SaaSといえばのラクス。ベールに包まれた超優良企業
今回のGrowth Radioは「IRで読み解くグロース戦略」の第3回として、上場SaaS企業のIR資料を見ながら解説していく回です。初回はSansan、前回はマネーフォワードを取り上げ、3回目となる今回はラクスを深掘りしていきます。
ラクスは時価総額やARRの規模でトップレベルにある企業です。浜田さんは、ビジョナルなどを含めると上のケースもあるものの、主たる事業がSaaSという意味では日本ではやはりラクスだと話します。
ラクスの創業は2000年で、SaaS業界を牽引してきたリーダー的な存在です。上場は2015年、ちょうど10年前に当時の東証マザーズへ上場し、現在はプライム市場へ鞍替えしています。
ただ、規模のわりに社外での存在感は独特です。浜田さんは、役員や社員があまりメディアに露出しないため、SaaS界隈では誰もが知る一方で、一般には知られにくい会社だと感じているといいます。
SaaS界隈にいたらみんな知ってるけど、みんなはなんか多分その、横澤夏子さんのあの楽々精算でしか知らないかもしれないが、実はめちゃくちゃすごいみたいな。
代表の中村さんはもともとNTTからキャリアをスタートし、2000年に起業した経緯があります。数字が非常に強い企業のため、この回では前回同様、まず株価から順に見ていきます。
株価は10年で15倍以上。テンバガーの超優良銘柄
ラクスの株価は、9月4日時点の終値で2630円です。上場時の初値は2015年12月の158円で、そこから2630円まで上昇しています。
浜田さんは、この上昇幅が15倍以上にあたると指摘します。10倍になる株はテンバガー ── 株価が購入時の10倍まで値上がりした銘柄を指す投資用語。多くの投資家が探すものの、実際に達成する銘柄はごくわずかとされますと呼ばれ、多くの投資家が探しているものの、なかなか出会えないといいます。
株価の推移を見ると、ちょうど1年前は2316円で、前年比でもしっかり上がっています。最高値は2021年9月、4年前の4675円で、この時は時価総額も1兆円近くに達していたとみられます。
9月4日終値ベースの時価総額は4750億円で、IT・SaaS銘柄としてトップレベルです。直近のARRは456億円、マルチプルは10.3倍という水準になっています。
ラクスはSaaS事業に加えてIT人材事業も手がけています。浜田さんは、人材事業の売上を差し引いてSaaSだけで見るとマルチプル ── 時価総額をARRや売上などで割った倍率。SaaS企業がどれだけ将来性を評価されているかを示す指標として使われますはおよそ10倍になり、いずれにせよ高く評価されているのは間違いないと話します。
今期の売上高予想は594億円で、600億円を超えるレベルの成長を目指しています。マルチプルはSaaS全体の平均よりも高く、健全な水準がついているといえます。
Rule of 40を超えてRule of 50へ。成長と利益の両立
株価と時価総額の次に見るのがRule of 40です。これは成長率と営業利益率を足して40を超えていると優良とされるベンチマークで、ラクスはこの水準を安定して超えています。
ラクスのARR成長率は27%です。上場から10年、創業から25年が経ってもなお、30%近い成長率を維持しています。営業利益率は26%で、両者を足したRule of 40の数値は53%になります。
浜田さんは、SaaSバブルの頃は成長率が高く赤字を抑えた会社がRule of 40を50や60で超えることもあったものの、コロナ後のバブルがない状況では、40を安定して超える会社自体がかなり少ないと話します。
40どころか50だぜみたいな会社はめちゃくちゃすごいっていう感じですね。
一方でラクスは、こうした高い水準を長く続けている点が特徴です。数字だけでなく、その持続性が評価につながっていると考えられます。
中期経営計画の3つのコミットを全達成
ラクスは中期経営計画も開示しています。この中計は22年3月期から26年3月期までの期間で、直近IRの31ページに記載があります。
浜田さんによると、この中計では3つのことをコミットしていました。売上高を平均で31〜32%伸ばすこと、26年3月期の純利益を100億円以上にすること、そして26年3月期の純資産を200億円以上にすることです。
そして、この3つのコミットをすべて達成しています。清沢さんは、なぜここまでの達成力があるのかを深掘りしたいと話します。
この中計は4〜5年前から開示されていたもので、その内容をきちんと達成しています。あわせて、M&Aを積極的に進めていく方針も掲げられています。
従業員1人あたり2300万円。高い生産性
次に、ARRを従業員数で割ったFTEあたりの売上を見ていきます。現時点の従業員数は3201名で、うちクラウド事業に関わるのは1940名です。
SaaS事業に関わる従業員でARRを割ると、1人あたり2300万円になります。浜田さんは、スタートアップの基準が1000万円、上場前が1000万円ほどで、上場後に2000万円を超えると強いとされる中で、これを綺麗に超えていると話します。
この高い生産性の背景には、ラクスが得意とするセグメントがあります。ラクスはエンタープライズよりも中小・中堅企業に強い印象がありますが、浜田さんはこのセグメント選択が生産性に関係していると見ています。
ラクスもIRで開示していて、彼らはそのミッドマーケット、200から999がもう圧倒的ですよって言ってるんですよね。
浜田さんは、かつてSaaSではエンタープライズを狙う動きが強かったものの、最近はSansanのBill Oneのようにミッドマーケットを堅実に攻める会社のほうが伸びている印象があると話します。
ミッドマーケットを堅実にやってる会社の方が伸びてるなっていう印象がありますと。
理由の一つは競合環境です。浜田さんは、エンタープライズに行くとConcurのような外資と競合しやすい一方、ミッドマーケットは競合が少なく、安定して伸ばせるセグメントをしっかり取れている点が印象的だと語ります。
解約率0.1%、LTV2500万円の楽々明細
ミッドマーケットは一般にチャーン ── 解約や離脱のこと。特にSaaSでは月次や年次の解約率を指し、事業の安定性を測る重要な指標になりますが高く難しいとされますが、ラクスの解約率は非常に低い水準にあります。浜田さんは0.1%ほどではないかと指摘します。
実際、2025年3月期の楽々明細の月次解約率はMRRベースで0.11%です。SaaSでは月次解約率1%を切るだけでも難易度が高いとされる中で、これを大きく下回っています。
単価も開示されています。楽々精算が10万円、楽々明細が7万7000円で、浜田さんは楽々明細の単価はミッドマーケット向けとしてそれほど高くないと話します。
それでもLTVは驚異的です。楽々明細のLTVは2500万円で、浜田さんは単価が高くないのにこの数字になる点に驚きを示します。
単価高くないのにLTV2500万円って何?みたいな。
LTVは過去から順調に伸び続け、月次解約率もそもそも低い水準を維持しています。請求書の発行という切り替えづらい業務を担っていることも、この安定性を支えていると考えられます。
従業員数も伸びています。前期の2700名から今期の3201名へと18%増えていますが、これは売上の伸びよりは小さく、生産性高く売上を伸ばせていることを示しています。
1年あたり約500人の増員で、毎月40人ほど純増する計算です。退職も加味すると毎月60人以上が入社しているとみられ、清沢さんはその採用力の高さにも触れます。
シェア圧倒的一位が生む、コストを抑えた成長
続いてセグメント別の分析です。直近の第1四半期では、クラウド事業の売上が121億円、営業利益が33億円です。内訳は精算領域が41%、明細が24%、販売が13%で、楽々精算の比率が高くなっています。
一方で、伸び率が高いのは明細と販売です。この2つの領域でも、ラクスはシェアを大きく取っています。
浜田さんによると、請求書発行の楽々明細はシェア46%、CRMにあたる楽々販売は20%、楽々精算は37%です。いずれの領域でもシェアが大きい点が特徴です。
浜田さんは、このシェアの高さが成長効率につながっていると説明します。シェアが圧倒的一位だと想起も得られやすく、コストを抑えて成長できるといいます。
浜田さんは、以前取り上げたカテゴリー戦略 ── 自社が一番になれる市場カテゴリーを定義し、その第一想起を取ることで優位を築く考え方。関連書籍を過去回で扱っていますの回に触れ、業界の利益はシェアのトップ1、2で7割を取るとされる中で、ラクスはその利益を取る側にいると話します。
このポジションを取ってるとコストを抑えて成長できる。
清沢さんは、ラクスが市場を3年ほど早くつくり、カテゴリーを作り切っている点も指摘します。楽々精算や楽々明細は名前が覚えやすく、そこに紐づく形で立ち上げ中の楽々勤怠や楽々請求、メール系のメールディーラーやMailDealer系サービスへとクロスセルやアップセルがつながっているといいます。
メール事業はすでに成熟事業とみなされ、安定して利益を出す位置づけです。楽々販売はM&Aで取り込んだもので、明らかにシナジーのある領域をうまく組み込めています。
時系列で見ると、楽々販売は2020年に事業へ加わり、メールディーラーは2001年からの創業事業にあたります。祖業と買収事業を組み合わせながら、シェアの高いカテゴリーを積み重ねている構図です。
人材事業の売却とクラウドフォーカスへの転換
IT人材事業の売上は、第1四半期で売上20億円、利益3億円です。決算説明資料には、この事業を売却予定であることが書かれています。
これは経営の意思として、ポートフォリオをSaaSのみにフォーカスしていく方針を示すものです。清沢さんは、完全にクラウドシフトしていく姿勢がIRに明記されていると読み解きます。
背景にはコングロマリットディスカウント ── 1社で複数の異なる事業を持つと、それぞれに投資したい投資家から見て評価しづらくなり、企業価値が割り引かれる現象を指しますがあると浜田さんは説明します。人材とクラウドが同居していると、投資家はそれぞれに単独で投資したいと考えるため、シナジーが分かりにくいと評価しづらくなるといいます。
人材事業にかけたかったらうちはリクルート買うんだけどって投資家は思うわけですね。
そのため、長く続けてきた人材事業であっても、ポートフォリオを整理していくことをIRの中で明確に打ち出しています。第1四半期資料の41ページでは、次期中期経営計画の方向性としてクラウドフォーカスが一番目に掲げられています。
次の中計では、方向性がさらに利益重視へ寄っていきます。すでにRule of 40を超えてRule of 50に近い水準にあり、これを安定させていく考えです。
ARRの伸び率は15〜20%とされ、これは裏を返せば30%の利益を出していくという宣言にあたると浜田さんは読み解きます。利益体制へ舵を切りつつ、キャピタルアロケーションではM&Aにも優先的に配分し、ポートフォリオを伸ばしていく方針です。
バックオフィス領域を幅広く手がけ、TAMの広がりが評価される
手がける領域は絞りつつ、各カテゴリーでシェアと利益率を取りに行く
TAMか利益率か。ラクスが選んだ戦い方
ここまでを振り返り、清沢さんはラクスの事業の完成度の高さを挙げます。解約率、成長率、従業員の伸び、生産性のいずれも抜け目がなく、改めてすごいとしか言いようがないと話します。
浜田さんは、マネーフォワードとの比較が面白いと指摘します。マネーフォワードはバックオフィス領域を幅広く手がけ、TAMの広がりが評価されている一方、ラクスは領域を少しずつ広げつつも、自分たちがやっている領域では非常に強いという違いがあります。
これは経営として、TAMを取るのか、利益率を取るのかという選択だと浜田さんは整理します。ラクスは利益率を取るプレイに進んだのではないかと見ています。
清沢さんも、ラクスのメイン事業は楽々精算・明細・販売で、立ち上げ中が勤怠・請求・電子保存と、マネーフォワードに比べればコンパクトだと話します。その分、各プロダクトのカテゴリーとしての強さや市場占有率は圧倒的です。
バラバラに売ってもこんなにちゃんと稼げるみたいな。
一方で、IR資料からは組織構造までは詳しく読み取れませんでした。浜田さんは事業部制ではないかと推測しつつも、詳細は分からないと話し、清沢さんも組織のあり方に強い関心を示します。
最後に清沢さんは、今後は現場でマーケティングや営業をリードする方をゲストに招く回も企画したいと語ります。浜田さんは、すでにもう一本仕込んであると応じ、次回への期待を残してこの回を締めくくりました。
まとめ
ラクスは、成長率と利益率を両立させたRule of 40を超え、Rule of 50に近い水準を安定して出し続ける超優良SaaS企業です。ミッドマーケットで各カテゴリーのシェアを取り切り、低い解約率と高い生産性を武器に、利益を取る戦い方を選んでいる点がIRから読み取れます。
- ラクスは上場から10年で株価が15倍以上に上昇したテンバガー銘柄で、時価総額はSaaSトップレベルの4750億円
- ARR成長率27%と営業利益率26%でRule of 40は53%。中期経営計画の3つのコミットも全達成している
- ミッドマーケットに強く、楽々明細は月次解約率0.11%、LTV2500万円と驚異的な安定性を持つ
- 明細46%、精算37%、販売20%とカテゴリーごとにシェア上位を取り、コストを抑えて成長できるポジションにある
- 人材事業は売却予定でクラウドフォーカスへ。TAMより利益率を取る戦い方を選んでいる






