十勝のシティボーイと、運転が生活を占める割合
聞き手を務めるのは、ガンケフェス主催の一人である鳥本健太さん。ゲストは株式会社Another Timeの小田晃一郎さんです。
鳥本さんは自身を、新得町の中でもさらに田舎の集落・来渡の出身だと説明します。一方で小田さんを「十勝一のシティボーイ」と評します。
小清水駅から一番近い。
(小田さんの)通学路が藤丸とロカテ本店だったみたいな。
同じ十勝でも、育った場所によって暮らしの感覚には違いがあると鳥本さんは感じています。そこから話は、この地域のモビリティ、つまり移動の話へと移っていきます。
鳥本さんはかつて上海に住んでいた経験から、都市と地方の一番大きな違いは移動の差だと話します。都市は歩いて移動でき、一区間を歩いて楽しめる。一方でこの辺りは車がないと動けません。
基本的にこっちは運転して移動するっていう、そのプロセスが生活の中に占める時間の割合でやたら長い、多い。
帰ってきて一番感じたのが、この運転する時間の長さだったといいます。それが都市部とのライフスタイルの違いとして強く残ったそうです。
運転する40分を、どう自分の時間にするか
小田さんも独立してから、十勝管内を運転する量が大幅に増えたと話します。東京で働いていた頃は移動時間はそれほど多くなく、基本はデスクで仕事をしていました。
新得までここに来るのにも40〜50分かかる。その時間を別の仕事に充てられるとも考えられます。ただ、そう言っても仕方がないので、その40〜50分をどう有効利用するかを考えるようになったといいます。
じゃあいかにそこの4、50分の間に、あの、そこをどう有効利用するかっていうか、やっぱりずっと考え事してますよね。
鳥本さんは、車に乗っている時間を少し変えるだけでかなり変わるのではと応じます。移動する時間に何か価値を提供できたら、北海道や十勝の価値の出し方が変わるかもしれないという発想です。
ここから話は自動運転へと広がります。車の中の時間にエンタメや広告といった新たな市場が生まれるのではないか、という見立てです。
だから十勝とかの方が合ってるんですよね。そういう意味では。自動運転しながら仕事ができたら。
渋滞が起きにくく、危なくない環境だからこそ、地方の方が自動運転と相性がいいのではないか、と二人はうなずき合います。
別府で体験した、その場所でしか聞こえない音のアート
地方での価値の出し方として、鳥本さんは好きなアーティスト・梅田哲也さんが別府で手がけたアートプロジェクトの話を持ち出します。
そのプロジェクトでは、芸術祭に行くとヘッドセットとラジオを渡されます。どこでも聞けるのではなく、その場所に行くと聞こえてくる音があるという仕組みでした。
聞こえてくる声は、作家が作った架空のストーリー。時間軸も過去だったり未来だったりと、その場所にまつわることが重層的に語られます。移動しないと聞けず、点在する場所を巡っていく体験です。
(体験するのは)今見えている聞こえていることだけじゃなくて、過去のこともつながってきたりとか、時によっては未来のこともつながっていく。
最後は劇場で、それらが1本の映画という形でまとまる構成でした。移動しながら、その場所でしか体験できないものがある——鳥本さんはこれを「完全な思考実験」と前置きしつつ面白がります。
小田さんは、この発想が十勝の魅力とリンクすると受け止めます。目立った観光スポットが多いわけではない十勝で、自身が一番の魅力だと考えているのは、ドライブで農風景を見ることだからです。
僕は一番この十勝の魅力って、こう、ドライブでこの農風景を見るっていうところが多分(一番だと思ってて)。
農風景を見る体験に、その場所ならではの音や物語が重なれば、移動そのものが価値になる。二人はそんな可能性を語り合います。
通っているだけでいい、十勝の道
小田さんは、外から来た人を案内する仕事の中で「どこで遊びたいか」とよく聞かれると話します。ただ、目立った観光地に連れていくというより、通っているだけ、運転しているだけでいい場所が十勝には多いといいます。
先週もタイから来た元上司を案内したそうですが、十勝の中にも自分が行ったことのない道がまだあると気づいたそうです。
こんな道あるんだとか、こんななんか(別世界)みたいなとこあるんだみたいなのはありますし、やっぱその、通ってるだけでとか運転してるだけでいいんですよね。
鳥本さんも、今でも全然知らない道に出会うことがあり、そこが面白いと共感します。その体験に、先ほどの音のアートのような仕掛けが加わればどうか、と話は展開します。
小田さんは、その延長で「新得だったら新得の映画祭ができないか」というアイデアを口にします。
史実とフィクションが混ざる、土地の物語
鳥本さんは、別府のプロジェクトが史実をそのまま語るのではなく、実在したものにフィクションを混ぜている点を説明します。
たとえば、昔あったロープウェイに乗っていた男女の話。完全なフィクションですが、そのロープウェイ自体は実在していた、というようにノンフィクションとフィクションが混ざり合います。
昔はでもこういった、あの例えばロープウェイみたいのがあって、まあ本当じゃないだろうけど、こういった男女の会話みたいなのがあったのかもしれないな。
最後の映画では、声を森山未来さんと満島ひかりさんが演じていたといいます。ストーリーがあるようでない構成が、かえって想像力をかき立てたと鳥本さんは振り返ります。
小田さんは、これは十勝でもできそうだと関心を示します。話は芸術祭の体験へと移り、小田さんは直島を訪れたことがあると語ります。
何本かしか通らない船に乗ってみたいな、フェリー乗ってみたいなところがあって。
二人は、島を巡る体験や、そこにいる人の柔らかい言葉に触れる感覚を、北海道では味わいにくい浪漫として語り合います。
『風の谷という希望』のモデル、群馬の谷をひとりで歩く
話は本題の『風の谷という希望』へ戻ります。この本の後書き的な箇所に、モデルとなった地域がいくつか出てくると小田さんは紹介します。
そのひとつが、利根川の源流にあたる群馬県の利根沼田。小田さんはこの本を読んだうえで、3月に実際に現地を訪れたといいます。
読んで行きました。
ちょうど前の仕事を辞め、これから自分でやっていくという時期でした。普段と違う行動を意識的にしないと自分はしなくなってしまう、と小田さんは考えます。
そこで強制的に休みを取り、行き先を決めました。ただ、行ったからといって特別な目的があったわけではなく、群馬の山奥を一人で4日間ドライブしていたそうです。
何の目的もなく、なんかどっかに何か目的地があるわけでもないので、なんかその時何やってんだろうな、自分って思っちゃって。
元々公務員だった小田さんには、「こうあるべき」「こうでなければいけない」という感覚が強くありました。目的のないドライブは、その感覚から一歩抜けられた体験だったと振り返ります。
離島のような谷と、土地固有のものを大切にする感覚
利根沼田は、川が深い谷になっていて、橋を渡ると陸なのに離島のような感覚がある場所だったと小田さんは描写します。
そこはかつて城があり、高台で谷もあるため攻めづらい、孤立した土地でした。小田さんは、これが風の谷のヒントかどうかはわからないと断りつつ、その雰囲気に惹かれたといいます。
小田さんは、『風の谷という希望』が、その場所固有のもの、土地のオリジンを大切にする感覚が強い本だと読み取ります。そのうえで、十勝出身の自分たちはその感覚が相対的に薄いのではないかと問います。
(この本は)その土地固有の自然だとか景観の素晴らしさ、そこ自体が価値になるんだよっていうことを結構強めに言ってる。
群馬の山間の風景は、十勝や北海道にはない場所だからこそいいと感じてしまう。無いからこそ価値に見える、という逆説を小田さんは語ります。
さらに小田さんは、リゾートより都市の成り立ちに関心があるといい、利根沼田でも絶景よりも城下町だった町中をずっと歩いていたと明かします。
何十代も続くような酒屋さんとか、何十代もいないですかね、北海道はね。
鳥本さんは、その観点だと日本のどの地域も面白く、歴史を辿って深掘りできると応じます。二人は、地方の違いの核心はやはり歴史の厚みにあるのではないか、と話をまとめます。
一方で、北海道にも縄文の遺跡が多く残るという話もあり、どこを面白がれるかが問われる、と鳥本さんは付け加えます。小田さんは、よく通うアイヌ料理屋で人とのつながりが広がっていく面白さも語ります。
90年代の渋谷という「珊瑚礁」への憧れ
話題は本の中に出てくる「珊瑚礁」という言葉に移ります。面白い人が入り込み、何かが生まれ始めるような、多様な隙間と居場所を持つ創造的な場のことです。
その例示として、90年代前半までの渋谷の裏や下北沢の脇の、猥雑で何かが生まれている地域が挙げられていました。小田さんはこの箇所に強く反応します。
僕タイムスリップできるんだったら(90年代の渋谷)に行ってみたいなと思うんですね。
小田さんは音楽好きで、90年代の渋谷はまさに渋谷系という音楽が出てきた時代でした。若い人たちが過去の音楽を掘り、新しい文化やカフェ文化を生み出していた——その時代への漠然とした憧れが中学生の頃からあったといいます。
その珊瑚礁の例として渋谷や下北が出てくることが、小田さんにとっては「胸アツ」だったそうです。いろんな人が集まり、面白いことを応援し許容する機運があった場所です。
小田さんは、その延長でガンケフェスも一時的にそうした時間と空間を作れているのではないか、と鳥本さんに問いかけます。
自然発生的にシーンが生まれる場所と、十勝の広さという壁
鳥本さんも渋谷や下北の熱量に共感します。自身が上海に行ったのも、当時の上海で現代アートが盛り上がっていたからでした。
工場の跡地にアーティストが住み着き、ギャラリーが自然発生的にできる。上海のM50という工場跡地や倉庫に、クリエイターが勝手に集まってシーンができていく様子を何度も目にしたといいます。
クリエイターが勝手に集まってくるみたいな、あの自然発生的にそのコミュニティとかシーンができてくる。
ただ鳥本さんは、その熱量は渋谷や下北のコンパクトさが成り立たせている面もあると指摘します。十勝でそれをやるには、あまりに広すぎるというのです。
十勝でそれをやるのはどうしていいが広すぎるなというか。
物理的な空間の密集、つまり密と疎の関係が、創造的な場をつくるうえで大事なポイントになると鳥本さんは感じます。
小田さんは、この話が自身の関わってきたLANDとも重なると話します。LANDは「事業創発」という言葉を掲げ、そこにいる人たちが勝手につながり、協業や新しいことが生まれることを目指していました。
そこにいる人たちがこう勝手につながって、こう協業が生まれていくとか、勝手に面白いこと始めるとか、結構それも目指してたりして。
自分の知らないところで人がつながり、こういうことを始めたと報告を受けるのがとても嬉しかった、と小田さんは振り返ります。まさに珊瑚礁的なものを目指していた、と本を読んで再確認したそうです。
コンパクトさゆえに人が集まりやすく、シーンが自然発生的に生まれる
自然や農風景は価値になる一方、広さと車移動が人の密集を難しくする
移動という壁と、お酒の場でしか生まれないもの
鳥本さんは、熱量の生まれ方を考えるとどうしても気になるのが車移動だと繰り返します。ふらっと集まって夜中までわいわいする、という感じが十勝では難しいのです。
時代が違うので、AIやオンラインで別の解決策が生まれるかもしれない、とも付け加えます。ただ小田さんは、そこには情緒的な部分もあると応じます。
屋台やお酒の場での会話から「じゃあここと一緒にやってみようか」となる。それはオンラインでは生まれにくいと二人は話します。
移動は、こうしたコミュニティや熱量を考えるときにどうしても当たってしまうハードルだと鳥本さんは言います。空間の良さを語りながらこう言うのは矛盾している、と自ら認めつつ、避けては通れないポイントだと結びます。
小田さんは、十勝の各市町村で面白いことをやっている人はそれぞれの町にいて、しかも町を越えて仲がいいと補足します。一箇所に集めるのがいいとも限らない、それぞれの町にある良さもあると話します。
一方で、『風の谷という希望』が想定しているのは、十勝ほど広いエリアではなく、もう少し狭いエリアなのだろう、と小田さんは見立てます。
鳥本さんは、5年ほど関わっている熱海の芸術祭を例に挙げます。歩いて街を回れるため、人にすぐ会え、集まれ、展示エリアもつくりやすい。北海道だと車移動と駐車のハードルがある、と対比します。
二拠点への憧れと、それぞれの風の谷を巡る世界観
渋谷の話に戻り、小田さんはその時代への憧れをあらためて語ります。震災後の2011年4月から東京に住み始めた小田さんは、今も東京が大好きで、住めと言われれば喜んで行くほどだといいます。
鳥本さんは二拠点生活を勧めます。十勝にコミットしつつ、東京でしかできないことや情報の集まり方を活かせるのではないか、という提案です。
ここで小田さんは、本の冒頭に出てくる「100年後の世界」の描写に触れます。今日まではこの風の谷に滞在し、明日からは違う風の谷に行く、という世界観です。
そういうそれぞれの地域での快適な過ごしやすさっていうこともそうだし、それぞれの自然の豊かさがあって、人もそれぞれ面白い人が土地土地によって違ってくると。
一つの土地に縛られるのではなく、いろんな風の谷を巡れる世界観になっている点を、小田さんは面白いと評します。
ビジョンを描く難しさと、ガンケフェスの「開かれた身内感」
小田さんは、この本がビジョンを示せている点を素晴らしいと感じます。自身は会社を作ったばかりで、ビジョンを描くことの難しさを初めて思い知ったといいます。
ミッション・ビジョン・バリューのうち、バリューは自分が大切にしてきた価値観から設定できる。しかしビジョン、つまり100年後がどうなっているかを示すのは難しい、と正直に語ります。
これに対し鳥本さんは、コテンラジオの深井さんが「日本人はミッション・ビジョン・バリューを作るのが苦手だからやらなくていいのでは」と話していたことを紹介します。
鳥本さんはもともとビジョンはあるべきだと考える方でしたが、今は「なくていいのではないか」という方に傾いていると話します。歴史観も含めて納得できたそうです。
小田さんは、ガンケフェスが多くの関係者と作られていることを踏まえ、組織で同じ方向を向くためにビジョンはどうしているのか、と尋ねます。
鳥本さんの答えは、言語化して目指すものはないし、作る必要もないというものでした。立ち上げは鳥本さんと幼馴染、そして弟の3人。根源にあるのは、子供の頃の遊びの延長という感覚です。
子供の頃、あのエリアで遊んでて、あの遊びが大人になっても続いている感じというか、同じようなメンバーで同じ場所で。
遊びは、怒られても、喧嘩しても、翌日にはまた続くもの。その輪に仲間が増え、大人になったからできることも増えていく延長線上にガンケフェスがある、と鳥本さんは語ります。
来場者からかけられて腑に落ちた言葉が「開かれた身内感」でした。昔から遊んでいた仲間との延長なので、お客さんと主催者、演者とイベント、という分け方にならないのです。
小田さんは、この「開かれた身内感」という言葉に強く反応します。好きなフジロックとの違いがまさにそこかもしれない、と気づいたといいます。
(ガンケフェスに)ロケーション的にすげえフジロックだ、すごいちっちゃいフジロックだなって(思った)。
フジロックにも身内感はあるが、それは「一年後にまた会う友達」がいる感覚。一方でガンケフェスの開かれた身内感は、また少し違うのではと小田さんは言葉を探します。
続いてきたことが、答えになる
鳥本さんは、別の来場者が言った「誰が行ってもここに行っていいんだと思える」「存在が認められている」という感覚も紹介します。立場で分けられない場になっているというのです。
それは目指してつくったものではなく、成り立ちから自然にそうなっていった。だからこそ、何かを目指すというのとは少し違う、と鳥本さんは語ります。
遊びの延長で広がっていくのが一番自然で、だからこそ面白がれる。そして続けること自体が大変な中で、続いてきたこと自体が、その言葉の意味を証明していると鳥本さんは話します。
ただし来年やるかどうかはまだ決まっていない、大人の事情もある、と鳥本さんは笑いを交えます。それでも「遊びたくなったりあるんじゃないか」という感覚が残ります。
最後に鳥本さんは、半年後や1年後に感覚や見え方が変わったら、また話を聞かせてほしいと締めくくります。先週から2週連続でゲストに登場した小田さんへの感謝で、この回は終わります。
まとめ
運転する時間の長さという身近な話から、その土地でしか体験できないものや、人が自然に集まる創造的な場のつくり方まで、二人の対話は広がっていきました。十勝の広さという壁を認めながらも、続いてきたガンケフェスに答えを見出す回でした。
- 都市と地方の一番の違いは移動の差であり、運転する時間が生活に占める割合が地方では大きい
- その場所でしか聞こえない音のアートや農風景のように、移動する時間そのものを価値にできる可能性がある
- 『風の谷という希望』は土地固有の自然や歴史を価値とする本で、その感覚は歴史の浅い十勝では相対的に薄いという気づきがあった
- 90年代の渋谷のような創造的な場は、コンパクトさゆえに成立する面があり、広い十勝では車移動が壁になる
- ガンケフェスは明確なビジョンではなく「遊びの延長」と「開かれた身内感」で続いており、続いてきたこと自体が答えになっている






