ブランディングを難しくせず解きほぐす「実験室」
初回はまず、番組の趣旨から始まります。片山さんは、この番組を「ブランディングって結局なんなん」を難しくせずポジティブに解きほぐしていく実験室だと紹介します。
片山さんは、自分たちもブランディングを仕事にしつつ、まだ勉強中の立場だと率直に語ります。リスナーと一緒に学んでいきたいという姿勢が、この番組の前提になっています。
正直僕らもこういう感じの仕事やってるんですけど、僕らもまだまだ勉強中なんで、リスナーの皆さんと一緒に学んでいけたらなっていうふうに思ってます。
片山さんは、ブランディングにはいろんな説や考え方があると話します。自身が好きなアーカーの本を例に挙げつつ、それを人にそのまま勧めるのは難しいと感じているそうです。
一方の保呂田さんは、理論より実践や体験の中で学ぶタイプだと語ります。片山さんの理論と自分の感性を組み合わせて、学びのある番組にしたいと話します。
(僕は)体験というか、もう実践の中で(略)こういうブランディングってあるよねっていうのをちょっと体感しながらじゃないと学べない体質なんで。
2人だけでは考えが凝り固まるとも考えていて、今後はゲストを呼びながら番組を作っていきたいと展望を語りました。
老舗の制作会社と、週刊誌カメラマン発の会社
初回ということで、それぞれの自己紹介に入ります。片山さんは、株式会社シードアシストと株式会社セイの代表を務めています。
シードアシストは創業37年の会社で、関西エリアでテレビやラジオのニュースに関する仕事や、映像・音声・ウェブサイトなどのコンテンツ制作を手がけています。片山さんの父親が、FM802の開局に合わせて立ち上げた会社だといいます。
もう1社の株式会社セイは、アナウンサーやラジオDJ、イベントMCといったタレントのマネジメント事業と、演者を発掘・育成するアナウンススクール「セイアカデミー」を運営しています。
続いて保呂田さんは、ブラボーワークス株式会社の創業者です。2008年に創業し、もともとは週刊誌系のカメラマンが集まって結成した会社だといいます。
もともとはですね、カメラマンの会社で、週刊女性自身とか週刊フラッシュとか、そういった週刊誌系のカメラマンが集まって結成した会社なんですよ、実は。
保呂田さんは1998年ごろからウェブ事業を手がけ、出版社のウェブ事業のコンサルティングを始めます。現在はYahoo!ニュースなどに出る芸能記事のプロダクション部分を受託しているそうです。
そこから映像やウェブサイトの制作受託に広がり、この10年ほどは日本の食品などの産品を海外へ輸出・プロモートする事業を専門にしていると語ります。話のスケールの大きさに、片山さんも驚いていました。
アメリカ・オレゴンで出会った2人
なぜこの2人なのか。ここからは出会いの話に移ります。2人は大学時代、アメリカのオレゴン州で過ごしたことがきっかけで知り合いました。
片山さんの記憶では、共通の友人レイさんが主催するパーティーで初めて会ったといいます。それは「ジャパンナイト」というイベントで、片山さんがイベントヘッドを務めていた場でした。
一方の保呂田さんにとって、その日は特別な意味を持っています。実はアメリカに渡った初日のことだったのです。
俺アメリカに行ったのも日本人となんか一切関わらんぐらいな感じですんごい決意して行ったのに、もう(20)年ぐらい仕事でも付き合う人にもう出会っちゃってるっていうね。
同じ出会いでも、片山さんと保呂田さんでは記憶の重みが少し違うと2人は笑い合います。渡米初日から知り合ったという保呂田さんにとって、この出会いは強く刻まれているようです。
バンド活動が仕事の根幹に
保呂田さんは、アメリカでバンド活動をしていました。日本でレコードを出す際にはFM802に呼んでもらうなど、片山さんの会社にも世話になったといいます。
保呂田さんは、当時のバンド活動が今の仕事のすべての根幹だと語ります。アメリカのインディペンデントなバンドは、自分たちで考え、自分たちで活動を行っていくのが特徴でした。
ブランディングやらないといけない、マーケティングやらなければいけない。自分たちのウェブサイトも作る、映像も作る。自分たちで作った映像をMTVに流してもらうとか。
保呂田さんは、あの頃のバンド活動が根幹にあって、今があると振り返ります。ブランディングもマーケティングも自分たちでやるDIY的な経験が、後の仕事につながったといいます。
片山さんは、学生時代から保呂田さんに刺激を受けていたと語ります。特に2000年ごろ、保呂田さんが学生ながら日本の企業からウェブサイト制作を受託していたことが印象的だったそうです。
中卒15歳から始めた仕事と、アメリカでの学び
保呂田さんは、学がなく中卒で15歳から仕事を始めたと打ち明けます。その中でITという業界に出会い、ウェブ黎明期にホームページ制作を手がけるようになりました。
保呂田さんが最初に創業したのは1998年。サイバーエージェントなどが立ち上がった、何も知らない若者たちが自分たちで会社を立ち上げ始めた黎明期だったと振り返ります。
アメリカに渡った時点で、保呂田さんはすでに社会人経験が5年以上あったといいます。片山さんは、そんな保呂田さんが大人びて見え、独立心があって尊敬できたと語ります。
十代で社長やってるぞ、こいつに何か面白いことやらせられないかって。ある意味おもちゃみたいに遊ばれながらもいろんなことを教えていただいた。
保呂田さんは、諸先輩方に可愛がられながら、お金の稼ぎ方や、仕事が他者に与えるインパクトを早くから学んでいたと語ります。アメリカでは貧乏なバンド生活を送り、高い授業料を自分で捻出していたそうです。
日本から自宅で制作の案件を受けて、なんとか授業料稼ぐみたいな。
保呂田さんは片山さんと同じ大学ではなく、アカデミックな学びへの興味から、ジャーナリズム専攻の授業などに潜って一緒に受けさせてもらったといいます。こうした能動的な姿勢に、片山さんも面白さを感じていました。
アジアをつなぐラジオ番組「Asian Wave」
片山さんは学生時代、アメリカのコミュニティラジオで「Asian Wave」という番組をやっていました。同い年ながら後輩に尊敬される先輩ゾーンにいたと保呂田さんは振り返ります。
番組の立ち上げについて、片山さんが説明します。最初はコリアン系のもう1人と2人で、アジアの楽曲を紹介するコンセプトで始まったといいます。
それ日本だけじゃないっていうところが良くない?アメリカでやる意義があるっていうか。でも当時K-POPなんて一切流行ってなかったし。
日本や韓国の音楽に加え、ゲストを呼んでシンガポールや台湾で流行っている曲を紹介することもあったといいます。片山さんの卒業後、保呂田さんたちが番組を引き継ぎました。
番組は「ワンアジア」のように、アジアをつなげるコンセプトで運営されていました。アメリカ国内にいるアジア人同士は意外と仲が良かったと2人は語ります。
ステレオタイプ回が生んだラジオのブランド
保呂田さんは、Asian Waveでのある企画を紹介します。日本人・韓国人・台湾人・中国人のステレオタイプについて、リスナーにアンケートを取って話す回です。
日本人のステレオタイプとして寄せられたのは、勤勉さのような予想とは違う答えでした。当時は動画の違法ダウンロードが全盛だった時代背景があります。
学生たち何を一番ダウンロードしたって言ったらエロい動画だったの。で、そのエロい動画の九十パーセントは日本人のエロい動画だったから、日本人イコールエロいだったんだよね。
韓国人のステレオタイプとして挙がった「整形」をめぐっては、リスナーから電話が鳴りやまなくなったといいます。統計上は日本人の整形の数値のほうが高いという指摘が寄せられ、番組が大きく盛り上がりました。
保呂田さんは、こうしたやり取りがラジオ自体のブランドが定着したきっかけでもあったと振り返ります。それぞれのステレオタイプという話題が、今2人が語るブランドにも通じるものがあると位置づけました。
そういったきっかけをこうちゃんがその当時Asian Waveでたまたま韓国人と、そのアジアの(番組を)でやろうやって言ってくれたおかげで、そんな展開がね、待っていたなんて。
片山さんは、この展開を「バタフライエフェクト味がすごい」と表現します。1つの番組の立ち上げが、思わぬ体験や気づきにつながっていったことを面白がっていました。
卒業後の協業と、ライブ配信黎明期の挑戦
大学卒業後も、2人はちょこちょこ一緒に仕事をしてきました。片山さんは保呂田さんにウェブサイト制作を依頼し、保呂田さんからは大きなプロジェクトを任されたといいます。
片山さんの中で印象的だったのが、映画「天地明察」のPRイベントです。ライブ配信がまだ一般的でなかった当時、インターネットを使った5元生中継を行いました。
日本全国で皆既日食が観測できるかを中継する企画で、当時はYouTubeライブもなく、Ustreamを使っていたといいます。片山さんの会社は西日本を任され、3か所ほどを担当しました。
ほかにも、ライブ配信黎明期にベルメゾンの案件で東京のライブ配信イベントを手伝うなど、当時としては先鋭的な取り組みを一緒に行ってきたと2人は振り返ります。
二十何年前に知り合ってから、あの時にこんな風に一緒にコラボレーションするなんて想像もできなかったけど、でもすごい理解ができる。
保呂田さんが日本でブラボーワークスを立ち上げ、協業パートナーを考えたときに真っ先に浮かんだのが片山さんだったといいます。長年の関係が、自然な協業につながっていました。
ポッドキャストを始めた理由と、素人っぽさの価値
今回ポッドキャストをやろうと考えたとき、片山さんが真っ先に思い浮かべたのも保呂田さんでした。保呂田さんも、実はポッドキャストをずっとやりたかったといいます。
保呂田さんは、声の仕事をもらう機会が増える中で、あえて「素人っぽさ」を求められることがあると語ります。プロのアナウンサー的ではない生っぽさが、一部のお客さんには響くそうです。
いや、俺こうちゃんの真似してるだけだよ。昔からAsian Wave(で)。(略)こうちゃんがやってたのを俺たちは踏襲してやってるわけだから。
保呂田さんは、電話で問題発言が出たときにダンプボタンを押すといった実務まで、片山さんから教わったと振り返ります。ラジオ時代の経験が、今の話し方や仕事に地続きになっていることがうかがえます。
ブランディングとは「総合的な顧客体験のマネジメント」
自己紹介を経て、いよいよ本題です。2人が考えるブランディングについて、まずは軽く触れていきます。片山さんは、あちこちで「ブランディングのためにCMを打ちましょう」といった話を聞くたびに引っかかると語ります。
片山さんがブランディングという言葉に最初に出会ったのは2000年代半ば。友人の会社のマーケティング研修に参加したときで、当時の理解は「ロゴを作って商品に貼れば高く売れる」という表面的なものだったと打ち明けます。
ルイヴィトンのモノグラムってあるじゃないですか。ね。でああいう感じで商品にロゴつけたら高く売れるよねっていう感じの表面的にはすごい理解で、今思うと。
研修後、片山さんは「あらゆるデザインに一貫性を持たせることがビジュアル的なブランディングにつながる」と理解します。ただ、それすら入り口だと後にわかっていったといいます。
転機は、制作現場から突然経営を見るよう言われたことでした。片山さんは学ぶしかないと考え、関西学院大学のMBAで経営学を体系的に学ぶことにします。
そのMBAで、元大広の梅本先生から指導を受け、片山さんの中でブランディングの定義が大きく変わります。今の片山さんの定義は、ブランディングとは総合的な顧客体験をマネジメントすることです。
片山さんは、会社運営には事業戦略、組織戦略(人事戦略)、そしてブランド戦略の3つが必要だと説明します。この3つが連動して初めて本物のブランドが生まれ、その活動がブランディングだと語ります。
事業戦略
会社としてどう事業を進めるかの戦略
組織戦略
人事戦略とも呼ばれ、組織をどうマネジメントするか
ブランド戦略
どのように見せたいかを定義する部分
本物のブランド
3つが連動して初めて生まれ、その活動がブランディング
接客まで含めて初めてブランディング
片山さんは、わかりやすい例としてレストランを挙げます。洗練されたウェブサイト、計算された店内デザイン、統一感のあるビジュアル、明確なコンセプト、そしておいしい料理と、表面的には完璧な店を想像します。
ところが、いざ来店して接客してもらうと、店員の態度がぶっきらぼうで配慮がなかったとしたら。片山さんは、それで本当にブランディングできていると言えるのかと問いかけます。
スタッフの部分までもがきちっと(略)マネジメントされてる状況じゃないと、ブランディングとは言えないんじゃないんだろうかっていうふうに思ってる。
保呂田さんは、片山さんの定義を「この会社はどういう会社であるべきか、この製品はどういうものであるべきか、そういうものに根本的に串を刺すのがブランディング」と受け止め、激しく同意します。
保呂田さんが体感で捉えるブランディング
保呂田さんは、片山さんと同じことを体系的な理論ではなく体感ベースで考えていると語ります。ホームページやロゴの制作は、依頼企業からはブランディングのプロジェクトと呼ばれるものの、自分たちはマーケティングだと捉えているといいます。
なんでかっていうと、物を売っていくための手法だから。
一方で保呂田さんは、それらを否定するわけではないと補足します。ホームページ作りもロゴ作りも「パートオブブランディング」であり、ブランドの一要素だと位置づけます。
そのブランドってきっと一朝一夕で作れないものだと思うからこそ、あの、いろんな人たちの関わり合いが必要になってくるものだよねっていうふうなのが、僕にとってのブランディングですね。
保呂田さんは、このポッドキャストで思いを聞いてもらうこと自体も、ブランディングの大事な要素だと語ります。海外展開の経験から、成熟した市場と発展途上の市場ではブランディングやマーケティングが全然違うとも話し、今後の回で深掘りしたいと展望を示しました。
まとめと、リスナーへの問いかけ
自己紹介回ながら尺を取った初回を、2人がまとめます。片山さんは改めて、ブランディングを総合的な顧客体験のマネジメントと定義します。企業の内側からも外側からも一貫したメッセージを伝えているかが大事だと語ります。
保呂田さんは、家紋のように一目でこの企業・サービス・商品だとわかってもらえる、そのきっかけになるものがブランディングだと表現します。マーケティングの要素も含めてブランディングだと感じているといいます。
2人は、次回のテーマとしてブランディングとマーケティングの違いを取り上げると予告します。似ているようで違うこの2つを、体験談を交えて解説していく流れです。
最後に片山さんは、リスナーへ問いを投げかけます。あなたの会社や事業は内側の価値が整っているか、そしてそれを外側に適切に翻訳できているか、という問いです。
これはさ、できてるできてない関係なく、常に考え続けなければいけないトピックスであり、テーマであると思うので。
まとめ
初回は、2人のアメリカ時代の出会いから仕事の歩みまでを語りながら、番組の核となるブランディングの捉え方を共有する回でした。ブランディングを「総合的な顧客体験のマネジメント」として捉え直し、内側の一貫性と外側への翻訳がテーマとして示されました。
- 番組は、ブランディングを難しくせずポジティブに解きほぐす「実験室」として、リスナーと一緒に学んでいく姿勢で始まった
- 片山さんはブランディングを「総合的な顧客体験のマネジメント」と定義し、事業戦略・組織戦略・ブランド戦略の3つの連動を重視する
- 保呂田さんはホームページやロゴ制作をマーケティングと捉えつつ、それらも「パートオブブランディング」として一要素に位置づける
- 2人はアメリカ・オレゴンでの出会いやバンド活動、ラジオ番組Asian Waveの経験が、今の仕事の根幹になっていると振り返った
- 次回はブランディングとマーケティングの違いを、体験談を交えて解説する予定





