「変な人」は環境が決めているのでは?
番組の冒頭、中里さんは桜林さんに「周りの人から変な人だねと言われたことはあるか」と問いかけます。桜林さんは、大人は直接言ってこないものの、小学生から高校生の頃はよく言われていたと振り返ります。
言われてたし、やっぱ多分自分の枠、枠としても変な人の枠だった気がする。
中里さんにも似た経験があります。中里さんは都立青山高校時代、学校にあまりおらずバイトばかりしていたため、友達から「変なやつ」と言われていました。
ところが早稲田大学に進むと、周りに変な人が多すぎて、中里さんはむしろ常識のある側と見られていたそうです。その後サイバーエージェントに入ると再び「変な人」「KY」と言われ、独立してからはほとんど言われなくなりました。
この変遷から中里さんは、「変」とは周りの人たちの普通からはみ出しているかどうかで決まるものだと考えます。桜林さんも、環境によって自分が変な人かどうかが変わるのは不思議だと応じます。
(変だと言われている人は)多分環境のその環境の中だと変であるだけで。
中里さんは、子育ての場面でも「うちの子はちょっと変な子で」と親が話したり、学校や幼稚園で実際に変な子扱いされたりすることがあると指摘します。それも周りの普通から外れているだけだ、というのが中里さんの見方です。
「そうかもね」と受け流す強さ
「変」と言われることを、中里さんはネガティブに受け止めていました。輪の中にいるならTPOをわきまえなさい、という同調圧力のようなトーンを感じていたといいます。
一方の桜林さんは、「変だよね」と言われ慣れていたため、いつもフラットに受け止めていたと話します。
そう見えるかもしれませんねみたいな感じで言ってて。だからなんか自分ではわかってるというか、馴染めてないことはわかってる。
向こうがもしかしたら攻撃のつもりであんた変だよって言ってても、そうかもねって言うと、それ以上発展しないっていうか。
桜林さんは、本当にネガティブな意味で言ってくる人がいても「そう思うんですね、どうしろってことですか」という姿勢でいたそうです。中里さんはその受け止め方を「強いね」と評しています。
同調圧力のように感じ、ネガティブに受け止めて輪に溶け込みたくなくなった
言われ慣れていて「そうかもね」とフラットに受け流し、それ以上発展させなかった
最後に中里さんは、リスナーやリスナーの子どもが「変だ」と言われていても、自分たちも言われてきたので気にしないでほしいと呼びかけます。桜林さんは、自分の娘も「変なやつ枠」だと付け加えました。
5歳の双子の兄の癇癪が怖い、という相談
ここから本題です。今回取り上げるのは「我が子を怖い・加害者だと思ってしまう」という呪いで、桜林さんがリスナーからのお便りを読み上げます。
私は年長5歳の双子、3歳の下の子の3人を育てている母親です。双子は2人とも言葉が遅く、2歳半頃から療育に通っています。言語訓練などのおかげか、今はそこまで遅れも感じませんし、感情のラベリングなども冷静な時はとてもうまくできていると思います。
ただ、双子の兄の方がたまに癇癪を起こします。昔は毎日だったのが、この1年ほどは週に1度程度なので落ち着いてはきているのですが、年齢を重ねるにつれ、癇癪の時の叫び声、暴れる体の大きさが赤ちゃんの暴れではなく、今後の男の人の暴れを連想させるようになってきました。
幸い直接誰かを叩いたり、物を投げたりの加害はないのですが、叫ぶ、物を壊す(しかも自分以外の家族のもの)などが収まりません。社会性は高く、幼稚園や療育ではとても聞き分けがいい子だと言われています。だからこそ苦しみがあり、安心できる家で発散させているというのは頭では分かっています。
でも、どうしても大人になっても叫んだらどうしよう、大の大人が、男の人がこんなに叫ぶなんてどれほど怖いだろうかと想像してぞっとしてしまいます。可愛い我が子に変わりはありません。だからこそ受け止めてあげたいけれど、我が子のことを怖いと思ってしまう気持ちも止められないです。
双子の弟、3歳の妹も、兄が叫ぶと泣いて怖がります。私はこの子たちの親でもあるので、怖がる2人のことをかわいそう、叫んでいる兄のことを加害者と思ってしまいます。それで兄を責めることが彼にとって良くないことも理解しています。
だから「怒るのはいいよ、悲しいのもいいよ。でも叫ぶのは他の人が嫌な気持ちになるから、せめて隣の部屋でやろう」と声をかけるのですが、なかなかうまくいきません。私はどう折り合いをつけていけばいいのでしょうか。私自身も叫ばれるのもとてもつらいです。家ではいい子でいるからか、療育先に相談してもなかなかわかってもらえません。つらいです。
お便りを受けて、中里さんは「これはなかなか大変ですね」と率直に反応します。桜林さんは、毎日だった癇癪が週に1回ほどに落ち着いてきている点に目を向けました。
中里さんは、癇癪の手前には悲しかったから怒るといった一次感情 ── 怒りの前にある悲しみ・不安・寂しさなどの最初の感情。怒りはその後に生じる二次感情と説明されることが多い考え方ですがあるとよく言われると紹介します。そのうえで、外や療育でたまったストレスを家で発散しているという草餅さんの見立ては、おそらくその通りだろうと話します。
癇癪は年々減っていくものなのか?
桜林さんは、癇癪は年々減っていくものなのかと中里さんに尋ねます。中里さんの答えは「減っていく可能性の方が高い」というものでした。
中里さんは、草餅さんが取り組んでいる感情のラベリング ── 自分の感情に「悲しい」「怒っている」などの言葉を当てて認識すること。感情を客観視しやすくなるとされ、療育や心理支援で使われる手法ですの方向性は正しいと考えています。
やっぱりその感情をラベリングして、今は悲しいんだとか怒ってるんだみたいなとか、その分かりやすく言うと、そのお子さんが自分の感情を言語的に理解して。
中里さんによれば、感情を言葉で理解できるようになった子どもは、その先で「ここに行くとイライラする」「この人とはこう話す」と自分で工夫できるようになります。そうして不安やイライラにつながるルートを少しずつ消していくのが、癇癪が減っていく道筋だといいます。
感情を言葉にする
今は悲しい、怒っているなどと自分の感情を言語的に理解する
原因に気づく
ここに行くとイライラする、この人とはうまくいかないと理解する
ルートを避ける
行く場所や会う人、関わり方を工夫する
癇癪が減る
なくなるというより、少しずつ減っていく
「大人になっても叫んだら」という草餅さんの心配について、中里さんは0%とは言えないと留保します。合わない学校に行くなどの事情で癇癪がひどくなる場合もあるものの、改善していく方向には向かっているのではないか、という見立てです。
桜林さんは、目の前で癇癪を起こしている子どもを見て、自分が冷静だからこそ「怖っ」と妙に冷めてしまう感覚はよくわかると共感を示しました。
本当に怖いときは物理的に距離を取っていい
中里さんは、子どもがもっと大きくなり、草餅さんに害が及ぶほどになった場合について、一般的に言われていることだと前置きしたうえで対応を話します。
頑張ってそこの収めるようにお母さんが頑張るというよりも、少し物理的な距離を取って、何なら弟さんと妹さんをちょっと距離を取って怪我をしないようにとか。
中里さんは、母親が無理に収めようとするより、下の子たちを含めて距離を取る行動は全然していいと考えています。そうした対応の仕方は、療育の担当者も教えてくれるはずだといいます。
桜林さんは、2歳で暴れるのと5歳で暴れるのでは迫力が違うと話し、中学生になれば母親が抑えられなくなるだろうと中里さんも応じます。
ただ中里さんによれば、小学校高学年や中学生以降に親が止められないほど荒れるケースには、多くの場合社会的な抑圧や、行きたくない学校に通わされているといった背景があるそうです。うまくコミュニケーションを取っていけば、そこまでひどい癇癪にはあまりならないのではないか、と中里さんは見ています。
さらに中里さんは、草餅さんの子どもは言葉がゆっくりなため、感情のラベリングや「なぜ不安なのか」を説明するのに時間がかかるのかもしれないと話します。学校に行きたくない理由をうまく説明できない小学校低学年の子にもよくあることだといいます。
きょうだいへの影響と、頼れる人を増やすこと
桜林さんは、母親自身の不安に加えて、怖がっている弟と妹のことも心配だろうと草餅さんの気持ちを想像します。
でもまあ兄弟はそういうのって結構冷静だったりするんだろうなぁ。なんか、あ、またいつもの出たなぐらいの感じだったり。
桜林さんの見方では、きょうだいは今怖いと感じることはあっても、親のように「この人は将来こうなってしまうのでは」とまでは考えないだろうといいます。そのうえで、本や療育の担当者などプロに聞くのが一番だと話しました。
中里さんは、すでにしているとは思うと前置きしたうえで、夫にきちんと状況を共有しておくこと、近くに親族がいればいつでもヘルプを頼めるようにしておくことを勧めます。
叫んでいる最中より、冷静な時の対話が大事
桜林さんが注目したのは、草餅さんの子どもが冷静な時には感情のラベリングを上手にできているという点です。冷静な時なら、親の言うこともきちんと飲み込めるのではないかと桜林さんは考えます。
叫んでる最中にこうしようかっていうのも、もちろん対処としては必要だけど、冷静な時にいかにどういうコミュニケーション取れるか。
桜林さんは、「こういう風になっちゃうことあるよね」「そういう時ってどんな気持ち?」と、落ち着いている時に話すことが大事ではないかと語ります。中里さんも「大事ですね」と同意しました。
中里さんは、もう少し先の年齢の例として、10歳から中学生ぐらいの子どもがオンラインゲームで揉めるケースを挙げます。カッとなって相手に暴言を言ってしまっても、本人は後でたいてい後悔しているそうです。
そこで冷静な時に「また遊びたいと思う?」と話を聞き、相手に伝わらなければいいのだから、カッとなったらまずボイスチャットを切ろう、というテクニックにつなげていきます。
ほかにも、隣の部屋に行ってクッションを叩く子や、枕に向かって叫ぶ子がいると二人は話します。カッとなること自体は避けられないので、相手に伝えずにコミュニケーションを続ける工夫が、5年後ぐらいから出てくるだろうと中里さんは見ています。
職場でゴミ箱を蹴る大人の記憶
桜林さんは、「そういう大人になったらどうしよう」という草餅さんの心配に重なる記憶として、昔の職場にいた男性の話をします。その男性は普段は普通にコミュニケーションが取れるものの、思い通りにいかずイライラするとゴミ箱を蹴ったり壁を殴ったりしていたそうです。
桜林さんが後で「怖いからやめてほしい」と伝えると、男性は「自分自身に怒っているのであって、周りを攻撃しているわけではない」と答えたといいます。
いや、でもその人背もすごい高いから、でかい大人がね、あんなことしたら怖いに決まってんじゃんって言って。
そこで桜林さんは、その場を出て行ってほしい、公園で木を殴るなど誰も見ていない場所ならいいから職場ではしないでほしい、と伝えました。
なんか最初はそれやめられないんだとか言ってたけど、でもなんかやっぱ嫌われたくはないからとか、みんなのこと嫌いでやってるわけじゃないから、なんかちょっとずつ工夫してくれたりとかしてたんだと思う。
中里さんは、草餅さんの子どももまさにそういうトレーニングをこれから続けていくことになるのだろうと応じます。桜林さんは、相手が大人だったので「人に害を与えないやり方を自分で覚えてください」という接し方だったと付け加えました。
感情に蓋をせず、別の抜け道を一緒に探す
中里さんは、ここまでの話を整理します。まずは自分の感情を理解すること、次に負の感情をその場で出すと周りに迷惑がかかると気づくこと、という段階があり、5歳の今はまだ弟や妹、母親を怖がらせていることに気づいていないだろうといいます。
中里さんが強調するのは、怒りに蓋をさせるのではなく、受け止めたうえで抜け道を探すという順番です。
(怒らないようにというのは)結構できないし、やめた方が良くて、今何々悲しくて怒っちゃったんだねみたいな、そういう受け止め方がいいと思うんですけど。
でもその怒りをその場でそのまま吐き出しちゃうと、周りの方がこう怖がっちゃうから、別の抜け道を探そうみたいなコミュニケーションになっていくと思うんですよね。
桜林さんは、衝動なので思考は先に来ないと話し、「ここだけはやっていいよ」というスペースや、ビーズクッションのように壊れず手も傷つかない「殴っていいもの」を用意しておく案を出します。ただ、冷静でない時にそれができるかはわからない、とも添えています。
中里さんは、大きくなって親子の信頼関係が崩れると、子どもが親の言うことを聞かなくなることもあると指摘します。親と子の信頼関係を崩さないことをベースに、冷静な時に別のパターンを一緒に考えるのがよいという考えです。
桜林さんは、家の中で起きる癇癪が本当に怖いのは当然だと草餅さんの気持ちに寄り添います。最後に中里さんは、夫に相談したうえで「守ってほしい」と伝えておくのもいいと話し、この回の相談を締めくくりました。
まとめ
「変な人」かどうかは環境が決める、という前半の話は、後半の相談にもつながっています。癇癪を起こす我が子を怖いと思う気持ちを否定せず、感情のラベリングと冷静な時の対話、そして必要なときの距離の取り方で、少しずつ減らしていく道筋が語られました。
- 「変な人」は周りの普通からはみ出しているだけで、環境が変われば評価も変わる
- 感情を言葉で理解できるようになると、不安やイライラのルートを避けられ、癇癪はなくなるというより減っていく
- 本当に怖いときは、母親が無理に収めるより、下の子も含めて物理的に距離を取っていい
- 叫んでいる最中より、冷静な時に気持ちを聞き、別のやり方を一緒に考えることが大事
- 怒りに蓋をさせず受け止め、親子の信頼関係を保ちながら夫や親族、療育など頼れる人を増やしておく





