ミュージシャン同士が会うと、なぜ道具の話になる?
阪本琢磨さんは、1回目、2回目に続いて今回も音楽の話から始めます。問いかけは、同じ職業の人同士がばったり会ったら何の話をするか、というものです。
阪本さんによると、ビジネスマンなら名刺を交換して景気の話をしますが、ミュージシャンは楽器の話をすることが多いといいます。たとえばエレキギタリスト同士なら、どの弦を使っているかという話になります。
私はコーティング弦を使ってますみたいな。いや私ちょっとコーティングやな。音色あんまり合えへんのですよねみたいな話をするんですよ。
トランペットを演奏する阪本さんの場合、トランペッター同士が会うと必ずマウスピースの話になるそうです。マウスピースは口につける部品で、メーカーやブランド、品番が非常に多くあります。
みんな何使ってます?とかって言ったら、私ボブリーブス使ってますと。ロータス使ってます。いや、ショートシャンクはみたいな。
阪本さんは、ミュージシャン同士の道具談義を単なる情報交換ではないと見ています。使っている道具の話をすると、相手の系統や好きな音楽が自ずとわかってくるというのです。
平安の宮中で行われた香りのデュエル「薫物合」
阪本さんは、道具を通じて相手を知るこの感覚が、日本のお香の文化にも似たものがあると話します。舞台は、お香がとても盛んだったとされる平安時代です。
平安時代の宮中では、お香を作ることがブームだったといいます。お香を作った人たちが一堂に会して優劣を競う、薫物合 ── 平安時代の貴族が、それぞれ調合した薫物(練香)を持ち寄って香りの優劣を競った遊び。「たきものあわせ」と読み、源氏物語にも場面が描かれていますという文化があったそうです。
当時はまだお線香がない時代でした。お香の材料である漢方薬を粉末にし、蜂蜜や梅のペーストなどと混ぜ、正露丸のような丸薬状に練ったものを作っていたと阪本さんは説明します。梅については、梅干しなのかははっきりしないとしています。
この丸薬状のお香は練香 ── 香料の粉末を蜂蜜や梅肉などで練り固めたお香。炭火などで間接的に温めて香りを立たせる使い方をしますと呼ばれます。貴族たちは、自分が好きな香りの練香を作って披露し合っていたそうです。
一種のデュエルというかね、私はこの香りです。いや、私はこっちです。いや、素晴らしいですねとかって言い合ったり
阪本さんは、薫物合ではバチバチした場面も和やかに終わった場面もあっただろうと想像しています。そのうえで、個性や教養を香りを通じて表現する奥ゆかしい文化だったと語ります。
仏教の香りは、どう貴族の暮らしに入ったのか
阪本さんによると、平安時代より前、お香は仏教と結びついて使われていました。仏教の儀式にお香を使うため、大陸から船で伝わってきたといいます。
平安時代になると、お金があり、戦の少ない平和な時代を生きた宮中の貴族たちの中から、お香を仏教だけでなく自分たちのライフスタイルに取り入れようという人たちが現れます。
平安貴族のお香の楽しみ方は、源氏物語によく出てくるといいます。薫物合のほかに、今でいうルームフレグランスにあたる空薫物 ── 部屋に香りを漂わせるために焚くお香のこと。「そらだきもの」と読みますがあり、炭の上に練香を乗せて自分の空間を素敵にコーディネートしていたそうです。
衣服に香りをつける習慣もありました。お香を焚いた上に籠を乗せ、その上に服を載せて、煙で服に香りを移すというやり方です。
衣服に香りを焚きしめた理由について、阪本さんは一説として、ドライクリーニングのない時代だったことを挙げます。十二単のように何枚も服を着るのに、洗濯が難しかったというわけです。
阪本さんによると、香りを焚きしめることで、服についた臭いを防ぐ防臭効果と、虫を防ぐ防虫効果が期待できました。お香の材料はもともと漢方薬なので、防虫効果のあるものが多いといいます。
照明器具がなかった平安時代の建物は薄暗かったそうです。そのため、美しい衣でファッションを競うだけでなく、香りで他と差をつける文化も発達したと阪本さんは説明します。
平安貴族は、服に香りをつけるほか、漢方薬などで香りを染み込ませた糸で衣を編んだり、扇子に香りをつけたりしていたといいます。源氏物語には、廊下ですれ違った殿方の香りに惹かれて、どんな顔か見てみたいと思うような描写がよく出てくるそうです。
平安のお香は、なぜハイソサエティーな文化だったのか
阪本さんは、視覚の情報が今より少なかった平安時代の香りの意味を、現代と比べて語ります。今の時代なら、実はお香は作ろうと思えば誰でも作れるといいます。
お香の材料はほとんどが漢方薬で、スーパーのカレーコーナーで売られているそうです。阪本さんは、当時の貴族たちが使っていた丁子や大茴香、蜂蜜も今ならスーパーで買えると話します。
一方で平安時代は、輸送船がそれほどない時代でした。漢方薬はほとんど日本国内では取れず海の向こうから入ってきたため、お香を楽しめるのは一部の貴族だけだったといいます。
漢方薬は海外からの輸入品で、一部の貴族だけが楽しめた
丁子や蜂蜜などはスーパーで買え、誰でもそれらしいお香を作れる
貴族たちはその貴重な材料で自分の好きな香りを作り、教養や美意識を競わせたり、衣に焚きしめたりしていました。阪本さんは、とてもハイソサエティーな文化だったとまとめています。
阪本さんは、初めて会ったミュージシャン同士でマウスピースの話をするとき、平安貴族のことを思い浮かべるといいます。
阪本さんは7年前ぐらいに、お香の勉強のために源氏物語を読んだそうです。今回の話をしながら、また久しぶりに源氏物語を読んでみたくなったと語って、この回を締めくくっています。
まとめ
ミュージシャンが道具の話で相手の系統を知るように、平安貴族は薫物合で香りを持ち寄り、個性や教養を競い合っていました。貴重な輸入品だった香料は、暮らしや装い、恋の場面まで彩る、ハイソサエティーな楽しみだったようです。
- ミュージシャン同士は、弦やマウスピースなどの道具談義で相手の好みや系統を知る
- 平安時代の宮中では、練香を持ち寄って優劣を競う薫物合が行われていた
- お香は仏教の儀式から、空薫物や衣への焚きしめなど貴族の暮らしへと広がった
- 香料の多くは輸入品で、お香は一部の貴族だけが楽しめる文化だった


