小説ブームからドラマ漬けへ、余暇のインプットはなぜ移り変わる?
番組の冒頭、桜林直子さんは、配信ドラマや映画、本、漫画といった「余暇のインプット」には自分の中でブームがあると話し始めます。
桜林さんには少し前、小説ばかり読んでいた時期がありました。スマホや動画に使っていた隙間時間を全部小説に回し、電車の移動中も本を開いていたそうです。
ちょっと前に小説ばっかり読んでる時期があって。もうほんと2日で1冊みたいな感じ。
ただ、桜林さんの小説ブームは1〜2か月ほど続いたあと、パタリと終わったといいます。そして今は、新しいドラマのクールが始まる時期なので、気になる作品を1〜2話ずつ見て、残ったものだけを追いかけているそうです。
NHKと小栗旬にはまった中里さんの「この半年の学び」
一方の中里祐次さんは、いろいろな作品を同時に見る派だと話します。そのうえで、今のブームはNHKだといいます。
豊臣兄弟が今大河でやってるじゃないですか。で、僕同時に、鎌倉殿の13人見てて。
中里さんが同時に見ている2つの大河ドラマは、どちらも小栗旬さんが出演していました。中里さんはそれまで小栗旬さんのことをよく知らず、演技の幅に驚いたそうです。
なんか自然だし、迫力あるのもできるし、優男もできるし。もう今すごい。NHKと小栗旬さんすげえなって。
桜林さんも、小栗旬さんが主演した『ガス人間』を最近見たと応じます。二人は、ラフな役も影のある役もこなせると盛り上がりました。
話題は、以前に桜林さんが薦めたNHKのドラマ『心の傷を癒すということ』作品名へ移ります。中里さんは全話見たそうで、主人公を演じた柄本佑江本拓と書き起こしさんについて、桜林さんは柄本明江本杏生と書き起こしさんの息子であり安藤サクラさんの夫だと紹介しました。
桜林さんは、柄本さんは大河ドラマ『光る君へ』でもとてもよかったと薦めています。
大河ドラマに初めてハマって見えた、好きな俳優のタイプとは
日本のドラマをあまり見てこなかった中里さんは、まとめて見るうちに自分の好みがわかってきたといいます。
江本さんとか小栗旬さんみたいな、なんか自然な、日常的な演技ができる方が好きだな。なんか結構顔芸っぽい方もいるんですけど。
中里さんは、眉毛などで感情を大きく見せる演技も、何を考えているかがわかりやすくて良いと認めています。そのうえで、好みでいえば普段どおりに見える役者さんが好きだと話し、それを「この半年の学び」と呼びました。
眉毛などで感情を大きく見せる。何を考えているかがわかりやすい
日常的で、その人がそこにいるように見える。中里さんの好み
「大河ドラマ面白えってこの年で初めて気づいてる」と言う中里さんに対し、桜林さんは、作品によってハマるものとハマらないものがあるとフォローします。中里さんも『真田丸』は途中でやめたそうです。
「二学期、行く」を受け取っていいのかわからない中1の娘の母
後半は、リスナーからのお便りです。今回のテーマは「行かせるか休ませるか、決めるのが怖い」というのろいで、桜林さんがお便りを読み上げます。
中1の娘がいます。1学期の終わり頃から朝がしんどそうでした。行ったり行かなかったりで、7月は半分くらい休みました。夏休みの間は元気でした。友達とも遊びに行きましたし、笑っていました。だから私は2学期は行けるかもしれないと思ってしまいました。
8月の終わり、娘に2学期どうする?と聞きました。娘は行くと言いました。でもその言い方が私を安心させるための行くに聞こえて。去年までの私ならそっか良かったで終わっていました。でも今はその行くを受け取っていいのかわからないんです。
無理をさせて、9月の途中でもっと動けなくなったら、かといって休んでいいよと私が先に言ってしまったら、それはそれで娘の道を私が閉じることになる気がしています。行かせるのも私、休ませるのも私。どちらを選んでも後であの時親がこうしたからになるのが怖いです。娘の人生なのに、9月1日の朝の数分を私が決めてしまう。
先生からはまずは来られる日からと言われています。母からは行かせないと癖になると言われます。夫は本人に任せればと言います。任せた結果がさっきの行くなんです。私は何を決めて何を決めないでいたらいいのでしょうか。
リンリンさんの周りでは、先生、リンリンさんの母、夫がそれぞれ違うことを言っています。
| 立場 | 言われたこと | 二人の読み取り |
|---|---|---|
| 先生 | まずは来られる日から | 来られる日から来てほしいという意味 |
| リンリンさんの母 | 行かせないと癖になる | 行かせなさい、という親への言葉 |
| 夫 | 本人に任せれば | 本人が決めることだが、無責任にも聞こえる |
娘の「行く」を人質にしなくていい
中里さんはまず、不登校の人数が増えている今、リンリンさんのような親は多いのだろうと受け止めます。一方で桜林さんは、娘の「行く」が本当に母を安心させるためだったのかは、わからないと指摘しました。
その行くっていう言葉をそのまま受け止めておいて、9月1日とか学校始まった時にやっぱ行かないってなったら、やっぱ行かないんだって、それをそのまま受け止めればいいんだと。
桜林さんは、家庭の中で学校に行くかどうかがとても大事なことになっているのは理解しつつ、はたから見ると重く受け止めすぎではないかと話します。
2学期どうする?(と聞いて)行くって言ったのをそんなにこう人質のように取らなくてもっていうか。
当日行くか行かないかはもう一回彼女に任せればいいことで、行くって言った、言わせてしまったみたいになんなくていいんじゃないかなって思っちゃった。
中里さんも、リンリンさんはこれまで登校をめぐって悩んできた経緯があるからこそ、行く行かないを繊細に考えすぎているのかもしれない、と応じています。
「行かせるのも私、休ませるのも私」は本当か
桜林さんがお便りの中で一番引っかかったのは、「行かせるのも私、休ませるのも私」という一文でした。娘が行っても休んでも、親のせいになると思い込んでいる点です。
どっちを選んでも親のせいになるって思ってるってことでしょ。それは本当にそうかなって思う。
中里さんは、先生・祖母・夫の意見のどれを選ぶかは自分なんだ、とリンリンさんが感じているのかもしれないと読み解きます。それに対して桜林さんは「違くない?娘さんだよね」と返しました。
桜林さんは、親の言葉が娘に影響することは否定していません。ただ、その全部を自分の肩に乗せる感覚は違うのではないか、と話します。
むしろそんなに責任負わなくてもいいよっていう意味もあるし、むしろそれは娘さんを信用してないってことにもなっちゃうよって。
リンリンさんの思い込みは、本人の意図とは逆に、娘自身の意思を軽く扱うことにつながりかねない、というのが桜林さんの見立てです。
「ふーん」と受け取るほうが、子どもは気楽になる
中里さんは、リンリンさんの不安の強さにも目を向けます。1学期の終わりから娘が行ったり行かなかったりする中で、リンリンさん自身の感情が浮き沈みし、その波が9月1日に来ることを怖れているのではないかと推測します。
そのうえで桜林さんは、娘の「2学期行くよ」を重く受け止めず、変わってもいいよというくらいに受け取ればいいと提案します。
リンリンさんがこう戸惑っている感じが、自分が行くって言ったことで親が戸惑ってるっていうのが(娘さんに)伝わっちゃう気がする。
へーそうなんだ。まあまた当日考えればぐらいの方が子供からしたら気楽だろうなって。
中里さんは、仮面をかぶって「ふーん」と受け流すのがリンリンさんは得意ではないのかもしれない、と話します。面談では、感情がダイレクトに伝わってくる保護者もいれば、自分のことと娘のことを分けて淡々と話せる保護者もいるそうです。
安心させるための「行く」かもしれないと戸惑い、重く受け止める。その戸惑いが娘に伝わる
「ふーん、また当日考えれば」と受け取る。当日の判断はもう一度娘に任せる
決めるのは娘さん。親が勝手に背負うと責任を奪ってしまう
桜林さんは、親が「休んでいいよ」と言って休ませるのではなく、娘が休むと決めるのが先だと話します。少し厳しい言い方になると断ったうえで、親の背負い方の問題を指摘しました。
自分が言ったからじゃないっていう形にしていかないと、なんか責任を娘さんから奪ってる形になってしまう。
中里さんも、タイトルにある「決めるのが怖い」について、そもそも決めるのはリンリンさんではないと応じます。
娘さんが決めることですから、怖がるようなことでもまずない。
二人の結論は、行く行かないを決めるのは娘さんだという一点にまとまっていきます。
祖母の「行かせないと癖になる」と、夫の「任せれば」の裏側
桜林さんは、憶測と断ったうえで、リンリンさんの母の「行かせないと癖になる」という言葉が、行かせるのは親の仕事だという思い込みにつながっているのかもしれないと話します。
行かせないとってことはさ、親に言ってんだよね。だからリンリンさんに言ってんだよね。
行かせないと癖になるよってもし言われたら、行かせるとかじゃない、本人が行くかどうかでしょって(思う)。
夫の「本人に任せれば」について、中里さんは基本的にそのスタンスでよいと話します。ただ桜林さんは、その書き方からは、夫が一緒に決めてくれないという小さな不満も読めると指摘します。
祖母の言葉
「行かせないと癖になる」と親であるリンリンさんに言う
夫の言葉
「本人に任せれば」が、一緒に考えてくれない無責任さに聞こえる
任せた結果
娘の「行く」が、安心させるための言葉に聞こえる
思い込み
やっぱり私が決めるんだ、と背負ってしまう
だからこそ二人は、夫に「本人に任せればいいのはわかっているけど、自分はこういうことで不安になる」と率直に話せたらいいと提案します。桜林さんは、母には「ちょっと黙ってて」となるけれど、実際には言えないだろうとも付け加えました。
中里さんは、祖父母からの視線がつらいというお便りは多いと話し、祖母の言葉は本当に気にしなくていいと伝えています。
うまくいかなくても「全部過程」。中1は決断を任せる年代
中里さんは改めて、リンリンさんが「私が決めなきゃ」と思わなくてよいと強調します。桜林さんも、責任がないわけではなく、今は重すぎるのかもしれないと言葉を添えました。
中里さんは、娘から悩みを相談されて一緒に考えるのはもちろんよいとしたうえで、相談もないまま、行く行かないという決断をリンリンさんが勝手にしなくていいと話します。
桜林さんが大事にしたいのは、長い目で見ることです。娘が行くと決めて9月の途中で動けなくなったとしても、それは失敗ではないといいます。
中里さんは、これまでリンリンさんが決める形で来た家庭なら急には難しいかもしれないと認めつつ、中学1年生は親が子どもの決断を決めなくていい年代だと話します。桜林さんは、娘さんにも、母の顔色ではなく自分がどうしたいかを言う練習が必要かもしれないと加えました。
もうちょっとこう、やっぱり任せる、信頼して任せるっていうところに行っていいんじゃないかなと思いますね。
最後に桜林さんは、短いお便りの後半に、母と夫へのささやかな不満が凝縮されていると振り返り、家族で会話ができるといいと締めくくりました。
まとめ
不登校ぎみの娘の登校を「行かせるのも私、休ませるのも私」と背負ってしまう母に対し、中里さんと桜林さんは、決めるのは娘自身であり、親が抱え込むとかえって娘の意思と責任を奪ってしまうと語りました。
- 娘の「行く」は重く受け止めず、「ふーん、また当日考えれば」くらいで受け取ってよい
- 行く行かないを決めるのは娘さん。親が全部決めていると思うことは、娘の意思を軽く扱うことにもなる
- 祖母の「行かせないと癖になる」は気にしなくてよく、夫には自分の不安を率直に話せるとよい
- 行ってみてダメだったとしても失敗ではなく、全部が過程
- 中1は決断を任せる年代。娘にも自分がどうしたいかを言う練習が必要かもしれない






