名著再読で始まるGrowth Radio、初回のテーマ
Growth Radio by immedioは、事業のグロースを牽引するマーケティングや営業のリーダーに向けたPodcastです。株式会社immedio代表の浜田英揮さんと、PMMの清沢康平さんが進行します。
番組を始めた背景には、ポッドキャストが増える中で営業・マーケティングに特化したものが少ないという問題意識がありました。アメリカにはこうした番組が多く、届けることで役立つと考えたといいます。
これアメリカだとすごくあったりするので、お届けすることで役に立つこともあったりとか、我々自身も学びになるんじゃないかなというところで、思い切って始めてみました。
コンテンツは、名著を読み直す「名著再読」や、日本ではあまり知られていない海外のユニコーン企業の深掘りなどを予定しています。二人の勉強会のような形で、ゆるく語っていくスタイルです。
最初に取り上げるのは、なぜSalesforceなのか
初回に取り上げるのはSalesforceです。SaaS業界を語るうえで、まず外せない存在だという理由からの選択でした。
浜田さんは、その規模の大きさに触れます。時価総額は約2600億ドル、日本円で36兆円規模で、トヨタよりも大きいといいます。売上は約380億ドルです。
圧倒的ですね、やっぱり。
創業は1999年で、番組収録時点で26年目にあたります。日本のDeNAやサイバーエージェントと同じ、いわゆるネットバブルの時期です。そのど真ん中に創業し、今もリーダーであり続けているのがSalesforceだと浜田さんは整理します。
入手困難な名著「クラウド誕生」とは
今回題材にするのは、日本で「クラウド誕生」というタイトルで出た本です。原題は「Behind the Cloud ── マーク・ベニオフによるSalesforceの創業と成長の記録。日本では「クラウド誕生」として出版されましたが、現在は絶版で入手が難しい状態です」で、現在は絶版となっており、KindleでもなくなっているためÐ中古で買うしかない状態だといいます。
めちゃくちゃレアな本ですよね。
2年ほど前には、VCのアニマルスピリッツの桜井さんの投稿で話題になりました。ナレッジワークの浅野さんが買い占めているのではないか、という噂まで出るほど、貴重なノウハウが詰まった本だと語られています。
内容は成功自慢ではなく、具体的なノウハウ集に近いといいます。パート1からパート9まであり、「プレイ」と呼ばれるポイントが111個並んでいる構成です。
網羅的というか、あらゆるポイントが凝縮されているような本かなという印象ですね。
本が手に入りにくく読んでいない人も多いため、番組ではポイントを押さえて3回に分けて解説していく方針です。初回のテーマは、Salesforceがいかにカテゴリーを打ち立ててリーダー企業になったかという点に絞られました。
なぜカテゴリを作り、リーダーになることが重要なのか
清沢さんにとって「クラウド誕生」は、一社目のSansanでも教科書的に扱われていた本でした。元セールスの人がオフィスに置き、みんなで回し読みしていたといいます。
面白すぎて、そんな回ってこないというか。誰かがずっと持ち続けてるみたいなぐらい。
Salesforceのカテゴリは、広義ではクラウドソフトウェア、より具体的にはクラウドCRMです。ここで浜田さんは、そもそもカテゴリを作りリーダーになることがなぜ大事なのかを問いかけます。
カテゴリを作る、あるいはカテゴリリーダーになることは、なぜ大事なのか。
浜田英揮さん さんからの質問
清沢さんは、消費者が何かを選ぶとき、頭に思い浮かぶ選択肢は2、3個しかないと指摘します。お茶なら綾鷹やお〜いお茶のように、その中で一番にならなければ選ばれない。SFAを入れるならSalesforceが当たり前になっている点で、まさにカテゴリリーダーだと話します。
何か選ぶ時って、やっぱ頭の中に思い浮かぶのって本当2、3個ぐらいしかないのかなっていう気はして。
浜田さんは、もう一つの理由として利益への影響を挙げます。カテゴリの利益の7、8割はリーダーに帰属するという話を見たことがあるといいます。
リーダーは売上が大きくコストのスケールメリットも出るうえ、獲得効率がよくなります。「名刺管理ならSansan」のように想起されれば、結果的に利益率も高くなる。これがカテゴリの重要性だと浜田さんは整理します。
想起される
選ぶときに2、3個しか浮かばない中で一番になり、確実に選ばれる
売上が大きくなる
リーダーとして売上規模が拡大し、コストのスケールメリットが出る
獲得効率が上がる
リーダーであるがゆえに顧客獲得が効率化し、利益率も高くなる
「NoSoftware」というコンセプトの真意
ここから、Salesforceが実際にどうやってカテゴリを作ったのかを歴史から掘り下げます。1999年3月、サンフランシスコの創業者マーク・ベニオフの家の隣に借りたアパートで、Salesforceは始まりました。
そこから開発を進め、2000年2月にサービスをリリースし、ローンチイベントを開催します。そこで打ち出したコンセプトが、有名な「NoSoftware」でした。
Salesforceもソフトウェアやんって思いますけど。
清沢さんは、この「NoSoftware」を、旧来のパッケージソフトウェアではなく、クラウド型・サブスクリプション型で使う概念を表したものだと読み解きます。
「NoSoftware」は何を言っているのか、わかるか。
浜田英揮さん さんからの質問
清沢さんは、パッケージソフトを筆まめや一太郎のようなイメージで捉えていると答えます。浜田さんは、かつてのソフトはビックカメラのような店で本ほどのサイズの箱に入ったCDとして売られ、法人ではオンプレミスで自社サーバーに入れて設定するのが一般的だったと説明します。「NoSoftware」は、そうした手間はもういらない、というメッセージでした。
競合Siebelを踏み台にした、したたかなPR戦略
「NoSoftware」は、Salesforceの直接的な競合だったSiebelを強く意識したものでした。SiebelはCRMをパッケージソフトウェアとして売る会社で、それに対して「CRMは大事だが、ソフトウェアはいらない」というポジショニングを取ったのです。
ある種Siebelに喧嘩売りに行くじゃないですけど、割とこう強気なポジショニングというか、メッセージだとは思います。
浜田さんは、この手法が既存のものを覆す「ディスラプト」の構図として話題になりやすい点を評価します。タクシーに対するUber、ホテルに対するAirbnbのように、時代が変わると周りが食いつく構図を、わざと演出しに行ったのではないかと見ています。
そのためにベニオフが打った手は大胆でした。Siebelのカンファレンス会場の外に雇った俳優を大勢送り込み、「NoSoftware」を掲げた偽のデモ行進をやらせたのです。
さらに、その様子を取材するテレビ局まで役者だったと本には書かれています。浜田さんは、これを日本でたとえるなら、AI展の会場前に「AI反対」の人たちを送り込み、取材している風を演出するようなものだと説明します。
今だったらXでめっちゃ炎上しそうというか。当時やっぱりSNSないから。
この仕掛けはウォール・ストリート・ジャーナルにも取り上げられました。Siebelという大企業のイベントには取材陣も集まるため、その目の前で仕掛ければ、来場者にもメディアにも確実に目がつく。そこまで計算されていたと浜田さんは指摘します。
つまりベニオフは、クラウドCRMという新しいカテゴリを作ると同時に、先駆者である既存のCRM企業を踏み台として使っていたことになります。
Siebel株の売却益で創業したという逸話
さらに驚くのは、マーク・ベニオフがSiebel社に出資もしていたという事実です。清沢さんは、この点を「マジ面白い」と反応します。
しかもマーク・ベニオフはSiebel社に出資もして。
浜田さんは、Salesforceの創業資金がSiebel株の売却益から出ている可能性を指摘します。本によれば、創業資金のうち600万ドルはベニオフ自身が出したとされています。
当時のレートで日本円にすれば約6億円規模です。ベニオフはOracleに13年勤め、早い時期にVP・部長格になっていたとはいえ、35歳で貯金が6億円あるとは考えにくく、Siebel株を売っていたはずだと浜田さんは推測します。
浜田さんはこれを、自身がSansanの持株会で得た資金を使い、「名刺管理反対」というイベントをSansan Innovation Projectの会場前でやるようなものだと例え、その図太さに驚きます。
怖すぎる。図太いですね。
人が動くのはメディアと口コミ、「ダビデとゴリアテ」の構図
浜田さんが特に感心したのは、ベニオフのメディアの使い方です。本には、人が動くのはメディアの記事を見たときか、他の顧客の口コミを聞いたときだ、という考え方が書かれています。
いくら営業やCMを行っても、それは売り手の意見だから聞いてもらえない。だからこそ、いかに第三者に話題にしてもらうかが大事だと浜田さんは説明します。
そこで効いてくるのが「NoSoftware、クラウドCRMという新しいカテゴリ」というメッセージです。メディアは「新しい」というキーワードに反応します。
本の中で繰り返し出てくるのが、「ダビデとゴリアテの構図になる」という表現です。ゴリアテはSiebelのような巨人で、そこに挑む小さな存在が面白い、という記事になりやすい構図を意図的に作っていたと浜田さんは読み解きます。
マーク・ベニオフの講演とか記事を読んでると、やっぱストーリーテラーだなっていう気がしてて。語り部としての能力、才能がずば抜けてるなっていう。
一度目の起業で大胆に動けた理由
注目すべきは、これがベニオフにとって二度目ではなく一度目の起業だという点です。1999年に創業し、2000年のローンチパーティーでいきなり「NoSoftware」を実行しています。
一度目の起業で、なぜここまで大胆にできたのか。
浜田英揮さん さんからの質問
清沢さんは、Oracleの創業者からアドバイスをもらっていたのではないかと推測します。浜田さんもその影響を認め、Oracle創業者ラリー・エリソンの存在を挙げます。実は「NoSoftware」は、かつてOracleが行ったキャンペーンで、既存業界を否定して話題を取る手法をベニオフがそこから取り入れたと本に書かれているといいます。
浜田さん自身、会社のタグラインやミッションを作る際、大事なコピーに否定を入れてはいけないとよく言われるといいます。「〜をしない」「〜から卒業」といった否定要素は、あまり良くないとされるためです。
本の中でも、ベニオフはPR会社から強く止められていました。それでも「No」から始まるスローガンを押し通した点に、浜田さんは独自性を見ています。
「No」から始まるスローガンとかないかみたいな。まあないですよね。
二人は、「退職代行」のような否定に近いキーワードを思い浮かべますが、それは否定というより新しい概念自体を作っている例だと整理します。いずれにせよ、人がやっていないことをやるから話題になるのだと結論づけます。
さらに浜田さんは、後年のエピソードも紹介します。ある回のDreamforceで、「NoCloud CRM」のように「NoSoftware」を真似た仕掛けを持ち込んだ者がいましたが、人がやらないことをやるというプレイブックを知り尽くしたベニオフはそれを圧殺したと本にあるといいます。
ジョブズとエリソンを近くで見た、行動力とめぐり合わせ
浜田さんには、ベニオフのストーリーテラーぶりに関する仮説があります。超ビジネスマンのイメージがある一方で、もともとはオタク気質だったのではないか、というものです。
ベニオフは中高時代にゲーム開発をしてアタリ社にゲームを売り、大学時代にはAppleでインターンをしていました。その後もスティーブ・ジョブズとの交流の話が出てくるため、黎明期のAppleでジョブズを間近に見ていた可能性があると浜田さんは指摘します。
1964年生まれのベニオフの大学時代は1980年代にあたり、ちょうどマッキントッシュが登場した頃です。黎明期のAppleでジョブズを見た後、Oracleでラリー・エリソンを見た。二人のカリスマ経営者の近くで、ストーリーテリングと大胆に動くことの大切さを学んだのではないか、というのが浜田さんの見立てです。
その当時の、しかも黎明期のジョブズとラリー・エリソンに若くして出会って。持ってるなって感じがしますけど。
もう一つのめぐり合わせが、共同創業者でCTOのパーカー・ハリスです。創業時から26年間ずっと一緒にやっており、Salesforceのプラットフォーム化やforce.comも彼が手がけたとされています。
そのハリスとの出会いも、Oracle時代の元同僚の紹介でした。CRM領域で事業をやりたいエンジニアがいると聞き、紹介してもらったのがハリスだったといいます。浜田さんは、Sansanの創業者である寺田さんと富岡さんが高校の同級生である例も挙げ、人を引く運は成功する創業者に共通すると話します。
行動力とサバティカル、そしてカテゴリ戦略の完成度
清沢さんは、こうした出会いを引き寄せているのはベニオフの行動力ではないかと考えます。学生時代にAppleでインターンをしていたこと自体、当時としては真新しく積極的な行動だったと見ています。
成功する起業家って、ガツガツ自ら学ぶだけじゃなくて、足動かして行動してるのかなみたいな。
行動力を象徴するのが、Salesforce創業前のサバティカルです。ベニオフはOracleで偉くなった後、半年ほどの休暇を取り、ハワイとインドを訪れました。
インドでの出会いを通じて、ビジネスと社会貢献は両立できるという気づきを得たといいます。これが後の「1-1-1モデル」につながりました。売上の1%、株式の1%、社員の時間の1%をNPOや社会貢献に使うという仕組みです。
清沢さんは、この立ち止まって考える姿勢に、メルカリの山田進太郎さんが事業売却後に世界一周をしてからメルカリを創業した例との共通点を見出します。忙殺される中ではなく、一度立ち止まって本当にやりたいことを考える点が重なるといいます。
浜田さんが最後に注目するのは、ベニオフが業界のインサイダーだった点です。Siebelの株主として、そのライセンスは1000ユーザー契約しても65%が使われていないといった実態を知っていました。
この「本当はライセンスが余っている」という現実は、Siebelの内部を知る者しかわからないはずのものです。大きな未来を見ながら、足元の課題を誰よりも理解していたことが、強いカテゴリを作る自信につながったと二人は整理します。
大きなこう未来見つつ、足元のペインを誰よりも理解してるみたいなのが、多分自信にもつながってるし、そういう強いカテゴリーを作れる決断ができたのかと。
浜田さんは、SaaSWorkの田岡さんの「カテゴリー戦略」に照らして、この一連の動きを整理します。顧客の課題、独自価値、価値を想起できるキーワード、価値を直感できるイメージ。Salesforceはこれらをすべて満たしていたといいます。
顧客はパッケージソフトに時間がかかり、IDも余っている。それに対しクラウドならすぐ使え、必要な分だけ買える。まだクラウドがわかりづらかった1999年に、それを「NoSoftware」という一言で直感的に定義しに行った点を、浜田さんは高く評価します。
清沢さんは、調べれば調べるほどSalesforceとベニオフの抜け目のなさに驚くと締めくくります。次回以降は、Dreamforceに至るイベント戦略などをさらに掘り下げていく予定です。
まとめ
初回は名著「クラウド誕生」を題材に、SalesforceがクラウドCRMという独自カテゴリをどう作り、リーダーとして勝ちきったかを読み解きました。「NoSoftware」というメッセージと、創業者マーク・ベニオフの行動力・したたかさが、その核にあることが見えてきました。
- カテゴリリーダーは確実に選ばれるだけでなく、カテゴリ利益の大半が帰属し、獲得効率も高まる
- 「NoSoftware」は競合Siebelを意識した強気なポジショニングで、既存業界を踏み台に話題を作った
- 人が動くのはメディアと口コミであり、「ダビデとゴリアテ」の構図でメディアに取り上げられやすくした
- ジョブズやエリソンを近くで見た経験と、人を引き寄せる出会い・行動力が大胆な挑戦を支えた
- 大きな未来と足元の課題の両方を理解していたことが、強いカテゴリを作る自信につながった







