なぜ今Intercomを取り上げるのか
今回のGrowth Radioは、海外で広く使われているSaaSを取り上げるユニコーン解説シリーズです。日本ではあまり馴染みがなくても、その用途や進化から日本のBtoB SaaSのヒントを探る回です。
テーマに選ばれたのは、Intercom(現Fin)です。おなじみのウェブサイト右下のチャットボットが、AIに大きくシフトし、ビジネスモデルも全部変えて、Salesforceに36億ドルで買収されました。
Intercomって、新しい社名がFinですけども、まあおなじみの右下のチャットボットですが、実は思いっきりAIにシフトして、ビジネスモデルも全部変えて、なんとSalesforceに36億ドルで買われた。
浜田さんは、この事例を「SaaS is dead」と言われる中でAIへのシフトに一番成功した、劇的な例として位置づけます。展示会でもどのSaaSもAIを謳う中で、どう差別化するかが問われていると話します。
SaaSの上にちょっとAIのチャットの画面つけましたみたいな、なりがちなので、なんかそれの一番派手にやった会社がどんな感じなのかを今日見ていこうかなって感じですね。
右下の吹き出しが生んだIntercomのPMF
Intercomは2011年に出てきた、チャットボットの走りとも言えるサービスです。ウェブサイト右下の特徴的なマークで知られ、「ここもIntercomだな」と認識していた人も多いサービスだと浜田さんは説明します。
事業規模は、足元で約4億ドル(約600億円)と言われています。そのうち約3億ドルが従来のIntercom、約1億ドルがAIエージェントのFin ── Intercomが2023年に発表したAIサポートbot。GPT-4搭載で登場し、のちに同社の新社名にもなりましたで、AI売上とSaaS売上を併せ持つ構成になっています。
創業したのはアイルランドの人物で、デザインコンサルやバグ追跡ツールなどを経て、最初のサービスを売却したのち2011年にIntercomを立ち上げました。SaaSとしてもかなり早い時期からのサービスです。
PMFはかなり早く訪れたようです。2012年1月に月額50ドルでベータ版をリリースすると、ウェイトリストに1000社が集まりました。同時にVCから100万ドルのシードを調達しています。
月額50ドルでやってみた時に、いわゆるウェイトリストに1000社来た。
投資家には、シリコンバレーの思想家として知られるナバル・ラビカント ── シリコンバレーで著名なエンジェル投資家・起業家。思想家としても知られています。書き起こしでは「ナバル・ラベカント」と表記されていましたなど、良い名前が並んだといいます。
創業のきっかけには、カフェでの気づきがありました。カフェのコミュニケーションはパーソナルで気持ちいいのに、ネット上には会話がなく画面を見るだけだ、という発想です。ネット上でチャットするという考え自体が当時は新しかったと浜田さんは話します。
ネット上で会話あってもいいよねみたいな感じ。逆に言うとネット上でチャットするっていう考えって当時はなかったので、それが新しかったみたいですね。
右下のマークから呼び出す動作は、受け身ではなく利用者が主体的に使える体験でした。加藤さんは、そこに双方向性の新しさがあったと振り返ります。
バイラルとコンテンツで勝ったIntercomの戦略
Intercomの強みについて、浜田さんはいくつかの要素を挙げます。単なるライブチャットではなく、カスタマーメッセージングプラットフォームとして、パーソナライゼーションの新しい形を打ち出した点です。
コンテンツマーケティングも効いていました。「Inside Intercom」というブログがうまくいったと浜田さんは話します。
そして浜田さんが最も納得しているのが、バイラルによる広がりです。Intercomを使う会社の右下には、見覚えのある同じマークが出ます。あちこちで目にするうちに「みんなIntercom使ってるんだな」という認識が広がっていきました。
当時のSaaSは、SMB向けのPLGが中心で、いかに人に見つけてもらって勝手に広がるかの勝負でした。Intercomはそこをうまくやったのだろう、と浜田さんは分析します。
競合との住み分けも語られました。代表的な競合はZendesk ── カスタマーサポート向けのプラットフォーム。ヘルプ機能やチケット管理など、裏側のオペレーションに強いとされますです。Zendeskが大規模オペレーション向けなのに対し、Intercomはよりライトに導入できる立場だったと浜田さんは整理します。
チケット管理など裏側のオペレーションがしっかりした大規模サポート向け
ライトに導入でき、セルフで解決したい層に向いたサービス
GPT-4公開当日にFinを発表した決断力
AI戦略の話に入ります。まず、創業者は2020年に一度退任して会長になり、次のCEOとしてカレン・ピーコックが就任しました。2020年から2022年にARRは1億ドルから2億ドルへと伸びていました。
ところが2022年はSaaSバブルが弾けたタイミングでした。Intercomの顧客にはSaaS企業も多く、資金調達が難しくなる中で成長が停滞します。そして就任から2年で創業者がCEOに戻ってきました。
復帰後の動きは象徴的でした。2023年3月14日、GPT-4がリリースされたその日に、GPT-4搭載のAIサポートbot「Fin」を発表したのです。
23年の3月14日、GPT-4がリリースされたその日に、GPT-4搭載のAIサポートbot Finを発表みたいな。そんなことあるんやって感じ。
体制の作り方も徹底していました。安定プロダクトゆえに投資を絞っていた領域から、AIチームを6人から60人へと拡大し、博士人材をどんどん採用したといいます。加藤さんは、その決断力とスピード感に驚きを見せます。
1解決0.99ドルの成果報酬課金という発明
Finが成功したポイントとして、浜田さんは成果報酬課金を挙げます。料金は1解決あたり約99セントで、AIが解決できたときに課金される仕組みです。
さらに、解決できないケースが多いと利用者に不利益になるため、解決率が一定を下回った場合には返金保証もあるといいます。成果に思いっきりコミットした料金体系です。
成果はそのAIが解決できた時っていうことらしいんですよね。で、かつ、その解決できたらもらうんだけども、解決できないのも多かったら良くないから。
プロダクトの立ち位置もユニークです。FinはあくまでカスタマーサポートのAIエージェントで、Intercomの一部ではありません。Zendeskの上でもFinが動くといいます。ナレッジの上で解決に特化したエージェントとして提供され、これが非常に売れたそうです。
Zendeskの上でもFinが動くらしい。オワパって思うんですよ。
成長のカーブも急でした。ARRは100万ドル、1200万ドル、1億ドル超と、10倍ずつ伸びていったといいます。
既存のIntercomはスモールビジネス向けだったため、NRR ── Net Revenue Retentionの略。既存顧客からの売上が1年後にどれだけ増減したかを示す指標。100%を超えると既存顧客だけで売上が伸びていることを意味しますも注目に値します。112%から146%へと上がりました。
なんか去年100社で100万だったのが来年150万になってるみたいなところですよね。
導入の広がりも成果課金と噛み合いました。チャットはヘルプページだけでなく、トップページや管理画面など、置く場所を増やすほどテクニカルサポートに回る質問が減ります。だからどんどん置こうという状態を作れた点を、浜田さんは衝撃的だと話します。
なぜSalesforceは36億ドルで買ったのか
そして衝撃だったのが、Salesforceによる買収です。買収額は36億ドル。ARRが約4億ドルと言われる中で、9倍のマルチプルで買った計算になります。
SaaSのマルチプルは2倍から4倍あればまあまあという水準が語られる中で、9倍は極めて高い評価です。Salesforceがそこまでしても欲しかったのだろう、と浜田さんは見ています。
9倍ってもうなんかあんまりないっていう感じで。
買収の狙いについて、浜田さんはSalesforceのCustomer Cloudの存在を挙げます。Sales CloudとCustomer Cloudの売上が変わらないほどCustomer Cloudは大きく、サポートでの利用も多いといいます。サポート領域とは本来相性が良いという読みです。
もう一つの見立てが、SMB市場です。エンタープライズ企業になったSalesforceが、AIの導入が早いと読むSMBを取りに行こうとしているのではないか、というものです。接客チャットは検討しやすく、ドアノック的に入りやすい領域でもあります。
マーク・ベニオフ ── Salesforceの共同創業者でCEO。クラウド型のビジネスソフトを普及させた人物として知られますの発言からも、あらゆる規模の企業がエージェント型企業になるよう進める、という広げていく意図が読み取れると浜田さんは話します。
日本のSaaSはIntercomから何を学べるか
日本市場への示唆も語られました。Intercomに近いプレイヤーとして、浜田さんが最も面白いと挙げたのはチャットプラスです。同社の「AIエージェントプラス」が伸びているようで、上場も果たしました。
そのほかにも、ヘルプフィールやカラクリなど、多くの企業がAIシフトしているといいます。元々チャット領域からシナリオ型を経て発展したところと、AIのドメインから来たところの両方があり、思想の違いも面白いと二人は話します。
Intercomから学べるAIトランスフォーメーションの勝ち筋として、浜田さんはまず経営者の覚悟を挙げます。AIへのシフトは会社の中身を大きく変えるため、合議制ではスピードが出ないという指摘です。
もう一つが成果報酬型です。サポート領域は、人間にエスカレーションされなければ一旦解決している、と成果を定義しやすい点が効いていました。営業のように論点が多い領域とは違い、比較的やりやすかったといいます。
SaaSで成果報酬という料金体系は、日本ではあまり聞かないと二人は話します。アメリカのAI SDRも多くはクレジット課金で、成果報酬は珍しいそうです。
一方でサポート領域では、以前取り上げたシエラも成果報酬だと言われています。成果の定義のしやすさや、業務とAIのフィットが高い領域では成果報酬になりつつある、という見立てです。営業・マーケにも来るのかは、まだわからないと浜田さんは話します。
最後に浜田さんは、この事例をAIオールインのあり方として捉え、希望でもあると語りました。Salesforceの視点に立てば、AIの1億ドルを36億ドルで買ったとも見えるという解釈です。
もしかしたらSalesforceからしたら、このAIの1億ドルを36億ドルで買ったのかもしれないなって感じもあって。
まとめ
Intercomは、右下の吹き出しでバイラルに広がったチャットボットの草分けから、GPT-4公開当日のFin発表と成果報酬課金という思い切った手で、AIに全張りした企業です。既存事業を自ら塗り替えてでもAIに移行した姿勢が、9倍のマルチプルでの買収につながりました。
- Intercomは2011年から続くチャットボットの草分けで、右下の吹き出しによるバイラル拡散とコンテンツで広がった
- 創業者が復帰し、GPT-4公開当日にFinを発表、AIチームを6人から60人へ拡大するなど決断とスピードで動いた
- 1解決約0.99ドルの成果報酬課金と返金保証を導入し、ARRは10倍ずつ、NRRは112%から146%へ伸びた
- FinはIntercomの一部ではなくZendesk上でも動く、解決特化のAIエージェントとして提供された
- 日本のSaaSへの示唆は、経営者の覚悟と、成果を定義しやすい領域での成果報酬型への挑戦にある





