないトピックの境界線をはっきりさせたりすれば、扱う話が明確になると続けます。あらたまさんはこれを、アジェンダのない会議への反対論だと受け取りました。
ガイドレールをちゃんと敷いてないミーティングは参加者への甘えだし、参加者の時間を毀損してる
アジェンダ設定してないミーティングに関しては、アジェンダがないので参加しませんっていうぐらいのコミュニケーションは取っていいかな。
あらたまさんは、誰がどの立場で集まり、発散・共有・相談・決定のどれをするのか、会のゴールは何かを決めておくことが会議では大事だと話します。どこまで厳密にするかは参加者の関係性で決めればよいものの、少なくともゴールがないと終われないといいます。
会議の準備を進めると、会議が不要になる?
あらたまさんは、アジェンダがなくても何を話せばいいかわかる人たちがいるなら、それがハイコンテキストということなのだろうと整理しました。いくおさんは、呼ばれた人がなぜ呼ばれたのかわからない会議もよくあると続けます。
いくおさんが勧めるのは、主催者に誰がどんな意図で呼ばれているのかを確認し、いわゆるザ・オール ── OARR(オール)とも表記される、会議設計のフレームワーク。Outcomes(成果)、Agenda(議題)、Roles(役割)、Rules(ルール)の頭文字で、会議の前提を揃えるために使われますとして目的や参加者を定めていくことです。そうすると、コミュニケーションに必要な最初のコンテキストが揃えられます。
いくおさんによれば、その準備を進めていると、ミーティング自体がいらなくなることも結構あるそうです。あらたまさんも強く共感しました。
どうしようってなってから、そのミーティング開くまでの秒数が0.5秒しかないみたいなケースも全然あるから、そこに1回自分が考えるっていうプロセスが挟まると、会議自体がいらないっていう帰結になることが往々にしてある。
いくおさんは、こうした積み重ねでコミュニケーションが丁寧になり、「あの場は何だったんだろう」という不要なやり取りもなくなっていくと話しています。
ハイコンテキストにはどんな強みがあるのか
ここまで負の側面ばかり話してきたとして、あらたまさんはハイコンテキストのメリットを尋ねました。いくおさんが最初に挙げたのはモブプロ ── モブプログラミングの略。複数人が1つの画面を囲み、1台のパソコンで同時に1つのコードを書き進める開発手法ですです。
いくおさんによると、モブプロでは阿吽の呼吸で、ちょっとした所作だけで動いてほしい通りに動け、確認の時間を省いてゴールに近づけます。全員が出社して顔を知っている小さなチームが「おい、あれ」で進められると、スピードはとても出るといいます。あらたまさんはこれを「コンテキストの圧縮」と呼びました。
もう1つの例は障害対応のような緊急時です。いくおさんは、インシデントの解説から入れば「いいから調べようぜ」になるとして、緊急時には組織がハイコンテキストさを宿していると強いと話します。
ただし、いくおさんはそのコンテキストを常に持ち続ける必要はないとも言います。インシデント対応ではこれを見てください、これを前提にしてくださいと、すぐに出せる状態にしておけばよいという考えです。
モブプロや障害対応のように、確認を省いてスピードを出せる。日本企業はかつてこれで育ってきた
テキスト化された前提があるので、外側の人や多様なメンバーとも動ける。ハイコンテキストだけでは破綻する状況を補う
いくおさんは、ローコンテキストな働き方が混じってきた今、ハイコンテキストだけで進めると破綻すると見ています。だからこそ、ハイコンテキストな状態を作りながら、ローコンテキストでも動けるようにテキスト化しておくことが大事だといいます。
日本企業のハイコンテキストはどこから来たのか
あらたまさんは、日本企業がハイコンテキストだとよく言われる背景には、固定化した関係性があるのではないかと話します。終身雇用や新卒一括採用のもとでは、先に入った人のほうが基本的に偉く、その関係性が逆転しにくいという見立てです。
いくおさんも、組織が安定していることは大きな要因だと応じます。さらに日本では、宗教やジェンダー、働き方、年齢などがこれまで比較的モノカルチャーだったといいます。この20〜30年で大きく変わってきてはいるものの、今トップにいる世代はモノカルチャーの文化で育ってきたそうです。
いくおさんの見方では、ハイコンテキストの旨みを知って物事を進めてきた人たちが、多様性の生まれた現場でローコンテキストへ移らなければならず、苦労している面があるのではないかとのことです。
伝わったかどうかは、どこで決まるのか
どうしていけばいいかというあらたまさんの問いに、いくおさんは「ちゃんと話す」と答えました。テキスト化していくことに加え、伝えられている側が「言っていることがわからない」ときちんと返すのも、真面目に大事だといいます。
ハイコンテキスト文化にいる偉い人たちが伝わってると思っちゃってる。別にサボってるつもりは全然ないんですよね。
あらたまさんは、「1回言ったから伝わるとは思っていない」人は多い一方で、「いっぱい言っているからさすがに伝わっている」と思い込むケースはよくあると話します。それでも現場の行動が変わらなければ、本当に伝わったとはいえないという指摘です。
何かを伝えるのは、誰かに何かをしてほしい、行動を変えてほしいという狙いがあるからです。そのため、あらたまさんは伝えたあとの効果測定が欠かせないと締めくくりました。
まとめ
ドラッカーの「コミュニケーションは受け手が決める」は、AIの出力を確認せずに渡すことが増えた今、マネージャー以外の人にも当てはまる原則になっています。2人の対話は、ハイコンテキストの強みを生かしつつ、それをテキストに落とし、伝わったかどうかを受け手の行動で確かめるところまでを一続きのコミュニケーションとして捉えています。
- 伝わらないときに受け手を責めても前に進まない。発信側が伝わる工夫をする
- AIの出力は、文脈を持たない受け手の目でコンテキストを抜いて読み直してから共有する
- 「わからない」は「確認させてください」と仮説を添えて伝えると、仕事を前に進める言葉になる
- ハイコンテキストはスピードの武器だが、ローコンテキストでも動けるようテキスト化しておく
- 伝えたかどうかではなく、相手の行動が変わったかで効果を測る







