前半の「日本人論」から、これからの日本へ
この回は、シーズン25「我々は日本人だ」の後半にあたります。2人はどちらも海外在住経験がなく、ずっと日本に住んできた立場から話を進めます。
前半では、国土や風土、言語、文化、食文化、そして言語的・非言語的コミュニケーションといったテーマを発散的に話したと2人は振り返ります。
話してたり聞き返してみると、やっぱ我々は、おそらく世界で一番長い歴史を持って、一つの民族として、この日本という島国に2000年ぐらい住んでいて。
その長い歴史のなかで培われてきたものは、磨き上げられ、こだわり尽くされてきたと高崎さんは言います。ただ、それを本格的に紐解くには番組の尺では足りず、専門家に委ねるべきだという整理がなされます。
そのうえで、後半のテーマが提示されます。前半が歴史やこれまでの日本に焦点を当てていたのに対し、後半は現代から未来にかけての日本を扱う、という切り替えです。
失われた30年みたいな話があってからの、この先の日本とか日本人はどうあるべきなのか、もしくは高崎さん個人がどうありたいのか。
昭和の終わりに生まれた高崎さんが抱くノスタルジー
高崎さんはまず、自分が昭和の最後の方に生まれた世代であることを起点に語り始めます。自然的にも経済的にも、当時の日本には特別な感触があったと言います。
具体的に挙がるのは、都市と田舎の対比や、おばあちゃんの家への帰省です。夏休みやお正月がキラキラしていて、四季がしっかりあり、夏も今ほど暑くなかった日本に、高崎さんは強いノスタルジーを持っています。
今の子供たちの生活が悪いとは言わないですけど、やっぱり自分が経験してきた子供の時代に失われてしまったものは今いっぱいあるなと思って。
その失われたものへの憧れが、取り戻したいという気持ちにつながっていると高崎さんは話します。具体例としてまず挙がるのが、ご近所付き合いです。
人と人との隔たりみたいな壁みたいなものがどんどん大きくなっているような。まあ自分がそうだけなのかもしれないですけど。
バナナ、ザリガニ釣り、外で遊べない夏
高崎さんは、学校から帰って親がいないと、隣の家に上がってバナナを食べていたという自身の体験を語ります。パーソナリティ側も、家に誰もいなければ隣の人に入れてもらったり、友達の家に遊びに行ったりした記憶を共有します。
特に僕はマンション住まいだったので、しかも隣の子がね、同級生だったんですよ。幼稚園から小学校までずっと。
隣近所が顔見知りだった感覚を、パーソナリティは「少なくとも左右の人は知っていた」と表現します。高崎さんは、こうした風景がジブリ作品や新海誠監督の描く夏の情景、古い年代の日本映画のなかに表れていると重ねます。
懐かしさがあるし、美しさを感じますね、その中に。
高崎さんの祖父母の家は石川県にあり、赤トンボが飛び、一面の田んぼに川が流れ、カニを捕るような環境だったと言います。2人はザリガニ釣りの話でも盛り上がります。
ザリガニいるいる。全然いる。僕も煮干しでザリガニ釣ってましたね。
一方で、今はこうした遊びが難しくなっていると2人は指摘します。そもそも夏場は暑さのため外に出られず、「家でゲームしてな」となり、スマホでYouTubeも見られてしまう時代だからです。
遅れをとっても、失った風景を取り戻すチャンス
ここから話は、日本の未来像へと転換します。高崎さんは、たとえ人口が減り、経済的に先進国から遅れをとったり新興国に追い越されたりしても、それを別の可能性としてとらえます。
長い歴史の中で築いてきた、そういう風景とか、人との繋がりみたいなものを、もしかしたらもう一度取り戻せるチャンスなのかなとも思います。
パーソナリティは、この見方を戦後からの流れとして整理します。復興のなかで手先が器用で真面目な国民性が功を奏し、経済大国まで成り上がったが、それが今ピークアウトしているという認識です。
そのうえでパーソナリティは、これからは経済ではない豊かさの方向へ向かうチャンスなのではないか、と応じます。高崎さんもこれに同意します。
成長する都市と、美しい田舎の共存
高崎さんは、田舎を取り戻すといっても都市を否定するわけではないと明確にします。都市は都市であっていい、という立場です。
成長してるとこは成長してていいんですよ。そこは非常に若者にとっては魅力的で、教育があって、経済があって、もう中心でバリバリ回ってます。
高崎さんが理想とするのは、その都市から電車に乗れば別の地域が広がっていて、そこも問題なく回っている状態です。古くなっていくものも美しく、新しく建つものも効率的でいい、というバランスを描きます。
時間で都市に行けるし、時間で田舎に行けるし、エンタメもあって、街も美しいみたいなことができると思うんですよね。
パーソナリティも、この考え方に近いと応じ、都市とそれ以外の役割分担をもっと明確にした方がよいのではないかと提案します。
棚田はコスパで測れない――経済では測れない価値
パーソナリティは、都市計画が結局は経済活動やコスパに準拠して優先順位を決めている点を問題として挙げます。そのうえで、費用対効果では測れない指標で役割分担できないかと問いかけます。
具体例として挙がるのが棚田です。コスパで考えれば、田んぼは広く平らな場所に集約した方が管理は簡単だと前置きしたうえで、棚田が果たす別の役割を説明します。
(棚田は)山の斜面に作ってるから、雨がめちゃくちゃ降った時に、ダムみたいな役割も果たしているから、下流での洪水が防げるよね。
棚田は洪水を防ぐ役割に加え、景色として美しく観光資源になり、生産された米が食料の自給にもつながります。しかし景観や防災は経済効果として測定しづらい、とパーソナリティは指摘します。
数字にできない付加価値をどう評価するか、その評価軸が今結構求められてるというか、あったらいいなっていう風に僕は思ってる。
広く平らな土地に集約した方が管理が簡単で、棚田は非効率に見える
洪水を防ぐ防災機能、観光資源になる景観、食料自給への寄与
新しい評価軸を発明する「トップランナー」としての日本
パーソナリティは、日本が歴史だけでなく、他の先進国がこれから迎える人口減少の最先端を走っている点に着目します。だからこそ、経済では測れない大事なことを推し量る指標を生み出す役割があるのではないか、と語ります。
日本でそれが社会実験的に成功すれば、世界各国がそれを真似して、今後訪れるであろう人口減少の時代を軟着陸させていけるんじゃないか。
ここで話は、その新しい指標が具体的にどんなものかへ移ります。高崎さんは、経済的な指標でも費用対効果でもない評価軸のことか、と確認します。
それをなんか発明するのが日本なんじゃないかなみたいに僕は思ってるんですよ。
高崎さんは、その評価軸で各地域を評価するのかと問い、幸福度やQOL指数のようなイメージを挙げます。パーソナリティも、GDPではなく幸福度指数のような指標を念頭に置いていると応じます。
高崎さんは、そうした指数を出すには、経済的な指数や人口、出生率なども一つの変数として包括されるだろうと補足します。パーソナリティは、経済指標もあくまで「ワンオブ全部」だという感覚を持った方がよいと述べます。
そろそろ資本主義経済のその先の新しい何かみたいなものを作んなきゃやべえぞみたいな風に思ってる人たちは結構いるような気はしていて。
自己完結しつつ、ゆるく繋がる――温故知新の処方箋
パーソナリティは、地域ごとに独自の経済圏を作り、都市と取引する動きが少しずつ増えていると話します。地産地消から始めつつ、他とも結びついた方がより良くなる形が理想だと言います。
その背景として、過度に繋がりすぎた現在のサプライチェーンへの懸念があります。一箇所が転ぶと全部まとめてこける状態を避けたい、というのがパーソナリティの問題意識です。
パーソナリティは、高崎さんの「失われたものを取り戻す」という発想を、ルネッサンス的・温故知新的だと受け止めます。かつての日本人が兼業農家的に自給自足していた姿を例に挙げます。
昔の日本人って、自分で食う米は自分たちで作るし、家を建てるための木は自分たちで植えてたし、本当に自給自足を各戸がしていたじゃないですか。
現代でそこまでの自給自足は無理でも、それに近いことができるようになれば、幸福度や人生への満足度を上げつつ、人口減少を大打撃にせず軟着陸させる処方箋になるのではないか、とパーソナリティはまとめます。
鍵は教育機関と仕事の多様性――つくばという実例
高崎さんは別の観点として、地域に必要なのは教育機関と仕事の多様性ではないかと提起します。専門分野を学ぶには東京に来るしかない、という状況が問題だという見方です。
その分散をうまくやっている例として挙がるのが、つくば市と筑波大学です。かつては何もなかった場所に大学ができ、研究機関が揃っていったと高崎さんは語ります。
(つくばは)研究機関がいろいろ揃ってて、っていうことが起きると若者が入っていって、そこから起業するのか、そこにすでに何か仕事があるのか。
高崎さんは、地方に持ち帰っても専門スキルを使える職場がある環境が重要だと言います。そのうえで、地域ごとの技術開発や職の多様性を測る指標があれば、若者の移住や流動性が生まれると展望します。
そういうものが起これば、若者の移住というか、そこにそもそも生まれてきた子たちや、東京からそっちに移住するみたいな流動性が生まれる。
まとめ
この回は、失われた風景への郷愁を出発点に、人口減少の最先端を走る日本が経済ではない新しい豊かさの物差しを発明できるのではないか、という対話でした。都市と田舎の役割分担、棚田の例、幸福度指標、教育と仕事の分散といった具体例を通じて、経済一辺倒ではない社会像が語られます。
- 2人は海外在住経験のない立場から、前半の歴史を踏まえ、後半で現代から未来の日本を語り合う
- 高崎さんは、昭和末期のご近所付き合いや田舎の風景へのノスタルジーを、取り戻したいものとして挙げる
- 人口減少で経済的に遅れても、風景や人との繋がりを取り戻すチャンスととらえる見方が示される
- 棚田を例に、防災や景観など経済では測れない価値をどう評価するかという「新しい評価軸」の必要性が語られる
- 日本を人口減少社会のトップランナーと位置づけ、教育機関と仕事の多様性の分散が地方再生の鍵として挙がる



