フィリピンのスタバは、投票した指で割引?
ソシャエンのシーズン2は、リスナーから届いた初めてのコメントの紹介から始まります。前のシーズンで高村さんが選挙の取り組みを話した回に、リナさんという女性から「フィリピンにも同じような取り組みがある」という声が届きました。
リナさんが教えてくれたのは、フィリピンの選挙で投票すると指にインクを付けられ、そのインクが1週間ほど落ちないという仕組みです。インクはもともと二重投票を防ぐために政府が付けているものですが、その指を見せるとスタバで割引になるそうです。
(調べたら)スタバのフィリピンのマーケターの方なんかが始めた取り組みらしくて、もう熱量だけでやってるらしいです。
高村さんは、若者の投票率が低い日本でも、ずっと前からスタバを巻き込みたいと思っていたそうです。黒田さんも、どうせスタバには行くのだから、割引が効くなら選挙に行こうと思える、と乗っています。
高村さんは、カフェという場所そのものが政治と相性がいいとも話します。昔は政治家や貴族、知識人がカフェで世の中のことを朝まで語り合い、それが社会を良くしてきた背景があるといいます。
(スタバの割引は)スタバ関係者の方お願いします。
知り合いではない人から最初のコメントが届いたことに、二人とも驚きと喜びを隠しません。事例の共有や「ここを深掘りしてほしい」という声を、気軽に送ってほしいと呼びかけています。
「わかっているのにできない」をどう動かす?
高村さんが今回の話題として持ってきたのが「ナッジ」です。きっかけは、選挙の取り組みをしても、投票は面倒だと感じる人や、うっかり忘れる人がいるという現実でした。
こうした「やった方がいいとわかっているのに動けない」場面は、日常にあふれています。階段を使う、ゴミをゴミ箱に入れる、痩せたいのにポテチに手が伸びる。黒田さんは「今日伸びました」と即答していました。
明日からっていうのが自分の中で一生言っているとか、年始になったら今年の目標に一生同じ目標が入ってるとか。
高村さんは、やらざるを得ない状況や、やらされている感は嫌だと話します。そこで、行動を「ついやってみたくなる」方向へ切り替える方法を突き詰めているのが、ナッジだといいます。
ナッジは、シカゴ大学のセイラー教授 ── 行動経済学者のリチャード・セイラー。キャス・サンスティーンとの共著『実践 行動経済学(原題 Nudge)』でナッジの考え方を広めましたが2008年に提唱した理論で、2017年にはノーベル経済学賞を受賞しています。日本でも政府にナッジを研究する部門が設けられているそうです。
一方で、YouTubeやnoteを見ても解説はまだ少なく、抽象的だったり事例とうまく結びつかなかったりする、と高村さんは感じていました。このポッドキャストを、ナッジを整理した1つの資料にしたいという思いがあるようです。
NUDGESの6つの要素とは?
高村さんはまず、ナッジを英語の頭文字に分けて、6つの要素を説明します。少し勉強っぽくなりますが、それぞれに身近な例が付いています。
1つ目はインセンティブで、期間限定の割引クーポンのように、わかりやすいメリットを示すことです。黒田さんは「勉強したらおやつが食べられる」も同じだと例を挙げています。
2つ目は「マッピングの理解」です。長い申し込みフォームに進行バーを付けると、自分がどこまで来たかがわかり、ゴールが見えるので途中でやめる人が減るといいます。黒田さんは「5ページ中3ページ目」という表示を例にしていました。
3つ目はデフォルトで、ほとんどの人が選ぶ選択肢をあらかじめ選んでおくことです。頭を使う回数が減るので、次へ次へと進みやすくなります。
4つ目はフィードバックの提供です。高村さんの例はカラオケのカロリー表示で、歌い終わったあとに数字が出ると満足感に変わります。黒田さんは、SNSのいいね数や再生回数も同じだと付け加えました。
5つ目はエラーの予測で、PCが自動でスリープになる、シートベルトを締めないと警告音が鳴る、といった仕組みです。6つ目は複雑な選択の体系化で、Amazonでメーカーやサイズ、色で絞り込めるような工夫を指します。黒田さんは、マッチングアプリの条件検索も挙げています。
メリットをはっきり示す。限定割引クーポンなど
今どこにいるかを見せる。フォームの進行バーなど
多くの人が選ぶ選択肢を先に選んでおく
行動に数字などで反応を返す。カラオケのカロリー表示など
起きやすいミスを先回りで防ぐ。シートベルトの警告音など
条件で絞り込めるようにする。ECサイトのカテゴリー分けなど
ハエのシールとダミーの信号ボタン、何が起きた?
体系的な説明のあと、高村さんがいちばん身近だと感じる事例として挙げたのが、男性用小便器の的やハエのシールです。黒田さんも「勝手に狙っちゃいます」とうなずきます。
高村さんによると、これはオランダの空港で実証実験されたもので、飛び散りが80%も減ったそうです。シールを貼るだけで、清掃コストが下がり、満足度にもつながるという仕組みです。
ニューヨークの歩行者用の押しボタン信号の話も出てきます。急ぐビジネスマンから赤信号への苦情が多いなか、市内に約3200個あるボタンのうち、2500個がダミーだというのです。
(信号は)あれは最適解だから、あんまそっちは変えれないと。ということは、いかにその待ってもらう時のストレスを減らすか。
信号の時間は渋滞を防ぐために細かく計算されているので、変えられません。そこで、待つ間のストレスを減らすことが街全体の最適化になる、と考えた人がいたわけです。黒田さんは、本物の700個がどれなのか気になっていました。
ほかにも、偽薬で症状がやわらぐプラシーボ、路上に立体的に見える標識、テレビ中継でだけロゴがはっきり見えるマウンド後ろやゴール横の広告が紹介されます。
海外の電動自転車の配送では、段ボールにテレビの絵を印刷したところ、配達員が丁寧に扱うようになり、破損が8割減ったそうです。
ナッジを知ると、世界の見え方が変わる?
黒田さんは、エレベーターの鏡で待ち時間が短く感じる例を思い出し、ナッジという言葉を知ると、ばらばらだった事例を1つにまとめて理解できると話します。
ナッジっていう感覚を知れば全部これはナッジだって落とし込めるじゃないですか。具体からの抽象できるんで。
高村さんは、ナッジは2008年に生まれてまだ20年も経っていない「赤ちゃんの学問」で、これから体系化が求められると見ています。
背景にあるのは、情報がフィルタリングされる今の世の中です。選挙の日程が画面に表示されていても、関心がなければ頭に入ってこない。だからこそ自分から情報を取りに行きたくなる仕掛けが必要になる、と高村さんは話します。
こうした事例を高村さんはずっと地味に溜め込んできたそうで、黒田さんは「すべらない話みたい」と笑っていました。
EASTの「簡単」と「魅力的」とは?
ナッジをどう活用するかを4つにまとめたのが、頭文字を取った「EAST」です。1つ目はイージー、つまり選択や行動の障害を取り除いて簡単にすることです。
例として紹介されたのが、オーストラリアやベルギーの臓器提供の意思表示カードです。「提供しない場合にチェック」という作りにすると、提供の意思を示す人が大きく増えたといいます。
提供する場合にチェックを入れる形式。42%ほどにとどまる
提供しない場合にチェックを入れる形式。98%まで上がる
高村さんは、家族と話し合うほど重い決断でも、人はそこまで考えずに後回しにしがちだと話します。だから、チェックを入れない前提で、社会にとって良い方を先に選んでおくことが大事なのだそうです。
2つ目はアトラクティブ、魅力的にすることです。いらないものを50%オフと言われても買わないように、ただのメリットでは人は動きません。階段を使えば「ダイエットになる」と言われても、エスカレーターの楽さには釣り合わないわけです。
そこで有名なのが、階段を上ると一段ごとにピアノの音が鳴る仕掛けです。遊び心で階段を選ぶ人が爆増したといいます。黒田さんは、動画映えして拡散するし、ただの階段が観光地になってエスカレーターがガラガラになりそう、と盛り上がっていました。
子どもの絵が落書きを消す「ソーシャル」
EASTの3つ目はソーシャル、周りの状況や倫理観、規律にうまく合わせることです。落書きだらけのシャッター街に子どもたちの絵を描くと、その上からスプレーアートをする人がいなくなったという事例が紹介されます。
黒田さんは、自身の活動に重ねてこの話を受け止めました。おじいちゃん、おばあちゃんと一緒に踊る動画をSNSに上げると、アンチコメントがほとんど来ないそうです。
おじいちゃんおばあちゃんが頑張ってるとこに対してダサいなって言ってる自分がダメじゃないですか。
本物の犬や猫の動画にもアンチコメントが少ないのは、それを下げると自分が批判されるからではないか、と黒田さんは考えています。高村さんも「すごい補足」と喜んでいました。
灰皿を投票箱にする「タイムリー」
EASTの最後はタイムリー、効果的なタイミングを狙うことです。例に挙がったのは、灰皿が遠くてポイ捨てが起きやすい喫煙所でした。
そこで生まれたのが、灰皿を投票箱にする取り組みです。「世界一のフットボールプレーヤーはメッシかクリロナか」という2つの投入口に吸い殻を入れてもらうと、ポイ捨てがほぼなくなったそうです。
最近の食フェスでも、食べ終わった箸を投票箱に入れる仕組みがあるといいます。高村さんは、捨てる行為を投票という楽しみに変えることで会場がどんどんきれいになる好循環こそ、ナッジがいちばん得意とするところだと話します。
黒田さんが「コンビニのおつりを募金箱に入れてしまうのもナッジか」と質問すると、高村さんは「めっちゃナッジ」と即答します。小銭を持ち帰るのが面倒な気持ちをうまく拾っているからです。レジ横に並ぶ20円ほどのチロルチョコも同じ発想だそうです。
| ポイント | 意味 | 紹介された事例 |
|---|---|---|
| イージー | 行動の障害を取り除き簡単にする | 臓器提供は「しない場合にチェック」 |
| アトラクティブ | やってみたくなる魅力を持たせる | 一段ごとに音が鳴るピアノ階段 |
| ソーシャル | 周囲の倫理観や規律に合わせる | 落書き跡に子どもたちの絵 |
| タイムリー | 効果的なタイミングを狙う | 投票箱型の灰皿 |
メルマガのチェックも?悪用される闇のナッジ
高村さんは、ナッジには悪用されるパターンもあると話します。企業に都合のいい方向へ、人を動かしてしまうケースです。
あるあるなのが、チケット購入時に最初からチェックが入っているメルマガ購読です。高村さんは「デフォルトの悪用」と呼んでいます。次回の購入時にだけ使える「無料クーポン」や、手続きが面倒なサブスクの解約も例に挙がりました。
保険や駐輪場の解約は、平日の出勤時間にしか窓口が開いておらず、電話もつながらない。そうしているうちに1〜2カ月分を無駄に払ってしまう、という話に黒田さんも共感していました。
高村さんが好きだという闇のナッジは、牛丼やハンバーガーの頼み方です。並盛を2つ頼む方が超特盛より安くなると知られていても、実際に頼む人を見たことがない、と高村さんは話します。
それ(並2つ)をやれる人いないだろうなって多分わかってるんですよ、これって。だから最初から超特盛を頼むっていう。
黒田さんも、昔は長距離の電車で途中の梅田で一度降りた方が運賃が安くなることがあった、と思い出します。降りる人がどうせいないだろう、という点で同じだといいます。
スラッジは薬の小分けにも?結論は「使いよう」
高村さんは、人を面倒くさくさせて悪いマーケティングに使う手法をスラッジ ── 英語で「泥」の意味。ナッジの反対で、手続きを面倒にするなどして、本人の利益に反する方向へ人を誘導する仕組みを指す言葉ですと呼ぶと紹介します。ただ、この面倒くささが良い働きをする場合もあるそうです。
その例が、鎮痛剤の小分け包装です。瓶に100錠入っていると衝動的に大量に飲んでしまいかねませんが、1粒ずつ開ける手間があればオーバードーズを防ぐ役割を果たすといいます。黒田さんは、開けている間に冷静になるブレーキにもなると受け止めました。
解約手続きを面倒にして、払い続けさせる
鎮痛剤を小分けにして、衝動的な大量服用を防ぐ
高村さんの結論は、ナッジ全体は使い方しだいということです。良い方向に使えば楽をしたい気持ちを乗り越える行動設計ができ、悪い方向に使えばストレスや、法律で規制すべき事態を生むといいます。
まだ若い学問だからこそ、事例の共有や規制についての議論を加速させ、「そういうことをするのはダサい」という風潮が生まれるところまで高めたい、と高村さんは話します。
黒田さんは、聴きながら思いついたナッジをコメントで送ってほしいと呼びかけます。自身の「しょうもないナッジ」は、つい押したくなる梱包材のプチプチでした。次回は、大阪生まれの「仕掛け学」が紹介される予定です。
まとめ
ナッジは、わかっているのにできない行動を、強制せずに「ついやってみたくなる」形へ変える考え方です。身近な事例の多さと同時に、悪用される危うさもあり、良い方向に使う議論が大事だと語られた回でした。
- ナッジは2008年にセイラー教授が提唱し、2017年にノーベル経済学賞を受けた考え方
- NUDGESの6要素やEASTの4つのポイントで、身近な仕掛けを整理できる
- ハエのシールやピアノ階段など、低コストで行動が大きく変わる事例が多い
- デフォルトや面倒な手続きは、企業に都合よく悪用されることもある
- 面倒くささも使い方しだいで、薬の小分けのように人を守る仕掛けになる




