入会金が売上になるのは最長22年後?
川地さんがこの回で取り上げたのは、愛知県名古屋市を中心に葬儀会館を展開する上場企業、ティアの決算書です。冒頭で「ブラックな企業の話」と切り出しましたが、死に関わる業界を扱うという意味での表現で、ティアという会社が悪いわけではないと断っています。
ティアは決算書の中で、会員から受け取った入会金を「今後1年から22年かけて売上にしていく見込み」だと開示しています。今日受け取った入会金を売上として計上できるのは、会社の見込みで最長22年後ということです。
(売上になるのは会員が)死ぬまでってこと?
堀内さんの読みどおり、入会金が売上になる時期は会員の寿命と結びついています。ティアにはこうして積み上がった金額が約20億円あり、現金は口座に入っているのに売上ではありません。川地さんは、個別の会社というより葬儀業界の決算書の特徴として、この「眠っている売上」を掘り下げていきます。
お金をもらっても売上にならない理由
簿記の世界では、お金をもらうことと売上になることはまったく別の出来事だと川地さんは説明します。売上になるのはお金をもらったときではなく、約束を果たしたときです。
葬儀会社の入会金は、会員価格で葬儀をしてもらえる権利の対価です。会社から見れば「いつかあなたの葬儀を会員価格で執り行う」という約束を売ったことになり、その約束を果たすのは実際に葬儀を行ったときになります。
では売上でないなら入会金は帳簿上で何になるのか。お金を受け取った日の帳簿には、借方に現金、貸方に契約負債 ── 顧客から先に対価を受け取ったものの、まだ商品やサービスを提供していない分を表す負債。収益認識に関する会計基準で使われる用語ですが計上されます。
(入会金を受け取った状態は)引き換え券みたいなものを売っているっていう状態。
川地さんによれば、お客さんの手元には「いつかこの値段で葬儀を1回受けられる」引き換え券が残り、会社には「いつかその値段で葬儀を1回行わなければならない」義務が残ります。義務はマイナスの財産なので、借金と同じ負債として扱われます。
入会金を受け取る
借方に現金、貸方に契約負債を計上する
約束が残る
会員は引き換え券を持ち、会社は葬儀を行う義務を負う
葬儀を執り行う
借方に契約負債、貸方に葬儀売上を計上し、ここで初めて売上になる
ティアにはこの義務が20億3300万円残っています。川地さんは、お金は払われたのにまだ行われていない葬儀が20億円分世の中にある、と表現しました。
なぜ見込みが「1年から22年」なのかについて、はっきりした答えは出なかったと川地さんは言います。22年は会員の権利の期限ではなく、会社の見積もりの上限です。
ちょっと言い方悪いこと今から言うんですけど、あと22年ぐらいしか最大でも生きない人がお金払ってるんだなっていう見積もりを会社はしているんだなと。
堀内さんはこれを、残りの寿命が見える『デスノート』の死神の目にたとえ、場を和ませます。川地さんは話を戻し、いつ約束を果たすかを会社も顧客も決められず、いつ売上になるかがわからない状態だとまとめました。
日本中の互助会に眠る2.4兆円
ティアの約20億円に対し、日本全体ではどれだけの「未履行の葬儀」が溜まっているのか。川地さんは、上場していない葬儀会社もあるため正確ではないとしたうえで、冠婚葬祭互助会の数字を紹介します。
冠婚葬祭互助会 ── 将来の結婚式や葬儀に備えて、会員が毎月一定額を積み立てる仕組み。前払式の取引として割賦販売法の規制を受けますは、月々数千円を積み立て、いざというときに葬儀などでそのお金を使う制度です。経済産業省が、日本中の互助会に貯まっている金額を調べています。
2025年3月末時点の金額を問われた堀内さんの予想は2000億円でした。実際は2兆3787億円、約2.4兆円です。業界の保証会社の推計では加入口数は2095万口で、単純に割ると1口あたり約11万円になります。
川地さんは、1人2口だとしても1000万人で、日本の12、13人に1人くらいが加入している計算になると驚きます。二人とも、身近で加入している人に会ったことはないと笑い合いました。
大手葬儀会社のベルコの数字も紹介されます。ベルコは保全対象となる前受金だけで約2600億円、口数は250万口に上ります。一方、ベルコが1年間に実際に行った葬儀は3万5000件です。
おお?少なくね?
しかも3万5000件がすべて積み立てた会員の葬儀とは限りません。川地さんは、約束がほとんど消化されていない状態だと指摘します。
さらに約2.4兆円は、手つかずで置かれているわけではありません。法律で保全が義務づけられているのは半分の約1.2兆円までで、残りの約1.2兆円は運用などに回せます。預け先が倒産した場合、少なくとも半分は返ってくるものの、残り半分は返ってこないかもしれません。ただし帳簿上は全額が負債として計上されています。
日付のないチケットと、解約という不確実性
約束の履行時期について、会社は毎年見積もり直さなければならないルールがあります。川地さんは、普通の前払いビジネスとの違いをコンサートのチケットにたとえて説明します。
開催日が決まっているので、いつ約束を果たすかが明確
契約者がいつ亡くなるか、誰のために使われるかが決まらない
葬儀の場合、契約者本人ではなく家族のために使われるかもしれず、何十年も使われないかもしれません。途中で解約されることも、連絡が取れなくなって浮いてしまうこともあります。ティアが1年から22年という幅で見込みを開示しているのは、この決められなさによるものです。
アメリカにも似た開示があり、Carriage Services ── アメリカの葬儀・墓地サービス会社。年次報告書(Form 10-K)で前払い葬儀契約に関する情報を開示していますは、前払いの葬儀契約が使われるまでの期間を平均10年と見積もっています。
互助会の契約は途中で解約して返金を受けることもできます。そのため会社は決算のたびに、契約負債のうち何割が葬儀までたどり着き、何割が解約で返金されるかを見積もります。会計基準上、返金を見込む部分は契約負債ではなく返金負債 ── 顧客に返金すると見込まれる金額を表す負債。サービス提供の義務を表す契約負債とは区別して計上しますとして扱います。
川地さんの例では、10万円を積み立てた人が解約し、解約手数料1万円を差し引いた9万円を返金した場合、その1万円はようやく収益にできます。裏を返せば、何年も預かったのに残る売上は1万円だけ、ということもあるわけです。
心配性の人が多いことやスパンが10年ほどかかること、高齢化といったマクロな要因から、約束の消化ペースは今後も変わらないだろうと川地さんは見ています。それは同時に、葬儀会社が解約リスクを抱え続ける状況でもあります。
決算日をまたぐ葬儀の売上はどちらの期?
余談として、川地さんは決算実務での難しさを紹介します。3月31日に締める会社で、3月31日に亡くなった人の葬儀は3月と4月のどちらの売上になるのか、という問題です。
亡くなった日で決まるなら3月に思えますが、そうではありません。売上は約束を果たしきったときに立つため、通夜と告別式のように複数の日にまたがる葬儀は、すべてやりきるまで約束を果たしたことになりません。
ティアは、葬儀執行業務が完了した時点で売上を計上するのを基本としつつ、決算日をまたぐ葬儀は、決算日までに提供を終えた分を売上として認識しています。3日間の葬儀のうち2日が前期なら、3分の2を前期、3分の1を次の期に計上する形です。
へー、ちゃんとしてんな。
川地さんは、期をまたぐ葬儀があるかどうかを全葬儀について確認しなければならない大変さを指摘し、堀内さんも同意しました。
葬儀会社は「半分保険会社」
将来いつ起こるかわからない出来事に備えて先にお金を受け取り、起きたときに給付する。川地さんは、この仕組みはもはや保険だと言います。IFRS第17号 ── 国際会計基準審議会(IASB)が定めた保険契約の会計基準。保険契約にあたるかどうかの判断や測定方法を定めていますでも、前払いの葬儀プランは保険契約としての性質を持ちうる例として挙げられているそうです。
川地さんはここで、冒頭の「ブラックな企業」と保険会社の話がつながったと締めくくります。
もう一つの論点がインフレです。互助会や会員制度には安い値段で葬儀を受けられる権利がありますが、20年前に加入した人の約束を今の値段で果たそうとすると、花の値段や人件費が上がっているため、入会金を込みにしても赤字になりかねません。
加入時に、会員価格で葬儀を受けられる約束をする
花の値段や人件費が上がり、約束の値段では赤字になるおそれがある
堀内さんも、結婚式のご祝儀が3万円のままでいいのかと感じると話し、物価上昇の実感を重ねました。
履行日を決めるのは人の寿命
最後に川地さんは、葬儀業界の会計で最も特殊な点は、サービスを提供するタイミングを決められないことだとまとめます。普通の会社は納品日を契約で決められますが、葬儀会社にはそれができません。
それでも決算は毎年行わなければなりません。どれだけを負債にし、どれを売上にし、いくら返金されると見込み、将来の原価がどうなるのか。こうしたことを考え続けるのが葬儀会社の会計だと川地さんは語ります。
ティアの20億3300万円も、1件ずつ葬儀として売上になっていきます。2026年の今日受け取ったお金が、2048年の売上になるかもしれないのです。堀内さんは、業界ごとの会計の苦しみの違いが面白いと振り返り、二人はリスナーに自分の業界の面白い会計の話を寄せてほしいと呼びかけました。
まとめ
葬儀会社の入会金は、お金を受け取っても約束を果たすまでは契約負債として残ります。履行日が寿命で決まるため、売上の時期、解約、インフレまで見積もり続ける必要があり、その姿は保険会社にも重なります。
- 売上はお金をもらったときではなく、約束を果たしたときに立つ
- ティアは入会金を1年から22年かけて売上にする見込みで、約20億円が契約負債として残っている
- 日本中の互助会には約2.4兆円が積み立てられ、法律で保全が義務づけられているのはその半分
- 解約による返金や決算日をまたぐ葬儀など、葬儀会社は毎期の見積もりに追われる
- 将来の給付に備えて前払いを受ける仕組みから、葬儀会社は「半分保険会社」とも言える





