ゾウのフンを覗く筒から始まった仕掛学とは?
高村さんは前回、行動を後押しするナッジ ── 強制や大きな報酬に頼らず、選び方の環境をちょっと工夫して人の行動をよい方向へ促す考え方。行動経済学の代表的な概念ですを紹介しました。今回はその中に位置づけられる「仕掛学」がテーマです。
仕掛学は、大阪大学の松村先生が提唱した学問です。きっかけは、松村先生が天王寺動物園の熱帯雨林コーナーで見つけた1本の筒でした。
(筒の)覗き穴がちょうど自分の方向に向いてるから覗いてみたら、ゾウのフンが見えるっていう。
天王寺動物園の筒は、ゾウのフンのレプリカが見えるだけの仕掛けでした。それでも筒がなければ、来園者はレプリカの存在にすら気づきません。覗いた人は「こんなに大きいんだ」と学べるので、動物園にとっても狙いどおりの行動になります。
説明書きもないのに、なぜ自分は筒を覗いてしまったのか。松村先生はその疑問から研究を始めたそうです。名前のとおり、人がついやってみたくなる仕掛けを研究する学問です。
高村さんは、仕掛学とナッジの違いも整理しています。ナッジには「やらないと気持ち悪い」「やらされている」といった裏側の要素も含まれますが、仕掛学はポジティブな面を大事にしているといいます。
やってみたくなるものだけでなく、やらないと気持ち悪い・やらされている感といったネガティブな面も扱う
「ついやってみたくなるか」というポジティブな面をとくに大事にする
(やらされてる感が入ると)短期的には行動を起こしてくれるけど、中長期的に見た時になんかまたやらなあかんのかみたいな感じになっていく。
高村さんは、やってみたいから行動するというモデルこそがまず大事だと考えています。だからこそ、仕掛学の事例がとても好きなのだそうです。
バスケットゴール付きのゴミ箱と、真実の口の消毒液
仕掛学の代表的な事例として高村さんが最初に挙げたのが、ゴミ箱の上にバスケットゴールを付ける仕掛けです。みんながバスケのようにゴミを放り投げて入れたくなります。
大阪大学で実験したときには、周りに落ちているゴミまで拾って入れる学生もいたそうです。高村さんは、説明だけで完結するわかりやすさを「天才的」と評しています。
コロナ禍のショッピングモールでも仕掛学が活躍しました。入口に消毒液を置いても、楽しさが勝つ子どもたちはそのまま走って行ってしまいます。そこで登場したのが、ローマの休日 ── 1953年公開のアメリカ映画。ローマを舞台に王女と新聞記者の一日を描き、「真実の口」に手を入れる場面が有名ですでおなじみの「真実の口」を模した機械でした。
真実の口の機械は、口に手を入れると消毒液が出てくる仕組みです。黒田さんが「子供が逆に入れますもんね」と返すと、高村さんは大人も勝手に手を入れてくれると応じています。
手を入れたくなるっていうかね、欲求とか何かをくすぐってるんでしょうね。
日本人になじみのある仕掛けとして、高村さんは鳥居も挙げます。不法投棄される場所に鳥居を立てたり、立ち小便される場所に鳥居のマークを描いたりするだけで激減するそうです。
黒田さんは、駐輪場に斜めの線を引いておくと自転車をその向きにそろえたくなる例を出しました。高村さんによれば、この自転車の例も仕掛学の本で紹介されています。イベントで駐輪場の整理に悩むときも、注意書きより「ラインを引いておけばいい」という発想が役立つといいます。
ドラゴンボールの背表紙と、帽子の中のチップ
身近な仕掛けとして高村さんが挙げたのが、『ドラゴンボール』の背表紙です。巻数どおりに並べると1枚の絵になるため、つい全巻をそろえたくなります。
あれもなんかアートになるっていうか、飾りたくなりますもんね。あとなんか抜けてることが気持ち悪いから揃えようと思うし。
無人販売所や駐輪場に目のシールや顔のポスターを貼ると、犯罪率がはっきり下がるという話も出ました。持ち出そうとしたときに目のシールがあると「ここは取ったらあかんかも」という心理が働くそうです。
路上アーティストのチップの話題では、黒田さんが実体験を語りました。帽子の中に札が入っていればみんな札を入れ、小銭ばかりなら小銭になる、という傾向です。
ただ(帽子に)入ってるやつはみんな見るんですよ。それの相場が決まってくるんで。
黒田さんはハリウッドでストリートパフォーマンスをしたとき、帽子に入れておく額を上げたほうが、もらえる額も上がったそうです。仕掛学とは知らずにやっていたといいます。
話はサクラや行列にも広がりました。サクラが盛り上がると周りも声を出しやすくなります。黒田さんは、わざと行列をつくって人気店に見せる手法をバンドワゴン効果 ── 多くの人が選んでいるものほど、さらに選ばれやすくなる心理現象。流行に乗りたくなる気持ちを指しますと呼んでいます。
高村さんは、言われてみれば当たり前のことをきちんと分類していく作業こそが、仕掛学の価値だと話しています。
世界一深いゴミ箱から、30%減のトイレットペーパーまで
次に紹介されたのは、高村さんの記憶では海外のフォルクスワーゲン ── ドイツの大手自動車メーカー。広告やプロモーションの一環として、街なかでの体験型キャンペーンでも知られますが設置したという「世界一深いゴミ箱」です。ゴミを入れると数秒落ち続け、最後に「コーン」と音が聞こえてきます。
高村さんによると、世界一深いゴミ箱は300メートルほど掘っていたらしく、ほかのゴミ箱と比べてゴミの量が倍以上に増えたそうです。黒田さんはその場で「世界一深い募金箱をやりたい」とアイデアを出しました。
これがゴミじゃないといけない理由がなければね、どんどん転用できるから。
高村さんは、世界一深いゴミ箱の核を「リアクションの強化」だと説明します。普通なら1秒もかからず終わる動作が8秒続くからこそ、やりたくなるというわけです。
高村さんが個人的に好きな事例が、三角形のトイレットペーパーです。商業施設のトイレは常に消費量との戦いで、物価高でコストも上がっています。
トイレットペーパーは、押していくとおにぎりのような三角形にできます。丸ならカラカラと回りますが、三角だとコロッ、コロッと引っかかるため、使用量が30%減ったそうです。
丸い芯でカラカラと回り続け、つい多めに使ってしまう
三角形でコロッ、コロッと引っかかり、使用量が30%減
高村さんは「地味なんだけどめちゃくちゃ効いている」と話し、もっと広まってほしいと願っています。黒田さんは「むしろ標準が三角でもいい」と応じました。
駐車券をくわえる癖と、リカちゃん人形の苦い味
ガム会社のプロモーションも紹介されました。地下駐車場のゲートで出てくる駐車券を、運転手はついくわえてしまいます。その駐車券に新しいミント味を付けておき、ショッピングモールの中でそのガムを売っていたそうです。
あ、なるほど。そこにガムに誘導してる。もう口にする、試食してるんですね。
高村さんは、運転手が日常的にやってしまう動作を逆手に取ったこの手法を、企業が取り入れやすいモデルだと見ています。
味の仕掛けは、安全のためにも使われています。高村さんによると、リカちゃん人形の小さなパーツは口に入れるととても苦い味がするそうです。子どもが吐き出し、口に入れようと思わなくなる設計です。
表面には絶対評価されないポイントだから、こういうのを子供たちのために考えてやってる製品担当者のことを考えるだけでもめっちゃ胸が熱くなる。
高速道路で中央線を越えると振動が大きくなる舗装や、居眠りが多い場所のメロディー道路も、リアクションを強化して事故を減らす仕掛けです。黒田さんはこの収録の日、運転中に眠くなり、まさにその振動で目が覚めたそうです。
制限速度を守ると賞金が当たる?
仕掛学やナッジのメリットがわかりやすい企画として、高村さんは海外のThe Speed Camera Lotteryを紹介しました。制限速度を守って走ると賞金が当たる、自動参加型の宝くじのような仕組みです。
高村さんは日本でも効きそうだと話し、「80キロでした、おめでとう、参加できます」と表示され、年末に当選通知が届くような形を思い描いています。速度が下がれば事故の補償コストも下がるので、それを賞金に回せばいいという発想です。
なんかやらないとあかんっていう感じ。そこは抑えなあかんっていう感じになるから。
黒田さんは、スピード違反を撮影するカメラのような抑止策と比べて、気づけばみんなが制限速度で走っている点が仕掛学との違いだと整理しました。
黒田さんは最初「至るところに作ってほしい」と言っていましたが、話すうちに考えが変わります。全部の道路にあれば意識しなくなるので、仕掛けは増やしすぎないほうがいいと気づいたそうです。
高村さんはこれを広告になぞらえ、余白があるからこそ広告が輝くと応じています。
エレベーター前の鏡と、店先の大きな時計
有名な仕掛けとして、高村さんはエレベーターホールの鏡を挙げました。鏡があると待ち時間を短く感じ、クレームが減るそうです。
エレベーターホールの鏡をマーケティングに活かした例もあります。鏡の上にチラシスタンドを置くと、チラシを取ってもらえる確率が2.5倍に上がったといいます。人は自分をチェックしたくて鏡を見るので、自然と目に入るからです。
高村さんは、歯医者や飲食店を開く知人から「どうしたら知ってもらえるか」と相談されると、店の前に学校にあるような大きな時計を置くよう勧めるそうです。
そうしたら(時計は)絶対にその前を通った人は見るから。
派手なデザインで目を引くより、鏡や時計のように人がつい見てしまうものを置く。高村さんは、それが広告の定石だと話しています。
黒田さんの家の近くには、店の前に「今日の一言」を出している飲食店があるそうです。中身のない名言風の言葉なのに、通るたびに「今日は何を書いているんだろう」と見てしまう。人間味があるからこそ興味がわく仕掛けだといいます。
注文をまちがえる料理店は、なぜ人を笑顔にする?
高村さんが「大好き」と繰り返したのが、元NHKの小國さんが立ち上げた注文をまちがえる料理店です。注文を取るのは認知症の方々で、ハンバーグ定食を頼んだのに唐揚げ定食が出てくることもあります。
本来やって正解がハンバーグ定食のままやったら、うわ違うねんけどってクレームになるけど、間違える飲食店って言ってるからこそ楽しみになりますよね。
注文をまちがえる料理店では、認知症の人が働く場をつくれるうえに、客は認知症で記憶が変わっていく様子を身近に感じられます。働く人の家族は、とても泣いて喜んでいたそうです。
普段はね、こう本当こう家庭の中で考えるとめちゃくちゃきついじゃないですか。
高村さんは、小國さんのようなプレイヤーが実際に出てきていることが日本にとって良い方向につながると考えています。そして、自分もその一人になりたいと語りました。
黒田さんも、エンタメで社会課題を解決するうえで、仕掛学がずっと根本にあると応じています。
高齢者ディスコ、運動会の音楽、アルプス一万尺
高村さんによれば、仕掛けは「人の特性」と「課題」の両面から考えられます。その掛け合わせから生まれたのが、最近流行している高齢者ディスコです。
二人がイベントで使う仕掛けもあります。疲れてだらけがちな片付けの時間に、運動会のかけっこのような音楽を流すと、スタッフが笑顔で走り回るようになるそうです。
黒田さんは、DJがエンディングにしんみりした曲を選ぶのも仕掛けだと指摘しました。高村さんは、日本なら「蛍の光」を流せばすぐ帰ってくれると返しています。
ダンスも山ほどあります。ダンスインストラクターは仕掛けだらけなんで。
黒田さんの例は、ペアで踊る「アルプス一万尺」のダンスです。相手が踊っていれば、やる気がなくても一緒に体を動かさざるを得ません。高村さんは、これを社会規範に当てはめる仕掛けだと分類しました。
まずその一歩目を身体表現をしてもらうための仕掛けを作ってる感じ。
黒田さんは、いつか仕掛学の本を書いた松村先生と、ダンスや音楽といったエンタメの角度から話してみたいと目標を語っています。
仕掛学をもっと知るためのおすすめ書籍7冊
最後に高村さんが、仕掛学や行動経済学を学ぶための書籍を7冊紹介しました。入門から実務、土台づくりまで幅があります。
| 書籍 | 著者など | ポイント |
|---|---|---|
| 仕掛学 人を動かすアイデアのつくり方 | 松村先生 | 仕掛学の作り方や定義が細かく言語化された基本書 |
| 笑える革命 | 小國さん | 注文をまちがえる料理店を含む事例が多く、入りやすい |
| ついやってしまう体験のつくりかた | 玉置伸一郎さん(元任天堂) | スーパーマリオブラザーズやドラクエの設計を読み解く |
| 勘違いが人を動かす | - | 行動経済学の事例を細かく分類し、1冊で体系的に学べる |
| 実践 行動経済学 | - | ナッジを軸にした、紹介本の中で最も難しい1冊 |
| 人は悪魔に熱狂する | 松本健太郎さん | マーケティング、行動経済学、データサイエンスの実務書 |
| 用語図鑑のシリーズ | - | 哲学や心理学などの用語をイラストで解説し、土台をつくる |
高村さんは、『人は悪魔に熱狂する』について、硬い内容なのに笑いながら面白く読めるのが魅力だと話しています。黒田さんも、マーケティングと行動経済学の両方を勉強しているので、とても興味があるそうです。
最後に紹介された用語図鑑のシリーズについて、高村さんは、基本の考え方を入れておけば実務書の理論や法則が理解しやすくなると勧めています。黒田さんからは、別の回で本のおすすめ回をやりたいという声も上がりました。
まとめ
仕掛学は、注意や強制ではなく「ついやってみたくなる」気持ちで人を動かす学問です。ゴミ箱、トイレットペーパー、鏡、ダンスまで、事例を知って組み合わせれば、社会課題をエンタメで解く手がかりになりそうです。身の回りの「つい、やっちゃう」を、ぜひ探してみてくださいね。
- 仕掛学は大阪大学の松村先生が提唱した学問で、ナッジより「ついやってみたくなる」ポジティブな面を重視する
- バスケットゴール付きゴミ箱、三角トイレットペーパー、制限速度宝くじなど、小さな工夫で大きな行動変化が生まれている
- アクションへのリアクションを強化すると、人は意外と動いてくれる
- 仕掛けは増やしすぎず、余白の中で効かせることも大事
- 企画は事例の組み合わせであり、たくさんの事例を知っていることが近道になる


