連載が終わった作品が、なぜ過去最高益になるのか
佐渡島庸平さんは講談社で『ドラゴン桜』や『宇宙兄弟』を手がけた漫画編集者です。クリエイターが長く活躍できる環境には、メディア側ではなくクリエイター側に立つ会社が必要だと考え、エージェント会社のコルクを立ち上げました。
佐渡島さんによると、今年は18年続いた『宇宙兄弟』の連載が終わった大きな年です。ただ、話は意外な方向に進みます。
例に挙がったのは、連載終了から8年ほどたつインベスターZ ── 三田紀房さんによる投資をテーマにした漫画。中学生が学校の投資部で資産運用に挑む物語で、ドラマ化もされましたです。終了後1〜2年で売り上げは落ちましたが、社員の努力によって今は過去最高益になっているといいます。
それ(売り上げが伸びた理由)なんでなんですか?
うちでね、かなりSNS運用をすごいしっかりして、SNS運用と連動して各書店でのセールとかをして、露出面を増やしてってっていう風にしたら、売り上げがすごい伸びたの。
コルクがやっているのは、作品の切り抜きをさまざまなコピーとともにXやYouTubeに出し続けることです。地道に改善を重ね、ちばてつやさんや里中満智子さんの作品でも売り上げが伸びているそうです。
佐渡島さんが重視するのは、SNSと課金の出口の連動です。人はお店や電車のように「払うべき」と思っている場所でしかお金を払わない、と説明します。
課金ってむちゃくちゃ習慣とかに根付いてたりするから、課金できるポイントとSNSのチームがうまく連動したりとか話し合わないと、そのビジネスにはなってかないんだよね。
SNSで露出
切り抜きをコピーとともにXやYouTubeに出し続け、改善を重ねる
作品を思い出す
作品との接点がなくなっていた読者に再び届く
課金の出口
書店でのセールなど、お金を払う習慣のある場所につなげる
売り上げ増
連載終了から8年の作品が過去最高益に
高木さんはこれを、SNSが認知と接点をつくり、単行本という課金の習慣がある出口があるからビジネスになる、と整理しました。佐渡島さんもその理解にうなずいています。
映画化の年より最終回の年が盛り上がった『宇宙兄弟』
『宇宙兄弟』は2012年に映画とアニメがあり、世間の経済効果としてはそのときがピークだったかもしれない、と佐渡島さんは話します。それでも連載が終わった今年、コルクの売り上げは過去最高になりました。
最終回の年は、映画のときよりもファンの間で盛り上がり、グッズが売れに売れたといいます。渋谷西武、渋谷スクランブルスクエア、ソラマチ、阪急、志摩のアドベンチャーパークでもイベントが開かれ、コルクが許諾してパートナーと実施しています。
佐渡島さんは、遠くの人と近くの人では関わり方が違うと説明します。遠くの人は大量のコンテンツを見せられていて「わざわざ見てあげる」距離感にいる、という見方です。
宇宙兄弟が好きで見たいっていう人たち、より深くコミットしたいっていう人たちが関われる場を作って、そこで楽しめる商品を作ってとかっていうのを設計してってる。
高木さんが、コアなファンになる割合を尋ねると、佐渡島さんはアニメを例に挙げました。
アニメ視聴
無料で多くの人が見る
単行本購入
そのうち1〜2割が本を買う
濃いファン
さらにその1〜2割が、深く関わるファンになる
裾野が広いほど頂点が上がるのはスポーツと同じだ、と佐渡島さんは認めます。ただ、これまでは誰もが裾野を広げることばかりで、深まったファンの満足度を上げるプレイヤーは少なかったといいます。
出版社はグッズの権利を外部に売って大量生産する形が多い一方、コルクは値段が高くても「わかってるファンなら欲しい」もの、家に一生置いておきたいと思えるものを作っているそうです。
話題作より「何十年も売れる作品」、糖と油に似たSNS
高木さんは率直に、コルクからは誰もが知る作品が次々に出ている印象はない、と投げかけます。佐渡島さんの答えは、話題は忘れられて入れ替わるものだ、という点から始まりました。
前日にイベントの関係者15人ほどと食事をした際、電通のクリエイターが「実家に全巻そろっている漫画は『ドラゴン桜』と『宇宙兄弟』の2種類だけ」と話したそうです。佐渡島さんは、そうした声を意外とよく聞くといいます。
何か作る時に話題になるかどうかっていうのはあんま考えてなくて。それが何十年間ぐらいビジネスできるものを作ろうとしてんだろうっていう、なんかそういう考え方かもね。
佐渡島さんは2002〜03年に立ち上げた『ドラゴン桜』で、今も25年近くビジネスをしています。扱いたいのは、社員が何度読み返しても発見がある作品です。編集者時代には1つの作品を10回ほど読み、そこに書かれた考え方で自分自身が変わっていったと振り返ります。
一方で、良い作品を届ける難しさについては「今もむっちゃ苦戦している」と認めます。佐渡島さんは食べ物を例に、スタバのフラペチーノやマックのフライドポテトのような油と砂糖が人の本能をジャックしている、と話しました。
佐渡島さんの見立てでは、SNSでも同じことが起きています。強いのは喧嘩、不倫や復讐のように不安をあおるもの、そして異世界転生で無双するような「そのままでいい」と安心させるものです。
油と糖の食品の中から、その歴史に残る文化的なレシピみたいなのが生まれないのと同じように。
そういうふうな刺激的なコンテンツの中から、人間の存在とか自分の生き方について考えたりするような作品って出てこないだろうなと思っていて。
喧嘩・不倫・復讐・異世界転生など。アルゴリズムでも宣伝でも回るが、糖と油の食品のように本能をジャックする
人間の存在や生き方を考えさせる。大きく広げず、ゆっくり広げながら収入化する道を探る
SNSを使いながらも大きく広げず、ゆっくり広げて収入にする道を探っている、と佐渡島さんは言います。出版社時代には、連載終了から5年、10年で過去最高を記録するイメージは持てなかったそうです。
福岡移住は「自分が組織をかき回さない」ための選択
高木さんは、佐渡島さんがコロナ禍のころに渋谷から福岡へ移住した理由を尋ねます。高木さん自身は地方の仕事が多いものの、住んでしまうと怠けてしまいそうで、人の刺激で成り立っている部分があるといいます。
神戸出身の佐渡島さんは、地方に住んでみたかったことに加え、組織づくりの事情を挙げました。編集者として細部に魂が宿ると考えるため、同じ会社にいると社員の挨拶の仕方まで気になってしまうのだそうです。
気づいたのに言わないっていうのは不親切なのか、それとも親切なのかみたいなのが。
そこで佐渡島さんはSlackからも抜けて福岡に移り、副社長に組織づくりを任せ、自分は副社長や役員とだけ話す形にしました。自分が頻繁に引っかき回すのは良くないと考えたとき、地方へ行くのは「非常にいい手だった」と話します。
福岡では人付き合いも週末の過ごし方も東京とまったく違い、佐渡島さんにとって良かったといいます。高木さんの「人から刺激を受ける」という話を受けて、佐渡島さんは刺激の源について語りました。
やっぱり東京でね、話題になってることって泡みたいなものだと思ってて。その、まあ波の先っぽなんだと思うんだよね。
佐渡島さんにとって、ものづくりは何かの刺激への反応です。その刺激は人よりも自然や歴史から受けるほうが面白く、波を起こしている奥で何が起きているかを知るには、福岡に行ったことがとても良かったといいます。
2度目の離婚と3度目の結婚、愛は「追求するもの」
福岡暮らしの悪かった点を聞かれると、佐渡島さんは急に歯切れが悪くなります。高木さんが家庭に変化があったと聞いていると伝えると、佐渡島さんは「2回目の離婚をし、3回目の結婚をする」ことになったと明かしました。
佐渡島さんは、2拠点生活が原因ではなく、そうでなくても起きただろうと話します。相手から見えている世界は違うので、自分の見え方だけを具体的に話すと怒る人もいるだろう、と慎重に言葉を選びます。
そのうえで佐渡島さんは、長く残るものを作りたいという編集者としての考えが、人間関係にもつながっていると説明しました。今はたくさんの人と付き合うより、少ない人とどう深く付き合えるかを考えているそうです。
ちょっとここからさ、突飛な話なんだけどさ、高木君さ、神様は信じる?
高木さんは、熱狂的にではないものの、自然から何か超越した存在を感じるアニミズム的な意味では信じていると答えます。佐渡島さんはここから、神と愛を同じような抽象概念として並べました。
佐渡島さんの問いは、愛を「あることにしたほうが社会が回る抽象概念」と見るのか、「あると思って追求するもの」と見るのか、というものです。結婚制度や家族制度は、愛があるという前提で回っている、と佐渡島さんは説明します。
俺は全くそう思ってなくて。それ(愛)を徹底的に追求するっていうのがパートナーシップだと思ってるっていう。
佐渡島さんによると、人生をかけて愛とは何かを探求し続けるのが夫婦という関係です。別れのときにもそうした会話をすると明かし、高木さんは「ややこしいな」「めんどくさいなぁ」と笑いながら受け止めていました。
40代は自分を知る時期。エネルギーは減るどころか増えた
佐渡島さんは、自分がどんな価値観を大切にしているのかを知っていくのが40代なのだと強く感じているといいます。
高木さんは、自然や歴史から刺激を受ける静かな暮らしでは、何かを作りたい気持ちが減っていかないかと尋ねます。佐渡島さんの答えは逆でした。
むっちゃ増えてくよ。
集中する感じになるし、作ろうっていう風に思う気持ちもすごい増えるね。
佐渡島さんは、自分の中から自家発電のようにエネルギーが湧き、周りから一切注目されなくても同じことを続けられるタイプだといいます。そういう人には、静かな場所に行って集中する生き方がとても合う、という見方です。
高木さんは、地方に行ったらクリエイターは終わりだとよく言う人がいる、と別の視点を出します。佐渡島さんは、作るものが広告なら届ける相手をよく知る必要があると認めつつ、創作物は事情が違うと答えました。
違う時代の人に届けようっていう風に思ったら、今と違う時代みたいな生き方しといた方がいいかもしれないぐらいの感じはあると思うよね。
「最高の作品を作る」から「最高の作品が生まれる場を作る」へ
コルクを立ち上げたばかりのころの佐渡島さんは、自分が作品を作り、その価値観を口で社員に教えていくのだと考えていました。しかし、こだわりが増えるほど、口で言うとただうるさい人になってしまったといいます。
今の佐渡島さんが自分の役割と考えるのは、コルクから最高の作品が生まれる場を作ることです。社員がどんな習慣を持てば、良い作品を作りビジネスでも成功する場になるのかは、難しい問いだと話します。
俺はこういう活動してたのが俺を作ってるっていうのが結構認知が間違ってる場合もあって。
自分が最高の作品を作り、価値観を口で社員に教える
最高の作品が生まれる場を作り、引いて見ながら施策を試す
佐渡島さんは、変化後のほうが「難しくて面白い」といいます。ただし、自分が編集者として関わるのをやめたわけではありません。
佐渡島さんが今育てているのは、2人1組の作家チーム(羽賀さんと渡部さん羽賀・渡部の表記)、ざくざくろさんざくざくろ、角田ふむさん角田ふむの3組です。いずれも10年以上、羽賀さんは15年ほど育成しており、羽賀さんは『君たちはどう生きるか』をヒットさせています。
あと一回か二回何か開花すると、ああいう(宇宙兄弟みたいな)才能になれるなっていうところまで今育ってきてるんだよね。
佐渡島さんは、この3組が良いテーマを見つけ、誰が打ち合わせをしても面白さが担保できる土台を作るところまで自ら担い、その後は社内に引き継ぐ考えです。次の世代は、社内に整いつつある発掘と育成の仕組みで社員が見つけていくといいます。
高木さんが、宮崎駿さんと鈴木敏夫さんのように最後まで伴走しないのかと聞くと、佐渡島さんは、組織を強くするなら組織の経験にしたほうがいいと答えました。
暗黙知を形式知に変えていくっていうことが、その社会を良くしていくっていうことへのコミットだと思ってて。
悟っているのか、整いすぎているのか
高木さんは、コルクではなく佐渡島さん個人がどこに向かっているのかを尋ねます。佐渡島さんは、自分を知ることが世界を知ることにつながると考え、体を鍛えていると話し始めました。
佐渡島さんのトレーニングは筋トレではなく、1時間かけて足の骨の動かしやすさを変えるような、体の繊細な動かし方を追うものです。合気道やヨガにも取り組み、その感覚をAIでの創作にも広げているそうです。
糸島に一軒家を建て、料理を楽しみ、鳥羽さんの店シオで1人5万円のコースのシェフも務めた佐渡島さんを、高木さんは「悟っていってる」ように見えると言います。佐渡島さんは悟りたい気持ちはないとしつつ、「死ぬほどご機嫌に生きてる」とは認めました。
そんな幸せでなんか強度高い作品って作れるんですかね。
それは逆に全然できるなと。
佐渡島さんによると、認められたい気持ちや社会への恨みから生まれる感情は種類が似てしまいます。こだわれるポイントや気づける量が昔より圧倒的に増えた今は、もっといろいろなタイプの感情が描けると考えています。
それでも高木さんは、整いすぎたものはエネルギー値が低いという印象を拭えません。佐渡島さんは、自分は穏やかではなく、波を乗りこなしている話し方が凪のように見せているだけかもしれない、と返しました。
高木さんは、社会の不条理を積み上げて社会を変えたいと思うタイプです。佐渡島さんは、社会を変えたいと思うか、社会は変わっていくと思うかで行動が大きく変わる、と自分の変化を語りました。
理想を言語化し「こっちだ」と声高に示す。かつての佐渡島さん、そして登山で先頭を歩くという高木さんのやり方
社会は変わっていくと捉え、距離を置いてどう働きかければ変わるかを見る。今の佐渡島さんのやり方
佐渡島さんは、この変化が45〜46歳のころ、つまり3〜4年前に起きたといいます。プライベートの大きな変化とも重なっていたそうです。
なるようにしかならないなって思ったっていうか。
佐渡島さんは、夫婦の揉め事で相手に勝ちたいわけではなく、子どもにも子どもの人生があることを例に挙げました。働きかけられないことに働きかけて、頑張っている姿を周りにアピールしていたのかもしれない、と振り返っています。
宇宙兄弟のコース料理に込めた「時間差の種」
佐渡島さんは、なるようにしかならないと受け入れたことで、かえって自分の力を信じてやるようになったといいます。その例が、『宇宙兄弟』の完結に合わせて作ったコース料理です。
佐渡島さんは作中で大事だと思ったシーンを皿のタイトルにしました。若い頃のムッタとヒビトは、甘露煮にしてほぐした親の鮎と、素揚げの稚鮎をクレープで一緒に巻いた一皿で表現したそうです。
ムッタとヒビトが月面で会うシーンは、イカ墨を練った黒い麺にイカ墨のソースとカラスミで宇宙を描き、ハマグリとアサリを入れたパスタで再現しました。佐渡島さんはこれを、作者の小山宙哉さんに味わってもらったといいます。
そしたら小山さん何て言うんですか?
小山さんは普通に食べて終わるって感じ。
高木さんは、作品を愛でているようだと感じます。佐渡島さんはそれを、愛でているというより「コミュニケーションに時間をかけている」のだと言い直しました。
佐渡島さんの考えでは、連載終了時に感想を言葉で伝えても、その場の興奮で終わりやすく、思い返されることは少ないものです。3〜4時間かけてコースを味わった体験なら、何度も思い返され、次回作の参考になるかもしれないといいます。
コミュニケーションに対して、時間差の種を植え込むみたいな感じで。
佐渡島さんは、相手と会っていない時間に何が相手の種になるかを考えて埋め込み、関係が続く中で、芽が出ていなければもう一度、次は水をあげてみる、と関係を育てていくそうです。
情熱が強すぎて「相手が焦げる」、だから距離を測る
高木さんは、なるようにしかならないという気持ちで『宇宙兄弟』や『ドラゴン桜』のような無謀な挑戦の作品が生まれるのか、と疑問をぶつけます。佐渡島さんの答えは、高木さんの見立てとは逆でした。
逆にね、その二十二、三歳の頃とかよりは、その持ってる情熱がより火が強くなり、より燃えていて。
俺がそれを情熱的にね、人にぶつけていくとね、相手が焦げるね。
何者でもなかった20代は、情熱をぶつければ他の人にも火が灯りました。今は情熱が強すぎるため、相手が受け取れる形と、いいタイミングで火がつく渡し方を考えているといいます。無責任や距離を置いているように見えても、限りなく適切な火の渡し方へ変わってきた、というのが佐渡島さんの実感です。
本気でぶつかり合う相手は、小山さんです。連載終了後、19年ぶりほどに2人きりで食事をした際、思い出を振り返るどころか、ずっと次回作の話をしていたそうです。
焦げてもいいと思って近寄ってくる若手には、いくらでもそのテンションで接するといいます。ただし、自分から情熱的に近寄ることはしません。自分の情熱はあくまで自分の価値観だから、という理由です。
経営者としての今後について、佐渡島さんは事業規模をもう少し大きくしたいと話します。組織を理解していなかったせいで足踏みしていた時期が長かった、と認めたうえでの目標です。
最も難しいのは、佐渡島さんが深く関与しなくても作品をヒットさせられるかどうかです。組織に興味がないと社員に言われるという高木さんには、「興味の持ち方が違うってことだと思うよ」と返しました。
もうすぐ39歳になる高木さんに、佐渡島さんは論語を引いて40代と50代の見通しを語ります。
次の挑戦は、秋田を舞台にした日本酒漫画
高木さんは、AIでの作品づくりや糸島での暮らしを見て、佐渡島さんは『宇宙兄弟』以降のヒットを諦め、自己探求のモードに振り切ったのではと思っていたと打ち明けます。
佐渡島さんが明かしたのは、羽賀さんと渡部さんと作ろうとしている日本酒漫画です。仮タイトルは『ファーブル発光器』ファーブル発光器で、舞台は秋田を考えているそうです。
取材を進めると、秋田には高齢化、過疎化、熊、気候変動、農業の問題と、日本の課題が集約されているといいます。そのなかで酒蔵は、地域の水と米でしか造る意味がないため、その土地を愛するしかありません。
町に生まれてしまった人間が、そこをどういう風にして受け入れていき、受け入れる途中でどんな葛藤を得て酒造りをしていくようになるかっていう。
高木さんは、未知を開拓する『宇宙兄弟』とは逆だと指摘します。佐渡島さんは、主人公が顕微鏡の中に宇宙を感じる人物だと説明しました。
ムッタたちは遠くにある見えないもの、宇宙に憧れていく
主人公の与一は近くにある見えないもの、微生物に憧れ、顕微鏡の中に宇宙を感じる
角田さんと進めている『運命のリフォーカス』は、運命をどう再調整するかを描く作品です。『宇宙兄弟』でムッタは「俺の敵は俺です」と言いましたが、この作品の主人公は「俺の敵は俺じゃねえ、神様あんただ」と、呪いのような定めに挑むといいます。
宇宙兄弟と同じ読み筋。10〜15年後の社会に作品をぶつける
高木さんは、話題作ではなくロングセラーを作ろうとしているのだと受け止めます。しかし佐渡島さんは、日本酒漫画は『宇宙兄弟』を作ったときとまったく同じ考え方だといいます。
2008年ごろはJAXAの有人宇宙飛行の予算が下りず、有人宇宙の漫画には協力が難しいと言われるほど、宇宙に対して空気がネガティブだったそうです。それでも佐渡島さんは資料を読み込み、日本人がアメリカと一緒にもう一度月に行くと見立てました。
この社会的ムーブメントの時に、その勢いをつけたっていう風に言われる作品を作りたいっていう風に思って。
佐渡島さんは、日本酒にも同じ流れを見ています。秋田の新政 ── 秋田市の酒蔵。伝統的な製法を見直す一方で革新的な酒造りでも知られ、全国の若い蔵元に影響を与えていますをきっかけに、30〜40代の蔵元が造り方の革命を進めているそうです。
日本酒は火入れから生酒へ、さらに生酒の長期保存へと変わりつつあり、ワインのように高値で世界に売られるようになる、と佐渡島さんは見ています。15〜20年後にその変化が大きくなったとき、良い日本酒を世界に伝える漫画への需要が爆発すると考えているそうです。
佐渡島さんは、美味しんぼ ── 雁屋哲さん原作、花咲アキラさん作画の料理漫画。食材や調理法の知識を物語に織り込み、日本のグルメ文化に大きな影響を与えましたが食の情報を広めたように、技術の深みまで描く漫画があれば日本酒は世界に広がりやすくなる、と話します。
高木さんは、宇宙も日本酒も、まだ現実になっていない未来への物語を描く点で同じだと気づきます。佐渡島さんは「俺の中でだから全然変わってないんだよね」と応じました。
佐渡島さんが衝撃を受けた言葉として挙げたのが、「桃栗三年柿八年」です。佐渡島さんは、これを時間がかかる例ではなく、早く育てたいなら3年や8年で育つものがいい、他はもっとかかる、という意味だと説明しました。
人の才能ってものを十年、二十年かけない限り耕せない才能を耕したいし、そこに十年、二十年向き合わないと社会に変化を生み出せない。
JAXAの主要なポストには『宇宙兄弟』を読んで今ここにいるという人が大勢いるそうです。佐渡島さんは、日本酒漫画をきっかけに酒蔵で働き、世界に広めようとする人を生み出したいと話しています。
早いものを求める社会に対して、佐渡島さんは時間をかけたものを作る生き方を選んでいます。糸島の家も「建てた瞬間から百年たった家のように」と建築家に頼み、川で2000年眠っていたという神代古木神代古木のダイニングテーブルや仏像を置いているそうです。
次作まで10年待ち、の苦しさはなかったのか
高木さんは、講談社を出てから新人を育てて15年、さらにヒットまで15年となると、次が出ない期間は苦しかったのではと尋ねます。
佐渡島さんによると、出版業界では作家が育つのに時間がかかるのは当たり前です。ただ雑誌単位なら何人もが仕込んでいるのに対し、佐渡島さん1人では抱える作家の数が多くないため、周りから「次できるじゃん」「なんでやらないの」と言われることはよくあったそうです。
佐渡島さんは、短いサイクルでヒットを出し続けることの落とし穴も指摘しました。
実は一回他人の期待に応える癖がついちゃってると、自分の欲望を見つめる癖がつかなくて、作家が簡単にそっち行けないっていうことに彼らが気づくのは五年後、十年後みたいなことが。
佐渡島さん自身は、起業して15年ほど、毎年「1年前によく平気な顔をして生きていた」と思うほど成長してきたといいます。会社も数億円単位の売り上げを数年で入れ替え、新規事業を仕込んできたそうです。
ちばてつやさんの作品は誰もが素晴らしいと認めつつ、売り上げを上げるのは難しいと見られていました。グッズは無理と言われた『宇宙兄弟』でもしっかり売り上げを出したことを、佐渡島さんは自分たちが他にない難しいことをしている例として挙げます。
「佐渡島印は消したほうがいい」。売り上げは評価ではない
高木さんは、インスタントな時代だからこそ長い時間軸で作品を届けていることをもっと言ってほしい、と伝えます。外からは、佐渡島さんのAIでの活動ばかりが目立って見えているからです。
高木さんは、ポケモンやキティ、ドラゴンボールも長い時間をかけて育ったIPだと指摘します。SNSで一瞬バズるだけではそうしたものにならない、という問題意識です。
佐渡島さんは、言葉に惹かれて寄ってくる人はそれほど必要ないと考えています。手っ取り早く稼がせてほしい作家がコルクに来ると、方針をめぐって揉めることもあるそうです。まずは育ててきた作家を花開かせることが先だ、と佐渡島さんは話します。
自分の考えていることが社会にとって役立つことであればあるほど、サトシマ印は消した方がいいなっていうふうに思っていて。
誰かの名前で語ると、その人に賛成か反対かの話になってしまうからです。佐渡島さんは、官僚とコミュニケーションをとって制度づくりに関わるなど、ビジネスとしてではなく業界のために時間を使っているといいます。
高木さんが重ねて発信を求めると、佐渡島さんは、売り上げやインプレッションを評価と見る考え方に疑問を投げかけました。
指標の評価軸から逃れながら安定して食べていける仕組みは、生活の不安を抱える作家1人では作りにくいものです。だからこそ一緒にやろう、と佐渡島さんは考えています。
小山さんにも、歴史に残ってほしいという思いから、歴史に残る作家は多作だと伝えているそうです。次は40巻ではなく10巻ほどの作品を何年で手がけるか、という考え方で作品づくりをしようと話しているといいます。
落ち着いたわけではない。地味で淡々としたコルクへ
高木さんは「落ち着いただけじゃなかったんですね」と、自分の誤解を認めます。佐渡島さんは、悟っていると言われても否定しても理解されないと感じていたと明かしました。
時間軸を長く考えるのか。それをその自分の日々のそのビジネス的な活動にまで実践していくのかってことに、ある種もがき苦しんでた時間があって。
創業当初のコルクは「イケていて挑戦的」「業界を変える」というイメージで人を集めていました。今の佐渡島さんは、地味に淡々と仕事をしているコルクだと思って人が集まるほうが誤解がないと考え、発信の仕方も変えたといいます。
高木さんは、今の時代だからこそ時間がキーワードなのかもしれない、とまとめました。
収録後、高木さんは佐渡島さんのAI音楽AI傭兵が誤解を招いていると指摘します。佐渡島さんは、歌詞をじっくり聴いた人とは感想を通して深い相互理解が生まれうると考え、20年間毎年1枚、計20枚のアルバムを出す計画を明かしました。
佐渡島さんは、子どもたちが「父親はあのときこう考えていたのか」とわかる年代になれば多くが伝わると話します。言葉を強くこだわって選んでいるため、1〜2行について話し合いに来た人と特別なものづくりができるかもしれない、とも考えています。
ここの食卓で二時間過ごした後、ここのソファだとどうやって一時間半から二時間かなとか。
糸島の家では、丸1日かけて料理と景色を味わい、お茶を飲み、一緒にサウナに入ることで、作家も含めて自分の方向性が見える場を作りたいそうです。佐渡島さんは、その時間の流れを細かく設計しているといいます。
まとめ
高木さんが「悟っている」と感じた佐渡島庸平さんの静けさは、情熱が弱まった結果ではありませんでした。10年、20年単位で才能とテーマと組織を育てる時間軸を選んだことで、その姿が落ち着いて見えていたことが、対話を通して浮かび上がりました。
- 連載が終わった作品も、SNSと課金の出口をつなげば過去最高益になりうる
- 福岡移住は、自分が組織をかき回さないための選択で、刺激の源を自然と歴史に移すきっかけにもなった
- 強すぎる情熱は相手を焦がすため、受け取れる形とタイミングで火を渡すようにしている
- 日本酒漫画は『宇宙兄弟』と同じく、10〜15年後の社会の流れを読んで仕込んでいる
- 売り上げやインプレッションは評価ではなく、ゲームの指標にすぎないと佐渡島さんは考えている





