山下達郎はなぜExcelでライブを記録するのか?
速水さんは、山下達郎さんがテレビ番組で、自分の全公演をExcelで記録していると話していたことに触れています。声の出来、誰が演奏ミスをしたか、歌詞の間違いなどを記録し、後にライブ盤の曲を選ぶ際に役立ったという話です。
速水さんは、公演後に打ち上げへ行く流れの中でパソコンを開くこと自体に驚きがあると語ります。同時に、演奏ミスまで記録するところが山下さんらしいとも話しています。
もう一つの疑問は、なぜExcelなのかという点です。速水さんは、山下さんが1980年代半ばからPC-88版の音楽ソフト「カモンミュージック」を使うなど、パソコンを早くから取り入れてきたオールドパソコンマニアだと説明します。
山下さんはレコードコレクターとしても知られ、全記録をパソコンで管理してきました。速水さんは、FileMakerというデータベースソフトを使っていた説や、Excelに移したのではという説があるとしています。
速水さんは、膨大なものをコンピューター上で記録しようという発想そのものが、オールドパソコンマニアらしいと見ています。
Excelはなぜ最初にMacintosh版から出たのか?
速水さんは、山下さんがMacユーザーなのにExcelを使う点に疑問を持つ人もいるかもしれないとして、Excelの歴史を紹介します。Excelは最初、Macintosh版として発売されたといいます。
当時、IBM PC上のMS-DOS市場で表計算の最大手は、Lotus 1-2-3でした。速水さんは、すでに事実上のスタンダードになったソフトに挑むのは「無理ゲー」に近かったと話します。
一方、Macintoshはビジネス利用者こそ多くなかったものの、マウスが標準装備でした。表計算はマウスで操作するほうが楽なので、Macの分野なら首位を取れるとMicrosoftは考えてMac版を出した、というのが速水さんの説明です。
速水さんは、この首位交代が、MicrosoftのOfficeのような統合型ソフトを標準装備にして伸ばすビジネスモデルの確立にもつながったと語ります。
また、日本ではワープロソフトが重視された一方、英語圏にはもともとタイプライターがあったため、ビジネス用パソコンで最も重要だったのは表計算だったと話しています。
速水さんは、山下さんはサブスクを拒否していることから反テクノロジーと思われがちだが、実際は逆で、そのぶん面倒なのだとオープニングを締めています。
サイバー攻撃の連日報道は、なぜ決着が見えないのか?
速水さんは、この1ヶ月ほど個人情報の漏洩や企業へのサイバー攻撃が連日報じられているとして、バーガーキングのアプリから個人情報が漏れたというニュースを例に挙げます。驚いたものの、それだけで終わってしまうと語ります。
メディア報道には解決法も落としどころも見えず、聞き手も飽きてきていると速水さんは感じています。
速水さんは、この状況はスパムメールに似ていると言います。スパムは何十万、何百万通を一斉に送れてコストがほぼゼロなので、ごくわずかな反応者がいれば成立します。
一方で、サーバーや帯域の消費、フィルタリングの手間、大事なメールの見落としなど、社会全体の損失は大きいと指摘します。
Mythos報道が攻撃の敷居を下げたのか?
速水さんは、半年ほど前の「ミュトス」報道がターニングポイントだったと見ています。Anthropicが「すごいものを作ったので一般には公開しない」と発表したことが宣伝文句として働き、メディアがこぞって取り上げたといいます。
速水さんは、この報道をテスラの空飛ぶ自動車と変わらないキャッチコピーだったと捉えています。同時に、AIを使えば企業のハッキングが楽にできるという印象を広く伝えすぎたのではないかとも話します。
それまで企業攻撃はロシアの「キリン」のような専門ハッカー集団の領域でしたが、AIで簡単にできると知られたことで、小規模グループや個人も手当たり次第に攻撃している、というのが速水さんのイメージです。
専門のハッカー集団の専売特許だった
AIで敷居が下がり、小規模グループや個人も数打ちゃ当たるで攻撃する
情報漏洩の価格破壊で「インディー詐欺」は増えるのか?
速水さんは、ハッキングする側と、漏れた情報を悪用する側は別の可能性が高いと語ります。漏洩した情報は闇サイトで売られ、買った闇バイト組織などが詐欺に使うため、漏洩から悪用までにはタイムラグがあります。
漏洩が供給過多になり、ハッキングのコストも売られる個人情報の値段も大きく下がっているというのが速水さんの見方です。
そこから速水さんは、安くなった個人情報を使って自分で詐欺をやってみる「インディー詐欺」、つまりDIY精神の詐欺が増える説を挙げます。
もう一つは、市場が暴落して見合う収入がなくなれば、リスクを負ってまで攻撃する意味がなくなり、流れが止む可能性です。速水さんは、どちらも素人の当てずっぽう予測だと断っています。
日本語の壁はコストの壁だったのか?
速水さんは、メディアはAIで何ができるかを中心に伝えているが、テクノロジーの本質はコストがとことん下がったときに何が起こるかだと話します。近い言葉として「チープ革命」を挙げています。
もう一つの問題が、日本語の壁の消滅です。かつてはWindows向けのウイルスがMacでは動かず、シェアが低いMac向けは無視されたように、日本語も使う人が限られ、手の込んだ詐欺を作っても採算が合いませんでした。
ところがAIで日本語を完璧に近く翻訳できるようになり、日本語というだけで成り立っていたセキュリティの壁がなくなったと速水さんは語ります。
つまり言語の壁はコストの壁だった、というのが速水さんの整理です。これは今の大量の情報漏洩の一つのきっかけとしてよく言われていることだとも述べています。
従来
日本語は使う人が限られ、詐欺やウイルスを作っても採算が合わない
AIの登場
日本語の翻訳コストが大きく下がる
結果
日本語というだけでできていたセキュリティの壁が消える
日本の小説が海外で見つかったのも、同じ現象なのか?
速水さんは、日本語の壁の消滅には別の面もあると言います。例として、柚木麻子さんの『バター』がイギリスで何百万部も売れていることを挙げます。
翻訳コストが下がっただけでなく、日本国内で盛り上がっていた日本文学の動きが、海外にも伝わるようになったことが大事だと速水さんは語ります。
速水さんが挙げる河野悦子さんの本によると、海外のインディー系出版社や翻訳者たちが、母国語以外の小説の中から売れそうな日本の作家を自分たちで探しているそうです。その中で村田沙耶香さんや川上未映子さんが見つかりました。
速水さんは、まだ見つけきれていない印象があるとして、島本理生さんや山内マリコさんも時間の問題で見つかるだろうと話します。
文壇や芥川賞作家、本読みのコミュニティに直接触れられるようになり、日本語の壁の中だけにあった文脈が壁を抜けられるようになった、という整理です。
速水さんは、日本のセキュリティの低さが見つかったことと、日本の小説の素晴らしさが見つかったことは、裏表一つの出来事ではないかと語ります。
Adoの炎上は日本語の壁が消えた後の出来事なのか?
速水さんは、この2つの話に共通するのは、どちらも想定されていなかった点だと言います。自分も予測できなかったとして、テクノロジーが発展すればより凄いことができるという誤解を解く必要があると語ります。
テクノロジーとは、高くついていたものが圧倒的に安くなることであり、それが予測の前提だという考えです。そのうえで、どこで影響が起こるかは予測を超えた領域になるといいます。
速水さんは、韓国でのAdoの炎上も、チープ革命が起きた後の出来事に見えると話します。サマソニへの出演発表時にも反発があり、翌月の埼玉ベルーナドームでの韓国主催イベントに出演した場面で問題が広がったという流れです。
日本ではAdoを受け入れるかどうかが世代の問題になっていて、8月の宇野常寛さんと司馬遼典さんのトークショーでも論争になったと速水さんは語ります。
速水さんは、自分はAdoがあまりわからない側なので宇野さん寄りだとしつつ、司馬さんがボカロを次の段階の音楽として、AdoとAdoのリスナーを擁護したのは批評家として当然だと見ています。
日本の音楽好きの中の論争が韓国でも通じたことが面白かった、と速水さんは語ります。
言語の壁の代わりに世代間の壁が前面に出ているのか?
速水さんは、外国人と意思疎通する手段が限られていたために生まれていた日本独自の文脈が、外に伝わるようになったと語ります。これは新たな火種も生むといいます。
最近の論争として、ダウ90000と伊集院光さんの論争、横浜市長選に立候補する山本理顕さんの討論会での振る舞い、蓮見茂彦さんと小川きみよさんの論争を挙げています。
速水さんは、これらすべてを老害問題とくくるつもりはなく、年齢に関係なく議論したほうがいいと言います。ただ、人は年齢に注目してその偏見で見るため、世代間の階級闘争の構図になるのは仕方がないと話します。
言語の壁が取り払われた代わりに、世代間の壁が前面に出ている感じがするというのが速水さんの感想です。プーチン氏、習近平氏、トランプ氏など世界情勢でも高齢問題が増えており、そろそろExcelで記録するレベルだと冗談めかして締めています。
まとめ
山下達郎さんのExcelの話から始まった今回は、コストが下がるというテクノロジーの本質の視点で、サイバー攻撃の増加や日本語の壁の消失、Adoの炎上までを一つにつなげる回でした。
- 山下達郎さんは反テクノロジーではなく、むしろオールドパソコンマニアだというのが速水さんの見方
- サイバー攻撃の急増は、AIでハッキングのコストが下がり、手当たり次第の攻撃が広がった結果だという素人見解
- 日本語の壁はコストの壁であり、その消滅はセキュリティの弱点と日本文学の発見という裏表の出来事を生んだ
- テクノロジーの本質はコストの低下であり、影響がどこに出るかは予測を超えて起こる





