「初心者大歓迎」なのに人が来ないのはなぜ?
黒田雄介さんは前回、アイデアの思い浮かび方について話しました。今回はその続きとして、「初心者大歓迎」と書いても初心者が全然来ない、敷居が高く見えてしまう問題を高村治輝さんと考えます。
黒田さん自身、敷居の低いダンスイベントを運営するなかで悩みを抱えているそうです。そのうえで、ひと口に「敷居」と言っても、実はいくつもの種類があると整理しています。
黒田さんの関心はダンスだけではありません。「ダンス×防災」「ダンス×交通安全」「ダンス×高齢者」のように、ダンスを使って社会課題への関心のハードルを下げることにも取り組んでいます。
その中で防災ってみんなが興味持ってもらいにくい、自分事になってもらいにくいっていうものをどう興味付けるか、それも敷居が高いから下げるっていうのをどうしたらいいかなっていうのがずっと悩んでるんですけど。
防災のハードルは「ゴールが見えない」こと
高村さんは、防災の敷居の核心を「いつ起こるかわからないものに対して緊張感を持ち続けられない」ことだと見ています。
高村さんによると、最近は防災グッズをプレゼントで贈る運動や、ヘルメットや保温ブランケットをリュックに詰めて備える動きは広がってきているそうです。ただ、本格的な防災となると話は別だといいます。
何をリュックに詰めるか、ハザードマップをどう見るか、どの避難所で家族とどう連絡を取るか。防災はどこまでやれば正解なのかが見えにくい、と高村さんは指摘します。
どっちかっていうとあれかな、ハードルを越えていくにも、あと何キロ何メーター走ったらいいの?みたいな。
ゴールがね、これ100メーターハードルなんか400メーターハードルなのか。
黒田さんも、交通安全も同じ構造だと応じます。事故は起こらないのが普通なので、事故に遭うイメージが湧きにくく、自分ごとになりにくいというわけです。高村さんはさらに、大地震のときは街の様子が大きく変わるため、その光景自体を想像できないことも難しさの一つだと付け加えています。
防災を「耳に残る歌」にする試み
黒田さん自身の防災の敷居の下げ方は、防災の曲を作り、振り付けをして踊るというものです。小学校や中学校の防災で知っておきたい内容を、歌詞に落とし込んでいます。
たとえば火事のときはドアを閉めないと煙や火が広がってしまうこと。防火シャッターが閉まると景色が変わって「もう行けない」と思いがちですが、実はその中に開けられる扉があること。学校の先生でも知らないようなことを、説明書のように音楽にしているそうです。
音楽でその曲を知った状態で、それをダンスにしたらずっと耳に残る。結果として防災のこと気になってるっていうことができたらいいなと思ってるんですよ。
黒田さんにとっての防災の敷居の下げ方は、知らないうちに頭に残っている状態をつくることなのかもしれません。
「超入門クラスに10年」のジレンマ
続いて黒田さんは、自分のフィールドであるダンスについて高村さんに相談します。ダンス教室の多くは「初心者大歓迎」をうたっていますが、実態はそう単純ではないそうです。
黒田さんによると、有名なダンススタジオでも、いちばん下のレベルの「超入門クラス」に10年通っている人がいます。ダンス歴10年なら、もうベテランです。
そこにダンスの人一日目って行けないじゃないですか。っていう意味では初心者大歓迎ではないんですよね。
じゃあ10年と1日目で同時に教えるってめっちゃ難しいじゃないですか。
即興で振られた問いに、高村さんは「なるほど、難しい」と考え込みます。
DJの敷居とダンスの敷居はどう違う?
高村さんはまず、自分の世界であるDJを例に出します。DJも敷居が高く、しかもその正体は「ブラックボックス」だと言います。
ダンスはまだね、こういう体を動かしたらいいんだっていうのはわかるけど、DJはなんかこうヘッドホンに耳を当てて、なんかこうちょこちょこやってるっていうだけで、それ以上の情報がないじゃないですか。
何を買えばいいのかも、何をしているのかもわからない。それでもDJが広まるのは、憧れがとても強いからだと高村さんは見ています。1人で1000人、フェスなら5万人を相手にできるスター性や、照明と映像のなかでおしゃれなDJが回す光景への憧れが、ハードルを越える力になるそうです。ちなみに黒田さんがダンサーとして一度に相手にしたのは、最高で220人だといいます。
何をしているかわからないブラックボックスだが、1人で数千〜数万人を沸かせるスター性への憧れが強い
何をすればいいかはわかりやすいが、「なぜ自分がやるのか」という理由が弱くなりがち
そのため高村さんは、ダンスには「なぜ自分がやるか」のポイントが必要だと考えています。ダイエットでも、スマートな体型でも、かっこよく踊れるダンサーになりたいでもいい。その憧れをいかに近くに引き寄せるかが大事だといいます。
恥ずかしいとかももちろん踊れない中で恥ずかしいだろうなとかももちろん感じるけど、そこよりかはそのニーズというか、そこの憧れみたいなのがもっと刺さればダンスやりたいってなると思うんですよ。
黒田さんは、好きな人が外国の人なら、その言語を勉強しようと思うのと同じだと応じます。「楽しく痩せたい」と「ダンス」がつながった瞬間に、ダンスをする理由が生まれるわけです。
高村さんは、モテたいならDJでもいいので、ダンスならではの理由としては「身体性」に特化したほうがいいと話します。かっこいい体、動ける男になりたいという憧れは、DJにはなく、筋トレの世界ともまた違うものだといいます。
優勝経験なしのバトル「敷引」も、続けると敷居が上がる
黒田さんは、自身が運営するダンスバトルイベント「敷引敷引」の話をします。出場条件は優勝経験なし。初優勝が生まれるイベントです。
ところが、毎回ベスト8やベスト4に残るレベルの人が出てくると、初めて出る人にとっては「めっちゃレベル高い」と感じてしまいます。黒田さんいわく、その人にとっては「敷高」なのだそうです。
さらに敷引を4年続けるうちに、最初は音楽がかかってもどう踊っていいかわからなかった子たちが上達し、敷引優勝を目標にする子も出てきました。続けるほど、イベントの敷居が自然と上がってしまうわけです。
敷引を開催
優勝経験なしの人限定で、初優勝が生まれる場にする
参加者が成長
4年続けるうちに上達し、優勝を目標にする人も現れる
敷居が上がる
初めての人には「レベルが高い」と感じられる
超敷引を作る
ベスト4にすらなったことがない人限定へ条件を下げる
初めてバトル
バトル未経験者限定。全員がデビュー戦で、2回目は出られない
2回目から出れないんですよ。ってやることによってみんなのデビュー戦を作れたら、ちょっと敷居下がるんですよ。みんな初々しいんですよ、やっぱり。
高村さんは「めちゃくちゃいい取り組み」と評価します。ただ、これはバトルに憧れやモチベーションがある人にとっての入り口なので、次はそれ以外の人へのアプローチになるのでは、と話しています。
糖尿病のおっちゃんがヨガを選んだ理由
高村さんが「違う属性へのアプローチ」の例として挙げたのは、60歳を超える飲み友達のおっちゃんの話です。最近、糖尿病がわかり、少しでも運動しなければならなくなったそうです。
仕事して酒を飲んで終わり、という生活をしていたそのおっちゃんが始めたのはヨガでした。ランニングは絶対やらなさそうな人がヨガを受け入れたことが、高村さんには衝撃的で面白かったといいます。奥さんがヨガをやっていた影響もあったそうです。
ここから高村さんは、運動改善プログラムや「ダンスが踊れるくらい健康になる」といった売り出し方もあり得るのでは、と考えます。
黒田さんはこれを防災とつなげます。病気になってからでは遅いので、その前から健康を気にしてもらう。たとえば「健康診断に引っかからないための〇〇」のようにすれば、やろうと思う人が増えるかもしれないと話しています。
なんかそういうふうにすれば病院とも連携できるし、そういう属性の人に広告打ちやすくなるし。
高村さんは、健康診断の数値に合わせてプログラムを組むようなアイデアも挙げ、かっこよさとは別に、健康に特化した入り口を作れるのではと話しています。
企業研修や劇団へ、ダンスの「表現」を届けるには
黒田さんは、ほかにも取り組んでいる分野を挙げます。体の分離と連動性によるスポーツのパフォーマンス向上、そしてリズムを使った企業研修です。
息を合わせる、波長が合うといった要素はチームビルディングにつながると黒田さんは考えています。ただ、企業にとって、予算を出してまでリズムの身体表現を研修に取り入れるのは敷居が高いのが悩みだそうです。
高村さんはここで、「表現」という角度から、目立ちたがり屋が多い属性はないかと考えます。思いついたのは、演劇をしている人たちでした。
だから演劇の子たち、彼らがダンスを学ぶことで演劇のパフォーマンスも上がるし、まあかっこよさ、目立てるみたいな武器を持てるみたいなこともあるから。
劇団なら20〜30人ほどいることもあるので、ダンス講習をすれば講師料も得られるのでは、と高村さんは具体的に話しています。
「知識の土俵」に上がらず、違う角度から考える
黒田さんが高村さんの発想の角度に驚くと、高村さんは自分の考え方のスタンスを明かします。
なんかその専門的なところはもう十分考えられてると思うんで、僕はなんかそういう知識人にはその逆らわないようにしてます。
逆にこっちどうすか?みたいな。こういう世界ありますよみたいな。
高村さんによれば、ある人たちのニーズや人間性、習性と組み合わせるという点で、ナッジ ── 人の行動を強制せず、ちょっとしたきっかけや仕掛けで望ましい選択へそっと後押しする考え方。行動経済学で広く知られる概念ですに近い部分があるそうです。黒田さんは、前回話したアイデアの思い浮かび方と同じだと受け止めています。
その例として高村さんが挙げたのが、「コミュ障とカメラはめっちゃ相性がいい」という話です。交流会で一眼カメラを持って撮影係をやると、喋らなくても全員に喜ばれ、写真を送るために連絡先も交換できるそうです。
交流会でめっちゃ無双できるんですよ。
黒田さんも、カメラのレンズを通すと目が合っていなくても目が合う、とその良さに共感します。高村さんは、苦手とニーズをくっつける発想で見ると、交流会ひとつでもうまくピースがはまっている例があり、ダンスの中にもきっとたくさんあるはずだと話しています。
社会課題は「大喜利」のように掛け合わせる
黒田さんは、ダンスを自分のメインのピースとしつつ、それぞれの強みを掛け合わせて社会課題に取り組みたいと話します。福祉なら福祉と分けるのではなく、ある課題を解決すれば防災にも福祉にもなる、ということだらけだと考えているそうです。
高村さんは、そんな掛け合わせを「大喜利」にたとえます。「防災とかけまして」のようにお題を投げてもらうほうがありがたく、クライアントワークでも結局そういう感覚だといいます。
たとえば万博で企業がイベントをするなら、万博のテーマに合うもの、企業の顧客と来場者との接点、伝えたいメッセージを踏まえて、ダンスか、ゲームか、映像作品かを考える。それが普段の仕事だそうです。二人は、リスナーにも気軽にお題やコメントを投げてほしいと呼びかけています。
空いた日は「千本ノック」に出かける
高村さんは、空いている日にPeatix ── イベントの告知や申し込み、チケット販売ができる日本のイベント管理サービス。勉強会や交流会など、さまざまなイベントが掲載されていますで見つけた、よくわからないイベントに行くそうです。地域のNPOが集まる会や、挑戦者がアイデアを求めに来る会などです。
最近では、難聴の人がつける補聴器のようなもののかっこいいバージョンを作りたいという相談にアイデアをたくさん出したそうです。シングルマザーの再就職、防災、ジェンダーなど、テーマはさまざまです。
そのお題もらうことで勉強し始めるんで、それってめっちゃありがたいなと思ってて。
北九州や気仙沼など、地域のプロジェクトでもいろいろなお題がもらえて楽しいと高村さんは話します。黒田さんが「お題という感覚になっているのがすごい」と言うと、高村さんは「大喜利ですね」と返し、プライベートも仕事も関係なく、面白くできないかが常に頭の中で回っていると語っています。
遊んでるだけなんですよね、結局。
磨いている「ステータス」は何か
締めくくりに近づき、黒田さんはドラクエにたとえて「どのステータスを磨いている意識があるか」と尋ねます。
高村さんが大事にしているのは、「この人なら面白い企画を作ってくれる」「イメージを形にして、かっこよく仕上げてくれる」というブランドです。そのために、主催イベントには必ずカメラマンに入ってもらい、選挙のイベントや食フェスなどをできるだけきれいな形で写真・映像に残しているそうです。
学生時代は大企業にプレゼンしても通らないことが多く、通ったとしても大人の方々がすごかっただけだと感じていたといいます。積み重ねの結果、最近ようやく指名で仕事が来るようになったそうです。
学生時代は大企業へのプレゼンが通らないことが多かった
写真・映像で実績を残す積み重ねで、指名で仕事が来るようになった
その覚悟が決まったきっかけは、コロナ禍に株式会社から社団法人へ切り替えたことだそうです。きれいな報告書を作って終わりではなく、イベントの大義名分に沿って当日を最後まで走り切り、喜んでもらうことに集中する事業モデルにしたのがよかったと振り返っています。
無理せず、「寄ってくる」仕掛けをつくる
黒田さんは、本から知識を得て、イベントに申し込み、千本ノックをする。そのくらいのマインドでいたほうが人生が楽しそうだと感想を述べます。高村さんは、とにかく楽しむことでしかないと答えます。
高村さんは、人と話すのが苦手だったり、面倒だと思っていたりしたら、そうした会には行けないと言います。だからこそ、無理をしないことが大事だそうです。
無理して私交流会苦手だけど交流会行かないといけないよなみたいなのは絶対やめた方がいいんで。
行けなかったら寄ってくるようにすればいいっていう、なんかそういう汚さ。
黒田さんは、これも「寄ってくるためにどうするか」という仕掛けの話で、これまでの集大成だと受け止めます。高村さんはさらに、物事を都合よく解釈したほうがいいと続けます。自分は弱い立場だという解釈しかできないと、アイデアもアウトプットも弱くなるからです。
高村さんにとっては、DJも野球も、上手い下手ではなく楽しいから続けてきたものでした。評価を気にせず好きなことを続けることで、勝手にポジションができていくといいます。
黒田さんも「努力は夢中には勝てない」と共感し、学生たちにもぜひ聴いてほしい回だとして、トークを締めくくっています。
まとめ
今回のトークでは、敷居の高さを技術・空気・情報・物理・関係などに分解したうえで、恥ずかしさを消すよりも「なぜ自分がやるのか」という憧れやニーズを近づけることが大切だと語られました。健康を気にする人、目立ちたい演劇の人、話すのが苦手な人とカメラのように、属性とニーズを掛け合わせる発想が、敷居を下げるヒントになりそうです。
- 敷居には技術・空気・年齢・情報・物理・関係など、いくつもの種類がある
- 防災は「いつ起きるか」「どこまでやれば正解か」が見えにくいため、自分ごとになりにくい
- ダンスは恥ずかしさより「なぜ自分がやるか」という憧れやベネフィットを引き寄せることが鍵
- イベントは続けるほど敷居が上がるため、対象を絞り直して新しい入り口をつくる
- 苦手とニーズを掛け合わせ、無理せず楽しめる形で「寄ってくる」仕掛けをつくる




