神輿が向かう代々木八幡のお祭りとは?
この回は、中里さんが「9月はお祭りの季節」と切り出し、子どもとのお祭りの思い出を桜林さんに尋ねるところから始まります。
桜林さんは当時、代々木八幡に住んでいました。各町内会のお神輿が代々木八幡宮をゴールに向かっていくお祭りが毎年あり、娘と一緒に子ども神輿も担いでいたといいます。
代々木八幡に住んでたから、代々木八幡宮に各町内会のお神輿を代々木八幡まで持ってってみたいな。ゴールが代々木八幡で。
桜林さんによると、子ども神輿を担いだ子には町内会からお菓子が配られ、夏祭りの夜店に行けば同じ小学校の子どもたちがみんな集まっていたそうです。
一方で、その前に住んでいた新興住宅街には神社も神輿もありませんでした。公園で「夏祭り」をやってはいたものの、代々木八幡に来てから、あれは本当の祭りではなかったと感じたと話しています。
神社や神輿がなく、公園で出店が出る程度の夏祭り
各町内会の神輿が代々木八幡宮へ向かう伝統的な祭り。子ども神輿もある
とかね。まあ何が本当の祭りかってわかんないけど。
蕎麦屋で働いていた?近所の大人と仲良くなる娘
中里さんが金魚すくいや射的など好きな屋台を尋ねると、話は桜林さんの娘・あーちんのことへ移ります。桜林さんはクッキー屋を営んでいたため、近所の八百屋さんや蕎麦屋さん、お肉屋さんの大人たちと顔見知りでした。
あーちんは学校から帰ると、クッキー屋の裏の和室にランドセルを置き、ふらっと遊びに出かけることがありました。ある日、夕方になってようやく戻ってきたあーちんは、蕎麦屋で働いていたと答えたそうです。
で、どこ行ってたの?みたいな感じで聞いたら、うん、ちょっとお蕎麦屋さんで働いてたとかって。
あーちんが蕎麦屋で働くことになったきっかけは、ゆで卵でした。厨房のドアが開いていて、お兄さんが大量のゆで卵の殻を剥いていたところに、テレビで見た上手な剥き方を教えたくなって声をかけたのだそうです。
通りかかる
厨房のドアが開いていて、お兄さんがゆで卵の殻を剥いていた
声をかける
テレビで見た「早く割るやり方知ってるよ」と伝える
手伝う
お兄さんが「どうやるの?」と聞いてくれ、一緒に殻を剥く
仕込みへ
そのまま蕎麦屋の仕込みも手伝った
桜林さんは、蕎麦屋のお兄さんたちが優しく、どこの子か知っていたことも大きいと振り返ります。その蕎麦屋や肉屋のおじちゃんたちが、お祭りでは法被を着て神輿を担いでいたため、お祭りにも知っている大人がたくさんいたそうです。
蕎麦屋さんはそうやって私より仲良かったんじゃないかな。
中里さんは、親が店を営んでいて地域に開かれている状態がいいと話します。
忘年会に呼ばれたのは母ではなく娘だった
中里さんは、代々木のような都会的な街ではローカルなつながりが生まれにくいイメージがあったと話します。桜林さんは、おしゃれなお店も多い一方で、あーちんにはいくつも「行きつけ」があったと答えます。
そのひとつが、富ヶ谷にある個人のお洋服屋さんです。最初は桜林さんが客として一緒に行ったのがきっかけでしたが、あーちんは学校帰りに外から手を振り、お店が暇なときは中に入れてもらっておしゃべりするようになりました。
ある年末、そのお洋服屋さんから忘年会のお知らせが届きます。理由を尋ねると、店の人はあーちんに来てほしかったのだと答えたそうです。
忘年会に何で?って言ったら、いやなんかあーちん来ないかなと思ってとか言ってて。
すごいね、すごいね。もうお母さん経由ってもうあーちん直なんだ。
代々木上原の小さなベーグル屋さんでも、あーちんは隙あらば手伝おうとしていたといいます。桜林さんは、自分の店に慣れていたこともあり、お店でできることを探したがったのではないかと話しています。
桜林さんによると、あーちんには放課後に遊ぶ子どもの友達はほとんどおらず、代わりに大人と遊んでいました。小さな個人店を営む優しい人が多い地域だったことも、行きつけが増えた理由かもしれないと振り返ります。
大人を怖がらない子はどう育った?
中里さんは、あーちんが大人の中に入っていけるのは本人の特性でもあるのでは、と問いかけます。桜林さんも特性かもしれないと認め、引っ越した先の中学時代にも、帰り道のメダカや金魚を売るお店に入り浸っていたと話します。
中里さんはBranchの活動の中で、大人への不信感が強い子は、親が支援サービスにつなげようとしてもうまくいかないことがあると説明します。あーちんにはその不信感が全くなさそうだ、と感じたそうです。
桜林さんは、あーちんが3歳ごろから自分の会社の社員旅行に連れて行っていたと振り返ります。子どもは一人で周りは大人ばかりの場でも、あーちんは臆せず大人と手をつなぎに行き、話しかけていたそうです。
置いてくわけにいかないから、やっぱどこでも行ってたっていうのはあるかもしれない。
中里さんは、大人が怖くない、大人と接するのが普通だという感覚にどう慣れるかは大切だと話します。
桜林さんには意図もありました。シングルマザーとして家の中の大人の数が足りないと感じていたため、自分一人の影響だけを受けることが怖く、いろんな大人に接してほしいと考えていたといいます。
私だけの影響を受けることが怖いって思ってたから、いろんな大人の影響を受けてほしいから大人と接してほしいみたいなのは、私もちょっと意図的に思ってたことでもあって。
親以外の「斜め上の人」がくれる安心感
中里さんは、Branchでは親以外の大人を「斜め上の人」と呼んでいると紹介します。Branchのオンラインで友達になった子の親と、子どもがスプラトゥーンを一緒に遊んでいる例もあるそうです。
(斜め上の人と接する)機会が結構増えたりとかすると、たくさんの大人が自分にフラットに接してくれるって、こう安心感を感じられるような気がして。
中里さん自身も子どものころ、親同士が仲の良いグループで毎年ディズニーランドに出かけていました。子ども同士だけでなく、ほかの親とも気心の知れた関係だったことに安心感があったと振り返ります。
桜林さんの家でも、あーちんが近所の同級生の男の子のお父さんと二人で出かけたり、桜林さんの仕事仲間と二人で映画を見に行ったりすることがありました。
中里さんが「開けた育児」と呼ぶと、桜林さんは意外な事実を明かします。当時の桜林さんは会社員やクッキー屋の店主で、全然社交的ではなかったというのです。
結構私がというより、やっぱ本人が勝手にそうやってやっていく感じがあって。娘のおかげで私の人間関係が開けていったりとかするっていうか。
桜林さんによると、近所のお店と仲良くなれたのも完全にあーちんのおかげでした。中里さんも、子どもが先に仲良くなった相手の親に後から挨拶することはよくあると共感します。
「仲良くなれそう」は大人も子どもも同じ
桜林さんはあーちんが小学生のころ、ほぼ日 ── 糸井重里さんが主宰するウェブメディア「ほぼ日刊イトイ新聞」およびその運営会社の通称ですで連載を始め、仕事で大人ばかりの場に関わるようになりました。緊張する桜林さんとは違い、あーちんはとても楽しそうだったそうです。
不思議に思った桜林さんが、大人ばかりの場所でどんな気持ちなのかを尋ねると、あーちんは大人かどうかは関係ないと答えたといいます。
あんまり大人かどうかって関係ないみたいな感じのこと言ってて。仲良くなれそうかどうか見てるみたいなこと言って。
あーちんいわく、子どもには仲良くなれそうな人があまりいないそうです。先に出てきた、映画を一緒に見に行った桜林さんの仕事仲間も、最初は大人同士の打ち合わせで会っただけでした。それでもあーちんは、終わってから「あの子と仲良くなれそう」と言っていたといいます。
そのアンテナすごいな。
天真爛漫ではなく「もったいないから頑張る」
桜林さんによると、あーちんは無邪気に話しかけていたわけではなく、仲良くなりたいから少し頑張っていたそうです。人見知りだという糸井重里さんがあーちんを褒めた際、あーちん本人がその気持ちを打ち明けました。
あーちんも本当は緊張しちゃうっていうか、本当はドキドキするけど、でもそれだともったいないからって言ってた。
頑張って話せば仲良くなれるかもしれないのに、恥ずかしいからとやらないのは損でもったいない。あーちんのこの感覚を聞いて、桜林さんも糸井さんも「見習います」となったそうです。
ドキドキする
本当は緊張している
見極める
大人か子どもかではなく、仲良くなれそうかを見る
もったいないと思う
話さずに終わるのは損だと感じる
頑張って話す
自分から一歩踏み出す
桜林さんは、子どもだからできるわけではないと気づいたと話します。中里さんは、自分はドキドキした時点で防御反応が出て距離を取ってしまうタイプだと明かしました。
中里さんの息子も人に入り込むのが得意ですが、そのタイプはあーちんとは違うといいます。息子は何も考えずにするっと入っていける鈍感型で、ドキドキもしていない様子だそうです。
ドキドキしながらも「もったいない」と頑張って話しかける
ドキドキせず、何も考えずにするっと入っていく
谷川俊太郎さんと金平糖の数を語り合う
あーちんの「仲良くなれそう」というアンテナは、詩人の谷川俊太郎 ── 日本を代表する詩人。「二十億光年の孤独」などで知られ、絵本や翻訳でも幅広く活躍しましたさんとの対談でも働いていたそうです。すごい人と話すというより、仲良くなりたいという感覚だったと桜林さんは話します。
対談の中で二人は、金平糖の粒の数をめぐって盛り上がり、Wikipediaで一緒に調べたそうです。桜林さんは、子どもだから、おじいちゃんだからという意識が二人ともに全くなかったと振り返ります。
年齢をなんかが見えない。で、興味のあることしか話さないから嘘は全然なくて、そこに。
やっぱ谷川俊太郎と話すってだいぶ緊張しちゃうし、なんか意味ある時間にしたいとか思っちゃうから。
大人なら立派な質問をしなければと構えてしまい、金平糖の話などできない。桜林さんは、その対談が残っていることをとても貴重に感じているそうです。
中里さんは、子どもには無邪気に近づける力もあるとしつつ、あーちんが自分の感情の変化を分解して行動している点がすごい学びだと話しました。
誘われる側から「ガンガン誘う側」へ
桜林さんは、10年以上前にあーちんから学んで以来、仲良くなりたい人に自分から声をかけたり、誘ってみたりできるようになったと話します。
「誘う側と誘われる側」という話でいえば、以前の桜林さんは自分から誘えないタイプでした。それが今では、すっかり気軽に誘う側になっているそうです。
忙しさもあり、自分からは誘えない側
久しぶりの人にも気軽にお茶やご飯を誘う側
誘うのもドキドキもしないかも。ダメでも別に。
お茶しない?みたいなこととか、久しぶりにご飯行かない?でもやっぱ嫌な人いないと思うんだよね、多分。
一方の中里さんは、「インタビューさせてください」のような用事を作らないと、久しぶりの相手に連絡できないと打ち明けます。桜林さんは、男性同士だとお茶に誘いにくいのかもしれないと応じました。
誘う言い訳と、イベントという仕組み
桜林さんは、気軽に人を誘うための「言い訳」をたくさん作るとよいと話します。ゴルフをする人ならゴルフに、麻雀を打つ人なら麻雀に誘えば、つながりやすくなるといいます。
そういうなんか言い訳を誘う言い訳みたいなやつたくさんあるといいよねって結構。
中里さんは構造的に考えるタイプで、自分でイベントやプロジェクトを立ち上げ、定期的に人が集まる仕組みを作るほうが楽だといいます。人との距離を縮めにくいからこそ、習慣的に会って人となりを知るやり方が合っているそうです。
マンツーマンで急に「お茶しよう」と誘う
イベントやプロジェクトを作り、定期的に会う中で距離を縮める
中里さんは、最近サイバーエージェントの同期に久しぶりに声をかけて食事に行けたことさえ、大きなレベルアップだと感じているそうです。関係が浅い相手に連絡するのは、まだ難しいといいます。
インスタのコメントから会話が生まれる
桜林さんは、どんどん交友関係が広がっている友人の方法を紹介します。その友人は、少し遠い友達のインスタのストーリーにも積極的にコメントを入れているそうです。
たとえば好きなアイドルが映っていれば「私も好きです」と書くことで、会話が始まります。相手の好きなことにコメントすれば、警戒されにくいと中里さんも納得します。
なんなら嬉しいよね、コメントくれたら。
中里さんも最近、読んでいた上出遼平さんの本について連絡をくれた友達と、実際に食事に行ったと思い出します。お祭りの話から始まった雑談は、あーちんから学ぶコミュニケーションの話に着地しました。
次回のテーマは「子どもを支援につなげるべき」という呪いです。番組では、呪いのエピソードや感想をハッシュタグ「#親呪」で募集しています。
まとめ
お祭りの思い出から始まったこの回は、近所の大人たちと自然につながった娘・あーちんの姿を通じて、大人にとっての人とつながる力を考える雑談になりました。
- あーちんは、近所の蕎麦屋の仕込みを手伝い、お洋服屋さんの忘年会に招かれるほど、地域の大人とつながっていた
- 桜林さんはシングルマザーとして、いろんな大人の影響を受けてほしいと考え、娘をさまざまな場所へ連れて行っていた
- あーちんは天真爛漫だったのではなく、ドキドキしても「もったいないから」と頑張って話しかけていた
- あーちんから学んだ桜林さんは、誘われる側から気軽に誘う側へと変わった
- 誘う言い訳やイベント、SNSのコメントなど、人とつながるきっかけはいくつも作れる




