エッセイを書くと「あの瞬間」をもう一度体験できる
たかしおさんとえるもさんは、11月の文学フリマ東京 ── 個人やサークルが自作の文学作品を持ち寄って販売する展示即売会。小説やエッセイ、評論、ZINEなど幅広い作品が並びますに向けて、猫について綴るエッセイの共同マガジンを制作中です。収録は、その執筆の真っ最中に行われました。
うちの子が可愛いの収録やっていきましょう。えるもさん、よろしくお願いします。
よろしくお願いします。
いやー、今これ収録してる時が、絶賛、11月の文学フリマ東京に向けての、ZINE作りでですね。
その一環で、共同マガジン、エッセイをね、お互いに書いてるんですけども。そういうとこに絡めてのお話とかもね、今日はいろいろやっていきたいなと思っています。
いや、いいですね、エッセイ書くの。
いい、本当に。(エッセイを書くのは)自分のためにもいいなっていうふうに思ってます。
え、なんか例えば?ありますか?
あります。一番思ってるのは、昔の話を引っ張ってくるから、特に今回良かったなって思うのが、やっぱお迎えした時のこととか。
やっぱいいじゃないですか。人間同士もそうかもしれないですけど、ね、初めて出会った初々しいあの頃みたいな。
そこを思い出してやることで、自分自身もあの頃に戻って、もう一回、あの瞬間を体験してるというか。
だからそういうのをやりながら、今回エッセイという形ですけれど、写真を撮ってみたり、見返したりとかさ、動画を見返したりとかさ。
ああいうのって、いいもんだなってちょっと思いました。
1年半、写真が1枚もない?
本当に。ね、たかしおさんの、しょんぼりした目のスコティッシュってやつと、あれか、陽キャの姫のね。
(エッセイの)話がね、2匹分あって。私すごい思ったのが、1匹目のちゃそちゃん?
ちゃそちゃんの時に、1年半くらい写真を撮ってなかったみたいな。そんなことある?と思って。
いや、それがね、本当に後悔ですよ。なんで最初の頃(写真を)撮ってなかったと。
消したとかじゃなくて?本当に撮ってないの?
そう。いや、これね、そうなんですよ。元々僕、全然写真を撮らない方で。
だから最初にちゃそちゃんをお迎えした時も、まだその時ってフリーランスっていうわけじゃなくて、出勤したりとかをしてたのもあって、一緒に家にいることが本当に少なかったんですよね。
そういうこともあって、あんまり(写真を)撮ろうっていう気にならなかったのか。
だから本当に(エッセイに)書いた通りなんですけど、あの時の自分何やってんだって、めっちゃ突っ込みたいですもん。
本当に。本当に1枚もないの?と思いながら読んでました。
でしょ?ないんです。
だから僕、えるもさんのやつ読んでて、内容もそうなんすけど、写真めっちゃいい写真で。いつもどんな風に狙ってんすか?って聞きたかった。
確かにね、私も先住猫のそら豆の、ほんとちっちゃい時、来た時のところから、ミルクをあげてたところから撮ってたので。
なんですけど、うちも逆に、動画が多かったです。
だから(エッセイに)載せられてない、うわぁこれすごい載せたいのに。それこそ、お尻トントンしてるやつとかも載せたいんですけど、写真がなかったんですよ。
でも初めてのね、それこそ子育てのやつで、本当にミルク飲ませてる写真とかあるじゃないですか。
あとお迎えした時のね、写真とかも、別にその時に、こんなエッセイ書こうなんて思ってないわけじゃないですか。
確かに確かに。
でもね、やっぱこれ撮っとかなきゃって言って、(写真を)撮ってたわけでしょ。
ですね。でも私は多分、ブログをずっと昔からやってたので、何かあったらブログのネタにできると思いながら生きてるので。
それもあって、結構横で写真を残すっていう、そういう癖があります。
あー、だってね、この子猫の瞬間って、すっごい短いじゃないですか。
本当に。本当に。
だから、僕これ(子猫時代の写真)がないのがね。お迎えした時にもう何ヶ月か経ってるから、ここまでちっちゃいの?とかはもちろんないんですけど。
それでもやっぱり今と昔と、それこそ僕もしゃおの方かな。
しゃおの方は動画が残ってて、見た時に、明らかに後ろ足とか短いんですよ。
今ね、こんなに美脚なのにね。
そうですよ。こんなに美脚になる前の足は、こんなに可愛いというか、ちっちゃい、短かったんだとか思ったりね。
確かに、ちょっとちっちゃくて、やっぱあどけない。ね、半年くらいまでかな?はあどけない感じですもんね。
うーん、そう思いました。
「その文章を、今の私は書けない」
えるもさんは、写真がほとんど残っていないちゃそちゃんの子猫時代を話題に、記憶が薄れる前に文字で残しておく意味に触れます。
じゃあ、ちゃそちゃんのちっちゃい時は、もうたかしおさんと奥さんの頭の中に残ってるってことですね。
いや、ほんとそうですよ。
10年後とか15年後とかだと、私たちの記憶薄れちゃうんで。ちゃそちゃんお迎えしてから何年だ?6年?
6年ちょいです。今7歳なので。
今のタイミングで思い返して、その当時の気持ちをね、文字でもね、残しておくのはすごいいいなと思ったんですけど。
いや、ほんとまさにおっしゃる通りですよ。これ(ZINE)、作って、読んで楽しんでいただきたいっていう気持ちもありつつ。
自分自身がこれを見て振り返るためにも、すごい思い出深い一冊になりそうだなって思ってるので、ぜひいろんな人にも読んでほしいなと思います。
ね、本当に。でもそれこそ私、今回(エッセイを)書いてて、本当に記憶抜け落ちてるなって思ったんですよ。
で、当時書いてた昔の、なんだっけな、何かを引っ張り出して、書いてるものとかあって。
今回持ってきたものとかの方が、確かにこういうこと考えてたなって気づきがすごくあるんですけど、今思い返したら、その文章を私は書けないんです。
だから、そのお迎えした当時に、やっぱり書くのが大事だなと思って。ってなると、たかしおさんのやってる日記?
写真では残らない「その時の自分の気持ち」
そう。めちゃくちゃその時に感じたことを、とりあえずとどめておくっていうのは、すごいいいなと思ったんですけど。
ね、またちょっと猫から若干離れつつではあるんですけど、日記ってどうです?
日記書いてて感じたこととか。今、細録みたいな感じでしてるじゃないですか。
ありがとうございます。本当に言っていただいた通りですね。おすすめしたいですもん。日記書いたらいいよって言いたくなりますもんね。
写真って、画像として残る上では記憶を保管はしてくれるんですけど、その時に自分がどう思ってたかみたいな(ものも)セットで。
だから猫だけじゃなくって、その猫を見てた時の自分の気持ちみたいなのも、そこに、文字には反映されるじゃないですか。
だから僕、しゃおをお迎えした時は、その様子を絶対残しておきたいと思って、1ヶ月ぐらい、しばらく毎日日記書いてたんですよ。
その2匹の様子とかもリアルに残しておきたいと思って。それを日記に残しておけたっていうのは、すごいいいなと思ってて。
3行日記とかでもね、短いものでもいいけど、日記をポツポツつけとくっていうのは、多分10年後とか振り返った時に、自分が一番喜んでそうだなと思います。
確かに。ああ、だからあんな情景書けたんですね。すごい細かいというか、生感っていうのかな。
ありがとうございます。嬉しいです。そこは本当にそう思いながら書いてました。
日記って、毎日つけてるんですか?定期的につけてるんですか?
そうですね。僕、猫とか限らずに、ほぼ毎日つけてるんですけど、その中に時々猫が登場してくるって感じですね。
じゃあ写真の代わりにね、ほんとね、(日記に)残してたからこそ。
こそだなというふうに思ってます。
ライターなのに、エッセイが苦手だった理由
えるもさんは、昔の体重記録まで引っ張り出して書いた執筆の過程を振り返ります。話はそこから、ライターという仕事とエッセイの相性へと広がります。
でも私、今回エッセイ書いてて、当時の写真見返しながらとか、動画見返しながらもあるんですけど。
昔の、体重とか全部記録してたやつを引っ張り出してきて、まだ残ってたんですよ。
すごいよね、それも。
で、あの時体重どんくらい、何キロくらいだっけ?みたいなのとか。
はいはい。ブログに、ノートに貼ってましたよね、写真。
そうそうそう、本当に貼ってたやつを、すごい細かく撮ってたなとかいうのも。撮りながらね、書いてたんですけど、資料じゃないですけどね。
やっぱりでも、うちもまだ5年くらいしか経ってないので、写真とか当時の思い出のものとかを見返しながら書いていくと、結構思い起こされるというか。
ちゃんと、まだ記憶に残ってるなと思ってて。なので、その時の情景とかも結構思い出しながら書けたので。
で、事細かく書いてたら、うち4匹分なので、すごい文字数になっちゃって。
私、こんなに書けるんや、エッセー、文字書けるんやっていう発見はありましたね。
でも、普段から書いてるじゃないですかって言いたくなりましたけどね。
でもライターやってると、意外とまとめるのがお仕事じゃないですか。ライターって。編集とかって。
わかる。
だから、エッセイ苦手だったんです、ずっと。
え、えるもさんもそうなんですか?
そうなんです、そうなんです。実はエッセイ苦手で。
なんでかっていうと、情景とかすっ飛ばす、もういらんちゃうん?これと思ってすっ飛ばして、1000文字くらいしか書けないんですよ、エッセイになると。
だってエッセーって、今日お腹すいた、今日は朝おいしいパンを食べた、の一文でいいものを、300字くらいにするのが仕事なんですよ。
すいません、エッセイストさんには完全に偏見なんですけど。
どれだけの情景を細かく書くかとか、そこに感じたことをどう乗せるかっていうのがエッセイなんですけど、いや、ライターと逆のことじゃないですか。
でもめっちゃその感覚わかります。僕もそうでしたもん。苦手。
今でこそこうやって書いてていいですよって言ってるけれど、エッセイ書けないから日記やってたっていうのもありましたしね。
おっしゃる通りで。だから、そのちっちゃいところを膨らまして書くとかさ。
あと、これかなり主観の話ではあるんですけど、それを人に読んでもらうために加工するというか。
どうしても自分からやると、作り物感が出ちゃうのが嫌だなと思ってて。そういうのもあって、結構ハードル高いなっていうのは僕も思っていました。
でも今回そう書いたことによって、この2人(2匹)の絡みって、最初は1行メモでしか書いてなかったのが、気づいたら400文字くらい書いてて、みたいなのが結構できるようになってて。
猫のことを書くって、結構そういう情景をそのまま言葉にするっていうのは、いいトレーニングだなって思いながら書いております。はい。
ね。そのエッセイっていうのの捉え方も、これも違う文脈の話ですけど、捉え方が変わったというか。
そうやって一つのちっちゃい出来事をさ、140文字ぐらいから3000文字ぐらいまで膨らまそうと思うと、そんだけ記憶を呼び起こしたりとか、写真を引っ張ってきたりとか。
それこそさっきの記録表とか引っ張ってきたりとかして、その字数を埋めようとするじゃないですか。その行動自体がすごく良かったなと思ってて。
だから、日記つけるのもいいですし、それをさらにエッセイみたいな感じに変えていくっていうのも良かったですよっていうのは、合わせて言いたいとこですね。
「うちの猫、めっちゃ可愛くないですか?」
いや、確かに確かに。しかもこれ、改めて書いててなんですけど、うちの猫めっちゃ可愛くないですか?っていう。
いやー、それはまさにこのラジオのタイトル通りなんですけど。いや、ちょっと同じこと言いますけど、うちの子めっちゃ可愛いんですよ。
なんかありました?その、何が可愛いんですか?
それこそ、さっきも取り上げていただいたような、しゃおとかって、本当に迎えた当時に、これ裏話じゃないけど(エッセイに)書いてなかったんですけど。
名前考える時に、しゃおになる前に、本当に最初は、姫みたいな名前にしようかなと思ってて。
姫とかお嬢みたいな感じの名前にしたいなって思うぐらい可愛いなって思ってたこととか、そういうのを思い出したりとか。
で、それ思い出すじゃないですか。思い出して、現在のしゃおを見た時に、あ、やっぱり可愛いなっていうのと。
さっきの足が長くなったって話と一緒で、あ、なるほど、あーいい、あ、ねって言いながら猫吸いしてました。
もう溺愛、猫溺愛のお手本みたいな。
いや、ほんとそうですよ。えるもさんどう?その辺でいくと、そういう症状なんか出ませんでした?
症状。さすがにちょっとそこまで重症ではないんですけど。
でも、うちはその子供が生まれてから、ちょっとやっぱり猫がおざなりになってた部分があったんですよ。
ちっちゃい子が生まれたっていうのがあったんで。いやでも改めて、このちっちゃい時可愛かったよなだったりとか。
定期的に、頭の横で一緒の枕使って、父とかが添い寝をしてくれるんですけど、いや可愛いなとか思ったりとか。
あとコタローは、コタローに対して私結構塩というか、犬なんで雑に扱うところがあるんですけど。
撫でてあげたりとかしてるんですけど、あ、コタローもなんか可愛い、愛しいなって思ったりとか。
この行動が可愛いっていうのももちろんあるんですけど、何て言うんでしょう、日々、存在が可愛いみたいな。
ダメだ、病気だ、やっぱり。私も重症かもしれない。
あのえるもさん、普段よく僕のことを重症というふうに言っていただきますけど、えるもさんも多分、十分(症状が)出してないだけであると思う。
失礼しました。同じ病気にね、罹ってるってことで。
でもそうなっちゃうし、ね。繰り返しになりますけど、やっぱそういうのを振り返ったからこそ、思ったっていうのもありますね。
まとめ
文学フリマ東京に向けた猫エッセイの執筆は、お二人にとって、お迎えした頃の記憶をたどり直す時間になったようです。写真が残っていない後悔や、記録を残していたからこそ書けた情景が語られました。ライターとしてエッセイを苦手としてきたお二人が、猫を書くことで情景を言葉にする面白さに触れていきます。最後は、改めてうちの子が可愛いという結論にたどり着きました。
- お迎えした頃を思い出しながら書くと、あの瞬間をもう一度体験しているような気持ちになる
- たかしおさんは、ちゃそちゃんの最初の1年半ほどの写真がないことを後悔し、しゃおの時は日記に残した
- 写真は記憶を保管してくれるが、日記にはその時の自分の気持ちもセットで残る
- まとめるのが仕事のライターにとって、情景を膨らませるエッセイは逆の作業で苦手だった
- 書くことで振り返った結果、お二人とも改めて「うちの子めっちゃ可愛い」と感じた






