『路傍のフジイ』、ついに完結
漫画『路傍のフジイ』の単行本7巻が9月に発売され、物語が完結しました。パジマさんは、普段のゲームの話から離れて、この漫画の感想戦をしたいと切り出します。
『路傍のフジイ』って漫画あるじゃないですか。先日完結したんですよね。
そうですね。ついにというか。
ちょっと『路傍のフジイ』の話をしたいのですよ。
しましょうよ。素晴らしい漫画。よろしくお願いします。
『路傍のフジイ』ってどれぐらい有名なんですかね。
でもあれですよ、結構本屋さんとか行って、ここ1年ぐらいは平積みされてるっていうか。
「このマンガがすごい!」2025の5位、それからマンガ大賞2025の2位。
わあ、すごい。
そういう意味では、結構絶頂期で完結したみたいなところはあるのかもしれないですね。
連載はビッグコミックスピリッツでやってて、2023年から今年まで。ちょうど3年間ですね。全65話。作者さんは鍋倉夫さんという方ですね。
で、どんな話かっていうとこなんですけど、非常に説明が難しい、これ。
難しい、これ。
パジマさんは、出版社やAmazonに載っている紹介文を読み上げます。サイトによって書き方がバラバラなのだそうです。
紹介文の一つは「まだ誰の眼中にもない真ヒーロー、フジイ。職場では空気みたいな存在感の独身男性。なのに、その生き方は破格のかっこよさ」というもの。ビッグコミック側には「変人なのか、仙人なのか。一見さえない会社員フジイが幸せの定義を覆す」という書き出しもあります。
僕ね、これちょっとね、どうかなっていう気がする。僕だけなのかな。なんかそういう話じゃないような気がするんですけどね。
結構、僕のこの作品の受け止めと、この煽り(紹介文)はかなり違うなっていう感覚もあって。
最近ハマってる漫画の話をした時に、パジマさんが『路傍のフジイ』っていう、「多分知らないと思いますけど」みたいなので話して。
「いや、これ買ってますよ、私も」って言って、「えー!」って話をしたの、すごい覚えてます。
今回は、この『路傍のフジイ』を通して、ちょっと仕事の話とかも関わるかなという気が、個人的にはしてるんですよ。
「フジイっていいな、なりたいな、けど無理だな」
パジマさんは、ゆうさんならこの作品をどう紹介するかを尋ねます。ゆうさんも、紹介文の「価値観をぶっ壊す」という読み方はしていなかったようです。
どうすか?ゆうさんなら、この作品をどんな感じで人に説明したりプレゼンしたりするんですか?
私もパジマさんと割と一緒で、(『路傍のフジイ』を)価値観をぶっ壊すとか、新たな何かみたいな感じではあんまり読んでなくて。
結構終始、フジイっていいな、なりたいな、けど無理だなみたいな感覚でずっと読んでるんで。
物語的にもすごい波があるみたいな作品じゃないとは思うので。出てくる人たちの日常にフォーカスして、基本物語が進んでいくと思うんですけど。
やっぱ終始、これもパジマさんと話した気がしますけど、(フジイみたいな)こんな人いないよね、みたいな。
冴えない感じあるし、ビジュアルで言ったらそりゃいるかもしれないですけど、ああいう感じで生きてる人って、私は出会ったことないので。
そうなんだよな。いないんだよなぁ、フジイは。
日常の話っぽく見えるし、実際そうなんですけど、でもこんな人いないよなっていうのが面白いなって思って読んでましたね、私は。
いや、でもわかるな。ちょっと付け加えつつ、僕の感想も話すなら。
今ゆうさんおっしゃった通りで、フジイっていうね、タイトルにもなってる主人公っぽい男がいると。
けど結論を先に言うと、フジイは主人公だけど、フジイがメインの話はしてないんですよね、実は。っていうのは僕の解釈で。
フジイの周りの人たちの話ですよね。
そう、群像劇なんですよね。冴えないフジイの話っぽく進むんですけど。
フジイを見る周りの人が、フジイを見てどう思うかとか、フジイと接したことでどう変わるかってことが主題なんですよね、実は。
フジイは冴えない普通の凡人のように見せかけて、全然凡人じゃないんですよ。
うん、凡じゃない。
(フジイは)会社には非正規契約で働いていて、取り立てて何か特徴はないし、おそらく職場に友達とかはいないし、私生活も全くよくわからない。
地味な男性っていうのが、アウトラインだけで見ればそうなんですよね。けど実際のところは、めちゃめちゃアクティブで。
めちゃめちゃ愛されるやつで。ちょっと常人では取れないぐらいピュアな行動を取れるタイプの人間なんですよね。
特に同僚の近しい人たちが、最初に群像劇としてフジイを見ていく人として現れるんだけど、みんなフジイをナメてかかる。
話していくうちに、「やべえ、俺ちょっとナメちゃってたなぁ」っていう罪悪感に、かなり多くの人物が苛まれ。
なんなら、ちょっとフジイと仲良くなることで、プラスの影響を持って帰ってしまうというような。もう聖人なんですよね、フジイが。
メシアみたいな。
そう、救済。
すごく短く言うと、この『路傍のフジイ』っていう作品は、フジイが何かをするかっていう話ではなくて、フジイをどう見るかっていう話をしている。
フジイと出会うことで、人を見る目とか、社会とか仕事を見る目がちょっとだけ変わるみたいな。そういう話なんだろうなと。
ナメてたら意外とやべえやつだったみたいな。そんな話をみんな食らってしまうみたいなところが、面白みなのかなっていう気がするんですよね。
最初は、そこそこかっこよくて仕事もできそうな若めの男性が。とはいえ、同年代の成功してる友達と比較すると、そこまでいけてるわけじゃない。
このままぼんやり一生終わってくのかな、「でもこの非正規社員のフジイさんよりマシか」って、舐ナメてかかって接点を持つんですよね。
それと、ちょっと影のあるけど綺麗めの女性も、フジイさんはありきたりな男と違って、つかみどころがなくてよくわからないと。
ちょっとちょっかい出してみようかな、みたいなとこから始まって。フジイと田中さんと石川さん、この3人がまずは中心になっていくんだけど。
次から次へと、あれよあれよと、1話完結型でいろんな人がフジイと関わって。多分ほんのちょっとだけ何かが変わって終わっていく。
そんな話の連続なんですよね。変わったかどうかも、なんならわからないぐらいの。
別に普通に日常の話してるだけくない?みたいな話もあったりすると、これよく連載で企画通しましたねって思う。
一歩間違えれば、すっごく地味な、普通の話だけしているみたいなところはあるかなと思うんですけど。
休日にコーヒーを飲むだけの話
パジマさんに好きなエピソードを聞かれたゆうさんは、4巻の第27話「黒ひげさんとフジイ」を挙げます。
なんかゆうさん、好きなエピソードとかありますか?ほぼ1話完結型じゃないですか。
私、結構好きなのが5個ぐらいあるんですけど、その中でもかなり好きなのが、4巻の27話。「黒ひげさんとフジイ」っていう。
多分フジイとかがちっちゃい時に、いわゆる教育テレビみたいなのでやってた番組の、名前出していいのかわかんないですけど、ワクワクさん的な。
その人が亡くなってしまったみたいなニュースが流れてきて。その中でいろいろ噂が流れてきて。
あの人、結構裏ではああだったらしいよみたいな、ちょっと黒い噂みたいなのがあって。確かに不気味だったしね~みたいなのが、巷では話題になってたんですけど。
でもフジイは、黒ひげさんのお葬式みたいなので、当時の子供たちが作ったものとかを捧げる、ちょっとした催しがあるんですけど。
送る会みたいなね。
いろいろあって(フジイは)行こうと思ってたっぽいんですけど、仕事とかあって、結局時間には間に合わなくて。
仕事が終わって、(会は)もう終わっちゃっって。私がフジイ好きな理由が、これに結構ギュッて詰まってるなみたいな感じなんですけど。
というと?
基本的に一貫して、フジイってブレないっていうか、ずっと自分の価値観で生きてる人じゃないですか。
最強なんだよな、だから。
だから、多分周りの人も嘘がない人だと思うのも、そういうところでしょうし。
自分が好きだった人とかの良くない噂とか、ネガティブなことを聞くと、え?みたいになっちゃったりは、もちろんするじゃないですか。
でも、ちっちゃい時に黒ひげさんを好きだった事実みたいなのは残ってるわけじゃないですか。それがいいな、と。
間違ってたとか、好きだったあの人のことが全部ノーってなるとかじゃなくて。
その時の自分はやっぱ好きだったし、その時の黒ひげさんは、自分の中ではヒーローだったというか、いい人だったよね、みたいなのがあるんだなって。
そう思うと、ブレないなって、かっこいいなっていう。それで結構好きなエピソードですね。
黒ひげさんが亡くなったっていうニュースが流れて、あの人裏でいろいろ噂あったらしいよみたいな話だけあって。けどフジイは普通に仕事して。
残業して、ちょっとミスっちゃった仲間を手伝って。残業終わってから送る会みたいなものに慌てて行くけど、もう会場は閉まっちゃってて。
多くの来場者が黒ひげさんの影響を受けて作ったものの山の上に、そっとフジイも自分が作った、飛行機なのかな、工作したものを置く。ただそれだけの話なんですよね。
黒ひげさんが本当にどういう人だったのかとかは、全く触れないし、触れようともしない、触れる気もない。そこじゃないっていう話で。
フジイが何を思ったのかも言わないし、だから何なんだってことも一切言わない。確かにすごいフジイっぽいエピソードですよね、これは。
それと近いエピソードで、2巻の14話の「休日のフジイ」っていう。
これの話で(フジイを)好きになった人も多いと思いますけどね。
私これすごい好きで。フジイが占いに行くんですよ。
「今日はあなた紅茶がいいですわよ」みたいなことを、占い師の方に言われて。その後に、喫茶店に寄るんですよ。
「そういえば今日、紅茶がラッキードリンクだって言われたな」みたいなことが、ちょっと脳裏をかすめるんですけど。
でも店にいる他のお客さんがコーヒー飲んでて、多分それがいい匂いするのか、美味しそうだったのかわかんないんですけど。
一瞬、紅茶のことをすって思い浮かべるんですけど、やっぱ普通にコーヒーでって言って、コーヒーを頼むやつ。
紅茶飲まないのかい!っていう。
そう、それもすごい好きでしたね。自分が飲みたいものを、その時思ったまま感じたまま動いてるっていうのが。
これね、読んでない方が見たらびっくりすると思うんですけど。休みの日に起きて、テレビをつけたら野球かなんかをやってて。
で、バッティングセンターに行き、その後フラフラして占いに行き、今ゆうさんが言ったようなことが起こり、喫茶店に入り。
紅茶って言われたけど、お店にはおすすめがコーヒーだって書いてあって、コーヒーを飲むっていう。ただそれだけの話なの。
それだけ、そう、本当に日常。
すごいよね。
これ、最終回を見ても思ったんですけど、編集者さんが「ナベクラ先生、もうちょっとなんか話の抑揚ないですか?」ってよく言わなかったなと思うんですよね。
でも、淡白だけど味はあるんですよね。
そう、なんか「うわぁ」って思うんだよね。
なんか強力な余白ですよね、やっぱりね。行間というか。ここから何を感じ取ったっていいみたいな。これはだから傑作の回ですよね。
だから何も思わない人は、多分本当に思わないっていうか。「え?」ってなる人も間違いなくいると思いますし。
そう思うことが、いいとか悪いとかでもないと思うんですけど、「うわぁ」って思う人は「うわぁ」って多分思う。
もうちょっと読み進めていくと、フジイ、あんま占いで言われたからで(紅茶を)飲まなそうだなとも思うし、飲んだって良さそうとも思いますよね。
そうなんですよ。結構いろいろやってみようみたいな気持ちで動いてる人だから。
行動力お化けなんですよね、フジイってね。でも多趣味だけど、特に何かが秀でるってものもないんだよね。
思いつきなんですよね、全部ね。その時やりたいっていう。そういう意味では、短絡的な人間っちゃ短絡的な人間なんだよね。
確かに。パッと見そうは見えないっていうかね。コツコツ型に見えるけど。
そう、チャーミングなんだよね。もしかしたら「お前飽きっぽいな」みたいなのも、ちょっと感じるんだよね。何でもやるけど。
確かに。浅く広く。
だって設定だと40代って設定だもんね、フジイはね。そう考えると、「おいおいおい大丈夫か」みたいなのは正直あるんですよね。
でも彼は、多分今楽しければ、今を生きてるんでしょうね。
フジイが誘いを断る理由と『横道世之介』
今度はゆうさんがパジマさんに好きなエピソードを尋ねます。パジマさんは最終回を挙げつつ、1巻の石川さんの場面を振り返ります。
ちなみにパジマさんは、なんか好きなエピソードあるですか?思い入れがあるとか。
結構全部なんですけど、やっぱり僕は最終回が「うおー」ってなります。実にフジイっぽい話で。
やっぱこの作品を「アリ」にして、世に出そうってなった流れは、結構すごいなって思ってて。だから、ちょっと仕事の話につながってきちゃうっていうところもあるんですけど。
強いて言えば、やっぱり1巻で、ちょっとすれちゃってる女性の石川さんっていうのが出てきて。過去の経験で割とすれた価値観を持ってらっしゃると。
(石川さんが)フジイを誘うっていうシークエンスがあるんですよね。結構ちゃんと深い仲になろうとする誘いみたいな。
うん。大人のね。
それをフジイがきっぱり断ると。この辺から「この物語はおもろいかも」っていう匂いはすごいしたのを覚えてて。
あと、こいつ(フジイ)はちょっとやべえヤツだっていうのが伝わる。我々とは違うヤツだっていう。
多分、こう言っちゃなんですけど、男性断らないですよ。独身で、特に何の縛りもなくて、石川さんみたいな人が急に誘ってきたら。
かなりファンタジーなんだけど、ファンタジーでこういうヤツを書くのってどういう意図かなってことに、すごい興味が向く話だったなって思うんですよ。
で、僕、結構すごい感じることが3つぐらい、フジイを通してあって。まず1つは、すごくある映画を思い出すんですよね。
これ結構前から言ってると思うんですけど、めちゃくちゃ『横道世之介』っぽいんですよ。
吉田修一さんの原作の小説があって、それを『南極料理人』とかで有名な沖田監督っていう人が、2013年ぐらいかな、映画化したんですけど。
僕大好きで、この映画。で、(『路傍のフジイ』と)結構近いフォーマットなんじゃないかなと思うし。
単行本で書かれてるキャッチコピーとかを見ると、結構意識してんじゃないかな、編集さんとか出版社さんは。
『横道世之介』を下敷きにしてこの話ができてるというよりは、横道世之介的な空気のある作品だよねって、なんか言おうとしてる感じがすごいするんですよね。
無理やり比べるなら、『路傍のフジイ』っていうのは、フジイと出会うことで、人を見る目がちょっと変わっていく物語、みたいなところがあると思う。
これはフジイと出会う登場人物もそうだし、僕ら読者もそうなんですよね。絶対フジイを最初ナメて見てるはずなんで。
けど、人を見る目、もっとでかく見ると、世界とか社会とか仕事を見る目みたいなものが変わっていく。
『横道世之介』はね、時間軸が結構大事な作品なんで、横道と出会うことで、出会いの価値が変わるみたいな。そんな話だなと思うんですけど。
とことん、(フジイを)神格化したり英雄化するんじゃなくて、ちょっとやべえ変なヤツで、ただこいつを見ることで、人がちょっとだけ変わったり、変わんなかったりするっていう。
すごい普通の話をしてるんですよね。フジイとか周りの人が何を達成する、みたいな話では決して描かない。
世之介はね、結構達成するんだよね、ある意味では。だからそういう話じゃないです。フジイはヒロイックな話じゃない気がするんですよ。
フジイ自体にはすごい軸があるけど、さっきも言った通り変な軸なんですよね。なんだ?みたいな。よくわかんないヤツなんですよね。
その証拠に最終回も、フジイが何を考えてこの決断をするのかっていうのは、なんかちょっとよくわかんなくないですか?
多分、家族を大事にしようとか、もしかしたら新しい環境に身を置いてみようとか、なんかそういうことなんだと思うんですけど。
きっとフジイはこういうことを考えて、こっちの道を選んだんだなっていう情報や補足は、一切ないと思うんですよね。よくよく読んだらあるのかもしれないですけど。
結構突発的に、エキセントリックに、急にこの道を決めたみたいな感じに見えませんでした?
他のキャラたちも結構、「え?」みたいな。困惑してました。「なんでそんな急に」みたいな。
そうですよね。なんか台風みたいなヤツですよね。
そう、本当に。何するかわかんない。
静かな台風みたいな。そういうヤツだなあっていうのは1つ思いました。
RPGツクールで学んだ「普通の日常はつまらない」
パジマさんの2つ目の話は、昔『RPGツクール』で物語を作ったときの体験です。選ばれし者の物語に反発していた当時の自分と、フジイを重ねていきます。
で、もう1個思ったのが、これ結構どうでもいい話で聞き流してもいいぐらいなんですけど。ゆうさん、RPGツクールってご存知ですか?
名前だけ知ってるぞ。なんか自分で作れるやつですよね、RPG。
RPGのキャラクターとか自分で作れるっていうゲームが、結構大昔に出て。ちょっとゲームプログラミングを学べるみたいな要素もあったんで、流行ってたんですよ。
当時の僕、何を思ったか知らないですけど、結構なんか物語アンチなところがあって。
物語アンチ?
さっきの『路傍のフジイ』の煽りテキストじゃないけど、特別な人が特別なことをやる話、嫌いだったんですよ。
特別なヤツなんて現実にいないし、そして僕は特別じゃないしみたいな。変な嫉妬があったんでしょうね。自分が持ってない、みたいな。
ちゃんとした専門用語で言うと、「貴種流離譚」って言われるタイプの物語があって。
高貴な身分とか選ばれし者が、選ばれし運命の中で選ばれし困難に立ち向かい、何かを成すみたいな話。英雄が英雄として英雄になっていくみたいな話。
でも別に、世の主人公って大体、力を持ってて、って話が多いですよね。
そう!!でもね、桜木花道とかは、抜群の運動神経はあるけど、別に選ばれし者かと言われると、結構微妙なラインだと思うんですよ。
初心者だしね。そこがうまいんだと思うんですよ。流川が主人公だったら、やっぱりやっかまれるじゃないですか。物語として。
『ハイキュー!!』の日向もそうですけど、熱意とか情熱はあるけど身長はないっていう、圧倒的なハンデキャップがあるじゃないですか。
逆に嫌なのは、主人公が実は選ばれし血筋の者で、勇者でとか、誰々の血を引くものでみたいな話が、僕一撃で冷めるんですよ。
ああ、じゃあゲームは割と…。
そうでしょ。僕それすっごい嫌いで。結局最初から選ばれてんじゃん!みたいな。
僕、最初ドラクエに手をつけなかったのって、やっぱそこで。勇者なんだもん、自分が。
いやいやいや、俺が頑張って戦って育てたから強いのであって、勇者だから強いってするなよって、すっごい思ってたんですよ。ひねくれてて(笑)。
なので、RPGツクールで、「何者でもない者の普通の話を作ってみよう」と思ったんですよ。まだね、日常系とか言われるものがない時代だと思う。
頑張って作ってみたんですよ。で、そこで学んだんですよ。
何を。
超つまんねえってことに。
(笑)やっぱドラマが生まれづらそうですよね。
通常の日常を描いても、何も起きないんですよ。
僕もはっきり覚えてる。最初の村作って、主人公が外から帰ってきて、街の入り口に入ると、「はー」ってため息をつくんですよ。
もうやだ、そんな主人公(笑)。大丈夫かよって。
一生懸命自分のやることをやるけど、特に誰からも褒められず、かといってそれがそんなに不服でもない。みんなそんなもんだよね、みたいな。
そんな話をRPGツクールで作って、「何これつまんな!!」と思って。
物語って、起承転結とかもそうだけど、やっぱちょっといつもと違うことが起こんなきゃダメなんだみたいな、当たり前のことを学んだんですよ。
フジイは、でもいつもと違うこと起こってないんですよね。
そう考えると、フジイがやっぱちょっと変なヤツで、え?何この変なヤツっていうのを見て、みんなの行動がちょっと変わるっていう。
なるほどって、やっぱその時思った。RPG作るのクソつまんなかった自分の作品を思い出して。
だから、こうすればよかったんだと思って。主人公を見た周りのヤツの群像劇にすれば、まだOKだったんだろうなと。
僕たちの代弁者「西園寺さん」
パジマさんが仕事にも関わると話すのが、4巻の第34話「西園寺とフジイ」。地道に働く同僚の西園寺さんが、フジイをやっかむ回です。
今みたいな感情が、全部お話として乗ってるなと思うエピソードがあって。4巻の34話、「西園寺とフジイ」っていう話。
これがね、ちょっと仕事にも関わるなっていうふうに思ってるんですけど。西園寺さんっていう、フジイと同僚の女性の人が、この話は主役級なんですよ。
ざっくり言うと、(西園寺さんは)フジイを見てやっかむんですよね。嫌いだと。
最初は影の薄い何の取り柄もない人だと思ってたけど、地味に人気者になりかけてるし、田中さんとか石川さんとかとよく喋ってるし。
人のこと手伝うことにも、あんまり厭わなさそうだし。で、すごい地味なくせに目立つと。
自分は一生懸命地道に仕事をやっていて、みんなの役にも立ってるし、技術もあるし、経験もあるし、みんなのフォローもちゃんとしていると。
つまり、かなり優等生なんですよね。おそらく周りの評判も、別に悪い人じゃないんだと思うんですよ。
けど、西園寺さんが自分で言うんだけど、多分私はひねくれてるんだと。それをなるだけバレないように、いい人でいる努力をしてるだけで。
多分フジイさんは天然のいい人だって、わかってるんだよね。自分はいい人を演じてるけど、フジイさんは本当にいい人なんだと。
天然もののそばにいると自分が養殖だってバレるから、近くにいたくないみたいなことを言うんですよね。
けど、この話どこに落ち着くのかなと思ったら、パッて鏡を見て、「いやでも別にいっか」って終わるっていう。何それ!?みたいな(笑)。
これすっごい『路傍のフジイ』っぽい話だなあっていう。普通はここから話がドラマチックに展開していくのですよ。
フジイにちょっかい出すとか、西園寺さんの行動がそれこそ劇的に変わるとか。なんだけど、「それはそれで頑張ってるしいっか」みたいな結論を、西園寺さんが出すんですよね。
でも多分、僕の感覚ですけど、この漫画を普通に働いてる現役の社会人が読んだら、ほとんどは西園寺さんだと思いますよ。
いや、絶対そうですよ。
絶対西園寺さんなんですよ。(フジイに対して)なんだよこいつって、なるじゃないですか。絶対正しいじゃないですか、西園寺さんは。やることやってるんだもん。
確かに、いるだけですげえ愛されちゃうみたいな人っていて、なんだかなぁ~~みたいな気持ちになる瞬間って、人じゃなくてもことでもあるかもしれないですよね。
せっかく頑張ってるけど、あんまり気づいてもらえない虚しさとか、人から常に賞賛されるわけじゃないとか、仕事でいったらいっぱいあるじゃないですか。
確かに。頑張ってるけど別に。
その連続で社会ができてると言っても過言じゃないですよね。
けど、ふとした時に、褒められたい。でも認められたいでもなく、なんかふわーんって虚しくなっちゃう瞬間とかってないですかね。
皆さん。ありますか?パジマさんは?
僕はさすがにもういい年なんで。虚無の地にも到達しようとしてるんですけど。
(笑)フジイは、でも虚無ってわけではないのか。
フジイは全然虚無じゃないんですよ。そこは語られないんですよ。フジイがなんでこういう人物になったのかっていうのは。
両親のエピソードは本当にちょっとだけ出てくるけど、だからフジイがこういう感じなんだなってなるほどの情報でもないんだよね。
やっぱよくわかんないヤツなんですよ、フジイって。っていう風に、わざと設定してるんだと思うんですよね。
なんだよこいつ、よくわかんねえなと思って、周りの人がちょっと右往左往しちゃうっていう話を通して。
自分の仕事観とか、自分の人を見る価値観とか、物差しみたいなものが、ちょっとあらわになっちゃう。
っていう話題を友人とかとしたら、すごい面白いと思うんですよ。
一個踏み込んだ話は、石川さんの恋愛話があって。これは「おお!」みたいな感じで、すごいゆうさんと盛り上がって話したのを覚えてます。
私大好きな話。てか、普通にちょっとキュンキュンする。
石川さんが、よく喫茶店で会う結構年配の男性に恋をして、全力でその男性から「それは違うよ」って否定されるっていう。
いや、かっけえんだよな、あのおじちゃん。
(『路傍のフジイ』の)中では珍しく、ちゃんと物語が激しく動く回ですよね、超珍しいんですけど。
石川さんが、恋愛観もそうだし、その人のどこに魅力を感じるのか、それが恋愛なのかみたいなことを、ちゃんと考える、みたいな。
そのおっちゃんに魅力を感じちゃう理由に、「フジイと会った」っていう成分が必ず入ってるんですよね。
石川さんの何かの感情がアップデートされてるから、あのおっちゃんに惹かれちゃう。ちょっと浄化されちゃってるんでね、石川さんが。登場当初と比べると。
確かに。柔らかくなってますからね。
(西園寺さんも)なんだか天然モノはイヤだな、私はどうせ養殖だし、まあでもいっかっていう、本当にそれだけの。
本人の中では、やっぱ変わってるというか。あんまり外から見るとわかんないっていうか。別に行動が変わるわけじゃないから。
そういう話の連続で、それをスーって線でつないでいくと、何かの輪郭が人によって見えてくるんですよね。
その輪郭が、きっとその人の仕事観とか人生観とか対人関係観なんですよ。多分それはね、10人読んだら10人違うはずなんですよね。
スラムダンクなんかは、10人読んだら好きなキャラは分かれると思いますけど、感想はそんなに変わらないと思うんですよ。感動したとか、泣いたとか。
『路傍のフジイ』は、「何これ?」ってなる人、一定数いる気がするんですよね(笑)。
確かに。「面白くない」とか。「どうなんのここから」とか。
何人か思い浮かぶもんね、近くで。「全然わかんないです」って言いそうな人。
フジイを通しての何かの価値観があらわになって、それをお互いに話したりするのが、やっぱすごい面白いタイプの作品なんだろうなって思うんですよ。
フジイ読んで、こういう軸で生きていけるっていいな、とか思いますけど。
じゃあフジイを読んで私が何か変わったかって言われると、別に変わったことは多分ないというか、変えられない。
いや、でもいざフジイぐらいの年齢にゆうさんがなった時に、パッて思い出して、ちょっと趣味増やしてみよう、とかってなる可能性はありますよ。
でもそれで言うと、趣味とかいろいろやってみようみたいなのは、結構(私とフジイは)似てるから。
行動力お化けですもんね。いやでも、ゆうさん出不精じゃないですか、やっぱ。
でも最近は、出るようにしてますかね。
やっぱ死ぬから、いつか。できることはやらないと。
感想戦が面白いタイプの漫画、巨大な空白を描いてる感じがしますなって思うのと。
映画の『横道世之介』を見たことがあって、あれ好きと思う人がいたら、多分これは絶対読んだ方がいいんじゃないかな。かなり同じ成分があるんじゃないかなっていう気がしますけどね。
最終回のフジイは何を見ていたのか
話題は最終回に移ります。急な決断をしたフジイと、戸惑う周りの人たち。二人はフジイの未来が明るいのかを考えます。
(最終回の)1個前とか2個前とか3個前の話を読んでも、フジイさん(の環境)が変わるなっていう話にはなっていくじゃないですか。いつの間に?みたいな。
そうすると周りの人がちょっとバタバタするじゃないですか。聞いてないですけど!みたいな。俺たち、この連載を通してもうちょっと仲良くなってませんでした?みたいな。
フジイ的には、あれどういう気持ちなんだろうね。自分の環境がどうあろうと、その人たちとの関係性は、自分の中では特に変わらないと思ってるでしょうね。
いや、だから悲しいですよね。
ちょっと悲しい感じしますよね。
自分が石川さんとか田中くんだったら、自分だけだったんだ、こんな好きだったのって、思っちゃう気はしますけどね。
どうなんですかね。石川と田中もフジイが好きなんですかね?それっぽいことは2人で言ってますけどね。
何の関心もないフジイが好きなのであって、フジイと常に近くにいて仲良くすることが好きなのかっていうと、ちょっと違うんじゃないかなっていう。
うん。それも込みでフジイさんだったよねみたいな。
ここがやっぱり面白いところで、これ、フジイの未来は明るいんでしょうか??っていう。
これどうなんでしょうね、この終わり方って。フジイはハッピーなんですかね。
この最後のフジイを見て、こういう生き方もあるよねとか、これも幸せだよねって、読者的には思うんですかね。
でも、やっぱ先のことを考えてんのかな、フジイは。
それもわかんないですよね。
その時やりたいことをやってるから。
やりたいことなのかな~~?
(フジイは)結構引っ越しもしてる、みたいな話とかしてたじゃないですか。あんまり1つの土地に長くいたことってそんなないんですよ、みたいな。
だからそうなると、物理的な距離とかももちろんあるのでね、疎遠になっちゃう人もいるし。
恋愛系の過去の描写はありましたけど、今々でなんかそういうのもなさそうだし。彼にとっての幸せって何なんだろうとは、ちょっと思いますけど。
そこすら宙ぶらりんじゃないですか。風の吹くまま気の向くまま、今後も生きていきますみたいな。
大丈夫?みたいな感覚もあると。その仕事って長く続けられるのかなみたいな。
その仕事がいい悪いじゃないですよ。貴賤の話もする気はなくて。
僕がフジイの友達で、石川さんとか田中さんの立場だったら、「いや、それは言ってほしいけどな」って思うし。
多分あの職場にフジイは結構重要な存在だし、上長に進言とかしますよ。ちゃんと正社員で契約しましょうよ!みたいな。
でも、勝手に行っちゃうんでしょうけどね、フジイはそれでも。
やっぱそれよりも大事なことが、きっとその時の彼にはあったんだと思いますけど。
普通の物語で普通の主人公だったら、ある程度、行動原理とか価値観の源泉みたいなものが明かされると思うんですよ。そこは見えないんだよね。
僕が担当編集さんだったら、最終回近辺には、もうちょっとフジイのバックグラウンドを見せたいと思うんですよ。
「こういうことなので、フジイはこの選択をします」っていう筋道を、もうちょっとわかりやすくすると思う。ないわけじゃないんですけどね。
途中途中にあったご両親のエピソードとかを紡いでいくと、多分こうした方がいいと思ってるんだよね、ぐらいは思えるんですけど。
環境を変える前のフジイの状況の方が、環境が変わった後の状況よりも良さそうじゃないですか。
って思うのも、多分それ僕の価値観なんですよね。そっちの方が良くない?って思うのは。
そう、(僕が)フジイをナメてる説あるんですよ。まだなお、3年間読んできても。
やっぱり、フジイを通しての自分の価値観があらわになるのが面白い作品かなって、すごい思いますね。
自分の物差しが。
そう、物差しだよな。
ある意味ね、もうちょっと劇的な話に最終的にはなると思っていたのが、いい意味で裏切られましたね。
うん。あ、こうやって終わるんだって。
結構徹底して、フジイの世界観をやりきったなっていう感じはすごいしましたよね。
これちょっと聞きたいんですけど、最終話にフジイがずっと一点を見てて。
そう、何かを見てますよね。
これ何見てんだろうって。引っ越しをする前にいた場所に思いを馳せてるのか、何なのか。
(フジイは)昔のお友達が亡くなったんだよって聞かされた時、ベッドに入って一人でスンスンって泣いてたりとか。
あと、お父さんが亡くなって、それもあって引っ越さなきゃとか。人間そうだと思いますけど、フジイも何かを失った時というか。
そういう時に、突発的な感情が珍しく出るみたいなのもあると思うんですけど。
最終的に引っ越しして、仕事も変わって、今まであったものを一旦手放して、新しい場所で新しい生活をして。
とはいえ、一点を見つめて、悲しいのか、喪失感なのか何なのかわかんないですけど、ボーっとしてみたいな。
フジイが空中をぼやっと見てるのは、ちょっと個人的な仮説があって。
直前のところで、田中さんと石川さんが、フジイさんに対してすごい文句を2人で言ってるシーンがあるんですよ。「結局そういうとこあるよね」「ドライだよな」とか。
僕、大事なセリフだなと思ってるのが「きっと今までもこういう思いした人いたでしょうね」っていうことを言うんですよ。
「あいつ、デリカシーないっていうか、人の気持ちわかんねえヤツだな」みたいなことを言ってるのね。でもそれって寂しいよね、みたいな話なんですけど。
田中くんが序盤からあって、中盤もちょこちょこあるんですけど、空中にモヤっとしたものを見てるっていうのがあるんですよ。
田中くんのあのモヤっとしたものは何かっていうのは、結構人によっていろんな受け止めがあると思うんですけど。
にじさんじの卯月コウさんがさ、「俺の中に俺アンチスレがある」っていう言い方をよくしてるの知ってます?
常に自分を批評的な目で見てる自分が、頭の後ろの方にいるみたいなことを言ってて。僕その表現すっごい好きなんですけど。
僕もそれあるんで。僕の超強烈なアンチが、僕の頭の中にいるので。
生きづらそうすぎる…
けど、田中のあのモヤモヤしたものって、なんかそれに近い成分のような気がするんですよ。
嫌なというか、ネガティブな。
諦観みたいな、諦めみたいなものの表現も、かなり多かったと思うんですけど。
描かれてないけど、フジイもそういうものが見えてるのかもしれないですよね。もしかしたら"自分アンチ"が見てるのかもしれないし。
あるいは、デッドプール的な話かもしれませんよね。
デッドプールってフジイなんですか?
第4の壁を超えられるんですよ。メタをやれるんですよね。
結構何コマかありますけど、そのコマを通して、フジイはこちらを見てるのかもしれないですよね。
我々を見ているってこと?
そう。
え、怖い。
「(僕は)という選択をしましたが、あなたにはどう見えますかね?」っていうことなのかも。
もしかしたら、田中さんや石川さんが感じてることを、フジイも実は自認があるのかもしれないですよね。
冷たいことしてるなみたいな。
「なんでこうなっちゃうのかな…」みたいな。フジイは感情ないわけじゃないんでね。
よく焦りの汗みたいのを顔に出してる時もあるし、ため息ついてる時も全然あるんですよ。感情がないわけじゃない。
読めない人ではあるけど。
砂糖のない綿菓子、あるいはパクチー
とりとめなく広がった話を受けて、パジマさんはこの漫画の後味をたとえようとします。ところが、ゆうさんの一言で話は思わぬ方向へ。
だいぶとりとめなく話しちゃってますけども、こういう盛り上がり方をする漫画って面白いですよ。
ああ、感想とか解釈みたいなので。
なんか中身の入ってない弁当箱みたいな話なんで。そんな感じしません?けど、なんか美味そうに見えるみたいな。
何が美味そうなのかはよくわからないみたいな。
人によって入ってる具もね。
ギリギリ近いものでいうと、『横道世之介』って映画とか、だいぶ違うけど、『桐島、部活やめるってよ』って映画とか。
無理やり近いエンターテインメントで言えばその辺りかなっていう気はするけど、やっぱりちょっと特殊というか、異質な作品かなと思うので。
いや、今日話して、こんなに確かに何も起こってなかったなって改めて思って。
でも、7巻面白く読み終えてるの、不思議だなって感じです。
やっぱり毎話毎話に、読了感っていうのかな、不思議な後味がありますよね。
味濃い油ギトギトの感想では絶対にないんですけど、かといって無味無臭かというと、そうでもないっていう。
パクチー。
パクチー?え、パクチー?なんで???
後味の感じが。香りしません?パクチーっぽいなって。
え、盛大に否定したいわ。
え、マジですか?パクチー大好き。
いや、あなたの好き好きの話をしてるわけじゃなくて(笑)。読了感がパクチーだったら、めちゃめちゃハーブじゃないですか。香りがめっちゃあるってことじゃないですか。
超味しますよ。
でも私、パクチーの味知らなかったからな、最初。
…ちょっと何言ってるかわからないですね(笑)。
これがパクチーだった、これパクチーの味だったんですねって、後から気づいたんで。
ははーん、わかったぞ。さては味覚がぶっ壊れてるタイプの人だな?
いやいやいや、私ちゃんと全部美味しく食べますから。
何でもうまいって言いますもんね。
私、何でもうまいって言いますよ。
パクチーではないかな。さっぱりなのかどうかもわからないっていう。
食べたかもわからない。
何でしょうね。砂糖の振られてない綿菓子みたいな。口の中で溶けちゃう。
あれ?みたいな。
ふわっとした何か、テイストだけは残るっていう。捉えようがない。
へー。
フジイ占いと、ちいかわ占い
締めに向かいながら、パジマさんは、この漫画の感想に人生観や仕事観が出ると話します。そこから「フジイ占い」、さらにちいかわの話へ広がっていきます。
皆さんはこの漫画を読んでね、どんな感想を持つのかが。
いや、ほんとまさに今それを言おうと思って。どう思うんだろうって、みんな。
そこにやっぱ人生観とか仕事観、出ると思いますよね。
僕の仕事観は、お前本当にそれでいいんか、が最終的にある読了感なんですよね。いいんかって思っちゃう。
仕事してる自分に対して?
いや、フジイに対して。
ああ、仕事で見た時のフジイってことですね。
いや、友人として見た時じゃない?
自分として見てもそうなんだと思うんですよ。けど、フジイは自分じゃないから。友人だと考えたら、自分の価値観は押し切れないじゃないですか。
石川も田中も、そこはやっぱ押し切れないわけじゃないですか。っていうのが、石川とか田中の気持ちなんだと思うんですよね。
そういう意味では、結構作者さんの思惑通りな可能性があるなと思ってる。
ああ、そう思う。ああやって終わらせるってことはね、何かしら思わせるために。
と思うんですよね。それを話していくと、「あ、じゃああなたの人生観とか仕事観ってそうなのね」っていうのが語り合える。フジイ占いができるんじゃないかな。
今、ちいかわでさ、そいつがどういうタイプの自認してるかがわかるみたいなのあるじゃないですか。
え、知らないです。やりたいそれ。
ちいかわの主要キャラの中で誰が一番好きですか?
私、シーサーが好きですよ。
シーサーが好きなんだ。今ちょうどシーサー盛り上がってますしね。
シーサーみたいになりたいと思ってるでしょ。
だってゆうさんは栗まんじゅうじゃないですか。実態は。
いやいやいや、シーサーのような清らかな心で生きてますよ。
栗まんじゅうですよ。(シーサーのようにって)言ってるだけですよね。
映画見てびっくりしたもんな。(栗まんじゅうは)飲んでるだけやん、こいつって。
で、ぶっ倒れて。
次の日「うー」って。
でも自認はシーサーでありたいんですね。憧れみたいなことでしょ。
僕は圧倒的にうさぎ憧れなんですよ。
でもそれはわかる。やっぱ違うからってことですか?自分と。
そう、うさぎじゃない。うさぎみたいにありたい。多分実態モモンガなんですよ僕は。「腹減ってんだよ!」って言ってるだけ。
いやいや、モモンガはない。モモンガではないですよ、絶対。
っていう話をしていくと、なんかね、ハチワレ好きはちょっと言い出しづらくなるらしいです。
なんで?いいやつじゃないですか、ハチワレ。「なんとかなれ~」って。
1人だけのサンプルを挙げると、草むしり検定にハチワレだけ受かって、ちいかわが落ちちゃうって話があるじゃないですか。
「ちいかわに申し訳ないと思って」つって、ハチワレが何もしないみたいな話ある。要は手加減するんですよ、配慮で。気配りのつもりで。
てめえナメんじゃねえぞ!っていう意見はありました。おまえは受かってんだから、おまえの役割をまずやれっていう。
ハチワレそういうとこあるんで、やっぱり。優柔不断というかね。
それもまた優しさ。
もしフジイが本当の友達だったら
ゆうさんが話をフジイ占いに戻します。フジイの友達だったらどう声をかけるか、パジマさんの考えは、仲の深さや相手によって変わるようです。
ちなみに、ちょっと話戻りますけど、フジイ占いをするとしたら。パジマさんは、自分がフジイの友達だったら、「え?いいの?」って思う?
そうですね。ただ、それはフジイとの関係性の密度によるね。
石川さん、田中さんぐらいと仲良かったら。
あの距離感だったら、結局あいつ(フジイ)はそんな仲良くないですよ、いうて。
あくまで同じ会社にいるだけの、ちょっと距離が近い。
多分フジイにとってはそうよ。だから相談はしてないでしょ。結果で言うじゃないですか。
だから、あのぐらいの距離だったら、別に「えー」って言いながら、それぐらいって感じ。
え、めっちゃ仲良かったらどうするんですか?
特に男性の場合だったら、めちゃめちゃ詰めていきますよ。ちゃんと問題を切り分けて、それが本当に最適なのかっていう話を一旦やりますよ。
優しい。
優しいのかな。女性だったら、多分やらないですね。
そもそも女性は、本当に仲良かったら、悩んでる時点で話すよね。結論で話さない、多分ね。
ジェンダーで真っ二つに切っちゃいけないかもしれないけど、多分(結果から話されるより)悩みから相談される気がする。
そしたら、どっちかっていうと聞く重視になるじゃないですか。「なるほどね」って100回ぐらい言うんじゃないですか。
そういう時は、相手が言ってほしいことを言うんですか?か、本当に自分が思ってることを言うのか。
話を聞きながら判断するんじゃないですか、それは。その手の話って、4パターンぐらいに切り分けられると思ってる。
悩みを聞いてほしいのか、背中を押してほしいと思ってるのかっていう、その軸があると思う。
と、本人が行きたそうな方向性が客観で見ていい方向か悪い方向かっていう、その4象限が作れる気がするんですよ。4象限とか言い始めたこいつキモ。
パジマさんが即席で整理した、相談の受け方の4象限は次のとおりです。
| 本人の行きたい方向 | 背中を押してほしい | 悩みを聞いてほしい |
|---|---|---|
| いい方向 | 背中を押す | 何に悩んでいるかを聞き、結果的に背中を押す方向へ |
| 客観的によくない方向 | 他の人の意見をもっと聞くよう勧める | 本当に聞くだけにする |
行く方向がいい方向で、背中を押して欲しそうだなと思ったら、背中を押すでしょうし。
いい方向だけど悩んでるんだったら、何に悩んでるのかっていうのを聞いて、結果的に背中を押す方向に持っていくと思うんですよね。
けど悪い方向に背中を押して欲しそうだったら、他者の意見をもうちょっと聞けとか、近しい人にもっと話をした方がいいって方向に、なるだけ持っていきそうな気がするし。
よくない方向でめちゃめちゃ悩んでたら、多分聞くぐらいしかやらないかもしれない。本当に聞くだけみたいな。
すご。勉強になります。
いや、みんな多分、天然でそういう感覚でやってる気がしますよ。無理やりこの場用に言語化してるだけで。
マジですごいわ。
男性だったら、もっとどストレートですよ。もうキャッチボールですよ。「え、なんで?」みたいな。
フジイと本当に近しい距離だったら「え、でもそれってさぁ」みたいな。どストレートに話すと思います。
もうちょっとどう思ってんのか言った方がいいんじゃない?とか。石川さんと田中さんの意見とか聞いた?とかさ。言うと思う。
いねえけどな、そんな友達はよ!この年になったら!。
どこかにフジイがいるのかもしれない。
フジイと友達になりたくなるよね。
えー!友達になりたいですか?フジイと。
なりたいなりたい。全然なりたい。
えー、マジか。友達になって何したいですか?
いや、別に何もしない。
ちょっとご飯、夜サクッと食べようよみたいな?
いやでも僕、人をご飯に誘うっていう行動をほぼしたことがないので。
フジイも絶対誘ってくれないですよ。
そうね、そういう意味では多分合わないかもしれないですね。友達と言いながらも。
『横道世之介』ってそういう話だったでしょ。そういえばいたねっていう話の連続。
確かに、「なんかあんなやついた気がする」みたいな。
(男性は)そんなに馴れ合わないっていう関係性の方が多いですからね、やっぱ。
やっぱある程度ドライに。
ほら、こんなに広がるの面白いでしょっていう意味で。
ちょっと聞きたいですね。人の数だけ感想っていうかね、あるはずだから。
『路傍のフジイ』、7巻でサクッと読めますので。
サクッと読めますので。なんならね、1巻だけ買ってみて、様子見てでもいいと思う。
おすすめです。長々とお付き合いいただいて、ありがとうございました。
ありがとうございました。
まとめ
パジマさんとゆうさんは、『路傍のフジイ』を「フジイが何かをする話」ではなく「フジイをどう見るかの話」として読んでいました。黒ひげさんの回や休日の回、西園寺さんの回からは、劇的なことが起きない余白の強さが語られています。最終回の決断にも理由が明かされないからこそ、読む人それぞれの仕事観や人生観が出てくるのかもしれません。その感想を語り合う「フジイ占い」を、ぜひ試してみてくださいね。
- 『路傍のフジイ』は、フジイを見た周りの人がほんの少し変わる群像劇
- 紹介文の「価値観をぶち壊すヒーロー」とは違う受け止め方を二人ともしていた
- 何も起きない余白が強く、刺さる人には刺さり、「何これ?」と感じる人もいる
- フジイの選択に「本当にそれでいいの?」と思うかどうかで、自分の物差しが表れる
- 全7巻でサクッと読めるので、まず1巻から試すのもおすすめ





