トロントやアイダホから届いた『ハウスメイド』の感想
今夜の回は、以前紹介した『ハウスメイド』へのお便り紹介から始まります。カナダのトロント在住のあやこさんは、この作品を原文で読み、あっという間に読み終えたと伝えてきました。
あやこさんは英語も普通に読めるものの、作家や本の種類がわからず英語での読書に踏み出せずにいたそうです。番組をきっかけにフリーダ・マクファーデンを知り、いろいろ挑戦したい気持ちが芽生えたと書いています。
トロントから聞いていただいて嬉しいです。(『ハウスメイド』を)原文の方で、原作原著の方でお読みになったんですね。
『ハウスメイド』を紹介した回には、他にもメッセージが届いていました。SATMさんは、この番組がきっかけで今ようやく『ハウスメイド』を読み始め、2章の途中まででとても面白いと感想を寄せています。
アイダホから聴いているモトコウエストさんも、『ハウスメイド』の英語版をKindleにダウンロードしたところで番組の紹介がありタイムリーだったと伝えてきました。バタやんさんは、海外から聴いてもらえる嬉しさをかみしめています。
バタやんさんによれば、フリーダ・マクファーデンの作品で日本語訳されているのは、探した限り『ハウスメイド』とその続編の2作だけだといいます。原書で読める人には他の作品もたくさんあるはずだと話しています。
今夜の1冊は刑事ワシントン・ポーシリーズ5作目
今夜の勝手に貸し出しカードは、M・W・クレイヴン著、東野さやか訳『ボタニストの殺人』です。イギリスの作家クレイヴンによる刑事ワシントン・ポーシリーズの5作目にあたります。
なぜいきなり5作目なのかというと、バタやんさん自身が人気シリーズだと知らずに、表紙に惹かれて5作目から買って読み始めたからだといいます。
バタやんさんは、もちろん1作目から順番に読めば警察内の人間関係や変化も楽しめるとしつつ、1冊ずつ完結しているのでどこから読んでもいいと話しています。
一個の作品の中で複数の事件を扱うので、さらに私は、興味ある事件と興味ない事件があったりして、ちょっとその興味ある方の先を知りたくて飛ばし飛ばし読んだりしています。
5作目の『ボタニストの殺人』は、ポーシリーズのファンの中でも、本格ミステリーの謎解きの面白さでシリーズ最高峰とも評されているそうです。
西表島から始まる、つかみバッチリの幕開け
物語の幕開けは、日本の西表島から始まります。旧日本軍の軍事施設で、今は廃墟となった場所を観光客向けにガイドしている人物が、とんでもないものを見つけてしまう場面です。
バタやんさんは、日本軍批判や日本人差別的な要素を含んでいたら嫌だなと警戒しながら読み始めたと明かします。しかし何が見つかったかは説明のないまま、次の場面へと移ってしまいます。
次の場面は、モーガン・ソームズという人気テレビ番組の収録現場です。番組タイトルにもなっている女性司会者モーガン・ソームズが、毎回話題の人をゲストに呼んでインタビューする番組のようです。
今回のゲストは、女性蔑視的で差別主義的な持論を持つジャーナリストで、スタジオはピリピリしています。女性の権利が拡張されすぎたせいで男の欲求が脅かされている、という持論の持ち主です。
司会のモーガンは、彼に一矢報いる秘策を抱えてカメラの前に立ちます。ところが番組の生放送中、彼が泡を吹いて倒れて死んでしまう、というところまでが正味30ページほどだといいます。
そしてやっとワシントン・ポーが登場しまして、さてどうなるっていう、もうあとはこのペースに飲まれて一気読みっていう感じですかね。
バタやんさんは、この作品は文庫で上下巻あるものの、上巻だけ先に買うのではなく、上下まとめて買うか借りることを勧めています。下巻が手元にないと焦るほど続きが気になるからです。
毒殺と雪密室、2つの事件を同時に追う
『ボタニストの殺人』では、大きく2つの事件を、ポーたちと一緒に読者も追いかけることになります。
1つ目は、冒頭で殺された差別主義論者の毒殺事件です。その後も汚職政治家や陰謀論者など、社会にヘイトをまき散らす権力者たちが次々と毒殺されていきます。どうやって毒を入れたのかが、王道のミステリー謎解きの要素です。
派手に生番組で死んだこともあり、劇場型の犯行と呼べるものです。連続殺人が続くと、犯人がまるで正義の味方やヒーローのように扱われる世論の盛り上がりも生まれ、ポーたちがどう犯人を追い詰めるかがハラハラの魅力になっています。
もう1つの大きな事件は、ポーが信頼する法病理学者エステル・ドイルが、別居中だった父親を射殺した容疑で逮捕されるというものです。現場は雪に覆われた大屋敷で、彼女の服からは硝煙反応も出ていて、弁解の余地がないように見えます。
実は、ポーとエステルはいい感じになりかけていたという背景があります。前の作品に描かれていたようですが、バタやんさんはその時点で前作を読んでおらず、それでも十分に楽しめたといいます。
ポーは彼女に特別な気持ちがあって、彼女の無罪を信じたい、助けたいっていう、ここは結構私情が挟まっているのもこの作品のチャームポイントとなってます。
1つ目はどうやって毒を盛れたのかというHowを問うミステリー、もう1つは足跡もない雪の中の密室で犯人がどう出入りしたのかを問う雪密室です。バタやんさんは、これをミステリーとしては超王道な謎解きだと表現しています。
差別主義論者や汚職政治家など、社会にヘイトをまく権力者が次々毒殺される。どう毒を盛ったかを問うHowのミステリー
ポーが信頼する法病理学者エステルが、雪の大屋敷で父親を射殺した容疑で逮捕される。足跡のない密室の謎
140以上の章立てが生む「続きが気になる」構成
バタやんさんがこのシリーズを勧めたいポイントは、とにかく展開の速さと飽きさせない工夫だといいます。本を閉じて机に置くタイミングを作らせないほどだと表現しています。
特に会話がクレイヴンの魅力だと感じたそうです。クレイヴンは非常に短い章立てで構成しており、上下巻で140以上の章に分かれています。これだけ場面転換が細かいミステリーはあまり読んだことがないほどだといいます。
その各章の終わり方が絶妙だとして、バタやんさんはお気に入りの一節を紹介します。毒殺犯にターゲットにされた製薬会社のCEOが、これだけ警備をしているから入り込めないだろうと大口を叩いた後の場面です。
『ポーはボタニストがあなたを殺害しようとしているとはもう考えていないそうです。ソルトさん。すでに決行したと考えています』
殺害しようとしているとはもう考えていない、と聞けば助かったのかと思いきや、すでに決行したと考えている、と続きます。え、どうやって、どういうことと思ったところで章が終わり、次のシーンは別の調査の場面に移ってしまいます。
冒頭に出てきた日本軍の何かも、説明がないまましばらく放置されます。それが事件とどうつながって何だったのかが明かされるのは、かなり後半になってからです。
バタやんさんは、それだけ細かく切り替わっても、不思議と不親切や置いてけぼりには感じさせないと言います。そこが彼のうまいところだと評しています。
名前が覚えられない問題は、早川文庫の神仕様で安心
場面が細かく切り替わると、誰が誰だったかわからなくなる不安があります。バタやんさんは、翻訳ものに苦手意識を感じやすい理由として、名前が覚えられない問題と、相関図がごちゃごちゃになる問題を挙げます。
『ハウスメイド』を勧めた理由は、登場人物が少なく相関図がすっきりしていて読みやすい点でした。一方でポーシリーズは登場人物が多く、事件ごとに関係者がいるため相関図も複雑です。
ただし、そこは早川書房の仕様が優れているといいます。海外ミステリーの早川文庫らしく、登場人物一覧がカラーの薄紙で別刷りにして添えられているのです。
別刷りのペラ1になっているってところがとても便利で神って感じで、これをしおり代わりに挟みながら見比べながら読み進めることができます。
バタやんさんは、カタカナの名前や役職を覚えるのが苦手な人でも、この別刷り一覧のおかげで大丈夫だと太鼓判を押しています。
前作『グレイラットの殺人』は全然違うジャンルだった
すっかりポーシリーズにハマったバタやんさんは、1作前の『グレイラットの殺人』を読んでいる最中だといいます。これがまた全然違うジャンルで驚いたそうです。
『ボタニストの殺人』が密室殺人の本格ミステリーだったのに対し、『グレイラットの殺人』はスパイアクションの趣だといいます。貸金庫襲撃事件から始まり、サミットを狙った国際テロの阻止へと展開します。
物語はアフガニスタンの戦争にもつながっていくようで、ワールドワイドなスパイスリラーになっているとのことです。戦争で愛する人を失ったドラマも影にありそうだと話しています。
これだけ濃厚なエンタメミステリーを次々に生み出せることに感心したバタやんさんは、作者の謝辞を読んでその秘密が少しわかった気がしたといいます。
退屈しがちな「謝辞」が、この作品では読ませる
翻訳ものにはほぼ必ず謝辞がついています。作者が編集者や取材協力者、家族などに感謝を述べるページです。
バタやんさんは、正直この謝辞を退屈だと感じることもあると打ち明けます。読み終わった興奮の中で、知らない人への感謝より、登場人物の裏話や制作秘話を知りたいと思ってしまうからです。
なんかペットにまで感謝と祈りを述べているのをなぜ今読まされているのだみたいになる時があるんですけど。
ところがクレイヴンの謝辞は独特で、謝辞には珍しいテンションの高い文章だといいます。間違いを指摘してくれた人への感謝や、名前を出せと言ってきた友人への言及が並びます。
「私は元軍人だから命令に従う」みたいな感じで、シニカルといいますかね、イギリス独特なシニカルさなんですかね。
校閲担当やセールス、マーケティングの担当者一人ひとりにまで、悪ノリで絡みながらお礼を書いているそうです。バタやんさんは、そこからチームワークの良さが伝わると感じています。
クレイヴンには軍隊と保護監察官の仕事の経験があり、警察や武器の扱いにリアリティがあるといいます。謝辞で「盛大に間違っていた」とされた箇所は、毒殺の手法のことだとバタやんさんは推測しています。
入手できる材料で毒が作れる手順を詳細に書きすぎてしまい、間違っていないからこそまずいと編集者らが指摘し、書き直したようです。だからこそ、この作品を読んでもボタニストの殺人者にはなれない仕様になっている、とバタやんさんは笑います。
著者の謝辞から選んだ、今夜の神フレーズ
最後に、バタやんさんは著者の謝辞から神フレーズを紹介して締めくくります。
皮肉めいた言い方ながら、自分の小説にいろんな人の手が加わり、誰かの給料の一部を使ってもらっているという事実を表現する謝辞は珍しい、とバタやんさんは受け止めています。
この作品は上下巻ともに本体価格900円、上下合わせて税込2000円ほどです。バタやんさんにとっては、それ以上の価値のある充実した時間だったといいます。
しかもシリーズなので、まだ読むものが残っていて、新作が出れば翻訳版が出る期待もあります。バタやんさんは、お気に入りのシリーズが見つかった時の独特の多幸感があると語りました。
なお、あやこさんの娘さんがおすすめしていたアレックス・マイクリディス『サイコセラピスト』も購入したものの、まだ読めていないそうです。読み終わったらまた紹介したいと話しています。
まとめ
この回は、M・W・クレイヴン『ボタニストの殺人』を入り口に、短い章立てが生む「続きが気になる」構成の面白さを語る海外ミステリー紹介でした。名前が覚えられない問題への配慮や、独特な謝辞の読ませ方まで含めて、シリーズと出会う多幸感が伝えられました。
- 『ボタニストの殺人』は刑事ワシントン・ポーシリーズ5作目で、1冊ずつ完結しどこから読んでもよい
- 連続毒殺のHowミステリーと、雪密室での射殺事件という2つの事件が同時進行する
- 上下巻で140以上の細かい章立てがあり、各章の終わり方が続きを気にさせる構成になっている
- 早川文庫は登場人物一覧を別刷りの薄紙で添えており、名前が覚えられない不安を和らげてくれる
- テンションの高い独特な謝辞からは、作者クレイヴンとチームの良さがうかがえる





