公認会計士から「数値を作る側」へ、Sansan入社までの経緯
今回のGrowth Radioは、清野さんが不在の久しぶりのゲスト回です。招かれたのは、Sansanの爆速成長プロダクトであるBill Oneをゼロから立ち上げた柴野亮さん。すでにSansanを離れ、現在はフリーランスのPdMとして複数のプロダクトのプロダクトマネージャーを務めています。
柴野さんはSansanに入る前、監査法人で公認会計士として上場企業の監査を担当していました。ただ、チェックする立場だけでは物足りなさを感じていたといいます。
やっぱり監査するって、チェックするだけであんまり面白くないっていうのがありまして。自ら数値を作るという立場に変わりたいなと。
そこで柴野さんは、まだ上場していなかったSansanの経理に入社します。当時のSansanはCMも始まり伸びてきた時期で、社員数は100人ちょっとほどでした。入社は2014年のことです。
経理実務の「苦痛」がBill One構想を生んだ
もともと柴野さんはSansan入社時点で事業側を志望していたわけではなく、上場の延長でCFOになれたらと考えていました。ところが、監査で知っていたはずの経理を実務としてやってみると、その大変さに直面します。
まずは経理の現場だっていうので業務やった時に、もう経理の業務が、苦痛で苦痛で。
経理は数名で回しており、緻密でルーティン的な作業に忙殺されていました。企業を強くするような経営管理まで頭が回らず、ただ数値を処理する日々だったといいます。入社してわずか3、4ヶ月で、この課題に直面したと柴野さんは振り返ります。
この課題感が、後のBill Oneの原型につながっていきます。実際、入社して半年ほどの2014年から2015年にはBill Oneのラフモデルを個人的な趣味の延長のように考え、社内のいろいろな人を捕まえて「こういうサービスは成り立つのか」と裏で検証していたそうです。
寺田さんに志願して新規事業へ、まずは名刺管理で「修行」
浜田さんは2019年にSansanへ入社し、新規事業開発チームで柴野さんと同僚でした。柴野さんが経理から新規事業・Biz Devへ移ったのは2016年から2017年ごろです。
そのきっかけは、社内公募ではなく柴野さん自身の志願でした。社長の寺田さんに自ら「やりたい」と手を挙げたかたちです。
ただし、柴野さんが作った企画書がすぐ通ったわけではありませんでした。経歴が経理であり、営業もプロダクト開発も未経験だったためです。
作った企画書が、Sansanの社長の寺田さんに「いいね」なんて言われるわけもないと。
そこで柴野さんは、Bill Oneではなく名刺管理側の新規事業で約1年間「修行」することになります。役割はBiz Devに近く、要件定義よりも「何が課題か」というWhyやWhatの、さらに手前の企画段階を担っていました。
後ろ工程から攻めたBill Oneが立ち上がらなかった理由
浜田さんがSansanに入った2019年時点で、柴野さんはすでにBill Oneを苦労しながら立ち上げていました。ただ、当初のBill Oneは今のかたちとは大きく違っていたといいます。柴野さんは請求書業務を「手前からやるのか、後ろからやるのか」で考えていました。
最初に選んだのは後ろ工程、つまり請求書を受け取ったあとの記帳 ── 受け取った請求書などをもとに、会計帳簿へ仕訳を入力していく経理業務。手入力が多く、職人芸的な作業になりやすいや支払い業務でした。経理のペインが最も深いのがそこだったからです。
目に見えて経理の方々が一番大変だっていうところなんで、課題がでかいところからやりましょうっていう。
この動きの背景には市場の変化もありました。2017年ごろから、インフォマートやLUXUSといったベンダーが「請求書は電子でもよいのでは」と打ち出し、電子化に向けて市場が動き始めていたのです。
ところが、ペインが大きいはずの後ろ工程モデルはそのまま立ち上がりませんでした。柴野さんは、大きく3つの課題があったと整理します。
結局は紙
2017年当時、請求書は原則紙で保存する必要があり、デジタルで管理しても最後は印刷。それなら最初から紙でよいとなってしまう
機能不足
リリースしたてで、経理業務全体をカバーするには機能がまったく足りていなかった
入り口が面倒
紙で受け取った請求書を複合機でPDF化し、自分宛に送ってアップロードする手間がかかり、システムで入る場所が悪かった
つまり、紙で完結できる業務のなかに一箇所だけデジタルを差し込む格好になり、かえって手間が増えてしまう構図でした。システムで入る場所が悪かったというのが、柴野さんの当時の総括です。
「後ろ」から「前」へ、受領の一元管理という発想の転換
この状況から、Bill Oneは受け取り工程、つまり「前」への転換を進めます。後ろから作ると足りない機能をすべて作り込む必要があり、時間がかかるためです。
転換の鍵になったのは、紙の請求書の「出し忘れ」という経理あるあるでした。届いた請求書が机の上に放置され、経理に提出されないまま月次決算が始まってしまうと、財務情報の数値が変わり、意思決定までずれてしまいます。
後から持ってくるんじゃねえと。出し忘れが一番やだと。
そこで柴野さんは、全ての請求書をデジタルで、出し忘れなく受け取っている状態が「美しい」と考えます。受領をまず一元管理することに寄せれば、後ろ工程で足りなかった機能とうまく棲み分けできると判断したのです。
後ろ工程(記帳・支払い)から攻める。経理のペインは深いが、機能不足・紙保存・入り口の手間で立ち上がらなかった
前工程(受領の一元管理)に寄せる。全ての請求書をデジタルで出し忘れなく受け取る状態を目指し、既存業務と棲み分ける
MVPがある日「Viable」になった、コロナ禍という追い風
この前工程への転換は、コロナ前から準備していたものでした。ただ、受領・一元管理だけを出した当初は、商談で「受け取って結局なんなの?」と問われ続けたといいます。仕分けも支払いもできず、基幹システムやERPへの連携も求められていました。
柴野さんは、受領の価値をどう膨らませるか、後ろの機能を少しずつ作って大きくしていくしかないのかと模索していました。そんな中にコロナがやってきます。
急にその、もともとMinimum Viableじゃなかったものが、ある日急にViableになっちゃったみたいな感じですよね。
2020年4月、緊急事態宣言のタイミングでBill Oneが発表されます。会計ソフトへのつなぎ込みなどはまだ順次対応という段階で、受け取りはできるという次元でのリリースでした。
出社できない状況で、紙の請求書をピックアップするためだけに経理が出社するのはおかしい。全ての請求書をBill Oneで受領すれば家で仕事ができる。このメッセージで打ち出したところ、出した瞬間から問い合わせがすごかったといいます。
ビジネスサイド2.5人で迎えた、一気のPMF
リリース当時、ビジネスサイドはわずか2.5人ほど。Sansanから移ってきた人や、ERP領域の経験者を含む少数精鋭の体制でした。コロナ禍で問い合わせが殺到し、それを担当者に振り分け、日中は商談で埋まる日々だったといいます。
当時のBill OneのMRRは開示されています。Sansanは5月末決算で、2020年6月から9月ごろは月商100万円に届かないほどでしたが、その後は400万、800万、1900万と伸び、リリースから1年後にはARRが2億円に達していました。
一方で、Sansanの名刺管理からのトスアップでガンガン売れたわけではなかったといいます。名刺管理は営業向け、Bill Oneは経理向けで顧客接点が直接は重なりにくかったためです。むしろ、コロナ禍でリモートワーク対応を迫られた企業からの問い合わせが圧倒的に多かったと柴野さんは話します。
市場がなかったから決まった、商談の速さとタグライン
浜田さん自身も2021年初め、Sansanで手がけていた海外向け名刺事業が厳しくなり、Bill Oneの営業部隊に一営業として加わりました。実際に売り歩くなかで、決まる案件はとにかく速かったと振り返ります。
経理の部長と担当者がZoom越しにいて、部長が「これ欲しい」って言って、担当者が「入れます」って。「早っ」みたいな。
柴野さんは、この速さの理由を「そもそも市場がなかったから」だと分析します。請求書サービスと言えば発行側を思い浮かべる時代で、受け取り側のサービスは存在していませんでした。何もないところに、コロナで働き方が変わるタイミングでプロダクトが現れたため、商談が短く進んだのです。
タグラインについても柴野さんはこだわっていました。「月次決算加速」は経理のあるべき姿を示す言葉としては合っている一方で、まだない市場では、実態をわかりやすく示す表現のほうが刺さると考えていたといいます。
当時は月次決算加速ではなくて、「あらゆる請求書をオンラインで受け取る」っていう。
受け取った体験が誰にもないからこそ、世界観を語るより実態を示すほうがよいという判断でした。プレスリリースのカテゴリ名も、2020年末の「請求書オンライン受領サービス」から、2021年には「クラウド請求書受領サービス」へと変化しています。これは感覚的な判断に加え、Sansanの「クラウド名刺管理」との全社的な整合性も踏まえたものだったといいます。
PMMの役割は「売れる仕組みを作る」こと
PMFが進むこの時期、柴野さんの肩書きはBiz DevからPMMへと移っていました。開発側に強いPdMがいたため、柴野さん自身はマーケットや世界観を扱うプロダクトマーケティングへシフトしたのです。
Bill Oneの役割分担はシンプルに言語化されていました。この整理が、PMMという役割を理解する手がかりになります。
事業部長の役割は「売る」。開発を担うPdMの役割は「売れるものを作る」
最後に残った「その他」。役割としては「売れる仕組みを作る」と言語化された
「その他」という言葉のとおり、柴野さんの仕事は多岐にわたりました。契約管理、新しく入った人のオンボーディング、マーケティング寄りの立ち上げ支援、事業計画、アライアンス、PR、市場・競合調査、そして法律周りの事前キャッチアップまで担っていたといいます。浜田さんはこれを「一人事業企画部」「営業企画」と表現しました。
最後に話題は、コロナに次ぐ第二の波である電帳法とインボイス制度へと向かいます。この大波にBill Oneがどう乗り、マルチプロダクト化していくのかは、第二話で語られます。第一話は、ゼロからARR2億円までの立ち上げをたどる回でした。
まとめ
Bill Oneは、経理実務の苦痛という当事者の課題感から生まれ、後ろ工程での失敗を経て前工程の受領一元管理へ転換し、コロナ禍で一気にPMFを迎えたプロダクトです。市場そのものがなかったからこそ、わかりやすいタグラインと速い商談で急成長できた立ち上げ期の姿が語られました。
- Bill Oneの構想は、柴野さんが経理実務で感じた「苦痛」という当事者の課題感から生まれた
- 当初は後ろ工程から攻めたが、紙保存・機能不足・入り口の手間で立ち上がらず、受領一元管理という前工程へ転換した
- コロナ禍で「もともとViableでなかったMVP」が一気にViableになり、リリース1年後にARR2億円に達した
- 受け取り請求書の市場がなかったため、世界観より実態を示すタグラインが刺さり、商談も短く進んだ
- PMMの役割は「売れる仕組みを作る」と言語化され、契約管理から法律キャッチアップまで多岐にわたった







