テレビ番組で話してきた「シンギュラリティはもう起きている」
昨日、テレ朝の加藤浩次さんの番組に出演してきました。
AI時代の未来みたいなテーマで、よくあると言ったら失礼ですけど、みんなが興味を持つ話をしてきた感じです。
「AI時代に仕事を奪われないためには」とか、「AI時代に人間の価値はどこに残るのか」みたいなテーマですね。
一緒に出演されたのが、トーマツベンチャーの斎藤さんと、伝説的な投資家の藤野さんでした。
お2人ともすごくて面白かったんですが、特に印象的だったのが藤野さんの言葉です。
「シンギュラリティはもう起きていると言ってもいいのではないか」とおっしゃっていて。
シンギュラリティって、AIがAIによって発展するようになると、理論的には進化が指数関数的に速くなるという話です。
今まで人類が何千年もかけてやってきたことが高速で解かれていって、いろんなものが進歩していく。
それがもう起き始めているんじゃないか、というのが藤野さんの言い方でした。
正確に言うと「起き始めている」という状態かなと思いましたが、確かにな、と。
AIを手足として使うのをやめた話
その場で私も言ったんですが、3ヶ月ぐらい前まで、私はAIを手足のように使っていました。
「こういうのをやりたいから作ってよ」とか、「これをまとめておいてよ」みたいな感じですね。
でも今はもう、AIが考えて、AIが考えたものを自分が実行するという方がスムーズになっています。
なぜなら、AIの方が圧倒的に賢いからなんです。
たとえば、10個の言語で売れているビジネス書を集めてベストテンを作り、その内容を全部読んだ上で、どの言語でも共通しているノウハウを7個にまとめて資料にする。
こんな作業を人間がやろうとすると、それぞれの言語を流暢に読めないといけないし、50冊読むのに1ヶ月かかる。
共通点をまとめて資料にするところまでやると、下手したら1年ぐらいかかる作業なんです。
それがAIだと1日でできてしまう。
そのノウハウを使って「じゃああなたはこうしてください」と指示させる方がいいじゃん、という状態になっているんです。
そもそも人間の認知の限界って、わりとすぐ来てしまうんですよね。
50冊の本を複数の言語でなんて、ほとんどの人が処理できない。
AIならそれができるので、認知能力の拡大ができるわけです。だからAIに考えさせた方がいい、と私はもうなっています。
脳の大部分をAIが代替している感覚
ちゃんとAIを使っている人はそうだと思うんですが、私の場合はもう日常の判断もかなりAIに任せています。
たとえば社内チャットで「◯◯さんからメール来てるんですが、返信お願いできますか」と書いているスタッフがいたら、私のChatGPTのトップには「◯◯さんへ返信をする」というボタンが出ているんです。
それを押すと、メールの内容を読み取って、「あなたならこういう返信を書けますよね」という案まで作ってくれる。あとはボタンを押すだけです。
さらに私はダッシュボードを作っていて、毎日のSlackやメール、カレンダー、議事録、この配信まで全部AIが見ています。
「あなた昨日こういうことをやりましたよ」とか、毎日まとめてサイト上で見られるようにしているんです。
そうすると、「この作業、一昨日やり途中で止まってますよ」とか、「これ返信しなきゃいけなくないですか」というのを全部リマインドしてくれる。
もう自分でそこを覚える必要がないので、AIに言われるがままにポチポチ押している状態なんです。
なので、脳の思考の大部分をAIが代替しているな、という感覚があります。
だから頭脳と手足の関係が逆になる
AIを手足のように使おうとすると、結構みんな苦労するんですよね。
でも、AIの方が頭脳であって、AIができない部分こそ自分がやる、と考えた方がいいんだろうなと思っています。
物理的に動くとか、声を出してやりとりするみたいなところですね。
これは車の話とよく似ていると思っていて。
車が出たときに、「人間はもう足を使わなくなるんですか」という議論があったとしたら、答えは「はい」なんです。
ただ、コンビニに行くのに新幹線は使わないですよね。適材適所であって、歩いた方が便利なときもある。
江戸時代の人と比べて足腰の筋力は落ちたかもしれないけど、別に困っていないどころか、移動距離はむしろ増えています。
思考力も同じなんじゃないかと思うんです。
私たちはこの100年、200年、ホワイトカラー的な思考力の価値が高すぎる時代しか知らない。
だから「思考力ってどうなるんだろう」と心配するけれど、思考力が重要だった時代が終わっていくだけなのかもしれません。
産業革命の前は筋力が、活版印刷の前は記憶力が重宝された。でも今、記憶力が高い人はショーとしては面白いけど、実務ではあまり意味がないですよね。
それと同じことが、思考力にも起きるんじゃないかなと思っています。
まとめ
AIを手足として使いこなそうと頑張るより、AIを頭脳として置いて、自分は手足に回る。今のところ、私はこう考えています。少し寂しい話に聞こえるかもしれませんが、筋力や記憶力の価値が変わってきたのと同じで、そういう時代の切り替わりなんだと思うんです。
- 3ヶ月前まで手足のように使っていたAIが、今は自分より賢い頭脳になっている
- 人間の認知の限界はすぐ来るので、大量の情報を扱うことこそAIに任せた方がいい
- 物理的に動く、声を出すといったAIができないところこそ、人間の役割になる
- 思考力の価値が高い時代は、筋力や記憶力と同じように切り替わっていくのかもしれない






